108.リーダーの指名(ユーリ視点)
よろしくお願いします。
師団長会議当日の朝、出勤してきたカーター副団長は、ユーリ・ドラビスの見ている前で、ネリアにものすごい形相で訴えた。
「ネリス師団長にパパロッチェンを飲ませたことは反省しました。なので、娘を刺客として送りこむのだけは、やめていただきたい!」
「刺客でも嫌がらせでもないから!それにメレッタが持ってったの、ポーションだよね⁉……茶色だったけど」
「師団長はあれがポーションだとでも、言うつもりですかっ!」
「ちがうのっ⁉」
そんなやりとりのあと、錬金術師団のみんなで囲む朝食のテーブルは、いつもヌーメリアに話しかけるテルジオもおらず、静かで平和そのものだ。
「あぁ……なんか朝ごはんが平和……」
ネリアはうっとりと口をもぐもぐ動かしている。彼女がおいしそうに何かを食べる姿は、小動物みたいでかわいくて、ユーリも見ていてなんだか楽しくなる。
今朝のメニューはパンで、ピュラルのしぼり汁を使ったオランデーズソース(と、ネリアがいってた)をかけた、エッグベネディクトというやつだ。
卵にかかったソースの塩気で味のバランスもよく、しっかりと腹持ちもよさそうだ。
ユーリはソラにコーヒーを頼む。
「ソラ、僕のお茶はコーヒーに替えてくれるかな?頭をスッキリさせたくてね」
「ただいまお持ちします」
夏の日差しはまぶしいけれど、朝のうちは木かげがすずしい。コランテトラの葉が優しい風にそよぎ、ユーリの足元では、ソラが早朝に水まきした名残りの雫が、青い花を咲かせるバーデリヤの上でキラキラと光っている。
ソラが運んできたコーヒーを、スッと僕の前に置く。
「ありがとう。きょうもいい一日になりそうだよ」
「ごちそうさま!じゃあ準備したらでかけるから、ソラ、魔法陣描いた巻紙持ってきて!」
「かしこまりました」
ネリアはいったん居住区に戻り、しばらくすると錬金術師団の特徴的な白いローブを着て戻ってくる。
「ありがとうソラ!じゃあユーリ、がんばってね!」
「いってらっしゃい」
ソラから巻紙を受けとった彼女は、笑顔でユーリたちに手を振って、仮面をつけると師団長会議が開かれる小会議室に転移していった。
それを見送ったオドゥは、眼鏡のブリッジに手をかけ、人のよさそうな笑みを浮かべる。
「きょうはユーリひとり?ふぅん……手伝ってあげようか?」
「けっこうです。一切手出し無用……というか邪魔をしないでください、オドゥ」
コーヒーの香りを楽しみながら答えたユーリは、五年生たちのことを考えた。学園生たちは全員が錬金術師以外を志望している。
(ネリアは彼らのうちのだれかが、錬金術師団に入団することを望んでいる。正直、使いものになりそうなのは……)
「オドゥは学園生たちを見て、誰がモノになりそうだと思いましたか?」
「そうだねぇ……僕は提出された課題を見ていないから、きのうの様子だけでグレンが錬金術師として認めるとしたらって考えると……」
オドゥは一瞬空を見上げてから視線を戻す。
「――――かな」
「……ネリアも同じ意見でした」
「そう?やっぱり?僕たち通じ合っちゃってるよねぇ!」
「それは違うと思います」
(……どちらにせよウブルグが抜けた穴を埋める、錬金術師が必要だ。ネリアが望む結果を得るためには……)
ユーリが無意識に自分の髪をかき上げると、オドゥが眼鏡の奥にある深緑の目を細めた。
「おやぁ?弟くんを泣かすつもり?」
面白がっているらしいオドゥをじろりとにらみ、〝赤の錬金術師〟は椅子から立ち上がる。
「……僕は弟が大切ですし、かわいがっていますよ。さて、学園生たちを迎える準備をしないと」
(そう、僕は弟が大切だ)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昨日のユーリは工房のすみにひっそりと座り、各自が提出したライガの改良案を読んでいた。まともに彼と会話を交わしたのは、レナード・パロウぐらいだ。
工房に入ってきたユーリに、六対の目が集中する。
手足が細くまだ骨格も華奢で、弟のカディアンよりも頭ひとつぶん背も低いユーリは、十四、五歳の少年にしか見えない。
頭の中では彼がエクグラシアの第一王子だと理解していても、学園生たちはとまどったように彼を見つめている。ユーリとカディアンを交互に見比べる者もいた。
彼らはふだん学園でカディアンと接しているぶん、ユーリに対して違和感が強いのだろう。
「おはよう、諸君。ネリス師団長からライガの改良を任されている、ユーリ・ドラビスだ。よろしく頼む」
紅の瞳を持つアイリ・ヒルシュタッフが手を挙げて質問した。
「あの、ネリス師団長は?」
「師団長会議に出席している」
それを聞いて、なぜか彼女はホッとしたような顔をした。
生まれたときからユーリは、人に注目されることに慣れていて、六人の視線ぐらいどうってことない。
(とはいえ、これからの僕の言動はすべて、彼らの家にも伝わると覚悟したほうがいいな……)
「まず最初に、提出した改良案をそれぞれに発表してもらう。それからこの中でリーダーを決める。そのあとはリーダーを中心にディスカッションを行い、作業に取りかかる。魔術学園でもよくやっているだろう」
さすがに魔術学園五年生ともなると、その発表も堂々としたものだ。
レナード・パロウは術式から、ライガを飛ばせるために必要な機構を分析して、魔力消費が多い部分を割りだし、魔力を補充するために魔石の活用を提案している。
カディアンのはライガのスピードや機動性など、ネリアの操縦で魅力的に見えた部分をあえて削り、操作時の安全性を高めて消費魔力も抑えるという内容だ。
アイリ・ヒルシュタッフは筐体を軽くするため、使われている素材の種類を、産地だけでなく値段や毎年の採取量まで調べて、原価計算ができるようにしていた。
(実際に量産化するとなると値段も重要だから、いいところに目をつけたな……)
ニック・ミメットは竜騎士志望だけに風魔法が得意なようで、飛行中のライガをうまく滑空させて、消費魔力を抑える工夫を紹介している。
グラコス・ロゲンは術式の実行で引っかかる部分を抜きだし、改良すべき点を指摘していた。ただし具体的な改良案はだしていない。
「グラコス、きみは駆動系の仕組みがよくわかっていないようだ。学園の図書館で〝魔道具大全〟を借りて読むといい」
ユーリがそう言うと、グラコスの大きな背が少し縮んだ。最後にメレッタが行った発表は、内容がメチャクチャだった。
「私のは『ライガの飛行プラン』です。まず初速から最高速度で飛ぶための術式、あとは宙返りや三回ひねりを実行する術式を考えました!」
つぎつぎに発表される術式がうまく作動するかは、実際に描いてみないとわからない。
「メレッタ、きみのは曲乗りの術式ばかりだけど……」
「はい!私はネリス師団長みたいにライガの操縦に慣れていないので、動きも術式でセットできたらなって思いました!」
レナードがいらいらした口調でツッコむ。
「動きの術式だけじゃダメだろ!ほかの案は考えていないのか?」
「あるわよ!体を座席に固定する〝安全対策〟の術式!ほらここ!眼鏡外してよく見なさいよ!」
「そうじゃなくて!どうやってライガを飛ばすんだよ!」
メレッタはけろりといった。
「私、ライガは〝飛ぶもの〟だと思っているから」
「はあ⁉」
「だって私、きのう何度もネリス師団長と一緒に飛んだもの!私の頭にはライガが自由自在に空を飛ぶイメージしかないの!」
「でも、実際にライガをすんなり飛ばすのはたいへんじゃないか!もういい、メレッタ!おまえは少し黙ってろ!」
まだ何か言いたそうにしていたメレッタは、レナードにぴしゃりと言われて黙りこむ。
ユーリは立ち上がって全員の顔を見回した。
「それでは今回の職業体験で、まとめ役となるリーダーを指名する」
その言葉にレナードがすっと背筋を伸ばし、カディアンもぐっと拳を握りしめる。
「リーダーはメレッタ・カーターだ」











