第八十四話 エルフの里、襲撃されました。
夜の帳が降り、静けさが里を包み込んでいる。そんな中、一か所だけ光が灯り活気に満ち溢れている場所があった。里の中心部、里を包んでいた結界の起点となる場所だった。多くのエルフが鉱石でできたオブジェを取り囲みそこに魔力を注ぎこんでいる。近くでエルフに囲まれながら作業の指揮を執っているフォルゴ。指示を出しながら自分の作業を執り行っている彼のもとに一人のエルフが近づいてくる。
「兄貴ー。夜食持ってきたぜ」
鍋と二つのカップを持ったディンスルが彼の肩を叩き、見せつけるようにして顔の横まで持ち上げたカップを振る。それを見たフォルゴは一瞬目を細めたかと思うと安心したように一息吐き近くの椅子に腰かける。ディンスルは鍋からカップにスープを注ぐとそれを彼に手渡した。
「どうよ調子は?」
自分の分のスープを注ぎカップに口をつけたディンスルが問いかける。それを受けてスープを啜っていたフォルゴがその問いに答える。
「順調に進んでいる。この分だったらあと一週間もあれば張り終われる。それよりもそっちの様子はどうだ?森で変わったことはないか」
その問いが飛んできた瞬間、ディンスルは顔を顰めた。何かあったのだろうかと目を細め訝しんでいると話すことをまとめ終わったディンスルが口を開く。
「いや、森の様子がおかしいっていうのもあるんだけど……、どうも帝国のほうがキナ臭くてな。帝国の軍が森の中を通ってギレルトの方に向かって行っている。それも結構大規模な奴だ」
「……ギレルトの方で何かあったのか?」
「聞くところによると王女が誘拐されたとかなんとか……。ただ、この情報も又聞きだから審議のところが分からん。明日親父に相談して情報収集に行ってこようと思ってる」
「……わかった。その状況だと何が起こるかわからん。下手に足元をすくわれんようにしろよ」
「分あってるって」
カップの中のスープを飲み干したディンスルは再度スープを注ぎ直す。それを横目で見ながら自身もスープを飲み干したフォルゴが重い口調で言葉を紡ぐ。
「それで……、あの男の様子はどうだ?」
「ん?ユウキのことか?暴れることもなく平和に生活してるぞ。心配してんのか?」
「………………まあ、そうだな。皮をかぶっているかもしれない人間を疑ってかかるのは当然だろう。お前だけじゃなくイリスも仲良くしているようだからな。もしお前たちが失われでもしたら目も当てられん」
目を伏せ発したその言葉にディンスルは目を細めた。兄の悪い癖だ。何か怪しい動きを見せた部外者をとことん疑ってかかる癖。それを払しょくするには相当の時間か、行動が必要になる。里のナンバーツーを背負っているものとしては疑ってかかるのは当然かもしれないが、長年それを見てきたディンスルから見れば鬱陶しい事この上なかった。
「わかってねえなぁ。もうあれから二週間も経つんだぜ?そんだけあれば人となりは見えてくる。それに魔法も使えない人間にやられるわけねえだろ?」
「わかってないのはそっちだ。奴にはエルフの結界を無意識のうちに破壊するほどの力があるんだ。まともな力じゃない。下手にその力を振るわれたら足元をすくわれるぞ」
「むう。それもそうか」
フォルゴの叱責するような口調に思うところが口ごもるディンスル。彼のせいでエルフの里は今やてんてこ舞いになっており二週間も結界の張り直しに躍起になっているのだ。
「とにかく奴の行動には注意しろ。問題が起きなければなんでもいい」
「りょーかい。そういやイリスは?部屋にもいなかったんだが」
「大爺のところにでもいるんじゃないか?どうかしたのか?」
「どうせ夜更かしでもしてるしあいつにもこれ持って行こ」
ディンスルはそういうとフォルゴからカップを受け取り、彼の言う大爺の家に向かおうとする。歩き出し扉に手を掛けようとしたその時、爆発音とともに建物が大きく振動する。
ショックで身を強張らせたディンスルであったが、すぐ硬直から復帰し外に駆け出していく。それと入れ替わるようにしてすぐ、別のエルフが室内に入ってくる。
「ほ、報告です!ドラゴンが、ドラゴンが現れました!」
「さっきの衝撃はそいつの影響か!今すぐ迎撃の体勢を取れ!何よりも優先してここを死守するんだ」
フォルゴが指示を出した直後、別のエルフが室内に入ってくる。
「報告いたします!現在、ディンスル様が対応に当たっていますが、その、相性が悪いとのことで援軍をよこしてくれとのことです!」
その直後、小屋近くにブレスが着弾し、その衝撃で小屋が大きく揺れその火片で小屋が燃え始める。
「お前たちはこの小屋に五重に障壁を張れ!何としても死守しろ!他は非戦闘員を避難させると同時に負傷者の救護を!決して誰も死なせるな!」
彼が指示を出すと同時に周りにいた兵士たちが一目散に動き始める。それを見送る前にフォルゴ自身も外へ駆けだしていく。直後、外に出た彼の目に映ったのは、燃え盛るエルフの里とその元凶であるドラゴンと戦っている弟の姿であった。
巨大な翼で宙を舞うドラゴンに対し、手首の付け根から生やしたブレイドで斬りつけるディンスル。しかし、ドラゴンの特性も相まってかすり傷を負わせるだけに留まる。
「あークソ!相性最悪だよ!」
エルフの里を襲撃してきたドラゴンと戦闘を繰り広げるディンスル。真っ先に戦闘を試みた彼は自身の戦闘スタイルとドラゴンとの相性の悪さを嘆きながら目にもとまらぬ高速戦を繰り広げていた。
ドラゴンが飛んでいることはまだいい。自身にも宙を舞う敵への対策はしてある。しかし、それ以上に彼の頭を悩ませている問題があった。彼の戦闘スタイルは主体は体に刻んだ刻印に魔力を流し、そこから発動する魔法で魔力の刃を体から生やし斬りつけるというもの。小柄な体格と素早い動きで相手を翻弄し、どこからでも生えてくる刃で斬りつけるというトリッキーな動きを主戦力としていた。非常に洗練されたその動きはエルフの里でもトップクラス。対人に限って言えば大陸でも指折りの実力者であった。現にドラゴンの攻撃を回避し、隙を見て斬りつけている。
しかし、今回はそのスタイルが問題となっていた。ドラゴンという種族の特性上魔法というものが肉体に通りにくい。その影響で必殺の一撃を持つはずの攻撃がかすり傷を負わせるだけという不名誉な結果に終わっていた。これには彼のドラゴンとの交戦経験の少なさもあった。エルフの里の特性上、外界からドラゴンが襲ってくることはなく、彼自身も里の外に出たことがない。そのせいでドラゴンの特性は知っていてもそれに対してどのように対応すればいいのかが身についていないのだ。
ドラゴンの背中に飛び乗り五回斬りつけてもかすり傷しか負わせられない。そのことに歯噛みしながらドラゴンの背中から飛び降り着地する。背を向けていたドラゴンに視線を向けなおすと、ドラゴンは口の中を赤く染め、炎を蓄えている。直後、ドラゴンは蓄えた炎を巨大な火球に変え、それをブレスとして吐き出した。
さらに頭を悩ませている問題がもう一つ。彼の戦闘スタイルは回避に大きく重点を置いている。その影響で彼は障壁魔法をあまり得意としていない。そのせいで火球は回避するしかないのだが、回避してしまえばエルフの里にブレスが飛来し里の被害が大きくなる。だが、今ブレスをその身で受けてしまえば彼はしばらく戦闘不能になってしまう。彼が前に立って戦闘を行っていることでエルフの里の被害は最小限に抑えられている。そのことを自覚しているがゆえに彼はブレスを受けることが出来ず、回避せざるを得なくなっていた。
打ち出されたブレスを回避するディンスル。回避したブレスは里に直撃し焼き尽くそうと広がっていく。彼はそれを傍目で見下ろしながら再び跳び上がり攻撃にかかる。もちろんドラゴンも黙ってはいない。身体をよじり足を振りながら近づいてくるディンスルを迎撃しようとする。しかし、こと近接戦に限って言えばディンスルのほうがはるかに上。暴れるドラゴンの一撃を躱し、肉体に手を掛け軽業師のように移動しながら斬りつけていく。器用に体を操りながら斬りつけていくディンスルに対しドラゴンは強引に上下左右に飛び回り彼を振り落とそうと試みる。その強引な動きに縋り付けなくなったディンスルは振り落とされる。空中で乱れた体勢を立て直し、着地しようとすると、その直後、ドラゴンは再びブレスの体勢に入った。それを見て回避の動きに入るディンスル。せめて被害を軽減しようと既にブレスが直撃した場所に誘導しようとしたその瞬間、ドラゴンの動きが不自然に停止する。そしてドラゴンがあらぬ方向に首を向け、虚空に向かってブレスを吐き出した。
「兄貴!ナイスタイミング!」
この行動が誰によるものかをすぐに理解したディンスルは発せられていた魔力のほうに視線を向ける。そこには手を上げながら近づいてくるフォルゴの姿がありその傍らには戦闘用の武器を手に握るエルフの兵士たちの姿があった。
「気を抜くな。お前の攻撃がまともに通じないんじゃ相当な長期戦になりかねんからな」
そういった直後、フォルゴの挙げられていた右腕が弾かれるようにして跳ね上がる。直後、ドラゴンが再び暴れ始め口腔内に炎を溜め始める。それを見たディンスルたちは気を引き締め直しドラゴンに相対する。
「突っ込むから援護ヨロシク!」
「任せておけ」
お互いの顔を見ることなく言葉を交わした二人。直後、彼らのもとにブレスが飛来する。放たれたブレスは彼らを焼き尽くそうと直撃と同時に爆炎を上げる。しかし、その直後、爆炎の向こうから跳び上がったディンスルが姿を現す。高く跳び上がった彼は再びドラゴンを斬りつけようと手首の根元と足の裏からブレイドを生やす。爆炎の晴れた先からは傷一つ負うことなくドラゴンを見据えているフォルゴがいた。
そんな二人を見てどちらを優先すべきかを決めたドラゴンは持ち合わせた羽を羽ばたかせ、向かってくるディンスルを蹴りつけようと急降下する。宙に浮き方向転換のできないディンスルに回避する方法はない。そのまま直撃するかに思われた。が、ディンスルに慌てた様子はない。むしろ待ってましたと言わんばかりに口角を上げる。
ドラゴンの蹴り、合わせて巨体が直撃しようとしたその瞬間。空中に浮くディンスルの身体が不自然な横移動を起こしその一撃を回避する。それと同時にすれ違うドラゴンの身体に両腕を振り下ろし傷をつけると、さらに足の裏のブレイドを形状変化させ、フックのようにして引っかけドラゴンの身体に縋り付く。
一方、ドラゴンを見上げているディンスルは右腕を左に振りぬいており、その指先からは魔力で構成された意図が伸びていた。先ほどドラゴンの自由を奪ったのも、ディンスルの軌道を変えたのも彼の糸であり、これこそが彼の得意魔法であった。その強度は一度絡めとられては人間では千切れないと言われるほどであるのだが、さすがに魔法の効かないドラゴン相手では斬られてしまった。まあそれはそれとして、この魔法の利点は設置することで味方の援護が出来るという点である。小柄なディンスルとは非常に相性がいい。エルフの里の高い木には既に彼らの周囲には糸が設置されており、ディンスルがこれを勝手に使うことで、攻撃を彼に任せてフォルゴ自身は防御やほかのことに集中することを可能にしている。
今回は防御は他に任せて彼自身も攻撃に加わることにした。指から延ばした糸をドラゴンに向けて振り下ろし極細の刃としてぶつける。が、ここでもまた火力不足という問題が発生する。ぶつけた意図はドラゴンの鱗を撫でるだけで傷つけるまではいかない。
それに対して舌打ちを打ち眉間にしわを寄せる。自分の糸で傷をつけられないとなると奴に傷をつけられるのは現状ディンスルだけということになる。ということはこの戦いが相当な長期戦になるということになる。援護のために魔法を放ったとしても、ディンスルに付与してもどちらにしても大した効果は生まないだろう。となればこの戦いはディンスルの魔力が切れる前に撃退、あるいは討伐できるかという戦いということになる。
負担がディンスル一人にかかってしまい、大した援護もできないことにフォルゴたちは不快感を露わにする。しかし彼らに黙ってみているだけの余裕はない。せめて里への被害軽減と負傷者の保護に回らなければいけない。フォルゴは取り巻きの兵士たちに負傷者の救助とブレスに対しての防御を固めるように指示を出し、自分がディンスルの援護に回ることを伝える。それを受けて兵士たちは動き出し、フォルゴも援護のための詠唱に入る。
「覆え、集え、包め、守れ」
その詠唱の直後、ディンスルを覆うようにして障壁が展開され、ドラゴンの振り回す尻尾の一撃から彼の身を護る。同時にディンスルが張り巡らされた糸を使い、器用に背中に移動すると羽に狙いをつけ刃を振り回し薄い皮膜を切り裂いていく。しかし、そこは飛行するにあたって最重要な部分であるというのはドラゴンが一番理解されている。切り裂かれたと認識した直後、彼は自分の身体をひっくり返し、背中の上の人物を振り落とす。突然ひっくり返られ対応しきれなかったディンスルはそのまま振り落とされてしまった。
空中で体勢を立て直しきれいに着地したディンスルは現状をフォルゴと相談する。
「さすがにきりがなさすぎると思うんだが。魔法も効かねえしよ」
「すまん。俺の攻撃も効いていない。付与魔法も効果はないだろう。俺が出来ることはお前に障壁を張ることだけだ」
二人は頭上で羽ばたいているドラゴンを見据えこの後の行動に備える。そんな中、ドラゴンは口内に炎を蓄えながら、地上で自分のことを見上げている二人に注意を向けると同時に周囲を見回していた。空を飛んでいる最中、人里が見えて食事のために降りてきたにもかかわらず一人の男に阻まれて全く捕食できていない。おまけに降りてきた直後はたくさんいたはずにエルフが既に周囲にはほとんどいなくなっており、残っているのは捕食に手間のかかりそうな者たちばかりになっている。羽虫に等しい小さきものにここまで邪魔されたことにドラゴンは怒っていた。しかし、ここで引いてしまうのは捕食者であるドラゴンのプライドが許さない。何とか捕食できそうな存在がいないかと視線を振り、対象を捜索していた。
ドラゴンは捕食対象を探すため視線を右に振った。その瞬間、二人のエルフがその瞳に映った。その二人には眼下のエルフのような戦士の気配を感じない。あれならば簡単に捕食できる。そう考えたドラゴンは牽制程度にブレスを吐いた。
しかし、そのブレスはディンスルとフォルゴの二人には通用しない。障壁の張られているディンスルはそのままブレスに突っ込み、フォルゴは指先の糸を振り払い迎撃しようとする。糸がブレスを切り裂くと同時に火球は爆発し二人とドラゴンの間に壁を作り出す。それを飛び越え再度ドラゴンを切り裂こうとするディンスル。しかし、爆炎を通り抜けた彼の目に映ったのは星光る夜空であり、そこにドラゴンの姿はない。爆炎で一度視界が切れてしまった彼はドラゴンを見失っており、その動向が一瞬つかめなくなっていた。
いったいどこへ、そう考える暇もないほどすぐに地上から彼に向かって声が届く。
「ディンスル、右だ!」
その声に従いディンスルが右を向くと、ドラゴンが自分たちに背を向けている。先ほどまでやる気満々であったのになぜ急に引く気になったのだろうかと考えようとしたその時、ドラゴンの向こうにあったもので答えを直観する。そしてそのことを伝えるために大声を上げた。
「兄貴ぃ!イリスと爺様だぁ!!!」
そう叫んだ直後、ディンスルは糸を足場にしてドラゴンに向かい飛翔する。遅れて気づいたディンスルも行動に移りドラゴンの進行方向上に糸で結界を張り巡らせた。ドラゴンの進行方向にはイリスとその肩を借りて歩く大爺がいた。ドラゴンがそのような行動に出た理由など決まっている。それが分かっていたからこそ、二人は即座に行動に移った。しかし、二人の行動ではドラゴンの進行を食い止められなかった。ドラゴンは恐ろしい飛行スピードで糸の結界を突き破って強引に進み、ディンスルの追跡を寄せ付けない。
「イリス逃げろぉ!」
ドラゴンを追うディンスルがそう叫んでもイリスは未曽有の事態に硬直し動けなくなっている。彼女は魔法特化のエルフであり、近接戦に対する心得は全くない。彼女ではドラゴンの対処はできない。このままでは何もできないまま、食い殺されることになるだろう。
間に合わない。二人は同時にそう思ってしまった。それと同時にどれだけ手を伸ばしても、魔法を繰り出してもこの状況からでは彼らにはどうすることもできないことに気づいてしまった。無意識のうちに彼女が食い殺されてしまう光景を考えてしまい、背中にツララを入れられたように冷たくなり出てはいけない汗が噴き出る。
二人が彼女に向かって必死で手を伸ばすがイリスをすくうこともドラゴンを食い止めることもできない。最悪の光景がうっすらと瞼に映る中、ドラゴンは彼女に向かってその開かれた大きな口を向けるのだった。
久しぶりに書きますか。いよいよストックが尽きました。三日後までに何とか一話書きますが、都合により書ききれなかった場合、投稿できない可能性があります。その時はご了承お願いいたします。




