第八十九話 魔法、教わることになりました。
翌日、エルフの里で魔法を学ぶことになったユウキは早速一本の綱を持ちイリスとフォルゴの前に立っていた。しかし、魔法を教わるというにはいささか面持ちが違う。まるで今から死闘に向かうようなユウキの表情に加え、苦虫をかみつぶしたかのような二人の顔。イリスに至っては怯えている。
「なあ……、本当にやるのか?」
フォルゴが心配するように声をかける。兄弟の中で唯一彼のことなどどうでもいいといったスタンスである彼がここまで心配している。ユウキは一体何をしようとしているのだろうか。
彼のというに対してユウキは迷うことなく返答する。その表情は迷いなど感じられないほどまっすぐなものだった。それを見たフォルゴはもう止める気はないと言わんばかりに溜息を吐く。
「……わかった。イリス、お前も覚悟決めろ。あれはもう何を行っても止まらんぞ」
「………………うん、…………わかった」
苦悩の末、絞り出すような声で彼の言葉に答えたイリスはぎゅっと目を瞑る。
「…………よし、それじゃあ始めるぞ。包め、食らえ、奪え」
「溢れる生命よ、零れ行く血と魂よ。汝、彼の者を包み、滑り落ちんとするものを受け止め浄化し、蝕まんとする悪意を打ち消したまえ。そして彼の者を守り給え」
フォルゴの合図と同時に二人が同時に詠唱を始める。それと同時にユウキは左腕を上にあげフォルゴは横に回り、その手を支えるように手のひらを掴む。
「殺せっ!」
フォルゴの魔法の最後の一節が唱えられる。それと同時にユウキの身体はフォルゴの魔法によって毒に侵され自由が奪われる。全身から力が抜け、今まで自分の物であったはずの身体が言うことを聞かなくなる。膝からは先ほどまでが嘘のように力が入らなくなり崩れ落ち、そのせいで握られていた紐は抜け出るようにして彼の手のひらからするりと消える。同時にその紐によって重力に逆らう力を得ていたものが、重力に逆らえなくなり落下を始める。
三人の頭上、ちょうどユウキの腕の上あたりでつるされていたリベリオンが重力に従い落下を始めたのは三人の誰もが分かったことだった。このままいけばどうなるかは言うまでもなくわかること。ユウキは今すぐにでも腕を引っ込めて回避しなければならない。しかし、彼の腕は逃がさないと言わんばかりに掴まれている。もうどうすることもできない。落下するリベリオンはユウキの腕に万物を切り裂く刃を突き立て、そのまま何事もなかったかのようにすり抜けた。当然「すり抜けた」という言葉は比喩、刃を突き立てられたその腕は肘から少し上で切り落とされ、彼の身体はその痛みで崩れ落ちる。
しかし、ユウキは腕が切り落とされたにもかかわらず小さく唸り声をあげるだけであり、痛みで悶絶することはなかった。本来であればその痛みで悶絶、いや気絶してもおかしくないところ。それにはフォルゴの掛けた毒魔法が要因としてあった。彼の毒魔法で彼の身体の神経をマヒさせることで痛みを軽減させたのだ。とはいえ多少の痛みは来るため、それですべて解決とはいかないのだが、それは置いておくべきだろう。
ユウキの腕を持ったフォルゴは痛みと毒で崩れ落ちた彼の腕に持っている腕をつけると、そこに包帯をぐるぐると巻き始める。そして巻き終わったのを確認し、次はイリスが回復魔法をかけた。彼女の持てる最高の単体回復魔法。それによってユウキの体を蝕む毒は浄化され、切り落とされた腕がつい三十秒前と同じように元通りになる。付随するようにして抑え込まれていた痛みの残留物が彼の身体を駆け巡り、ユウキは腕を抑えながらうずくまる。
少しして立ち上がったユウキは左腕の状態を確認する。右腕はイリスの魔法もあり完全な状態でつながっており、違和感などまったくなくなっていた。
「よし、リベリオンの能力実験は成功だな……」
涙を流し、痛みをこらえるように眉間にしわを寄せているユウキがそう呟くと、凄惨な様子を見せつけられていたイリスが彼の下へ駆け寄り彼の背中をさすり始めた。今回このような暴挙に至ったのはリベリオンの効果を確かめるのと同時に右腕にかけられたままの呪いを解除するためにあった。彼があの戦闘でリベリオンを使いこなせるようになったとき、彼は本能的にこの大剣であれば呪いが解除できると確信を得ていた。自身を妨げる呪いや魔法をすべて断ち切り跳ね返す、そのための力を与えるものがこのリベリオンだと理解したユウキはこれ以上右腕の痛みに悩まされずに済むよう、右腕を切断、即座に修復することで右腕の痛みを断ち切った。
「しかし、貴様も無茶をする。もしこれで呪いを除去できなければどうするつもりだったのだ?」
「だめだったときはイリスが解呪の魔法を作ってくれるのを待つつもりだったさ。呪いを断ち切れようと断ち切れまいと腕はつながってたし、無駄になることはなかったさ。それより問題が解決した。はよ魔法を教えてくれ」
左腕をぐるぐると回し左腕が絶好調であることを見せつけた。自らの腕が落ちたとは思えないほどの切り替えの早さにフォルゴは絶句し、大きく息を吐いた。本人がこう言っている以上、止める気など彼らにはない。教えてほしいと頼むならば教えることにしよう。
「はあ、その切り替えの早さはなんなんだ。まあいい。これからお前に魔法を教える。ついてこい」
そう告げたフォルゴはユウキに背を向け歩き始める。ユウキもそれについていくように歩き始める。その道中、彼の脳裏によぎった疑問を問いかける。
「そういえばなんでお前が教えてる役になってるんだ?俺の記憶が正しければイリスが教えるってことになってたはず」
ユウキがそう問いかけるとフォルゴは前を向いたまま彼の問いかけに答える。
「あの子は天才肌故に教えるということに慣れてなさすぎる。基礎すらできないお前があの子から教わったら一年かかっても魔力制御すらできん。だから俺が教えることになったんだ」
「ふーん。ま、俺はわかりやすく教えてくれるんなら何でも」
適当に世間話をしながら二人がたどり着いたのは一つの泉の前。何の変哲もないように見える水が湧き出ている泉の前に立ったフォルゴは、その前にしゃがみ込み、懐から取り出した器に水を汲むとその水を差しだしてくる。
「全部含め。二、三回ゆすいだら全部器に出せ」
「おう?とりあえず分かった」
彼の端的な説明の意味が分からず首を傾げたユウキ。しかし意味は分からずともどのような行動をとればいいのかは分かった。魔法に関して無知な彼が行うべきはその言葉の通りに行動すること。言われたとおりに入っている水すべてを含んだユウキは、口内をゆすぐとそのまま器に水を吐き出した。すると吐き出した水は真っ黒に染まっておりその中にはキラキラと光る何かが浮いている。透明な水が嘘のような変化にユウキは驚きを隠せない。
「おぉ~……。なんか面白く変わったな」
「どれ、見せてみろ」
ユウキは言われるがまま中身が見えるような角度でフォルゴに器を渡す。すると受け取った器の中身を覗き込んだフォルゴは一瞬唖然とした表情を浮かべたかと思うと器をひったくるように奪い取りその中身を見ながら考え込み始めてしまう。魔法を教えるという目的を忘れてしまった彼に一体この水が何なのかを問いかけようとするユウキであったが、よほど集中しているのかフォルゴが彼の問いかけに答えることはない。
この状況をどうしようかと考えるユウキ。そこで割って入ってきたのはいつのまにか彼の背後に立っていたイリスであった。彼女はユウキの服の袖をクイクイと引っ張りながら問いかける。
「どうしたの?」
「ああ、あの水が何なのか聞きたくてさ」
「あの泉から沸く水は魔水っていう特別なもの。口に含めば自分の魔力の特性がわかるの。他にも飲めば体内の魔力の強化ができたり。それより何かあったの?」
「いや、あいつが水見た瞬間あんな感じになっちまって。話しかけてもぜんぜん答えねえでやんの」
「ふーん。ちなみに色は何色だった?赤?青?それとも紫?」」
「真っ黒だった。それになんかキラキラしたもん浮いてて星空みたいだった」
ユウキがそう告げると、イリスもまた驚いた表情を浮かべ兄のもとへ駆け寄っていく。何が起こっているのかを理解できていないユウキが黙り込み腕を組んで二人の動向を見守っていると、数十秒経ってやっと二人が戻ってくる。
「……すまないな放置して。あまりないタイプの色の付き方だったもので、少し驚いてしまってな。それで貴様の魔法の適正についてなんだが、おそらく貴様は全魔法に関して適性がある。加えて番外な種類の魔法の適正まで持っている。本当にただのヒュームか疑わしいレベルの魔法適正だ」
「知ってた」
フォルゴの口からすらすらと語られていく彼らにとっての衝撃の事実。しかし、事前に知っているユウキからすれば自分にそこまでの力があることは驚くべき様なことではない。そんな心境を現すかのように反射的に口から出た言葉。それにフォルゴは首をかしげたが重要でもないと思ったのか、そこに触れることはない。気持ちを切り替えるように小さく咳払いをしたフォルゴは話を続ける。
「ただ、貴様の番外魔法に関しては俺の記憶にはない。そこに関してはこれからの修業を通じて自分で見つけるしかない。そのためにもまずは魔力操作の修業を行わなければならん」
「お、やっとスタートか」
「魔力操作は魔法の基本となる基礎的な技術だ。これができなければどんなに強い魔法適正があろうと宝の持ち腐れとなる。肝に銘じておけ」
「具体的に何をすればいいんだ。俺の中の魔力なんて感じ取れんぞ」
ユウキが手を上げ問いかけるとフォルゴは自分の胸の前で手をかざして見せる。すると、彼の手の中に光の玉が現れ、徐々にその光を強くしていく。
「今からこれを貴様に渡す。お前はこれを維持することだけに意識を集中しろ。少しでも維持ができるようになったならばそのころには自分の中の魔力を感じ取れるようになっているはずだ」
「コツとかはないんですか?」
光の玉を維持したまま、自分の体の周りでくるくると回し続けているフォルゴ。これが手本であると示すように
器用に扱う彼を見てユウキは問いを投げかける。最初からここまでできるなどという驕りは持っていないが、それ以前の問題としてコツのようなものがなければ何年かかってもできないという事態に陥りかねない。
「そんなものはない。何度もやって感覚を掴んでいけ。俺たちや先人だってそんなふうに魔法を習得してきたんだ。練習あるのみだ」
フォルゴはそういいながら光の玉を手のひらで固定し、投げるようにしてそれを渡してくる。それを受け取る体勢をとるユウキであるが、光の玉は単なる魔力の塊、それ自体は実体のない靄のようなもの。掴もうとした手をすり抜け、光の玉は霧散する。しかし、その一回で魔力というものがどのような感覚であるかを理解する。
もう一回、と言う前にすでに光の玉を準備しているフォルゴは再び光の玉をユウキに投げつけるが、二回目もキャッチには至らず、何もできないまま霧散する。
「あとはこれを繰り返すだけでいい。キャッチできるようになったら次のステップだ。イリス、後は頼むぞ」
そういうとフォルゴはあとの修業をイリスに任せ、その場を立ち去っていく。長老の側近として彼だって暇ではない。破れた結界の張り直し、里の復興、外界の状況の情報収集、その他諸々と非常に多忙を極めている。今回わざわざ時間を作ったのは妹を救ってくれた礼のようなもので、本当はこんなことをしている場合ではないのだ。
「……じゃあ続き頑張ろう」
「……オッシャ!」
イリスが修行の再開を宣言すると同時に、ユウキはこれからの修業に合わせて気合を入れ直す。雄たけびを上げ両手で軽く頬を張ったユウキは魔力制御の修業を再開するのだった。




