第八十二話 冒険者、置かれた状況を知りました。
檻の中で再度目を覚ましたユウキはベットから起き上がると固まった体をほぐすようにして伸びをする。先ほどはそんなことをやっている暇はなかったが、今はとりあえずの安全を確保できている一度気を抜いても許されるだろう。全身のコリをほぐし大きくあくびをしたユウキは檻の外に視線を向ける。そこには先ほど自分のことを弁明してくれた男が座っており、彼が目覚めるのを待ちかねてしまったのか座った眠りについている。
足枷がつけられておらず檻の中での自由を獲得しているユウキは男のほうに近づくと柵越しに手を伸ばし、彼の身体を揺さぶった。その動きに反応した男はすぐに目覚め、ユウキの存在を確認すると笑みを浮かべる。
「おう起きたか。さっきは無理やり眠らせちまってすまなかったな」
「気にすんな。怪しいやつを運ぼうと思ったらそうするのは発想として当然だからな。ところでお宅の名前は、……ディンスルだっけか?」
「おう、改めて自己紹介させてもらうぜ。俺はディンスル。森の中のエルフの里に住んでる一介のエルフだ」
「んじゃ俺も返さねえとな。俺はユウキだ。ただの負け犬冒険者だよ」
お互いに自己紹介を終えた二人はともに手を差し出すと、お互いの手を掴み友好を築く。がっちりとつかんだ手を離した二人は会話に戻る。
「んじゃあんさんも状況を知りたいだろうし、軽く説明させてもらうぜ。ここはエルフの里で大勢のエルフが住んでる。あんたは森の中で倒れてたから俺が連れていた。んでたぶんだけど倒れる前に無意識のうちにエルフの里を守ってた結界を破壊しちまって今捕まってるってわけだ」
「ご説明どうもありがとう」
ディンスルの説明に感謝を伝えたユウキはそのまま床に寝転がった。その体勢のまま会話を続けようとするユウキ。しかしディンスルはそれに不快感を示すことなく彼との会話に付き合う。
「俺の大剣ってどこにある?」
「お前の大剣なぁ。里の入り口まではお前が握ったまま運んでくることが出来たんだが、入り口のところで落として誰も運べないからそこに置きっぱなしにしてあるぞ。他の荷物は全部別でちゃんと保管してあるから安心してくれ」
「そっか。それならよかった。そういえばまだ言ってなかった。俺の腕をつなげて動くようにしてくれてありがとう。おかげでこれからの生活で不便になることはなさそうだ」
「ああそのことか。ほんと大変だったらしいぜ。傷口がぐちゃぐちゃでおまけに出血もひどい。回復魔法で治すには相当苦労したみたいだぜ」
「その口ぶりだと治療をしたのはあんたじゃなさそうだな」
「おう、俺たちの末妹よ。一回顔見せに来たって言ってたし後で連れてきてやるから本人に礼を言っとけよ」
「あのちっちゃい女の子か。頼む」
寝転がったまま体勢を変え、右腕で頬杖を突いたユウキはディンスルを観察し、言葉を発した。
「……もしかしてお前もだいぶ小さいか?」
「お、喧嘩売ってんのか?高く買い取ってやるぞ?」
そういい立ち上がったディンスル。彼の身長は今まであってきた男性の中でも二回りほど小さく百五十センチほどしかないように見える。それが気に食わなかったディンスルは檻の外から手を伸ばしユウキにつかみかかろうとしている。しかし、背が低ければ腕も短い。檻から離れた場所で寝転がっているユウキにはもう少しのところで手が届かず、必死でつかもうともがいている。
「ああ、馬鹿にしたつもりはなかったんだ。すまんな許してくれ」
「まあ、別に慣れっこだし気にも留めてねえからいいんだけどさ」
座りなおしたユウキが頭を下げ謝罪をするとディンスルは先ほどのやり取りが嘘のように表情を戻し、再び座り込んだ。その後も二人で話を続けていると二人の居る空間に一人の客が訪れる。
「兄ぃ……、いる?」
「ああ、イリスか。手間が省けた。こっち来い」
そうディンスルが客を手招きするとユウキの前に一人の少女が姿を出す。フードで顔を隠し、ローブの裾を引きずりながら檻の前に姿を見せる。
「紹介する。俺の妹でお前の腕をくっつけたイリスだ」
「イリスか。俺の腕をくっつけてくれてどうもありがとう」
ユウキが感謝の言葉を伝えながら握手のつもりで手を差し出すとイリスと呼ばれた少女はディンスルの後ろに姿を隠してしまう。彼の身体から目だけを出し弱弱しい視線で自分のことを見ている少女に罪悪感を抱いたユウキは肩をすくめながら腕を引っ込める。
「すまんな。こいつ人見知りで、おまけに他所の人間と会うことなんてなかったから戸惑ってんだ」
「まあ別に構わんけどさ。お前ら兄妹か。多分あの時の側近の男も兄弟だろ?」
「よくわかったな。俺たちは四兄弟でな一番上が親父の隣にいたフォルゴ、二番目が俺、三番目が今ここにはいないけど妹がいて、で一番下がこいつ」
ポフポフとイリスの頭を軽くたたきながらそう説明したディンスル。それを聞いたユウキはなぜか違和感というか聞き覚えを感じていた。しかし、その正体を掴むことが出来ず会話を再開する。
「ふーん。三番目ねえ」
「そーそー。あいつ最近いきなり帰ってきたかと思えばまたすぐ出て行っちまって。でもなんかあいつ楽しそうだったな。友達が出来たーとか」
このディンスルの言葉でユウキは掴んでいた違和感の正体をようやく理解した。
「あー、そいつ知ってるかもしんないわ。多分アルピナだろ?」
そのユウキの言葉に二人は目を見開き驚いた表情を浮かべる。
「そうそう!そいつが三番目よ!しかし、気難しいあいつと友達になるってよっぽど根性あるな!」
「……うん、まあいろいろあったんだよ。それに多分友達ってのは俺じゃなくて他の奴のことを指してると思うぞ」
ユウキは彼女の名前を聞き、ダルクレイでの出来事を思い出す。辛かったことと楽しかったこと、二か月ほどの短い期間ではあったが非常に濃密で退屈しない日々だった。
「そうなのか?まあ知り合いなんだったら仲良くしてやってくれ」
うんうんとうなずきながら笑顔でそう言ったディンスルは思い出したように話を切り替える。
「そういやイリス。なんか用があってきたんじゃないのか?」
「うん……、この人さっき見に来た時まだ痛がってたからまた治癒魔法かけに来たの……」
「ああ、そうなのか。というわけでユウキ、聞いての通りだ。檻越しに左手だしてくれ」
「ハイハイ」
ユウキは促されるままに左手を柵の隙間から差し出す。その手を恐る恐るつかんだイリスは手を掴んだまま詠唱を始める。
「万物に宿りし魔力よ。かの者を癒したまえ、守りたまえ。そしてかの者に祝福を授けたまえ」
詠唱を紡ぎ終えた直後、ユウキの身体を魔力の光が包み彼の腕を癒そうと試みる。腕を包み込む光はまるで液体のように蠢いている。その光が消え、包み込んでいた魔力が大気に溶け消えたとき、ユウキは腕の状態を確認する。しかし、魔法の効果は感じなかった。現に乱暴に腕を振り回してみると未だに電流が走ったような痛みが走る。
「やっぱりだめ……」
「そんなにかかりが悪いのか?」
「うん。何か、呪いみたいなのがかかってるみたいで魔法がうまくかからない。解呪すればいいんだろうけど本に書かれてないやつだから造るのに何日もかかっちゃう」
「弱ったな……。完治するまで拘束するわけにはいかないしな……。かといって完治する前に放逐すんのも……」
イリスの言葉でディンスルはうんうんと唸り始める。彼女らの言葉を信用するとユウキはこれからいつ完成するかもわからない解呪の方法を待たなければならないということになる。解放され、里の中で自由に動くことが出来るのであれば別に構わないのだが、檻の中で待たなければならないとなれば大問題である。檻という自由を奪われた状態で何日も待たされることになるのは彼の精神衛生上非常によくないことになる。
「ともかく、もし解呪まで待ってもらうことになればある程度の自由は保障するように打診しておく。とりあえずはそれで勘弁してくれ。イリス」
「わかった。頑張って解呪の方法を作る」
そういったイリスはユウキに向かってペコリと頭を下げるとそのまま牢獄を後にする。ディンスルの言葉を聞き、納得と同意を得たユウキはそのままイリスを見送り、彼らに対して何かを言うことはなかった。
牢獄を後にしたイリスを見送った二人は再び顔を見合わせる。そこで生まれた沈黙に特に意味はないがなぜか生まれてしまったどちらも口を開くことのできない虚無の時間。数秒続いたその時間を潜り抜けた二人。先に口を開いたのはディンスルであった。
「さて、こっから個人的な話になるんだが」
「お前、転生者だろ?」
彼の指摘にユウキは体をびくりと震わせ、彼のことを見つめた。無意識のうちに睨みつけるような視線になってしまった彼の視線を受けてディンスルは一瞬体を強張らせるが、すぐにその視線を受け流し何ともなかったかのようにふるまい始める。
彼の指摘を受けたユウキは一体なぜその指摘をしてきたのか考え始める。しかし、彼らが指摘してきたということを考えれば結論は出た。そもそもこの世界には転生者という概念は根付いていない。彼が一年以上生活していて現地の人々の口から転生云々という言葉を聞いたことがない。それを踏まえれば彼の口からそのような言葉が出るということはそういうことであると結論付けられる。
「もしかしてお前もか?」
「そ。まあ、俺はお前と違ってこっちの世界で生まれたんだけどな。だからエルフとして生きてる」
ディンスルはそう言うと指で頭から生える耳をピンっと弾いた。彼の言葉を聞いて納得したユウキは無意識のうちに発していた警戒心を解き、ベットに座りなおした。
「てかこっちの世界で生まれるってことあるんだな。てっきり俺たちみたいに引き継いでこっちの世界に来るみたいな感じだと思ってた」
「二パターンに分かれるみたいだな。そのままこっちの世界にくる奴、こっちの世界で生まれなおす奴のパターンがあるらしい。どういう分けられ方をしてんのはわかんねえけどな」
捕らえられた男と監視の男はそのまま時間の許す限り、世間話を続けるのだった。




