第八十一話 冒険者、目を覚ましました。
遠い遠い神界から自らの身体へと帰還した彼の意識は、まず体にゆっくりと目を開くように指示を出す。その指示に従いゆっくりと瞼を上げたユウキ。まず彼の眼前に広がったのは見覚えのない、石造りの天井であった。自分が倒れた森から別の場所へ移動させられたという事実を理解したユウキはさらに思考を深めていく。倒れた場所からここまで移動させられたのは何らかの目的があってこそ。ならば一体どのような意味があるのだろう。とはいえそこにたどり着くには材料が少なすぎる。運んできた人物の人物像も何もかもが分からない。砂漠から石ころを探すような所業である。一度そのことを思考するのは止めにすることとし、まずは自身の置かれた状況の確認をすることにした。
気怠さを感じながらゆっくりと体を持ち上げたユウキは違和感を感じ取り、自身の右腕を見る。切り落とされたはずの右腕はその痕を大きな傷として残してはいるものの斬られたことが嘘かのように動かせるほどにつながっていた。これからずっと隻腕で過ごすことになると考えていたユウキにとってはまさに青天の霹靂、思ってもみなかった幸運であった。これからも両腕で生活できることに安心感を覚えていると、足もとにも違和感を感じる。視線を下げ自分の足元を見ると、彼の足には足輪が装着されその先からは太い鎖が伸びており彼の動きが制限している。さらには彼は窓のない暗々しい牢獄らしき場所に入れられている。これではまるで囚人であった。
ここでユウキは、帝国の兵士たちに捕らえられたのではないかという考えに至る。わざわざ生け捕りにした理由はわからないがこのままでは想像するのもつらいほどの辱めを受けることになる。早くここから逃げ出さなければ。そう思ったユウキは逃げ出そうと行動を起こすが、彼は自分の手元には大剣は存在していないことに気づいた。このままでは鎖を断ち切ることが出来ない。
このままでは、と焦り始めたところでユウキはぼんやりとジラドとの戦闘を思い出した。腕を斬られた後の意識は朦朧としていてはっきりとは思い出せないが、ぼんやりと自身の籠手やブーツが武器のように変形したことを思い出す。あれならばこの鎖を断ち切ることが出来るかもしれない。一筋の光明を見出したユウキは早速をそれを試そうとする。
だがここで問題発生。やり方が分からないのだ。あの時のあれは火事場の馬鹿力で発動したため、どういう発動条件で、どのように発動させたのかがわからない。記憶を辿って発動方法を探ろうにも記憶が曖昧過ぎて何もわからないのだ。だが、ここで止まることはできない。ユウキの意識は思考の海に溶け込んでいく。何とか発動条件を見つけようと彼の思考はどんどん深まっていき、自身に近づいてくる人物の存在に気づかないほどまで沈んでいった。
「あ、起きた……?体の調子はどう……?」
彼の牢獄の前に立った少女はユウキに向かって消え入るようなか細い声で向かって声をかける。しかし、ここで無駄な集中力を発揮するユウキ。少女の問いかけに気づかない。
「ねえ、聞こえてる……?」
先ほどよりも少し張った声で問いかける少女であるがそれでも彼の脳漿を震わせることはできない。
「ねえ!」
地下の牢獄に響き渡るほどに声を大きく張り上げた少女であったが、悲しいかな、それでもユウキには届かなかった。よほど集中しているらしく、それほどに切羽詰まっている。だが、少女にそんなことは関係ない。堪忍袋の緒が切れた少女はユウキに指を突きつけぶつぶつと呟き始める。一秒もかからず終わった呟きの直後、彼女の指から魔力の塊が生み出され、そのままユウキに打ち出された。
「ドオゥ!?」
その衝撃でようやく集中を解いたユウキはやっと少女の存在に気づき、彼女のほうに意識を向ける。不満そうに頬を膨らませている少女からは常人より長い耳が生えており、彼女がエルフであることを分からせる。
「大丈夫?」
頬を膨らませたまま、怒気を含んだ声を上げた少女は突き出した指をユウキの腕にずらす。その意図に気づいたユウキは左腕を振って見せた。
「ああ、大丈夫だ、ぜえェッ!」
二、三度腕を振ったところで左腕に痛みが走り、話していた言葉が歪む。
「うん、まだ治りきってないんだね。後で治癒魔法かけるから待っててね」
そういうと彼女は檻の前からパタパタと離れていく。離れていく彼女を引き留めることもできず再びに一人になったユウキは座り込む。彼女の言い方だと敵意はないのだろうか。ここは一体どこなのだろうかといろいろ思考を巡らせるユウキ。結局誰かに聞かないと状況が理解できないということを理解したユウキは、一度思考を止め自身の身体の状態を確認することにした。彼の身体におかしなところはなく強いて言うならば体が重いくらいだった。特に何もされていないことを確認したユウキは安心感で体を弛緩させる。靄がかった視界の中、自身の寝ていたベットに寝転がったユウキは働かない頭で戦いを思い返すようにしながらゆっくりと目を瞑った。
次に目を開いたユウキの目に飛びこんで来たのは威厳のある姿で玉座に付く髭面のエルフの男だった。ベットで寝ていたはずなのになぜこんなところにいるのかと衝撃を覚え本能的に体を動きそうになるが、動くことが出来ずに膝をついたままの体勢のまま状況を確認する。
彼の手には手には手枷がはめられ、身体は丈夫な鎖で固定され足は膝の部分を鎖で地面に縫い付けられている。まともに動かすことが出来るのは首だけという自由という言葉が失われているかのような状態にされていた。まともに体を動かせない不快感から身をよじらせながら、目の前の男のほうに視線を向けるとその傍らには一人の男が立っており、さらにその周りには多くの男たちが立っている。特徴的なのが、全員エルフの耳であることである。里から出ないというアルピナの言葉を信用するのであれば、ここがどこであるか理解することが出来る。
目の前で起こっていることに驚いていると、玉座に座る男が口を開いた。
「おい、ヒュームの男。命が惜しければ正直に答えろ。我々の里の結界を破壊したのは貴様か?どのように破壊した?どこでその方法を学んだ?」
まくしたてるようにして問いかけてくる男の言葉を自分の中に落とし込み内容を理解したユウキは息を吸い込むとその問いかけに対して最も簡潔でわかりやすい答えを返した。
「何の話?」
ユウキの返答に目を見開き戸惑いを見せた男。取り巻きの男の一人に視線を向けると男は首を横に振った。そのことでさらに目を見開くと、さらに問いかけを重ねた。
「では貴様は結界どころか、何も知らないと?」
「ああ。そもそもここがどこかも知らないし、あんたらが何なのかもわからん」
そういうと男は顎に手を当て思考をし始める。少し考えた男は現状をまとめるようにして言葉を紡ぐ。
「では、貴様は意図せずしてここに入り込んだということか」
「そもそも入り込む云々がよくわかってないんだが?」
ユウキがそういった瞬間、彼の背後にある扉が勢いよく開き一人の男が入ってくる。そして部屋に立ち入ると同時に気の抜けたような男に向かって報告と思しき言葉を紡ぐ。
「調べ終わったぜ~。どうやら結界が壊れたのはこいつの持ってた大剣のせいみたいだな。あの大剣、魔力なんかを断ち切る力があるみたいだ。そのせいで結界にヒビが入って割れちまったみたいだ」
彼の報告を聞いた男たちはユウキを射殺すような視線で睨みつける。その視線にあてられたユウキは初めて体を強張らせる。その一連の流れを見た報告者はユウキを彼らの視線から解放するように続けて補足を述べる。
「つってもこいつに悪意はなかったと思うぜ。俺が見つけたときには既に死にかけ。腕は取れてそれどころじゃなかったからな。ここに入ってきたのも無意識だと思うぜ」
「その話の根拠はどこにある?お前の話だけじゃ信用に足りん」
「何かあれば毎度毎度一人で見に行ってんだ。間違えるはずがねえだろ」
男の最側近の男が口を開くと、報告者はどこかケンカを売るような口調で彼の問いかけに答えた。二人の間に一触即発の空気が流れる中、玉座に座る男は彼らの報告をまとめるようにして結論を出した。
「今回はディンスルの言葉を信じよう。貴様に悪意がないのであればこれ以上何も追及することはない。しかし、未だに危険分子としての疑いは晴れていない。そのため、再び貴様を檻に投獄する。いいな?」
「まあ、俺の質問に答えてくれるんなら疑いが晴れるまで檻に入ってるよ」
「話が早くて助かる。おいディンスル、こいつを檻に連れていけ」
「アイサー」
男の出した指示に溜息をこぼした最側近の男は溜息を吐きながら小さく呟きの声を上げる。それと同時にユウキの周りを靄が包み込み、ユウキは思考にもやがかかったようにまともに何も考えられなくなる。その影響で倒れこむ体を背後の男が支え、耳元で小さく呟いた。
「俺があとで質問に答えてやるからそれまでに質問考えておきな。それじゃしばらくお休み」
そのつぶやきを最後にユウキは深い深い闇の中に沈むのだった。
「それにしてもすげぇ大剣だった。どんなに魔法で体を強化しても持ち上がらねえし、魔法を打ち込んでも魔法を弾いちまって弾けた魔力の残滓を吸収しちまうんだ。よっぽどご主人様が好きみたいだな」
ユウキを縛り付けていた鎖を解き放ち、肩に担ぎ上げたディンスルと呼ばれていた男はその傍ら、自分が調査していた大剣のことを話始める。
「なぜそいつがそんな代物を持っている?そんなものは我々の先祖でもまともに作れなかったものだぞ」
それを聞いた最側近の男、フォルゴはユウキをいぶかしむような視線で睨みつける。
「んなこと俺が知るか。こいつに聞かなきゃ何にもなんねえだろ」
それをよく思わなかったディンスルは彼をその視線から避けるようにして自分の身体を傾けながら、玉座に座る男のほうに話を向ける。
「どうする、親父。そのことこいつに聞いてみるか?」
「……可能であれば聞いておけ。まずは結界の張り直しが最優先だ。追及は後でいい。フォルゴ、お前は結界の張り直し作業に加わってこい。お前が入れば作業効率も上がるだろう。ディンスル、お前はさっさとそいつを檻まで連れていけ」
「わかりました父上」「りょーかい親父」
二通りの返答で父の指示を聞いた二人は各々の行動に移りその場を後にする。彼らを見送った父であるザレイトスは玉座を後にし、自分の仕事に取り掛かるのだった。




