110.師団長会議
よろしくお願いします。
どうやらわたしは、エクグラシアの誇る魔術師団の本拠地、塔の魔法結界を転移により一瞬で破壊してしまったらしい。
らしいというのも……全然、わたしは気づかなかった!
それについてはレオポルドではなく、魔術師団の副団長メイナード・バルマと、団長補佐のマリス女史が説明のため研究棟を訪れた。
「そういえば魔法結界があるって聞いたかも。なんで転移できたのかな?」
そう言うとバルマ副団長は、血の毛が引いた顔で説明してくれた。
それは転移魔法陣を構成する古代文様〝オヴァル〟にに魔力を流し、エレスでバーンと実行したために、起こった事故らしい。
「え?誰でもやってるよね?」
わたしがやったから、マジですべてを越えちゃったんだとか。
「すわ、テロか⁉……と、全身の毛が総毛立ちましたが。そうですか、うちのアルバーン師団長に会いにきただけですか……」
すとーんと表情が抜け落ちたバルマ副団長からは、いつもの愛想のよさも消えている。わたしはもじもじと指をこねた。
「ええとですね、転移魔法が使えるようになった喜びを、誰かとわかち合いたくて……」
「たまたま、ウチの師団長の顔が思い浮かんだと……」
「まぁ、そういうことになりますね。それとライガで窓から飛びこむなと、なんども注意されたので」
バルマ副団長はガクッと肩を落とした。
「ライガのほうが、まだマシでした……」
古代文様は日常生活に深く根差している。お守りの意匠にも広く使われる単純化した図式なので、魔力に反応しやすいんだとか。
魔力による干渉を防ぐ塔の魔法結界は、魔法攻撃だけでなく魔術による転移も弾くため、あらかじめ登録された魔術師など、関係者だけが転移できるらしい。
そして突然の転移に、仕事をしようとした魔法結界は、わたしを阻もうとして単純に力負けしたらしい。
なんだか甲子園の砂をすくう高校球児たちを思いだす。
がんばったんだな、魔法結界……そして力尽きた……。
わたしが敗者に温かいエールを送る気分で、敗れ去った魔法結界にしんみりしていると、バルマ副団長が顔色を青から白に変えて告げる。
「魔法結界の再構築は、塔の魔術師たち全員で作業して夜中までかかります。アルバーン師団長も現在、その対応に追われています」
はい?
魔法結界の再構築に、《《塔の魔術師たち全員で作業して夜中まで》》……?
バルマ副団長もマリス女史も真顔で、冗談を言っている感じではない。
…………。
……うわぁあああ!
……やっちまったああああ‼︎
そのあと蒼白になったバルマ副団長に、いかに魔法結界が重要な働きをしているか、そして魔術師たちが日々のメンテナンスに、どれだけ労力と魔力を割いているか、静かな声で延々と長時間かけて説明された。
「まことにもうしわけございません……」
正直、レオポルドに怒鳴られるよりキツかった。
「いいですかネリス師団長!ウチの師団長にお会いになりたければ、たとえ本人が断っても、私が予定を調整いたしますので!先にエンツをお願いしますっ!」
マリス女史にはそう詰めよられ、ほぼ強制的にエンツ先の交換もさせられた。ううう、怖かった。
けれどそれからというもの、彼女は毎日のようにエンツを送ってくれている。
「本日の師団長は眉間のシワが深いです。接近、ご注意ねがいます」
「本日の師団長は比較的、心穏やかなようです。交渉ごとには向いた日でしょう」
いわばレオポルド版〝気象情報〟だ。これには本当に助かっている。
わたしは『用心深さ』を覚えた!
そう、なるべく塔に近寄らず、〝レオポルド注意報〟を警戒して機嫌を損ねないようにすれば、わたしも塔で働く魔術師たちも、平穏な日々を過ごせる。
結果として、わたしはレオポルド対策を熟知しているマリス女史と、協力関係を築くことに成功した!
魔法結界を壊したのはもうしわけなかったけれど、魔術師団とのやり取りは、師団長のレオポルドを介するより格段にやりやすくなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そうやってマリス女史を通してレオポルドと交渉した結果、今日の師団長会議では海洋生物研究所への魔法陣を、紙に描いたものを彼に見てもらうことになっている。
おっしゃあ!座標バッチリ!
狙いどおり小会議室に転移できて、わたしは思わずガッツポーズをした。気分はオリンピック選手!
「ネリス師団長?なんだその舞は」
「舞ではありません!決めポーズです!」
「きめ……?」
けげんな顔で聞くアーネスト陛下に説明したけれど、さらにわからないという顔をされる。
あれ?この説明で伝わらない?……とわたしは考えて、はたと気づいた。
エクグラシアに戦隊ヒーロー、いなかったよ!
ライアス・ゴールドとかレオポルド・シルバーはどうかな?そうするとヒーローポジションは、ユーリ・レッドで決まりだ!
……なんだかギラギラというか綺羅綺羅しすぎる。やっぱり戦隊ヒーローはクレヨン的配色がいいかもしれない。
そうするとウブルグ・オレンジにヴェリガン・ネイビー……あれ、なんか変。
遠征を控えた訓練が激しいのか、ライアスはニコニコしているけれど、顔の輪郭がシャープになってきた。
「ウブルグのために海洋生物研究所へ長距離転移陣を、ネリアが新たに敷くそうだな」
「……おまえは転移陣を使っても騒がしいな」
人の顔を見れば文句をいうレオポルドも、あいかわらずだ。
こないだ塔に跳んだときはすごく静かで、具合でも悪いのかと思うほど大人の対応だったのに。
グレンが構築した居住区からデーダスまでの固定移動魔法陣を参考に、わたしだって必死に考えたのだ。
こうやって先に相談しておけば、レオポルドが研究棟までくるのは、実際に魔法陣を敷くときだけで済む。忙しい彼の負担にならないだろう。
大きな魔法陣だから、持ちこんだ紙もそれなりのサイズだ。レオポルドはわたしが抱える巻紙に目をやった。
「持ってきたか……まずは術式を見せてみろ」
「ええと……グレンが居住区に敷いていた魔法陣を参考にしたの」
わたしは固定魔法陣の設計図を描いた巻紙を。小会議室の机に広げた。アーネスト陛下やライアスも、身を乗りだしてのぞきこんでいる。
レオポルドは紙に目を落とし、魔法陣を指でなぞりながら眉を寄せた。
「これは……」
「どうかな?ふつうの転移魔法陣とあまりに形が違うから、自信がないんだけど……」
レオポルドは険しい表情で、無言で魔法陣を見つめている。長い銀のまつ毛が黄昏色の瞳に影を作り、その眉間に寄せられたシワは深い。
「おまえ……これを転移魔法陣だと思っていたのか?」
「うん。……って、そうじゃないの?」
ライアスまで首をひねっている。
「俺も仕事柄、長距離移動魔法陣を使うが、ずいぶん形が違うぞ?」
「そうなの?」
アーネスト陛下も難しい顔で言った。
「ずいぶんと制限が多い魔法陣だな。この形はおそらく……そうだろう?レオポルド」
グレンが王都の師団長室とデーダス荒野の家との行き来に使っていた魔法陣。転移魔法陣じゃなかったら、なんだというのだ。
魔法陣から顔をあげ、レオポルドはわたしに告げた。
「これは……転移の機能も持たせてはいるが、転移陣というよりむしろ、ゴブリン金庫の魔法陣に近い」
「ゴブリン金庫?二番街にあるとかいう?」
「中のものを封じ、なおかつ勝手に持ちだされないように、入る者を厳しく制限する〝封印〟の魔法陣だ」
レオポルドは警戒するように、わたしをにらみつけた。
「おまえ、もしかして封印されてたのか?」
「なんでよっ!」
「いや、おまえならありうるだろう!」
「真面目に言ってんの⁉ひとをなんだと思ってるの!」
そして、レオポルドは大真面目だった。わたしが何したっていうの!











