第九十一話 帝国の姫様、目を覚ましました。
今回は姫様視点で話が進みます。気絶した後、彼女がどうなったのか、これからどうなるのかを見せていくつもりです。
それではどうぞ。
エルフの里で本格的に魔法の訓練を始めたユウキ。そこから場面は少し移り変わる。
帝国兵士に追われ、一人の男を犠牲にして森を抜け、その先で倒れこんでしまったクリミア。ギレルト領内に入ったとはいえ、兵士たちが国境を越えて追って来る可能性すらあるにもかかわらず、彼女は気絶してしまった。意識はなかったが、彼女は本能的に自身の置かれた状況がまずいものだと感じていた。目を覚ましてもし自分が捕まっていたらどうしようという恐怖に苛まれ、彼女は目覚めを拒んでいた。
だが、そうだと仮定したときに不自然な点もある。もし彼女が捕まっているのであれば乱暴な扱いを受けていても不思議ではない。捕まってしまっていたら既に彼女は故人として扱われる。その後どうなったとしても不思議ではない。だというのに自分の身体に一度として違和感が襲ってきたことはない。
ここまで来て彼女はようやく希望を見出すことが出来た。捕まっていないという一縷の希望にかけ、彼女は自らの意識を深層から表層へと浮かび上がらせる。意を決しゆっくりと瞳を開けるとそこには見慣れぬ木製の、少し古びた天井が映る。さらに意識を広げると自分がベットに寝ていることが分かり、自由を奪われているということもない。兵士に捕まっていないということが分かった彼女は安心感からほっと溜息をつく。
自分の置かれた状況をさらに確認するために彼女はゆっくりと体を起こし、周りを見回す。彼女はいる場所は非常に簡素な小屋と思しき場所。内部に置かれたものも非常に少なく、テーブルや椅子といった必需品のみ。きらびやかなものは一切ない。しかし非常に清掃が行き届いており、不衛生ということはない。ふと横を見ると彼女の持ち物が纏めておかれており、その隣には水差しが置かれている。自分の持ち物を見た瞬間、自身の身を助けてくれた青年の顔を思い出す。自身の身代わりとして足止めを試みた彼が死んだと思い込んでいるクリミアはその罪悪感で涙を流す。
ちょうどその時、小屋の扉が開き一人の男が入ってくる。小脇に籠を抱えた泥だらけの男は起き上がっているクリミアを見て驚いたような表情を一瞬浮かべ、直後、安心したような表情に切り替わる。
「お目覚めになられたようですね。それよりも何が不都合でもございましたか?」
泣いている彼女を見て不都合を与えてしまったのかと思った男は彼女にその旨を問いかける。その問いかけで自分が涙を流していることに気づいたクリミアは頬を伝う涙をぬぐうと、ベットに腰掛けなおし深々と頭を下げる。
「い、いえ!この度は助けていただき感謝いたします!なんとお礼を言っていいものか……」
彼女の態度で自分に不手際がなかったことを理解した男は、彼女の深々とした礼を柔らかな笑みで受け止めながら言葉を返す。
「いえ、何も特別なことはしていませんので」
そういった男は抱えた籠を机の上に置くと彼女の死角に消える。その行動に一定の警戒心を持ちながらも彼女から行動を起こすことはなかった。クリミアが様子を窺っていると男は一つの器を持ちながら彼女のもとに歩み寄ってくる。
「もしよろしければこちらのスープをお飲みください。何せ三日間も寝込んでいたのですから」
その男の言葉を聞き驚きと同時に空腹を感じるクリミア。三日間も寝ていたというのが衝撃的だったのだ。国はどうなっているのだろうか。自分はどんな状況に置かれているのか。今すぐにでも問い詰めたいところではあるが、三日間も寝ていたのだから当然腹は空いていた。意識すると頭の中から離れなくなるそれは不自由なく過ごしてきた彼女には何とも耐え難く。食べながら聞いても問題はないだろう、そう考え男から器を受け取る。
「あの。ここはどこで、私は今どういう状態なのでしょうか?」
そう男に問いかけると男は思い出したかのように手をたたき口を開く。
「そういえばお話ししていませんでしたね。ここはギレルトの端に位置している農耕地帯で、あなたは私の畑の隅で気絶していたため、私が保護させていただきました。申し遅れました。私はルオ、ルオと申します。どうぞお見知りおきを。クリミア様」
彼の放った最後の一言でクリミアは警戒心を露にし、咄嗟に傍らに置かれた剣に手を伸ばす。それを見て言葉を選び間違えたと理解したルオはわざと大げさに両手を広げ一歩後ずさりし、やましいところがないとアピールする。
「ああ!今の私は帝国とは何のゆかりもありませぬ。今の私はただのルオ。無力な一農家でございます」
大げさに距離をとった彼を見てクリミアは剣を握っていた手をゆっくりと膝の上に戻すと、深々と頭を下げ恩人に対しての非礼を謝罪する。
「いえ、わたくしこそ申し訳ありません。恩人に対して剣を向けるような行為、なんとお詫びしてよいものか……」
彼が帝国とつながりを持っているならば保護された時点彼女が突き出されるのは明確。そうならなかったのは彼が帝国とは何のつながりもないことを示唆しており、加えて彼女が無実の人間に剣を向けようとしていたことを意味していた。思考を深めようとせず咄嗟で行動してしまった自身の浅慮が恥ずかしくなってしまう。
「いえいえ、私も言葉の選び方を間違えました。ささ、どうぞお飲みください」
彼の言葉に誘われるようにクリミアはスープを口に含む。その最中、彼女はふと気になったことを問いかける。
「そういえばなぜわたくしの名前を?」
彼女が割と民衆の前に顔を出すとはいえ、彼女の顔を見て王女クリミアだと一致できるものは実はそれほど多くはない。ましてや帝国から一度も出たことのない彼女のことを知る他国の人間は非常に少ない。いったい彼は何者だろうか、と思考を巡らせながら剣の方に体を寄せると少し迷ったような表情を見せながらそれに対しての答えを返す。
「そうですね。私、元は帝国の民だったのです。それに昔、あなたにお会いしたこともあるのですよ」
彼の返答に彼女は衝撃を覚える。まさか、目の前の男が自分とあっているとは思わなかったのだ。しかし、思い出せない。彼女は記憶力は割といい方だ。しかし、思い出そうと思っても目の前の男が記憶の奥底から引き出せない。彼女がスープの液面を見つめながら必死で記憶の奥底をひっくり返していると、ルオは言葉を続ける。
「とはいえ、最後にお会いしたのは十二年も前のことですから覚えていないのは当然のことです。何より私は何人もいた中の一人でしたから印象に残らなくて当然です」
そんな彼の言葉を聞き、彼女は一抹のもどかしさを覚えながら思考を元に戻す。
「ところでクリミア様。あなたのような位の高いお方がどうしてギレルトで倒れていらっしゃったのですか?」
突然ぶつけられた彼からの問いかけにクリミアは表情を曇らせ、うつむいてしまう。彼との語らいで一瞬忘れていたとはいえ、やはり暗殺されかかったというのは彼女にとって受け入れがたい事実。それに王族同士での殺し合いなど他の人間に話していいのかもわからなかった。
そんな彼女の雰囲気で聞いてはいけないことを聞いてしまったのだと感じ取ったルオは慌てた様子で体の前で手を振る。
「ああ、いえ、話したくないのであれば話さなくても結構です!」
俯いたまま、黙りこんでいるクリミア。それを見てルオはやってしまったと確信する。この後どのように弁明しようかと思考を巡らせていると、突然彼女は顔を上げる。その表情はまるでこれから戦場に向かう兵士のよう。覚悟を決めた彼女は自身の身の上話を始めた。
「すみません。私の身に起こったことを聞いていただいてもよろしいですか」
「ああ、どうぞ構いません」
そう反射的に返してしまったルオであったが、その直後、自身の発言に小さく後悔の念を持つ。王女である彼女がわざわざこんなところまで逃げてくる事情など、まともなものであるとは思えなかったからである。もし聞いてしまえば彼は否応なしに巻き込まれることになる。先ほどの返答をなかったことにしようかと彼は考えようとするが、時すでに遅し。返答を聞いたクリミアは自分の身に降りかかった事態を吐き出し始めるのだった。
「そうですか。それは災難でしたね……。あの王がそこまで腐敗していたとは……」
彼女の話を聞いたルオは唸り声をあげながら顎に手を当て、思考を広げ始める。頭の中で思考を深めながら言葉を続ける。
「しかし、そうなると帝国に戻るのは危険でしょうね。ギレルトにやってくることが出来たのは不幸中の幸いだったというところでしょうか。それで。これからどうするおつもりですか」
「まだ決めておりません。助けてもらった恩人から銀貨をいくらかもらっていますし、宝石などもありますのでそれで何とか食いつなぐしか」
「それは止めたほうがいい。この国は帝国のように自由を奪われているわけではありませんが、逆に言えば自由すぎて問題も頻発するということです。そのような宝石と王女の美貌ではカモになる可能性が高い」
「そう、ですか……」
彼の忠告を聞き、クリミアは肩を落とす。その様子を見てルオはにっこりと微笑みを浮かべると一つ提案をする。
「もし、姫様さえよろしければ、ここで暮らしませんか」
「えっ?」
ルオの提案にクリミアは声を上げる。確かのこの提案は屋根無しかつ先ほどの彼の忠告で動きにくくなってしまった彼女にとっては渡りに船である。しかし、先ほどの忠告と合わせてのこの提案。何か裏があるんではないかと彼女は訝しむ。その様子を見て、先の発言が失言だと理解した彼は先ほど彼女が目覚めたときのようにわざと大げさに腕を上げて距離を取る。
「ああ!決してやましい思いがあっていったわけではございません。ここからまともに生活できるような街に移動するよりもここで生活したほうが姫様の負担が少ないかと思いまして!滞在の間は私は道具用の小屋がありますのでそちらに寝させていただきます!ここならば一農家の家に姫が暮らしているとは帝国兵士たちも思わないでしょうし、もし姫様が帝国に戻る際、ここのほうが都合がいいかと思いまして!」
あたふたと手を振りながら必死の弁明を見せる彼を見て、クリミアはおかしさがこみあげてきてしまう。我慢しきれなくなったクリミアはプッと吹き出す。彼女のそんな様子を見てルオは硬直する。
「ああいえ、侮辱するような意図はないのですが落ち着きのない弁明だと思いまして」
口元を隠しながら優雅に笑うクリミア。今まで仕事で相手にしてきた貴族たちは彼女に対して言い訳の類を口にするときは必ず、冷静そうに見せ自分が大物であるかのように見せてきた。しかし、目の前に彼は決してそのような様子を見せず、人間味のある弁明の仕方をしてきた。彼女はそれをおかしく思ってしまうと同時に親しみを覚えたのだ。きょとんとした表情を浮かべるルオ。そんな彼を見ながらクリミアは言葉を続ける。
「先ほどのご提案ですが、ありがたく受け取らせていただきます。何日かかるかわかりませんが、今日からよろしくお願いいたします」
彼の提案を飲んだクリミアはベットから立ち上がると腰を九十度まで折り曲げ、恭しく礼をする。
「こ、こちらこそよろしくお願いいたします」
それに対して鏡のように深々と頭を下げるルオ。二人は十秒近く頭を下げ続け、やっと同時に頭を上げる。
「ではルオ様。改めてよろしくお願いします」
「私に敬称は必要ありません。ルオ、で構いません」
「ならば私も姫様ではなく、クリミアとお呼びください。今の私は帝国の姫でなく、一市民。あなたも帝国の民はなくギレルトの国民であるのですから」
「ええ、ではそうさせていただきます」
二人はお互いの呼び方を決めるとがっちりとお互いの手を握り握手を交わした。こうして二人の共同生活が始まった。
いかがでしょうか。この後、何回か飛び飛びで彼女の話を書いていきたいと思います。視点もコロコロ変わっていくので後書きでの説明をこれまで以上に大事にしていきます。
さて次回はユウキ視点に戻ります。
しかし、それ以前に執筆できずに投稿できない可能性すらあります。もうすぐテストなのでそちらに力を入れたいのです。よって三日ごとの投稿が切れる可能性があります。ご了承くださいませ。




