第七十八話 王女様、苦悩を吐露しました。
父に意見を突き返され、玉座の間を追い出されてしまったクリミアは意気消沈したまま、城の下を一人で歩いていた。意見を聞いてもらうことすらできなかった悔しさで部屋に戻って休もうとも思えず、目的もないままにふらふらと歩き続けていた。改めて自分の無力さを実感してしまい、自分に対する絶望感で歯を食いしばる。一応補足しておくと、彼女の力は現在帝国内でも十本の指に入るほどである。あのバルディスにはだれが何を言っても聞き入れてはもらえないため、彼女は無力でも何でもない。
しかし、そんなことを考えもしないクリミアは自分を責め続ける。こうなっては彼女は慣れに何を言われてもしばらくは自分を責めることをやめることはない。強情なのは父親譲りらしい。
しばらく自分を責めながら歩き続けていたクリミアであったが、次第に体にたまった疲れが顔を出し始める。体中が重くなり足を動かそうと思えなくなってくる。一か月近く城から離れ各地に出向を続けていたのだ。
彼女の考え方の関係でその間、浪費をせず威厳を損なわない程度の質素な生活を続けてきた。もちろんふかふかのベットで寝ることは滅多で、時には固い馬車の中で寝ることもあったのだ。満足に心を休めることもできない出向は彼女にどれほどの負担を与えていたか、そんなものは想像に難くない。
中庭を歩く足取りがふらつき始めたところでクリミアは本格的に休憩を決意し、東屋の一つに転がり込むとだらしなく椅子の上に寝転がる。幸いなことに彼女の居る東屋は中庭でも端に位置に設置されており、彼女の居る場所は死角になっている。彼女のダラシのない恰好が人目に付くことはないだろう。
ベンチに寝転がった彼女はのっそりと体を起こすと大きく溜息を吐く。浅くベンチに座りこんだクリミアは何度も溜息を吐き、未だに無力感に苛まれていた。父の横暴に抵抗することもできないまま、このまま無利益な時間を過ごすことになるんのだろうか、と疲れで働かない頭で考え続ける。疲労と無力感で精神が蝕まれているのを感じたクリミアはこれ以上考えるのをやめるため、部屋に戻ってベットに寝転がろうとするが、疲れで体を動かそうと思わない。戻りたいのに動きたくない。彼女はそんな矛盾を孕んだまま、椅子に座っていた。
それでも彼女を椅子に縛り付けている鎖を千切り立ち上がろうとするクリミア。その瞬間、彼女の居る東屋に珍客が訪れる。
「ずいぶんとお疲れのようですな姫様?そんなにダラシのない恰好をされて」
東屋に入ってきたのは甲冑を着こみ、顎ひげを蓄えた屈強な兵士であった。笑顔を浮かべながらクリミアは見ている彼であるが、見える素肌には無数の傷が刻まれており歴戦の戦士であることを伺わせる。しかし、それでいて威圧するような雰囲気はなく、むしろ安心すらできる雰囲気を纏っていた。
彼こそは六芒星騎の一角、現六芒星騎最古参であるクラーク・ジオ二クスその人である。クリミアの幼少期を知る人物であり、リパラインの旧友である歴戦の強者である。幼少期のクリミアを知っており、過去には彼女の遊び相手や剣の指南相手を務めていた心優しい人格者である。
そんな彼にダラシのない恰好を見られたクリミアは頬を赤く染めながら慌てて体勢を整える。自分の幼少期等を知っている彼に見られたからこそ恥ずかしさは膨れ上がるというもの、できればなかったことにしたい彼女は必至で乱れたドレスと体勢を整える。そして整え終わったところでまるで何事もなかったかのような口ぶりで彼の問いかけに対して答える。
「いいえ、心配されるほどではありません。それよりジオニクス殿はどうして王城へ?」
「今日はウェルクの隊との演習だったのですが、部下に私なしでの指揮の練習のために、という理由で追い出されてしまいましてな。時間が出来てしまったのでリパラインと茶でも、と」
顎に蓄えた髭をすくようにして撫で微笑みながら言ったクラークはゆっくりを足を踏み出すと彼女の体面に座る。そして髭を撫で続けながら彼女に言葉を投げかけた。
「それで?何かお悩みがあるようですが、この老骨に話してみてはいかがでしょうか?少しは気分が楽になるかもしれませんぞ?」
全てお見通しといった目でクリミアを見つめるクラーク。亀の甲より年の劫とでもいうべきか、彼に彼女の抱えている問題が見えているらしい。叶わない、何度も感じてきたことを改めて実感する。小さく息を吐きだしたクリミアは重々しい口調で悩みのすべてを打ち明けた。
彼女の悩みのすべてを聞いたクラークは背もたれに体重を預け、髭を撫で続けていた手を止め腕を組み唸り声をあげる。
「そうですか、そんなことが……。最近軍の練兵などで帝都から離れていた故、存じませんでしたが陛下がそんなことを……?最近の陛下の行動は目に余るものがありますなぁ。さてさてどうしたものか。言って素直に聞くような方ではありませんからなぁ」
うむむ、と唸り声を顔を顰めるクラーク。現王であるバルディスとも古い付き合いであるが故に彼の厄介さを知っている。そのうえでなぜこうなる前に留めなかったと後悔もしていた。
「王に仕えるのが兵士の務めではありますが、老い先短い人生ではありますが、……鞍替えするのもありかもしれませんな。……ああ、いえいえ老人の戯言です。聞かなかったことにしていただけますかな」
彼の不穏な発言にクリミアは顔を顰めるのではなく目を見開き、顔の端々から喜びをこぼした。もし彼が鞍替えして自分についてくれたらどれほど心強いだろうか。有力な貴族の党首にして六芒星騎の彼が彼女に着いたらパワーバランスの一端が大きく乱れることになる。それほどに六芒星騎というのは強力なのだ。
少し間を置いてから彼の返答に答えるクリミア。顔からにじみ出ていた喜色は既に消えている。
「……わかりました。私は何も聞いておりません、ということでよろしいでしょうか」
くすくすと笑みを浮かべながら答えたクリミアにクラークは照れたように後頭部を掻く。小さいころから知っているからこその気安さで話は弾み、気づけば疲れなど忘れてしまっていた。
「いやはや、久しぶりに楽しい時間でした。この老骨に付き合っていただき感謝の言葉もありませぬ」
「いえ、こちらも話を聞いていただけて気が楽になりました。ありがとうございました」
そういって立ち上がろうとしたクリミアは急激に力が抜けるのを感じふらりと体を揺らし、ベンチに手を突く。彼女の疲れは忘れていただけで決してなくなったわけではない。それが限界を迎え彼女の身体を満たしたのだ。疲れで満たされた体は行動一切を拒み、立ち上がることすらできない。
「ふむ。やはりお疲れだったようですな。ああ、無理に起き上がる必要はありません。ここに一人の騎士がいるのです。ここはわたくしに任せてはもらえませぬか?」
目の前に佇む騎士の声を聴いた彼女はそのまま彼に身を委ねることにした。瞼に働く重力にあらがうこともできずそのまま倒れこむようにして眠り込む。子供のように眠ってしまったクリミアを子を見守る親のような視線で見届けたクラークは彼女を抱き上げると王城を歩き始めた。
彼がたどり着いたのはリパラインの執務室。ノックもなしに彼の部屋の扉を開けると気やすい口調で話しかける。
「ようリパライン。調子はどうだ?」
「ボチボチだな、……ってお前なんで姫を担いでるんだ」
「話してたら限界が来たみたいでな」
彼はクリミアを執務室のソファーに降ろして寝かせるとガハハ、と彼女には見せなかった男らしい笑い声をあげた。よほど彼らが気安い関係であることを分からせる。軽い足取りでティーセットに向かい手慣れた動きで紅茶をいれると言葉を紡ぎ始める。
「しかし最近、王の行動は目に余るものがあるな」
「ああ、国庫の資金で銅像を建てるだけでなく高価な魔龍の宝石を購入したせいで、向こう三か月我々文官の給料は半額だ」
「そりゃ災難だなぁ……」
うんざりしたような声を上げながら紅茶を口に運ぶクラーク。
「ウェルクも誘って本格的に鞍替えしたほうがいいかもしれんなぁ……」
「一応戯言として受け取っておくぞ」
クラークの危険な発言をなかったことにしたリパラインは冷めた紅茶を口に運ぶ。しかし、彼の言っていることはもっともである。もはや彼にも忠誠心はない。今彼が抜けてしまうとこの国が崩壊しかねないため、職務についているだけで、彼の代わりにこの職についてくれるものがいるならば即座に辞めることだろう。しかし、彼の有能さから簡単には止めることはできない。ならば使える人物を変えるしかない。しかし、兄はだめだ。王と変わらない。ならば……、と視線をずらした。視線の先にはソファーで眠るクリミア。彼女の行動を見ていれば仕えるに値する人物である。彼女であればあるいはと考える。しかし、彼女がこの国の王として君臨するには父と兄が目の上のたん瘤過ぎる。やはり不可能か。
自分の考えを否定するのように首を横に振ったリパラインは彼の前に積み上げられた書類に視線を戻し職務を再開する。だが、自分に向けられた視線のせいで集中することが出来ない。大きく鼻から息を吐きだすとその視線の方向に体を向ける。
「……なんだ」
「鞍替えするならやっぱり姫様だよなぁ。一番この国のことを思っていて頭がよくて愛嬌がある。そんでもって活動的」
視線を向けたことを気づかれていたらしい。照れ隠しのように視線を逸らしたリパライン。
「本格的に考えておけよ。今の王に仕えるのは疲れるだろう?」
そういった彼はカップを置くとそのまま部屋を出て行ってしまう。その背中を見送ったリパラインは書類のほうに向き直り一言呟いた。
「……そう簡単な話な訳がないだろう」
彼はジオニクス家のように良家ではない。コツコツと積み上げてきたものと運でここまでやってきたのだ。下手なことをすれば処分されすべてを失いかねない。それに彼の立場には簡単に投げ捨てることのできない責任がある。だから意思はあっても行動に起こすことはできない。簡単に鞍替えなどできるはずがないのだ。
誰にも聞かせるつもりのないつぶやきを吐いたリパライン。何かきっかけでもないと動くことのできない自分にうんざりしながらも彼は再び羽ペンを握り目の前の書類に手を付けるのだった。
ではここで悲しいお知らせです。
今まで頑張ってきましたが、この小説を投稿している時点でストックが切れました。何とかこの話が投稿されるまでにストックを作れるように頑張りますが、ダメだった場合、今までの三日ごとの投稿から出来次第投稿という形を取らせてもらいたいと思います。遅筆な私をお許しください。




