第七話 初依頼、受理しました。
昨日、夕食を取ることもなくベットで静かに眠りについたユウキは、意外にも早く日が昇り始めたころ目を覚ました。簡単に身なりを整えて部屋から出て下へ降りるとユーナが一人で虚空を見つめながら耳元を抑え座っている。知り合いの少ないユウキはすぐさまユーナに近づき声をかける。
「おはよう」
ユウキの挨拶が耳に届いていないのか、ユーナは虚空を見つめ続け声に反応しない。このままでは会話もできないと判断したユウキは注意を自分に向けることにした。ユーナの肩に手を置き体を揺さぶる。すると、ようやく彼女の意識がこちらの世界に戻る。自分の肩を掴むユウキを見て顔を驚きで染めたユーナは慌てて声を発した。
「お、おはようございます! すみません無視しちゃってましたか!?」
ユーナは立ち上がりながら深々と頭を下げる。声をかけた側のユウキは声をかけたのだけにも関わらず、頭を下げさせてしまっていることを悪く思い気にするなという意を込めてユウキが肩を叩く。それでユーナは戸惑いながらもゆっくりと顔を上げる。
「どうした。かなりぼーっとしてたみたいだが」
「ちょっと頭が回ってなくて。寝起きだからですかね……」
そういった彼女は照れくさそうにはにかんでいる。一度小さく息をついたユウキは納得したように首を縦に三度振る。ユーナとの話題が一段落したユウキはロビーを見回すようにして三人の所在を聞いた。
「遅刻、しちまったかな?」
これでなんとなく質問の意図を掴んだらしく、ほぼノータイムで彼の問いに答える。
「ええ、三人は自分たちの依頼があるからと朝早くに出て行ってしまったようで」
「それじゃ、何でロビーでボーっとしてたんだ?」
そういうとユーナは一瞬戸惑ったような表情を浮かべると再び照れたようにはにかんだ笑顔を向ける。
「それは……、やっぱり初めての依頼は一人じゃ不安なので……」
ユーナの言葉の意味を理解したユウキは、ああ、という納得したような声を上げた。ユーナは暗にユウキに依頼についてきてほしいと言っているのだ。彼女自身得てして起こった状況ではないのかもしれないが、不安なのはユウキも同じである。三人という安心できる経験者がいない今、安心を獲得するためには頭数を増やすのが一番いい。
「それじゃあ一緒に行こうぜ。どうやら考えてることは一緒みたいだし」
「それじゃあよろしくお願いします!」
ユウキが差し出した手をユーナも優しく握り返すと、それがスイッチのようにユウキの腹が唸り声をあげた。その音を聞いた二人は顔を見合わせる。
「まずはご飯にしましょうか。昨日ご飯も食べていないみたいですし」
ユウキは熱くなっていく顔の温度を抑えるように素早く首を縦に振る。目的の定まった二人はまずは腹ごしらえをするために宿屋から出た。
道端に出ていた屋台で朝食を購入した二人は集会場に向かう道中でそれを頬張りながら歩いていた。二人の手にはフランクフルトじみたものが握られており、ユウキは二つ、ユーナは三つ握っていた。二人とも食べることに必死で言葉を交わすことなく歩き続ける。食べながら歩いていると十分もしないうちに集会場にたどり着いた。先日のような事故が起こらないようゆっくりと扉を開けると、既に中は人でにぎわいカウンターは人でごった返している。列で待つのを嫌った二人は示し合わせたように集会場の隅に移動し一旦世間話に興じることにした。
カウンターに向かう人々がまばらになったころ、二人はカウンターでペンを走らせているサリーナの前に立った。
「おはようございます。今日はお二人なんですね」
サリーナは並び立つ二人をみて接客業らしい人当たりのいい笑顔を浮かべる。
「ええ、俺が寝坊してしまって」
「私もです。それに私が依頼についてきてほしかったので」
その言葉に別に深い意味があるわけではなかった。しかし、それを聞いたサリーナは勘繰るような視線を二人に送った。しかし、二人ともその視線の意味に気付くことなくスルーする。しかし、そんなことはないだろう、と判断したサリーナは不躾な視線を向けるのをやめ、気持ちを仕事モードに戻す。
「これから初任務ですか。頑張ってくださいね」
ぐっと腕を上げ、胸の前でポーズをとるサリーナ。
「ええ、もちろんですよ。それでなにかいい依頼は……」
ユウキは応援に笑顔で応えた。
「それならうってつけのやつがありますよ。ギルドからの依頼でドクナオダケ五個の納品です」
聞き覚えの無い名前がサリーナの口から出たため、ユウキはつい疑問の声を上げる。
「もしかしてそれまんま過ぎたりしない?」
「まあ、ご指摘の通り解毒作用のあるキノコです。いろいろな毒に作用するので使い勝手がよく、すごく需要の高いキノコなんですよ」
そう言いながら、サリーナはカウンターの下から分厚い図鑑を取り出し、ドクナオタケのページをユウキ達の前に差し出す。
「……マジ?」
「マジです」
そのページには赤と紫、時々黄色といった毒々しい色合いをしとても解毒作用のあるとは思えないキノコが描かれていた。この色合いはむしろ毒を直すほうじゃなくて毒を与えるほうだろう、とユウキは頬を引きつらせた。何も知らない人に見せたら毒キノコだと思うこと間違いなしの物だった。
「こんな色ですけど、解毒作用はお墨付きです。……もちろん素手で触れますからね」
無意識にユウキが手をさすっていたのを見て、サリーナは気にかけるようにして補足をする。それでもユウキは逆に触れた部分が腐り落ちそうで気が気ではなかった。
「どうします?受けますか」
「そりゃもちろん。簡単だってんなら受けない理由はないね」
そういったユウキはユーナにも意見を聞くために視線を向ける。彼女も同じ意見だったのかノータイムで首を大きく縦に振った。
「そうですか。ではこの任務受理書にサインを」
「分かりました」
ユウキはペンを受け取り、何の気もなしにサインを書く。書きながら思ったが、ユウキはキノコなどの動植物について全くと言っていいほど知らない。こんな依頼がある以上、この世界ではキノコや野草には高い需要がある、というのがユウキの認識。今回は事前に見せてもらうことができたため、対象を知ることができたが、今後はどうなるかわからない。このまま知識がない状態でいるのは、これから依頼を受けるのにも支障が出るだろう。終わったら図鑑でも買おう。そう考えたユウキは思い当たる店、まずはあの雑貨屋に行くことにした。
「終わりました」
いつの間にかユーナに書類を取られていたユウキはユーナの声で自分の世界に戻ってくる。
「はい、受理しました。それでは頑張ってきてくださいね」
受理書を受け取ったサリーナは奥に書類を持ったまま戻ろうとするが、ユウキは依頼の違和感を覚えた部分を思い出し、サリーナに質問する。
「すいません。一ついいですか」
「何でしょう?」
書類を持ったまま背を向けていたサリーナは振り返る。
「ギルドからの依頼、って指定がかかっているってことは何か特別なことでもあるんですか?」
ユウキの疑問に隣にいたユーナからも声が上がる。それを聞いたサリーナは受付嬢らしく説明を始める。
「それじゃあ一応説明しておきましょうか。ギルドで扱う依頼というのはその多くが民間からの依頼です。家のペットが逃げたから探してほしいとかそれにあたりますね。その場合は報酬の一割をギルドが仲介料として回収します。しかし、ギルドで必要だからなどの理由でギルドからの直接の依頼が出されることがあります。その場合は仲介料が無しで報酬が通常よりも高いんです。あまり説明すると長くなってしまうので詳しくは昨日買っていただいた本を読んでみてくださいね」
サリーナの説明を聞いた二人は納得したような息を漏らす。ここで思いがけずユウキは冒険者の報酬のシステムを知る。生きていくうえで重要な部分であるし、知っておいて損はない。棚から牡丹餅である。貯金は大量にあるため、今すぐギルドからの依頼を狙う必要自体はないが、もし今後必要になった時のために、出来る限りいろんな種類の依頼を受けることにすることにした。
「それでは頑張ってくださいね」
激励を背に受け、二人は集会場を出た。




