109.メレッタの決意
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「私⁉」
さっきレナードにきつく言われて、うつむいていたメレッタが弾けるように顔を上げた。
当人が驚いているのだから、その場にいる誰もが意外な使命だと思ったのだろう。学年首席のレナードが気色ばんで椅子から立ち上がる。
「なぜですか、理由を教えてください!メレッタが副団長の娘だからですか⁉」
「ちがう」
「じゃあなんで!俺が考えた改良案のほうが完成度が高い!カディアンのだって、アイリのだって……ちゃんとしてる。メレッタの案は《《まっとう》》じゃない!」
ユーリが学園生たちの顔を見回せば、彼の決定にレナードだけでなく、誰もが納得していないようだった。
「理由はふたつある。ひとつはメレッタのなかで、ライガは『飛ぶもの』と決まっていた。リーダーには確たる信念が必要だ。……そしてもうひとつは」
そこでユーリは言葉を切った。彼自身、さんざん術式を読みこんでから頭を抱えたのだ。試乗体験の印象が強すぎたのか、学園生たちもユーリと同じように、ネリアが乗るライガを改良しようとしている。
(だけど規格外の魔力で動くネリアのライガを参考にしていたら、いつまでたっても僕らは正解にたどり着けない……)
もう一度、ひとりひとりの目を見るようにして、ユーリは言葉を発する。
「これはネリアのだした挑戦状だ。いいか、だされた課題は『ライガの量産化に向けての改良』だ。つまりメレッタを基準にして、彼女が飛ばせるライガを作れ」
アイリが目を見開いた。
「メレッタを基準に……?」
「使う人間をイメージする、それが魔道具作りの基本だ。メレッタが飛ばせるだけの、消費魔力と操作性を持つライガが理想だ。多くの人間が乗りこなせて初めて、量産化する価値がある」
どんな魔道具でも、使う人間のことを考えなければ、作るもののエゴがむきだしになる。
こんな新機能をつけた、すごい性能だ、どうだ!……と世にだしても、受け入れられなければ、それらはただのガラクタだ。
自分が作った魔道具に思い入れが強すぎると、魔道具製作者にはそれが見えなくなる。
「使う人間をイメージする……それがメレッタ」
つぶやいたレナードは、銀縁眼鏡の奥で目が真剣になっている。
(打てば響くように理解するところは、さすがに首席といったところか……)
まだぼうぜんとしているメレッタに、ユーリは優しく声をかけた。
「どうするメレッタ?もちろんこの指名は断ることもできる」
「……私……」
ためらう彼女に、ニックがつっけんどんに言う。
「断れよ!おまえには無理だ。いつもレナードに邪魔者扱いされてるじゃないか。カディアン殿下だっているし……」
けれどそれを聞いたメレッタは、弾かれるように顔を上げた。
「私やるわ!」
「おまえ、カディアン殿下を差しおいて……」
「そんなの関係ない!私が飛ばせるライガを作るんですもの!私がやらなくてどうするの!」
言い合いをはじめたふたりに、ユーリが割りこむ。
「試運転では、リーダーがライガを飛ばすんだ。危険はあるから保護者の同意が必要だ。メレッタ、それも取ってこられるかい?」
「はい!ちょっと父のところに行ってきます!」
メレッタは即、行動した。
(決断が早いのも彼女の長所だ。むこうみずだが、この場合は助かるな)
彼女が工房を飛びだしていくと、ユーリは残ったメンバーに話を続けた。
「メレッタを選んだ理由はほかにもある。昨日の様子を見ていて、彼女だけが《《自分で考えて》》錬金をしていた」
ニックが眉をひそめる。
「だけど、あれはメチャクチャで……」
「教科書に載っている知識が古いことは、ネリス師団長の錬金で理解しただろう。まったく新しいものを作るときに必要なのはトライ&エラーだ。きみたちはチームとなり、メレッタをできる限りフォローしろ」
各人がバラバラでも、この職業体験ではまとまってもらわなくては困る。そのためには、ユーリはなんでも利用するつもりだった。
「それに彼女は失敗してもめげない。ライガを無事に飛ばせるまでに、試作機は何度も墜ちるだろう」
ようやく気づいたカディアンが、驚いて叫んだ。
「それじゃ、メレッタが危険じゃないか!」
「まさか、それでリーダーを殿下ではなく彼女に……」
グラコスが恐ろしいものでも見るよう、ユーリを見ると、彼は軽く肩をすくめた。
「それは関係ない。さっきも言った通り、彼女がいちばん適任だからだ。物理衝撃を防御する魔法陣はかけるよ。ネリス師団長ほどの防壁は、本人にも負担が大きいからやらないが……」
本人が無傷だとしても、何回もライガで墜落したら、それがトラウマになる可能性もある。
「メレッタを利用しようってのか⁉これだから王族ってやつはっ!」
青ざめた顔で拳を握りしめたレナードに、ユーリは冷たく言い放った。
「同じ学園生を思う、熱い心はけっこう。そんなに心配なら、きみたちが気をつければいい。だって彼女は、きみらが作る機体に乗るのだから」
「そんなのムリだ!できっこない!」
「実験中の事故など錬金術にはつきものだ。爆撃具も作る錬金術師の仕事が危険じゃないとでも、きみらは思っていたのか?」
そうたずねたユーリに、誰もが言葉を返せない。アイリが唇を震わせて、青ざめた顔でつぶやく。
「できなくてもやるのよ。それがネリス師団長のだした課題だとしたら……やるしかないわ」
(……これでチームはまとまった)
「理解が早くて助かる。今後はメレッタを中心にすすめてくれ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
勢いこんで二階の研究室やってきたメレッタに、父のクオードは猛反対した。
「ダメだダメだダメだ!危険すぎる!」
「なんでよっ、一生に一度のチャンスなのよ!お父さんのケチ!石頭!わからずや!」
「ケ、ケチ……⁉」
動揺する父に、メレッタはトドメの罵声をたたきつける。
「もういいわよ!お父さんなんて、大っきらい!」
「だ、だいっきら……」
カーター副団長を絶望の沼に沈めたところで、メレッタは父の研究室を飛びだした。
(なんとしてでも、同意をとりつけるわ。こんなの、もう二度とない……一生に一度のチャンスだもの!)
彼女が工房に戻ると、なぜかみな緊迫したように黙りこんでいる。
「父には反対されました」
そう報告すれば、全員がホッしたような顔をした。
「それじゃあ……」
ムリだね、と言われるまえにメレッタは先手を打った。
「父がダメなら、母という手があるわ!」
メレッタは自分の鞄をゴソゴソ探って、〝フォト〟と呼ばれる魔道具を取りだしてレナードに渡す。
「ユーリ先輩、協力してもらえますか?カディアンもこっちにきて!レナード、撮ってちょうだい!ふたりとも笑顔でおねがいします!」
勢いに押されてレナードがシャッターを押すと、〝フォト〟からペッと四角い紙が吐きだされる。
ちまたで流行りの魔道具で、紙には二人の王子に挟まれたメレッタが、にっこりとかわいい笑顔で写っていた。
「これを母に見せるの!『王子様に囲まれて、楽しく研究してます』ってアピールするのよ!父に夢が持てなくなった母はキラキラ王子様が大好きだから、このフォトで絶対オーケーがでるわ!」
(……それでいいのか……)
このとき誰もが、メレッタを止められないことを悟った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そのようすを窓ガラス越しに、深緑の目で見ていた者がいる。人ではない。
工房の外に植わる木の枝にいた、一羽の黒いカラスが羽ばたくと、二階で窓を開けていたオドゥの研究室に飛びこんだ。
「おかえり、ルルゥ」
眼鏡を外していたオドゥがほほえんで、オヤツのクッキーを与えれば、それをくちばしで受け取ったカラスの目が、深緑から黒に変わった。
「おまえはいい子だね。僕の見たいものを見せてくれる」
使い魔のカラスがクッキーをついばむのを見守るオドゥの瞳も、深い森の奥でひっそりと水をたたえる深い淵のようで、底知れぬ昏い緑をしていた。
その瞳を隠すように眼鏡をかけると、とたんに彼は印象の薄い、どこにでもいそうな男になる。
「……さぁて、カーター副団長の愚痴につき合ってやりますか」
眼鏡のブリッジに指をかけて位置を調整し、オドゥは人のよさそうな穏やかな微笑を浮かべて立ちあがった。











