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冒険、始めちゃいました。  作者: カイナベル
第五章 帝国編
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第八十話 王女様、森を駆けていました。

 森の中で出会った男と契約をつけ、一人森の中を走るクリミア。男とはバレッタと交換で兵士たちを足止めする契約を取り付けている。彼が働いてくれれば多少は自分が逃げる時間を作ることが出来るだろう。


 実際に男の働きが相当よく効いているのか、彼女を追って来る兵士はほとんどおらず、もし彼らに見つかりそうになったとしても彼らはまるで彼女のことが見えていないかのように明後日の方向へ進んでいってしまう。このままいけば森から抜け出すことが出来るかもしれない。そう考えながら走り続けるクリミア。しかし、彼女の体力は決して多くない。根性のあるほうである彼女だが、それでも肉体の限界というものは訪れる。


 時間も距離もわからなくなるほどにまっすぐに走り続けた彼女は木にもたれかかるようにしてへたり込む。これ以上は走れない。そう思った彼女は体に心も委ね、一度休憩を取ることにした。座り込んだ彼女は膝を抱え込み顔をうずめ、自身の持つ存在感を消していく。体を縮こまらせ気配をかき消した彼女は息を吐き整えると同時に瞳から涙を流したのだった。なぜか?簡単である。彼女は助けてくれた男を犠牲にしてしまったことを悔い、罪悪感に苛まれていたのだ。


 彼ら六芒星騎は一介の冒険者が相手どれるような存在ではない。ましてや彼はたった一人。何十人以上に囲まれているという状況。逃げることなど不可能に近い。五体満足で切り抜けられたら奇跡、五体満足で死ぬことが出来たのならそれでも御の字である。彼女の瞳に映っていた未来。見えていた未来はどちらかが犠牲にならなければならない場面であったが、それでも彼女は彼を犠牲にしてしまったことを悔いていた。


 涙を流しながら自分の行いを恥じるクリミア。しかし決断を下してしまった彼女にもはや迷う資格はない。彼女にできることは進むことのみ。止まることは許されない。簡単に息を整え立ち上がったクリミアは再び帝国の反対側、森の出口に向かって走り始める。


 帝国兵士たちの追手は既に姿が見えなくなっている。もう完全に撒いたと言っていいだろう。しかし、兵士たちを振り切った彼女に別の問題が牙をむき始める。必死で逃げていた彼女に気づかなかったが、この森の中は恐怖で満たされた監獄のようなものだ。入ったら二度と出ることが出来ないとされているうえに、森自体の薄暗さでどれほど進んだのかも、どれほど時間が経ったかもわからない。もう日は上っているのか、それとも二時間と経っていないのか、これ以外の様々な要因、――身内に命を狙われたことを筆頭にして――、も彼女に襲い掛かり、壮絶なストレスを与えていた。加えて走り続けたことで蓄積された肉体的疲労もそれを助長させ、彼女に負担をかけ続けていた。


 薄暗い森の中をひたすらに、ただ一人、孤独のままに進み続けるクリミア。初めて感じる恐怖と戦いながら駆ける彼女は、肉体が限界に近づき始めていることを全身で感じ始めていた。しかし、いつ襲われるかわからないこの状況、無防備に横になることはできない。幸いなことに彼女は男からすぐに使うことのできる銀貨を渡されている。当面の生活に困ることはない。ならばと彼女は足を速めようとする。手っ取り早く森を抜けてそのあとたっぷりと休息を取ろう。


 そう考えた彼女は木の上で自分のことを見る存在に気づくことなく森の出口に向かって走り続けた。


 それからしばらく走り続けた彼女はついに少し先に日の光を発見した。それと同時に肉体が細胞レベルで歓喜し、恐怖から解放された体が無意識のうちに速度を上げる。限界近いはずだった身体の驚くべきパフォーマンスに彼女が気付くことはなかった。


 物事の終わりの近くなった最も気の緩む一番最後に何かが起こることもなく、クリミアはとうとう森を抜けた。日の光を浴びその暖かみを感じたクリミアは、まるで一か月以上日の光を浴びていなかったではないかと思うほどその暖かみを懐かしく感じてしまい無意識のうちに涙を流す。恐怖から解放され体が軽くなったかのように錯覚したクリミアは開放感のままに、草原を走り始める。


 髪の毛を振り乱し、転んだ拍子についた泥を拭うこともなく走り続ける彼女は草原を突き抜け、誰かの農地と思しき場所に到達する。しかし彼女が目指しているのは農地ではなく町。このまま走り抜けようと隣接された道に降り立ち走り続けようとする。


 が、タイムリミット。彼女の身体が悲鳴を越えた絶叫を上げ始める。体が軽くなったなど所詮錯覚。彼女の身体はストレスやら何やらで限界以上に疲労をため込んでおり、それをアドレナリンで誤魔化しているだけだった。当然アドレナリンが切れれば限界を超えた身体は言うことを聞かなくなり、走ろうと思っても歩くことすらままならなくなる。根性でどうにかしてしまう者もいるにはいるのだが、あいにくクリミアはそんなブッ壊れ脳筋集団の一員ではない。


 一歩踏み出すと同時に全員の力が抜け地面に倒れこんだクリミアはこのままでは道で気を失ってしまう。そう考え、咄嗟に全身の力を振り絞り隣の農地の隅に隠れるようにして転がり込む。そして気力も体力もすべてを使い果たしたクリミアはそのまま農地の隅で意識を失うのだった。























「ふむ、王女を仕留めきることが出来ずそのまま逃がしてしまったと、貴様はそういうのだな」


「王の勅命に準ずることが出来ず、このジラド、後悔の言葉もございません」


 不満そうにジラドを睨みつけ頬杖をついているバルディスの前に跪いているジラド。悔しそうな表情を浮かべている彼は、肋骨の骨折は魔法で治療したものの全身に痛々しい傷が残っている。それを激戦の印として王に見せつけていた。


「それで王女が冒険者に助けられたというのは本当か?」


「確かでございます。通りがかった冒険者が王女に手を貸し、そのまま二人でギレルト本国領内まで逃げたものと推測されます」


「うむ。理由はどうであれ貴様はクリミアを殺すことはできなかったのだな?」


「申し訳ございません。ですがこのように考えることもできます。冒険者が王女を誘拐し公国内まで連れ去った。このように考えれば戦争の口実となるのではないでしょうか?今まで地形の関係や立場上攻め込むことのできなかったギレルトに攻め込む口実が出来たと考えれば王女暗殺よりも良いのではないでしょうか。それに帝国と並ぶとされるギレルトに攻め込み、勝利することが出来れば王の勇名は大陸中に知れ渡り、今まで以上に民は王を崇拝するでございましょう」


 これらはすべて彼が即興で考えた責任を逃れるために考えた口八丁である。既に様々な横暴で国民からの信頼を地に落としている彼が崇拝されるようになることなどありはしないし、そもそもユウキが誘拐したなどという事実はない。しかし、彼の口八丁で王は上機嫌そうに頬を緩ませる。


「なるほど。それならば娘を殺すよりも私のためになるな。よかろう、下がってよい」


 退出するように言われたジラドはその命令に従い、玉座の間を後にする。扉を過ぎそれが閉められたと同時にジラドは浮かべていた笑みを消し、不満そうに表情を浮かべ舌打ちを打った。


「あのクソ野郎……。自分では何もできないくせに一丁前に文句垂れやがって……」


 ぶつぶつと文句を垂れ流したジラドは玉座の間の前に立つ兵士たちに睨みを利かせるとその場を後にする。その途中、彼は一人の男と遭遇し、一度足を止める。


「クラーク殿、リパライン殿。今回は私の力不足でこのような事態を招いてしまった。本当に申し訳ないと思っている」


 彼の前からやってきたのは憔悴した様子のリパラインとそんな彼が見ていられず付き添っている様子のクラークだった。そんな彼らに対してジラドは一応後悔しているようなそぶりを見せ謝罪の意を表明する。そんな彼の対応に反応を見せ口を開いたのはクラークだった。


「いや………………、今回の一件は不幸だったとしか言えん。貴殿のような兵士が重傷を負わされるような相手。守り切れなかったのも仕方ないのかもしれん」


 そんな彼を責めることなく慰めの言葉をかけたクラーク。


「済まぬが失礼させてもらう。リパラインは疲れがたまっているようでな。日頃の激務のせいで立っているのが限界なのだ」


 そういったクラークはリパラインを連れてその場を立ち去っていく。そんな彼がジラドとすれ違う際に向けた視線は少しこれまでとは趣の違う、何らかの疑念を孕んだものだった。感づいたか。そう考えたジラドであったがあの程度の爺、いつでも殺せると考え、その場を後にする。城を後にしようとするその道中、ジラドの隣を一人の男が並んで歩き始める。


「ジラド様、お話はどうなったでございましょうか?」


 ジラドの副官であるクリースは歩速を抑え少し後ろに付くと口を開き、王との話の結果について問いただした。


「そのうち王の勅命で戦闘に駆り出されることになる。準備をするように兵たちには伝えておけ」


「かしこまりました」


 そんな彼はジラドの指示に歩きながら深々と頭を下げる。そのまま二人は白を後にし、自分の兵のもとへ帰還するのだった。




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