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冒険、始めちゃいました。  作者: カイナベル
第五章 帝国編
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第九十話 転生者、絶望していました。

 魔法の指導を受け始めて早くも三日が経過した。その最中、ユウキは絶望に打ちひしがれていた。


「出来ねぇ……。出来ねえよぉ……」


 絶望に打ちひしがれ、両腕で地面を叩くユウキ。その背中を慌てた様子で叩くイリスと、それを呆れた様子で見つめているフォルゴ。


 彼は魔力制御が出来ず、その絶望感で押しつぶされそうになっていたのだ。何度も何度も何度も、それこそ朝から日暮れまでイリスに付き合ってもらい魔力の球を維持する練習に取り組んできた。しかし、三日間みっちりとやっても一切維持することが出来なかったのだ。どれほど魔力の球に意識を集中させても、風に吹かれる柳のように手のうちからすり抜けていき、魔力は光の粒子となって消え去っていく。それをおおよそ二百回ほど見たところで彼の精神は限界を迎えた。


 地面を叩くのをやめ、額を地面にこすりつけているユウキを見て、フォルゴは率直な感想を述べる。


「しかし驚きだ。お前ほど才能がないやつは初めてだ。普通、魔法の適正が多ければそれに比例するように魔力制御等の才能というのは高いものなんだが……」


「AaaGaaaDoHeaaaaa!」


 彼の率直な感想で心の折れたユウキは、今度は声にならない声を上げながら転げまわり始める。まるで駄々をこねる子供のように転げまわり続ける彼を見ていられなくなったイリスは必死でフォローを入れる。


「で、でも自分の体の中の魔力は感じ取れるようになっていったし……、何も成長してないってわけじゃ……」


 自身の絶叫で薄まりつつあった彼女のフォローを聞いたユウキは自身の回転を止め、地面に額をつけた状態で停止する。それを見たイリスはほっと息を吐く。一方、イリスのフォローを聞いたフォルゴは興味深いといった表情でユウキを見つめていた。


「ふむ?魔力の制御よりも魔力を感じ取れるようになったのか。今までにない少し特殊な事例だな。しかし、それでも魔力制御が出来んと使い物にはならんだろう」


 せっかくのフォローを台無しにするようなフォルゴの血も涙もない一言にユウキは叫びながら行動を再開する。ジロリとフォルゴを睨みつけたイリスはユウキを止めるために次なる手段を考える。しかし、官女が思いつく前に助け船が入り、その分の時間が徒労に終わる。


「おーい、捗ってるか。って何やってんだ?」


 三人の頭上から着陸したディンスルは三人の現状を理解できずに思いついたまま疑問を発する。とはいえ、最もユウキと仲のいい彼がやってきたのだからこれを利用しない手はない。イリスは事の顛末を彼に説明する。それを聞いたディンスルは唸り声をあげると未だに転げまわっているユウキに声をかける。


「なあ。お前の戦闘スタイルって近距離での肉弾戦だろ?無理して体の外での魔力制御を覚える必要は無いんじゃないか?」


 その彼の一言でユウキは一瞬動きを止め、次の瞬間ブレイクダンスのような動きで体を回転させる。その勢いで体を起こすと、睨みつけるような必死な視線でディンスルに問いかける。


「なあ、それってどういう意味?」


 その剣幕に押されながらディンスルは答える。


「こ、言葉通りの意味だよ。俺みたいに近距離主体なら無理して体の外での魔力制御を極める必要は無い。身体強化して近づいて殴ったほうが早いからな。てか兄貴、そのこと言ってなかったのか?」


 フォルゴに視線を向けながらそう話すディンスル。視線と言葉を受けたフォルゴは視線を逸らしながら言葉を紡ぎ始める。


「……俺はこいつの戦闘スタイルなんぞ知らん。誰にも適用できる特訓方法を提示しただけだ」


 言い終わると同時に鼻から大きく息を吐き出したフォルゴ。しかし、一緒に戦闘を行った彼がユウキの戦闘スタイルを知らないわけがない。誰にでも適用できる、汎用性の高い特訓であることはわかるがそこを留意すれば先ほどのような言葉は出ない。そんな彼の言い訳じみた発言に苛立ちを覚えたユウキはぬらりと立ち上がると拳を振り上げる。


「トゥェエエエエメメエエエエエ!」


 拳を振り上げたユウキはそのまま、フォルゴに突撃する。この後どうなるかは想像に難くない。しかし、立ち上がった時点でこれを予想していたフォルゴは自分の前に障壁を張っている。規模は通常のそれよりも低いものの、魔法の使えない今のユウキの拳で打ち砕けるような代物ではない。このまま障壁に激突すると予想したフォルゴは一歩もたじろぐことない。そんな彼の誤算があるとするならば彼の戦闘センスの高さと、体内での魔力制御の高さを甘く見ていたことだろう。


 魔力によって強化された右腕をフォルゴの間に張られた障壁に向かって振り出すと、その腕は視認できないほどの速度で振り出される。矢のように放たれた拳は目の前に張られた障壁に轟音を立てながら衝突すると、そのまま張られた障壁を突き破りフォルゴの胸に突き刺さる。黒と思っていなかった拳を受けたフォルゴは声を上げる暇すらなく二十メートルほど吹き飛び、そこから転がることで停止する。吹き飛ばされたフォルゴは胸に直撃した不意の一撃で白目をむいている。


「Oh……」


 そんな悲惨な現場を目の当たりにしたディンスルは思わず声を上げる。フォルゴの張った障壁は決して脆弱なものではない。戦闘の中で張られれば面倒だなと思えるほどには強度のあるものだった。しかし、ユウキは魔力によって右腕部を強化して難なく貫いて見せたのだ。問題だったのは身体能力の強化ではなく、そこに至るまでの速度だった。ディンスルが彼と話している時には魔法で肉体を強化していなかった。ということは立ち上がってから殴るまでの間に強化を完成させたということになる。つまりその非常に短い時間で魔力を腕に集中させ、拳を放ったのだ。とても魔法を学び始めて三日の人間の精度ではない。凄まじい成長速度だった。


 そんなユウキの成長速度の速さに感嘆の声を上げたディンスルは倒れているフォルゴのほうに視線を向ける。ピクピクと痙攣している兄を見て、ディンsる右派同情を禁じ得ない。が、正直今回の件はユウキが悪いかと言われれば何とも言えないタイプの事件。そのため、今回は兄の手当てをイリスに任せることにする。

 

「……まあ、兄貴倒れちまったから別の訓練でもするか。もちろんお前向きのな」


 拳を振りぬいた体勢のまま固まっているユウキの肩を叩くと、ディンスルはイリスに兄の面倒を頼み、木々を足場にしてその場を離れていく。解放されているフォルゴに一瞥やったユウキは離れていった彼の背中を追いかけるようにして足を強化し追いかけ始めるのだった。





















 やっとの思いでディンスルに追いついたユウキ。やはり軽業師のような動きにおいてはユウキは彼の足元にも及ばないため、進む速度に大きな違いが出る。それでも慣れない身体強化を駆使し、死に物狂いで走り追いついたのだ。


 そんな彼を迎え入れるようにして立っていたディンスルは早速といった感じで口を開く。



「よーし。これから兄貴に代わって俺が相手になってやる。安心しろ、お前向きの特訓だから」


 そういうと彼は跳びあがり、近くの木の枝に着地する。その際、木の枝はほとんど揺れることなく歯の揺れる音はほとんどない。


「さて、俺の見立てを先に言っちまおうか。ユウキ、お前実は殺し合いの経験ないうえに、人殺しなんてしたことないだろ?」


 彼の指摘にユウキはまるで図星化のようにびくりと肩を揺らす。それもそのはず。実際に彼の指摘は事実なのである。ユウキはこの世界にきて冒険者として一流といっても差し支えない華々しい活躍を見せてきた。しかし、その功績の下にあるのはドラゴンやウミヘビといった巨大な、かつ人間ではない生物たちだった。これらのような自然を相手にしてきたユウキは、今まで喧嘩を嗜むことはあっても殺し合いをしたことはない。ましてや人殺しなどしたことがなかった。対人戦における重要事項でもある読みあいという経験が不足していたということもあって、ユウキはジラドとの戦闘であそこまでの苦戦を強いられたのだ。


「まあまあ、そもそも人殺しなんて機会はない方がいい。だが、お前の場合、ここから先はおそらく対人戦のスキルは必要不可欠になるだろうな。そもそも、お前の腕を切ったやつに借りを返すんだろ?」


 ディンスルの言葉の最後の一節を聞き、ユウキは表情を鋭くさせる。当たり前だといわんばかりの殺気を放つユウキの殺気を受け流しながら言葉を続ける。


「だから俺が相手になってやる。近接型のお前の相手をするには十分以上だ。対人戦のすべてを教え込んでやるぜ」


 そう啖呵を切ったディンスルは挑発するように手を動かし不敵な笑みを浮かべて見せた。それが開戦の合図なのだと理解したユウキは地面を強く蹴りディンスルに襲い掛かった。ここから一か月の間続く二人の死合いが始まった瞬間だった。


 次回からは時間線が少しばかり複雑になり、視点もだいぶ変わっていきます。前書きで補足していきますので気楽に読んでいただけますと幸いです。

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