第九十四話 王女たち、策を巡らせました。
今回も王女視点、三日後の話になります。
お互いに身の上話をしたあの日から三日が経過した。とうとう兵士との約束の日になった。日中農業をしていても二人ともどこかそわそわとしている。まあ、もはや彼女たちだけの間で済むような問題でないため、ある程度当然かもしれない。
日中の作業を終え、夕食の時間へと突入するが、緊張でまともに食事をとることが出来ないまま、時間が過ぎていく。兵士の訪問を今か今かと待つ二人。そしてついに約束の時がやってくる。
何者かが家の扉をコンコンと叩き、二人ともその音で肩をびくりと震わせた。しかし、二人は今日兵士が訪問してくることを知っているため、扉の向こう側の人間に最上級の警戒を見せることはない。お互いにチラリと視線を合わせた二人はお互いに行動に移る。クリミアはもし兵士が敵対的な人間だった時に備え家の隅に姿を隠し、ルオは扉に手を掛ける。
ルオが意を決して扉を開けるとそこには兵士が立っていた。腰に携えた剣は紐で柄と鞘を固定しておりそれだけで敵対の意思がないことが分かる。扉を開けた先に凛々しい表情で立っていた兵士であったが、彼を見て驚愕の表情を浮かべた。
「まさか、ゾルディアークか?」
「ミリスか。久しぶりだな」
傍から聞いていたクリミアであっても二人が知り合いである会話。しかし、この二人が懐かしむことが今回の目的ではない。二人ともすぐに思考を切り替え、本題に突入する。
「いや、失礼。私の友人の頼みでここに参上した。ここにクリミア姫がいると聞き及んでいるのだが」
「…………お前一人か?」
「ああ、一人だ。尾行もいない」
「わかった入ってくれ」
素早くやり取りを終えたルオは兵士を招き入れ、兵士もそれに応じる。兵士が中に入った後、周囲の様子を確認したルオはすぐに音をたてずに扉を閉めた。
扉が閉まったことを確認したクリミアは警戒しつつも隠していた姿を見せる。彼女の姿を確認した兵士は即座に跪き敬礼をする。
「よくぞご無事でいらっしゃいました。私は六芒星騎ウェルクの軍所属のルシリード・ミリスと申します。以後お見知りおきを。では現在の帝国の状況をご説明させていただきます」
「わかりました。説明を」
簡単な挨拶を終えた二人は早速本題に入り、お互いに状況を説明し始める。
「「何てこと……」」
説明を聞き、自分たちを取り巻く状況を理解した二人は頭を抱えた。想像以上の悪い状況に頭を抱えるしかなかったのだ。
現在帝国ではクリミアはギレルトの上層部によって国都に囚われているということになっているらしく、父で帝王は彼女を救い出そうとギレルトに兵を送り込んでいるとのこと。一見すると娘を救い出そうとする親の鑑の様であるが、クリミアはあの父親がそんなこと一ミリも考えていないことをはっきりと理解していた。暗殺に失敗したが、自分がギレルトに逃げ込んだことで囚われていることにし、攻め込むための口実にするつもりなのだ。以前から帝国とは違った方向性ながらも力をつけているギレルトを悪く思っていたバルディスはこの機にギレルトを征服するつもりであるというのは容易に想像がついた。なんと自分勝手な理由で自分勝手な理由で戦争を仕掛けようとする父親の行動にもはやめまいがした。
一方でルシリードも頭痛がしていた。まさか帝国兵士、それも六芒星騎の一人であるジラドが暗殺に加担するとは思ってもみなかったのだ。確かに六芒星騎は国王の勅命によって賜るものであり王女に対して宙を尽くす必要性はないと言えるかもしれない。しかし、もしそうだとしても最低限の礼節は重んじるべきであり、ましてや剣を向けるなどありえない行為だ。ルシリードは前々からジラドのことを素行の悪い人材だと理解はしていたがまさかここまでだとはと呆れかえりながら額を抑える。同時に国王に対しても怒りの感情が沸き上がってきていた。このような蛮行をジラド一人で行えるわけがない。王女殺しの罪で弾劾されることになればさすがの六芒星騎であってもその罪から逃れることはできない。裏で糸を引いている者がいる。彼は良くも悪くも王に対して忠実である。となれば彼女の暗殺を指示した人物は一人しかいない。
「なるほど。道理でこちら側に帝国の兵士たちがぞろぞろと入ってきているわけだ。このままではこの国が征服されかねません。早急に手を打たなくては」
間に入ったルオが状況の整理役を買って出る。彼の頬には冷や汗が浮かんでおり、彼自身聡明であるがゆえにこの状況のまずさに気づいている。
「もしこのまま戦争になると考えたときに、双方の戦力はどのようになっているのですか?」
このまま戦争に突入することを危惧したクリミアが互いの戦力についてルシリードに問いかける。しかし彼の口から告げられたのは絶望的な戦力の差だった。
「帝国兵、六芒星騎四騎の軍を含めた総数四万五千、一方のギレルトは兵七千に加えて義勇軍がおおよそ五千、総数一万二千と推察されます」
戦力差はおおよそ三万三千。戦争を行うにはあまりにも絶望的な戦力差であった。まともに戦っては天地がひっくり返ってもギレルトに勝利の女神は微笑まないほどだった。
「ちなみに出撃される六芒星騎の面々はジラド・ルクオン、ウェルク・ジオニクス、メル・ミリサカトス、ランディア・ミリサカトスの四名。そこから私含めた百名ほどが先遣隊としてギレルトに入国しております。本隊の到着は二週間後になるかと」
「戦争を止めるにしてもたった二週間じゃどうしようも……」
続けて告げられた事実にクリミアは悲痛な声を上げる。
「一番いいのは姫様が生きていることを帝国のほうに伝えることですが、それでは根本的な解決にはならないと思われます」
「どうして!?」
ルシリードの発言に彼女は反射的に声を荒げる。そんな彼女を見て仲介役のルオは彼の発言に補足するように言葉を紡いだ。
「それはそうです。このまま姫様が帰ったらまた凶刃に晒されることになる。それでは根本的な解決にはならない。ただ姫様が殺されるタイミングが変わるだけです」
思考する暇もなく声を荒げたクリミアに対しチクリと言葉をこぼすルオ。彼の指摘に対し自分の未熟さを理解しながら冷静さを取り戻したクリミアは一つ咳ばらいを打ち、話を再開する。
「ではどうすればいいのでしょうか」
「…………」
打開策が自分では見いだせなくなったクリミアはこの問題を打開できる策を問いかけてみる。しかし、二人はその問いかけに対して無言を貫いた。苦虫をかみつぶしたような表情をしており、一切クリミアとは視線を合わせようとしない。まるであるにはあるがそれを言うのがはばかられるといった様子である。だが、今の状況で策を隠すのは下の下。解決のためにはどのような策であっても明らかにしなければならない。
「言ってください。今はどんな策であっても検討しなければなりません」
そんな彼女の覚悟を聞いた二人はお互いに視線を合わせると、彼女のほうに視線を向ける。彼女の毅然とした表情を見た二人はもう逃げられないと理解した二人は重い口を開く。
「………………この策は策としては下の下でございます。我々としてもあまり推奨できませぬ」
「構いません。私はもうこの状況を無視することはできません」
「承知いたしました。ではお話させていただきます」
彼女の覚悟に押されたルシリードも覚悟を決め頭の中にある策を話すことにする。緊張感漂う中、クリミアはごくりと生唾を飲みこむ。
「国王に反旗を翻しあなたが国王になること。これがすべて解決できる方法でございます」
彼の口から発せられた大型爆弾級の提案にクリミアは内心驚愕し、テーブルの上にあった拳を握り締める。そんな彼女を他所にルシリードは言葉を続ける。
「もちろん問題はございます。六芒星騎が味方に付かなければ前提としてそもそも成り立ちません。加えてもし成功したとしても国王側の貴族諸侯の反発にあう可能性があります。……しかしそれ以上の味方をつけられると私は考えております。策の一つとしてご一考を」
「それに個人的にもこれ以上国王の蛮行は見過ごせませぬ」
「……お兄様はどうするの。王位の継承権は兄のほうが上のはずです」
「……こう言っては傷つけることになるかもしれませぬが、ご長兄は王の金魚のフンでございます。王の権威を笠に着ていたが故にまともに味方もおりません。言い方が悪いかもしれませぬが少し突けば落ちるでしょう」
「…………」
「ともかくこの戦争と止めるための策の一つとして検討をお願いします。私は一介の兵士。進言させていただいただけでも十分でございます」
彼の聞くものが聞けば国家反逆と取られない発言にクリミアは黙り込んでしまう。しかし、ルシリードも覚悟のうえで言っている。今更弾劾されようとも後悔はなかった。そんな彼女を他所にルオとルシリードの二人は今後について話始める。
「これから私たちはどうすればいい?」
「ここには一週間に一度私の直属の部下を送る。もちろん口の堅い者たちだ。どちらに転ぼうともお前たちの身を保証するように上には提言する」
「わかった。頼む」
「任せておけ。お前とは久しぶりに話をしたかったがそんな時間もない。失礼させてもらう」
そろそろ戻らないと怪しまれると判断したルシリードはルオにクリミアを任せこの場を後にしようとする。しかし、そんな彼を引き留めるようにクリミアが勢いよく立ち上がる。それに驚いた二人は軽く体を震わせると彼女のほうに視線を向ける。彼らの視線を集めたのを知ってか知らずか彼女のは声を徐々に張り上げながら言葉を紡いだ。
「…………わかりました。私は、帝国の国王になります。愚かな父を玉座から降ろし、私が帝国の未来を背負います!」
それは彼女の覚悟のすべてを乗せた一言であった。自らの父である国王に対して反旗を翻す。成功してもしなくても重いものを背負い続けることになる。彼女のすべてをかけた決意だった。
「かしこまりました。では私はどのように」
「少し待っていただけますか」
そういうとクリミアはルオに対して紙を要求する。彼女の要請に応え紙を手渡すと、クリミアは慣れた手つきでその紙に文章を書き始める。それから十分ほどでペンを置いた彼女は手紙を三つ折りにし、自身の首にかけたネックレスとともにルシリードに手渡す。
「これをリパラインに渡してください。ご武運を」
そう短く告げながらその二つを手渡すとルシリードは首を縦に振りながらそれを受け取る。
「かしこまりました。渡し終えましたらご報告のためにまた訪問させていただきます」
ルシリードが脇で佇んでいたルオに視線を向けると彼は首を大きく縦に振った。手紙とネックレスを腰のポーチにしまったルシリードは改めてその場を後にする。
彼を見送ったことで静けさが戻ってくる二人の空間。クリミアは黙り込んだまま、家の外へ出て行ってしまう。気持ちの整理をつけるための行動であると察したルオはそれを追うことなく、椅子に座り込んだ。
一方で出ていったクリミアは星空を眺めながら自分の行動を思い返していた。父親の引きずりおろし、自らを王にするという決意。到底許されるものではなかった。しかし、もう引くことはできない。彼女は星空のもと、決意を固め直す。
ギレルトの片隅、農場の真ん中の小さな家で帝国に反旗を翻す、鋼鉄の決意が固められた。その決意が火を噴くことになるのは少し先の話である。




