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冒険、始めちゃいました。  作者: カイナベル
第五章 帝国編
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第九十三話 王女組、発展を見せました。

 ギレルトの端で農家を営むルオの下で暮らすこととなったクリミア。二週間ほどが経過し、彼女はすっかりこの生活を楽しんでいた。器がデカいというかなんというか。


 今までひっそりと家の中で生活して続けてきた彼女であったが、さすがにただただ食事を貪っていくだけなのは気が引けた。それに自分の生活とは無縁の農業というものに興味があり、彼女は彼の仕事を手伝うことにしたのだ。最初のうちこそ、王女に泥まみれになってもらうわけにはいかないなどの理由で断り続けていたルオであったが、彼女の押しの強さに負けてしまい、顔を隠すことを条件にして手伝ってもらうことを渋々認めるのだった。


 こうして彼の仕事を手伝うことになったクリミア。初めての農業という体験に心躍っていた。しかし、彼女を迎え入れたのは決してやさしくなどない厳しいものだった。鍬を握り畑を耕している最中、彼女の手のひらはズタズタになり、幾度となく重いものを屈んで持ち上げるという作業を繰り返すことで腰は悲鳴を上げ始める。太陽の光は容赦なく、汗は彼女の頬を伝うと同時に髪の毛を掴んで離さない。想像以上に辛い労働に彼女の身体は悲鳴を上げていた。


 しかし、彼女の心は少し違った。彼女はこの苦しい労働を楽しんでいた。初めての体験で浮ついていたというのが一つであるが、それ以上に今までの業務と違い神経をすり減らすようなことがなかったからだ。他人の顔色を窺う必要がなく、わざわざおべっかを使う必要もない。ある程度気楽にできるというのは彼女にとってこの上ないほどに良い環境だったのだ。太陽のもと泥まみれ汗まみれになろうともそれがなんとも楽しかった。


 とはいえ、一国の姫にそう長々と重労働を強いることはできない。そう考えている者がいた。ただでさえ高貴な人物に農作業をさせているのだ。そんな状況で倒れられでもしたら命で償っても足りないほどだ。とはいえ彼女も良識ある大人。自分の限界は見極められると考え、神経質になりそうなのを抑え込みながら休憩を提案する。


「一度休憩でも取りましょうか」


「え?ああ、はい」


 時間を忘れるほどに熱中していたクリミアは彼の言葉で時間の経過という概念を思い出す。並んで歩く二人は家に戻ると、井戸からくみ上げた水を飲む。この暑い中でも地下からくみ上げられた水は嘘のように冷たく彼女たちの喉を潤してくれる。


 水を飲み終わり額に浮かぶ汗をぬぐったクリミアは再び作業に戻ろうとするが、適度な球形が必要不可欠であることを理解しているルオは彼女を引き留め、それを理由にさらなる休憩を促す。 


 興が乗り畑に繰り出そうとしていたクリミアは素直に彼の言葉に従い、休憩を取ることにした。椅子に座り大きく息を吐くと表情を弛めたクリミア。一方で彼女より先に休憩に入っていたルオはさらなる水分を求め、コップ片手に扉から出ていく。家の中に一人になったクリミアは目を瞑り、これまでの一週間を振り返る。


 今までの生活では経験しようのない、新鮮さにあふれた楽しい生活であったが、今のこの生活に思うところがあるわけではない。自分の離れた帝国は今どうなっているのだろうか、リパライン、クラーク、他にも存在している友人たち。彼ら彼女らがいったい今何をしているのかが心残りであった。追われる身であり、無関係の一人の人間の命を間接的にでも奪ってしまったはずの自分がこんなところでこんなにも楽しい生活をしていていいはずがない。今でも後悔しているほどのしこりとなっていた。


 不思議と涙が出そうになるのをこらえているとルオが焦った様子で家の中に入ってくる。彼の表情からありありと読み取れる焦燥感を感じ取ったクリミアは彼に問いかけようとするが、彼女の問いをつぶすようにして口を開く。 


「姫様、すぐに隠れてください!どうやら帝国兵士がギレルトに入国したようで、この家に近づいてきています」


 彼の言葉で状況を理解したクリミアは即座に行動に移る。駆け足で扉から外に出ると裏手にある農具を入れてある小屋へ移動し、その中に隠れる。その際チラリと動く鎧が見えたため、本当に猶予のない状況であったことが理解できる。慌てて小屋の中に隠れたクリミアはルオのほうを向くと、彼は口を開く。


「私が扉を開けるまで絶対に扉を開けないでください。いいですね?」


 そんな彼の言葉を聞いたクリミアは首を縦に振る。それを見たルオは扉を閉め、自分の家に戻る。小屋の中で息を殺しながら遮られた空間の中で耳を済ませるクリミア。どうにか外の様子を窺おうと必死だった。


 扉に耳を当て、外の様子を窺っていると外から二種類を人間が話している様子が聞こえてくる。


「…………兵……であ……。最近………………で……しい…………を見……ったか」


「い……え。その…………人……は見……………………ま…………が。ど…………さ…………すか?」」


 しかし扉にさえぎられていることもあって途切れ途切れにしか聞こえない。大きな声で話していることもあってかろうじて聞こえているがそれでもまともに聞こえたものではない。どうにかしてさらに情報を集めようと集中力を高めたクリミア。しかし、その集中力が仇となり、小屋に近づいてくる足音に気づかない。ざくざくと砂を蹴る音に彼女が気付いた時にはもう遅い。彼女が耳を当てていた扉は勢いよく開かれる。


 突然の事態にクリミアは尻もちをつき硬直する。目の前には彼女を見下ろしている兵士が立っており、じっと彼女の顔を見つめていた。今の状況がまずいものだと察知したクリミアは自衛のための行動をとろうとしたが、武器の一つも持たない彼女ではまともに身を守ることはできない。せいぜい後退りするくらいだった。


 彼女が後退りした直後、兵士は小屋の中に足を踏みいれ扉を閉める。密室になってしまい、身の危険を感じていたクリミアであったが、兵士のとった行動は全く違ったものだった。


 兵士は一歩踏み出すと彼女の前に跪く。彼の頬には涙が走っており、時折嗚咽が小屋に響く。


「よくぞ……、よくぞ生きておられました……」

 

 いきなり泣き出した兵士におろおろとすることしかできないクリミアを他所に兵士は言葉を続ける。


「上層部からの報告で、盗賊に襲われて死んだと聞いた時には……」


 彼の言葉で一瞬のうちにクリミアは現実を改めて理解する。やはり自分は襲われて死んだことになっており、帝国兵士たちの蛮行はなかったことにされているのだと。


「しかし、どうしてこの家に?……いや、今(・)は(・)話せないか」


 兵士の問いかけで冷静さを取り戻したクリミアはいつものような毅然とした対応を行う。


「ええ、人目がありすぎますし、すべてを説明しようと思ったら時間が足りません」


「承知しました。帝国兵士たちがすべて立ち去った後、そうですね………、三日後にまた来て私の友人をここに向かわせてお話を伺わせていただきます。よろしいでしょうか」


「わかりました。この家の家主には話を通しておきます。それでは三日後にまた」


「承知しました。あなたの存在は極秘にさせていただきます」


 二人は粛々と三日後に話をするという約束を取り付ける。


「それでは私はここで。下手に隊長を待たせるとこちらに来かねません」


 その言葉を最後に立ち上がった兵士は素早く小屋を後にする。その背中を見送ったクリミアは緊張が解けたことでどっと疲れが溢れ出す。ふと視線を横に逸らすとそこには毛布が。ルオが夜に睡眠をとるのに使っているものだと理解したクリミアはそのままその上に寝転がる。思い返してみるといろいろな情報を一度に取り込んだ影響で、今の彼女の脳は非常に混乱している。脳内を整理しようと目を瞑った彼女は、それが呼び水となってしまいゆっくりと眠りに落ちるのだった。
























「……様、姫様!」


 自分を奥底から引き上げるような声に反応しクリミアが薄く目を開けると、彼女の前には闇夜の中妖しく光る月光を背にしながら肩に手を置くルオがいた。彼女の脳が視界に捉えた状況を理解した瞬間、自分がかなり長い間寝てしまっていたことに気づき、寝ぼけていた意識を覚醒させると同時に跳び起きる。覚醒すると同時に自分がベットに移動させられていることに気づく。


「す、すみません!私はどれほど眠って……」


「もう既に日は暮れてしまっています。さあ、早く夕食を済ませてしまいましょう」


「は、はい……」


 ベットから起き上がったクリミアはスープとパンを受け取るとテーブルに着き、ゆっくりと食べ始める。その最中、彼女は小屋の中で兵士と交わした約束について話始める。


「ええ、構いませんよ。姫様の立場が戻るのであればどんなことであっても協力いたしましょう」


「ありがとうございます」


 ルオに三日後のことについて話をつけたクリミアは日中のことを話の種として切り出す。


「そういえば兵士の方々とはどのようなお話を……」


 彼女がそう問いかけるとルオは軽く表情を曇らせる。がすぐに切り替えて話始める。


「来てすぐにあなたのことを聞かれました。それと向こうの隊長と少し世間話を」


 一度そこで話を切ったルオは、大きく溜息を吐くと続きを話し始める。


「少し昔話をしてもよろしいでしょうか。私は昔帝国に住んでいた、と言ったと思うのですが、昔は一農民ではなく貴族として生活していました」


 その言葉を聞くがクリミアは動じることはない。自分と会っていることがあるということはそれなりの地位にいたというのは薄々察しがついていたからだ。それに彼女の父が王座に就いてから没落していった貴族は数多くいる。そのうちの一人ではないかと思っていたのだ。帝国の隊長クラスとなるとそれなりの家柄がなければいけないため、彼が世間話といったのはつまり昔の交友関係というのことになるのだろう。


「その時、父が事業に失敗してその責任を取り貴族の位を返上し、私たちの家族はバラバラになりました」 


 そこから一転して彼は明るい表情を浮かべながら話を続けるルオ。


「兵士の隊長はその時の知り合いでしてね。兄弟のように仲良くしていた人物でしたから少し会話が弾んでしまいました。もちろんあなたのことは一切話していませんがね。あ、そうそう、兄弟といえば私には五人弟と妹がいましてね。上から二番目の妹はとてもなついてくれていまして。今どこで何をしてるのか」


 まるで昔のことを忘れたいのと同時に自らを自嘲するかのように笑みを浮かべながら、思いついたことをそのまま口に出しているかのような口調で話し続ける彼を見ていたたまれなくなったクリミアは顔を下げると同時に彼から視線を逸らす。 


「ああ、すみません。お耳汚しでしたね。それで三日後のことなのですが」


 ここでクリミアは彼の話を断ち切るかのようにテーブルの上に置かれたままのルオの手の上に自らの手を置くとぎゅっと握りしめた。


「もう、大丈夫ですから」


 その言葉でまくしたてるようにして舌を回転させるづけていたルオは言葉を止める。そして頬に涙を伝わらせた。


「ああ、すみません、すみません……」


 零れる涙を抑えるように目元を抑えるルオ。一見毎日充実そうに過ごしていても家族との思い出を忘れたわけではない。家族と離れ離れになることの苦しみがどれほどのものか。想像もつかない。一度あふれ出したものはなかなか止めることが出来ずひたすらに彼の瞼を満たしていき、彼もそれに合わせるように静かに涙を流し続ける。


 そんな彼に対しクリミアはあえて何も言わず、ただじっと彼の手を握り続ける。それが一番なのだと信じて。























「すみません姫様。お見苦しいところを」


「いえ、お気になさらないでください。この程度であれば私にもできますから」


 頭を深く下げ謝罪するルオに対し優しい笑みを見せるクリミア。ひとしきり泣いたことで気持ちの整理がついたルオはゆっくりと彼女の手の下から自分の手を抜き取る。


「先ほどの私の話は忘れていただいて結構です。私が勝手に話しただけですので」


「いえ、忘れようとは思いません。これは私たちにかかわる話かもしれませんので」


 そんな彼女の最後の一言に不信感を覚えたルオは眉間に皺を寄せながら小さく首を傾げた。


 クリミアはこのように考えていた。先ほどの話で父親の事業というものにもし父が関わっていて自分のミスを彼の父親に押し付けたのではないかと。もしそうだとしたら彼女もただの聞き手としてはいられない。しかし、確証どころか証拠の一つすらない。そんな状況でそんなことを口に出しても解決できない問題を一つ増やすだけになる可能性が高い。故に口に出すことははばかられた。 


 一瞬彼女の言葉を怪しんだルオであったが彼女が話さないということはそれなりの理由があると判断し無駄に深入りすることはなかった。


「それでは私は明日に備えて休ませていただきます」


 ルオは明日のために椅子から立ち上がり小屋へ向かおうとする。がそんな彼の手をがっちりと掴むものがいた。


「あ、あの。もう少し話しませんか。昼間に寝てしまったせいか目が冴えてしまって……」


 昼間にがっつりと寝てしまった彼女が起きて二、三時間も経たずに眠れるわけがない。このままでは彼女は暗い中、一人で時間を過ごすことになる。それは少し寂しい。


 縋るように自分の手を掴む彼女の訴えにルオは無言のまま席に着き直すと、早々に席を離れないという意思を示すかのように手を組んでテーブルの上に置いた。


「わかりました。私の話を聞いていただきましたからそちらのお話も聞かせていただきましょう」


「ありがとうございます。では私も少し昔話をさせてもらいましょう」


 二人はそのまま夜通し話を続け、気づいた時にはテーブルに伏すようにして眠っていたのだった。




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