112.師団長室でひと騒動
よろしくお願いします。
わたしが師団長室にもどると、ウブルグが声をかけてきた。
「ネリアか……レオポルドはどうした?」
「中庭でコランテトラの木をみて、すぐに帰っちゃった……ねぇウブルグ、もしかして彼はここで暮らしたことがあるの?」
「暮らしておったよ。グレンと、母親のレイメリアが亡くなるまで、奥の居住区で三人でのぅ。ほんの小さい時分じゃ……本人も忘れとるようだったがの……よぅ笑う可愛いらしい子じゃった」
わたしは前に聞いた話を必死でおもいだす。
「ええと……グレンは結婚はしてないんじゃなかった?」
「籍はいれとらん……レイメリアは押しかけ女房みたいなもんだが、結局はグレンもほだされたんじゃろう……レオポルドも生まれてしばらくは、三人でここでなかむつまじく暮らしていたのう……」
レオポルドがここで生まれ育ったなんて……びっくりだ。グレンは最初から『研究棟』に師団長室と居住区をあたえられていたから、そう考えれば不思議でもなんでもないのだけれど。
でもまだ、わからないことがある。
「それがなぜあんなに……疎遠な感じに?」
「レイメリアは『塔』の魔術師のひとりで……遠征先の事故でなくなっての。グレンはその死に憔悴しきってしばらくは、仕事はおろか育児もままならなくなり……おさないレオポルドは彼女の実家にひきとられ、北のアルバーン公爵領につれていかれたんじゃ」
ウブルグは眉を下げた。
「レオポルドとはそれきりで……わしがつぎにやつを見かけたときは、もう魔術師団に入団しておって……すでにあんな感じでのぅ」
ああ……うん、ツンケンして不愛想なあれ、ね……かわいげのカケラもないよね……。
わたしは、子どものころのレオポルドそっくりだといわれるソラにも聞いてみる。
「ソラも、レオポルドがここで暮らしていたこと……知ってたの?」
ソラはこくりとうなずくと、さきほどレオポルドが見上げていた、中庭に生えるコランテトラの木を指さした。
「はい。グレン様にこの体をつくっていただくまえですが……もともと私は中庭のコランテトラにやどる精霊でしたから」
「コランテトラの……精霊⁉」
「はい……朝の水まきのときなど、自分で自分に水をやっているのが、なんともおもしろいです」
水まきがソラのツボだったなんて……はじめて知ったよ!
レオポルドも気になるけれど、中庭でやったグリドルの製品テストの結果もまとめないといけない。ただ肉を焼いて喜んでいたわけではない!……喜んでいたけど。
各工房から渡された試作品の熱伝導率や焦げつき具合などをしらべ、使い心地や味もふくめ、最終的に魔道具ギルドで結果を検討してから、どこにまかせるかを決定するのだ。
あれこれと師団長室で準備をしていると、マリス女史が魔術師団の『塔』に保管されていた〝古代文様集〟を、わざわざとどけてくれた。
さっきのレオポルドはあきらかに様子がおかしかったけれど、本を貸してくれる約束はちゃんと覚えていてくれたみたいだ。
わたしは本を受けとりながら、それとなくレオポルドの様子をたずねてみたけれど、マリス女史の返事は、「アルバーン師団長は頭痛がされるとかで、もうお帰りになりました」とのことだった。
やがて中庭での昼食のあとかたづけを終えたアイリが、師団長室に入ってきた。
アイリはわたしの顔をみて一瞬身をこわばらせ、「失礼します」とわたしと目をあわさないように横をすりぬけ、工房へつづく扉のむこうに消えていった。
「なにか、アイリにきらわれるようなことしたかなぁ……」
「ん?なんじゃ、師団長?」
「いま通った女の子なんだけどね、様子がちょっとおかしかったなって……」
アイリの様子をみにいったほうがいいかも……と考えていると、アイリにつづいて学園生たちがどやどやと戻ってきた。
「いまのはカディアンが悪いよ!アイリにちゃんと後であやまりなよね!」
メレッタがカディアンに文句をいっている。いわれたカディアンは、「俺はなにもしていない」と、ふくれっつらだ。
「なにかあったの?」
「きいてください、ネリス師団長!カディアンたら最低!ほんっとに無神経!」
メレッタがわたしにむかって訴えようとするのを、カディアンが顔を真っ赤にしてとめる。
「や、やめろっ!その女にいうなっ!」
メレッタはおかまいなしだ。
「カディアンてば、アイリの前で『ネリス師団長がかわいい』っていったんです!」
わたし⁉
「ひどいですよね!女の子はねぇ、男の人がよそ見をするだけでも傷つくもんなの!」
「はぁ……」
カディアンて十六だよね……男子高校生に『かわいい』といわれても……そりゃ、わたしの場合『大人の色香』には、ほどとおいかもしれないけれど……。
カディアンはみるみる顔を赤くし、わたしをみてしどろもどろになる。
「ち、ちがっ!そんな意味じゃなくてっ……俺はっ!」
「なーにがちがうのよ!カディアンのすけべ!」
「ちがうっ!俺は師団長が好きとかそんなんじゃなくてっ!小さくてかわいい生きものが好きなんだっ!だから、師団長とか兄上とか……みているだけでも癒されるっていうか……ホント、そんな感じで」
はい?
……小さくてかわいい生きもの……。
……師団長とか……兄上とか?
……えっと……それは……。
わたしがどうツッコむか悩むまえに、メレッタの素っ頓狂な叫び声があがった。
「兄上って……ユーリ先輩もなのぉ⁉カディアン、それヤバくない⁉」
「だって……兄上がわらうと母上にそっくりだし……上からみおろすとつむじとか見えて……」
顔を赤くしたまま「だからかわいいなって……」と、モジモジといいつのるカディアンに、さすがのユーリも笑顔をひきつらせている。
「……小さくてかわいい?カディアン……いっぺん僕に泣かされたいのかな?」
「うわぁっ!ごめんなさい、兄上!みなは兄上が大きくならないから心配でしょうっていうけど、俺はこのままでも兄上は十分かっこいいし、かわいいまんまでもいいのになーなんて思ってた!ごめんなさいっ!」
うわぁ……。ニックやグラコスが思いっきりひいてるよ……。わたしも、ちょっとひいた。あとから入ってきたオドゥが、眼鏡のブリッジに手をかけて、人のよさそうな笑みをうかべる。
「でも弟くんの気持ちもわかるなぁ……ユーリって、ちっさくてかわいいよねぇ……」
「オドゥ先輩もそうおもいますかっ!そうですよね、ちっさくて……」
「ちっさいちっさいいうなっ!」
味方をえて元気になったカディアンにたいし、ユーリは渋い顔のまんまだ。
「オドゥまで……ひどいですよ……『かわいい』なんて弟にいわれても、ちっともうれしくないです」
「なら僕ならいいのかな?」
「そういうことじゃありません!メレッタ……悪いけれどアイリのフォローをたのむよ。カディアン……ちょっと話がある。ネリアもいいですか?」
わたし⁉……うわぁ、巻きこまれたくないけれど、いちおう責任者だもんね……。メレッタが元気に返事をする。
「かしこまりました!ユーリ先輩、カディアンにガツン!といっちゃってください」
師団長室にはわたしとユーリと、カディアンがのこされた。椅子にすわり、ユーリはしばらく無言でカディアンをにらみつけていたが……やがて自分の赤い髪をグシャグシャとかき乱すと、すばやく遮音障壁を展開した。
「さてカディアン……ここでハッキリさせておきたい……お前、アイリ・ヒルシュタッフのことをどう思っている?」
「どう……って?」
ドギマギと目をそらす弟くんに、さらにユーリがたたみかける。
「すきなのか?きらいなのか?」
容赦ないユーリの追及にグッとつまりつつ、弟くんは目をおよがせながら小さな声でこたえた。
「きらい……じゃない……」
はぁ⁉今ここにパイがあったら、わたし絶対カディアンの顔面めがけて投げつけてるよ!
ハッキリしろ、弟!
ユーリのつむじって……カディアンから見ると可愛いのか。









