第七十九話 暗殺、実行されました。
クリミアが王都に戻ってきてから二十日。つかの間の休日を堪能した彼女は再び王都を離れ出張に出ていた。クラークに剣を教えてもらったり、リパラインとアフタヌーンティーをしたりと楽しい日々を過ごした。その楽しい日々が非常に名残惜しいが四の五の言っていられる立場ではない。
彼女が次に目指すのは王都の西に位置している小さな町。国境付近に位置しているその町の町長と話をするのだ。普段通り王都を出て馬車に揺られるクリミアであったが今回に限っては少し違っているところがあった。それは彼女の乗る馬車に多数の護衛がついていることだった。それも六芒星騎のジラドがついているのだ。その理由は彼女の道中に盗賊がいるため、その凶刃から彼女を守るためというものだった。
が、クリミアはこのことに違和感を覚えていた。この帝国内には財政の不安定さから大量の盗賊がはびこっている。そんな彼らに職務中に襲われることも少なくなく、そのたびに護衛の兵士たちが追い返すといった行為を繰り返していた。しかし、それでも彼女に六芒星騎などといった巨大な護衛がつくことはなかった。それに彼女の護衛に付くように指示したのは彼女の父。何か裏があるのではないかと勘繰ってしまうのも無理はなかった。
しかし、証拠もなしに彼らを追及することはできないし、ましてや咎めることなどできない。彼女にできるのは彼らが真に自分の身を守ってくれることを祈ることだった。
「ふう……」
「……一か月のお休みでは足りませんでしたか?」
溜息を吐いたクリミアに皮肉交じりともとれるような声を上げるメイド。その言葉に馬車の壁にもたれかかるようにしながら返答する。
「いいえ。自分のふがいなさにイライラしているだけよ」
再び大きく溜息を吐いた彼女につられるようにメイドも溜息を吐く。彼女とは趣の違う溜息を吐いたメイドは彼女の自虐をたしなめるような口調で話し始める。
「そんなことはございません。姫様は二十二歳のお若さでしっかりと国の政治に絡むことが出来ております。それほどまでに信頼を勝ち取っているということでございましょう。私などは姫様と同じくらいの時には仕事でミスばかりして問題児扱いをされておりました。もちろん信用など皆無でございます。いいですか姫様。それほどの若さでそこまでの信頼を勝ち取ることが出来るというのは非常にすごいことなのですよ。もう少し胸を張ってしゃっきっとしてくだされ」
「わかってるわよぅ。だから普段は見せないようにしてるじゃない。そんなことよりリパラインったらひどいのよ!」
「はいはい。お耳を貸しますのでどうぞお話になられてください」
こういう場合はしゃべらせてすっきりさせたほうがいいことを知っているメイドは彼女の言葉に耳を傾ける。馬車に揺られながらのひと時はこれから行わう職務の活力剤となるのだった。
旅を始めて十日。ようやく目的地にたどり着いたクリミア一行。さすがに帝国の端に位置する国なだけあって距離も長くなってしまっており、クリミアの身体に疲れを与えていた。が、この状況でも職務はこなさねばならない。町長や領主に顔通しをした後、本命の仕事に取り掛かる。がそう難しい内容ではなかったため、二日で全日程が終了する。旅にかけた時間と、職務にかけた時間。このバランスの悪さに苛立ちと一抹の気味悪さを覚えながら彼女は帰路に付こうとしていた。疲れた体を休めるために無防備に馬車に揺られていると馬車の壁越しに兵隊たちの声が聞こえてくる。
「おい、この後のことはどうなってるって?」
「ああ、隊長たちが副長が今盗賊たちに根回しをしてるらしいぞ」
気の抜けた声で繰り広げられる彼らの会話。しかしその内容はとても健全とは言えなかった。意図せずして耳に入ってきた彼らの会話を何としても聞きたいクリミアは扉につけられた窓を気づかれないほど少しだけ開けると続々と彼らの口からこぼれてくる会話に耳を傾ける。
「なんせ王女様の暗殺らしいからなぁ。自分たちに被害が行かないように、でも確実に仕留められるように盗賊に袖の下渡して協力してもらうらしいぜ」
「で、終わった後には切り捨てか?」
彼の言葉で二人は笑い声をあげる。しかし、渦中の本人には笑っていられる余裕はなかった。暗殺?何を言っているのか。まず彼女は最初に自分の耳を疑った。しかし、彼らの笑い声を聞き自分の耳は正常であると知らされる。いったい今の会話がどういうことなのか、すぐにでも馬車から飛び出し彼らを問い詰めたかったがすぐに冷静になり行動をぐっとこらえた。正直自分の立場を彼女は理解している。いつかこのような事態に陥るのではないだろうかとは予想はしていた。
それにどうせ飛び出したところではぐらかされるに決まっている。今、事態を混乱させるよりも後でその瞬間に自分から事態を混乱させたほうが勝率は高いを踏む。ならば今はその時のために備えよう。彼女は思考を巡らせる。
「ん……?」
「どうしたよ?」
「いやいま横目に見えた路地にあのクソったれな冒険者がいた気がしてな」
「ああ、ジラド様に歯向かい、俺たちの手を煩わせたあの?」
「ああ。でも気のせいだろうな。帝国の包囲網をすり抜けてこんなとこまで来れるわけないからな」
「そりゃそうだろう」
二人の会話の内容も笑い声も耳に届かないほどに集中するクリミア。彼女の思考は常人をはるかに上回る速度で回転し続ける。そうしなければ間に合わなくなるから。彼女の聡明な思考は糸より細い解決方法を導き出そうと必死になっていた。
馬車は町を離れ街道を進む。その中でひたすら思考を巡らせていた彼女はやっと力を抜き溜息を吐いた。生き残るための方法は見つかっていない。六芒星騎の隊長がいるエリート部隊からたった一人で逃げ切るのは至難の業だ。しかし、沸騰しかけている脳を回すのは少々非効率だ。少し休憩を取ったほうがよく働くだろう。
眉間にしわを寄せたまま目元を抑え天を仰ぐクリミア。そんな彼女の変化に気づかないメイドではない。眉間にしわを寄せているクリミアを心配するような声をかける。がその声にはどこかたしなめるような意図が込められていた。
だが、考え事にすべての神経を使っていた彼女はそれを聞き流そうとする。適当な返事で流そうと顔を上げた彼女はメイドを表情を見て考えを改めた。とても聞き流せるようなものではない。クリミアの思考を読み取って彼女がこの後何を言うかすらわかっているような表情。わかったうえで顔を顰め、真剣な眼差しで彼女を見つめていた。
こうなってはクリミアに勝ち目はない。適当に流そうとしていた思考を吹き飛ばす。
「なんでもない……、で誤魔化せるわけないわよね、うん。いい、よく聞いて。私この後暗殺されるかもしれないわ」
メイドは彼女の言葉に何の反応も見せない。
「暗殺されることに確証はないんだけど。だから……。あなたはそのとき全力で逃げて頂戴。それでリパラインにそのことを伝えて頂戴」
メイドは目を瞑ったまま、何の反応も見せない。ここまで塩対応なのは初めてだ。彼女はいつでもクリミアの無茶ぶりに応え、話を聞いてきたのだ。こんな対応は記憶にない。
意図的に無視してるのかと彼女は不安になり始める。軽く揺さぶってみようとメイドの肩に手を伸ばしたその瞬間、馬車が急停止する。
「何!?」
彼女の叫びに応えるように御者が設置された窓を開け、状況を説明し始める。
「大規模な盗賊の軍勢が街道を塞ぎ、こちらに向かってきているようです!騎士団の護衛の下、街まで引き返します!」
御者がそういうのとほぼ同じタイミングで騎士団のせかすような声が漏れ聞こえてくる。窓の端から見える王族たちと思しき軍勢。自分が本当に襲われていることを視認したクリミアは覚悟を決める。彼らが襲ってくるということは自身の暗殺開始であるからだ。
だが、彼らは待ってくれない。盗賊に背を向けるために馬車が急旋回し、それを手助けする壁の役割を果たすため、騎士たちが盗賊たちに向かっていく。そして馬車が完全に背を向けたところでものすごいスピードで馬車はその場を離脱していく。もちろん護衛の騎乗した騎士たちを伴って。盗賊団に騎乗している者はいない。スピードの違いは圧倒的で、簡単に振り切ることが出来た。
しかし、馬車は一切スピードを落とすことなく先導する騎士に従って街を素通りし、国境近くの森へと近づいていく。そしてその森と町の中間ほどの場所で急停止する。
「どういうことだ?こんな中途半端なところで止まるなんて……?」
御者も騎士団の行動に意図を見いだせず困惑の声を上げる。しかしクリミアにはわかっていた。ここまで誘導してきたのは彼女を孤立させるため。この声を聴く限り御者は白なのだろう。しかし、そんなことは何の解決にもならなかった。
困惑している御者に近づいたクリミアは窓から小声で彼に声をかける。
「落ち着いて聞いてください。有事の際には馬車を走らせてください。制止されても構わず行ってください」
「は、はぁ」
彼女の不可解な発言に余計に困惑した御者であったが、彼女の威圧感のある声に一応納得することにした。
クリミアが御者に指示を伝え終わり窓を閉めようとしたとき、その瞬間が訪れた。御者が一本の矢に頭を射抜かれ、二本目で血しぶきが馬車の中に入り込んでくる。
「貴様らぁ!王女に剣を向けるとは何事だぁ!!!」
それと同時に護衛の騎士の一人の大地を震わせるような怒声が響き渡った。彼の言葉から推察するに既に自分の乗る馬車は囲まれているのだろう。そう考えたクリミアは脱出しようと考えるが既に御者は撃ち殺されている。窓からは剣戟の音が入り込んできており、既に話の余地などないらしい。こうなっては騎士が行動を起こすまで待つか自分で行動を起こすしかない。
彼女が選んだのは後者であった。馬車の扉に手をかけ外に出ようとした瞬間、彼女の瞳に痛みが走る。その目に映ったのは手をかけている扉を貫いて伸びた剣に貫かれている自分の姿。それを理解した瞬間、クリミアは反射的に後方に後退り、扉から離れる。そして壁に背をつけた次の瞬間、扉を剣が貫き、瞬く間に豪華な装飾が施された扉をただの廃材へと変貌させた。
その向こうに立っていたのは黒ずくめの衣装で身を包み、これまた黒のスカーフで口元を隠している男だった。その右手には片手剣が握られており左手には液体の滴る短剣が握られている。滴っている液体が何かなど考えたくはない。
その男は無傷のクリミアを視認すると短剣を振り上げながら彼女に歩み寄っていく。これからどうなるかは考えるまでもない。しかし、彼女に抵抗の術はない。武器もなく、無手での抵抗方法には無知である彼女はただ振り下ろされるのを待つしかない。逃げ出そうにもこの狭い馬車の中では逃げ場などあるわけもなく唯一の出入り口も塞がれている。絶体絶命だ。
頭上で振り上げられている短剣を見つめるクリミア。あと一秒もあればその短剣は振り下ろされ容易に彼女の命を奪うだろう。その命を奪おうと男が短剣を振り下ろそうとしたその瞬間、誰もが予想もしなかった事態が発生する。
今まで微動だにしていなかったメイドが彼の不意を突き彼に跳びかかったのだ。完全に意識の外の存在に不意を突かれた男はその衝撃で吹き飛ばされ、メイドに馬乗りにされうまく身動きが取れなくなる。
「姫様!お逃げください!お早く!!!」
男の持つ短剣を両手で抑え込みながら叫ぶメイド。その叫びに戸惑うクリミア。
「で、でも!」
「私のことは構いません!どうかお逃げくださいませ!!!」
そう叫んだメイドの腹部から剣が生えてくる。短剣を抑え込むことに必死になっていたため、片手剣を抑え込むことが出来ず、さらに無防備になっていたメイドの腹部に剣を差し込むことは容易。しかし、それでも彼女は男を抑え込む力を弛めない。それどころか強くなっていく。さながら蝋燭の最後の炎のように。
その衝撃的な光景にクリミアは固まる。が、それを見たメイドは彼女の今までにないほどの声で怒鳴りつけた。
「お早く!!!」
その覚悟のこもった叫びでクリミアは動き始める。彼女の覚悟を無駄にはできない。今の彼女の使命は生き残ることに切り替わったのだ。
馬車から飛び降りたクリミアは目の前の光景を見て状況を理解しようとする。近衛兵たちはすでに半数以上がやられており、残った兵ももうすぐやられてしまうだろう。もはや彼女のとれる手段はこの場から離脱することのみである。しかし、そのことを阻止するためか、近衛兵の馬は既にすべて殺されている。敵側から奪うことはできない。再び絶体絶命の事態に陥ったクリミア。しかし、ここで一筋の光明を見出した。
馬車の後ろに佇む一頭のラプトル。一匹だけ殺されておらず、誰も乗っていない。隙さえ見いだせれば奪い取ることは容易だろう。幸いなことに馬車から飛び出した直後の自分には誰の意識も向いていない。そう直感的に判断した彼女はそのラプトルに向かい走り始める。そして手綱を握りその背中に飛び乗った。その衝撃でラプトルが暴れだしそうになるが必死でなだめると両足で腹を押し森に向かって走り始めた。
「どうだ。王女を仕留めたか?」
護衛の兵士たちをすべて仕留めたところに現れたジラド。騎乗する彼の足元にはクリミアを襲た暗殺者の男が立っており、視線を俯かせている。
「いいや。仕留めそこなった。彼女のメイドが存外しぶとかったせいでチャンスを取り逃した。だが、彼女の乗っていった俺のラプトルに毒の短剣を突き刺した。長くはもつまい」
「チッ、使えない!」
わかりやすく舌打ちを打ったジラドは彼を見下した後、自分の部下に指示を出す。
「お前たちは王女を追え!まだそう遠くに入っていないはずだ。森のほうに向かっていった!中に逃げ込まれると厄介になる。早目に捕まえて始末しろ!」
彼女を追跡するように指示を出した彼は部下とともに森のほうに向かって走り始めた。
ラプトルに乗り、命からがらあの場を逃げ出したクリミア。が、森まであと少しといったところ。突如としてラプトルががくがくと震え始め投げ出される。慌ててラプトルの様子を伺うと既に息を引き取っていた。尻尾の付け根には何かが刺さったような傷がついており、ここが致命傷になったというのは彼女でも理解することが出来た。
「ありがとう」
一言だけ、ここまで自分を逃がしてくれたことに感謝の言葉を告げ彼女はその場を後にする。ちゃんと埋葬してやることもできないこの切迫した状況に歯噛みしながら彼女は自分の足で走り始める。履いていた無駄に凝った装飾の成されたヒールなど脱ぎ捨て、邪魔なアクセサリーは途中で投げ捨てた。恥も外聞もかなぐり捨て必死で走ったクリミアはついに森へ到着する。入ると二度と出てこられないと噂されている森であったが彼女はためらいなくその森に飛び込む。
既に日は地平線の向こうに沈みかけている。森の中は薄暗く視線は通りづらい。一息つくことが出来るかと期待するクリミアであったがことはそううまくいくものではない。木々の隙間から帝国兵士が向かってくるのが視認できた彼女は再び森の中を走り始める。
彼らがどうしても彼女をこの世から抹消したいらしい。こうなってはもう帝国内にはいられない。彼女の取れる選択肢はこの森を抜けてギレルトに逃げ込むことだけだった。しかし、彼女には帝国兵士の目を欺き森まで逃げるだけの技量はない。彼女と帝国兵士の距離は相当近づいており、このまま行けば彼女はように発見されるだろう。
協力者が要る。そう考えながら走るクリミアは前方に一人の男性を発見する。この機会を逃す手はない。自身の命にすがろうとする彼女は、その男を測ることすらなく、天から延びる蜘蛛の糸を掴もうとするがごとく、その男の袖をつかむのだった。
さて、この話の内容で少し補足を。
クリミアが馬車の中で後退したあの時、実は常人であれば確実に刺殺されていました。歴戦の戦士であっても刺されていました。あの暗殺者は蜃気楼という認知されるまで極限まで気配を消せるというスキルを持っており普通であれば躱すこともできないまま、くし刺しにされていました。今回は姫様のスキルに負けてしまいましたが、本来であれば非常に優秀な暗殺者です。彼らは普段国内や世界各地に散らばり諜報活動を行っています。中には冒険者としてギルドの内情を探っている者も居ます。




