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冒険、始めちゃいました。  作者: カイナベル
第五章 帝国編
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第七十七話 時と場面、遡りました。

 森の中でユウキがジラドと戦いを繰り広げたあの時から少しときは遡る。ユウキが帝国の王女であるクリミアと遭遇してから十日ほど経ったあたりまでだろうか。王女であるクリミアは一時的に帝都に存在している王城へ帰還していた徒歩で進むユウキと王族専用の馬車に乗って帝都に向かうクリミアでは速さが違う。それに帝都を出るタイミングもクリミアたちの乗る馬車のほうが早い。彼女のほうが帝都に着くのが早いのは当然のことだった。


 此度の出張は一か月以上も我が家から離れていた。次の仕事には少し余裕がある。それまではゆっくりと体を休めよう。そう考えながら眠たい目をこすっていると馬車の扉が叩かれる。そしてその前に立っていた兵士がメイドに何かを耳打ちした。


「お嬢様、少しお目に入れておきたいものが」


 馬車の中でうつらうつらと舟を漕いでいたクリミアはメイドの呼びかけで覚醒する。目を覚ました彼女はメイドの指示に従って馬車の窓から顔を出す。そして目に飛び込んできたものに絶句した。城門を越えてすぐのところにある少し開けた場所だったはずの場所に巨大な石像が立っていたのだ。しかも下半身は金で覆われており、掲げている剣には宝石が埋め込まれている。豪華絢爛さと景観を破壊するような非常識さを兼ね備えたそれに開いた口が塞がらない。帝国の財政状況というのはお世辞にはいいとは言えない。ただでさえ、王である父の浪費によってギリギリの財政を強いられているのだ。このようなものを建てる余裕などない。


 どうやって資金を捻出したのだろうか。そう考える前に彼女の馬車に一人の男が近づいてくる。


「お仕事お疲れ様でございました姫様。ご無事で何よりです」


「リパライン!これは一体どういうこと?」


 彼の名はリパライン・ブレイオット。この国の実質的なナンバーツーの男であり、裏では彼女に忠を誓っているこの国最高の文官である。


「そのことについてお話がございますので後でお時間をいただけますでしょうか」


 顔を俯かせ言いにくそうに、しかし有無を言わせる語気で言葉を紡いだすぐに馬車から離れていく。この国の政治を実質的に取り仕切っている人物であるため、非常に多忙で山のような仕事を抱えている。時間を一秒でも無駄にはできないのだ。戻ってきて間もなくの彼女に気を使ったという側面もあるのだろう。


 その心遣いに甘え、一度身だしなみを整えることにしたクリミアは自室に向かい、洋服等を着替え、身だしなみを整える。そしてリパラインの待つ彼の執務室に向かった。ノックをし入室の許可が出たクリミアは間髪入れずに扉を開け室内に入っていく。そして開口一番あの石像について問いかけ始める。


「あの銅像は何、リパライン!?」


 そう彼女が問いかけると、机に向かって書類と戦っていたリパラインは彼女のほうに向き直ると目元を揉みながら彼女の問いかけに答える。


「あれはバルディス陛下が造ることにしたものです」


「そんなことはわかってるわ!問題なのはなんで造ることにして、その費用はどこから出ているのかっていう話よ!」


 しかし、彼の返答が彼女の知りたかったことはそんなことではない。彼の少しズレた返答に少し苛立ちを覚えたクリミアは声を荒げ再度問いかける。


 しかし、リパラインだって彼女がそのことを把握していることはわかっている。先の返答は仕事で煮えたぎっている自分の脳内を一度冷やすと同時に、説明しなければならない事柄の整理の時間を作るためのものだ。


「では順を追ってご説明させていただきます。まずなぜ造ることにしたかですが、陛下曰く自分の権威を見せつけるためとご本人がおっしゃられていました。そして資金はどこから出ているかですが、……残念ながら国庫から捻出されています」


 彼の答えにクリミアは絶句する。予想は出来ていたが絶句せざるを得ないのだ。もはやこの国にはそんな余裕はない。それが分かっているのかわかっていないのか、父はあの石像を作り上げようとしている。博愛主義者を自称するクリミアでも頭を抱えるレベルだった。


「付け加えておきますと、銅像の持つ剣につけられた宝石ですがただの宝石ではなく魔龍の宝石をご購入されたため、通常の二倍ほど費用が掛かっております」


「ウソでしょ!?」


 リパラインの補足を聞き、クリミアは威厳をかなぐり捨て驚きの声を上げる。彼女も魔龍というのは知識として知っている。その一帯が落とす宝石についても。その価値は他の宝石とは比にならないほどに高く、どんなに小粒なものであっても一般市民が十年は暮らせるほどの価値があるのだ。先ほど彼女が目視した限りでは宝石はそこそこの大きさをしていた。それを買うのにいったいいくら賭けたのか。小さくめまいがしてくる感覚を覚える。


「どうして止めなかったの!」 


「我々も財務状況などを提示して思い直すように進言したのですが、聞き入れてはもらえず強行されてしまったのです」


「……そうよね。あなたが止めないわけがないわよね。ごめんなさい」


「いえいえ、お気になさらず汚れ役を買って出るのが私の役割ですから。今も業者の動きを妨害し完成を遅らせていますが、大した効力は望めませぬ。完成までは時間の問題でしょう」


「わかったわ。少しお父様と話をしてくるわ」


「お待ちを姫。お帰りになられたのですからせっかくですからわたくしの休憩に付き合ってはいただけませんかな?」


 そういったリパラインは部屋の隅に置かれたティーセットに近づいていくと、慣れた手つきで紅茶を入れ始めた。何を悠長なことを、と言い部屋を後にしようとしたクリミアであったが、今の自分を鑑みて足を止める。今の自分は少し感情的になっている。これでは彼女もまともな議論は出来ず感情的に言葉を吐き捨てるだけになってしまう。であれば一度落ち着いて理論的な会話をしたほうがいい。そこまで考えて彼は言ったのだ。そう考えたクリミアは素直に彼の申し出を受け入れることにしよう。


「ええ。少しだけ付き合わさせていただきます」


 にこやかな笑顔を見たリパラインは紅茶をティーカップに注ぎ始める。国のために働く姫とそれを信じ忠をささげる臣下。二人は短いティータイムを楽しむのだった。



















 リパラインとの短くとも楽しいティータイムを終えたアルピナは父であるバルディスのもとへ向かっていた。目的はティータイムの前と同じ、石像建造に対して異議を唱えることである。リパラインが説得して止められなかったのだ。彼女が言ってどうにかできる問題ではないかもしれないがそれでも声を上げることこそが重要だと、彼女は考えている。そのために彼女は行動する。


 父がいる玉座の間にたどり着いたクリミアは扉の前の兵士に了承を取る前にその扉を開け放ち、玉座の間に入る。


「父上!少しお話があります!」


 彼女の目の前で玉座でふんぞり返り、尊大な態度を見せているのが帝国の帝王であり、陰で暗君とささやかれている彼女の父、バルディス・アルバティーである。彼は娘であるはずの彼女が顔を見せたというのに笑顔一つ見せず、逆に嫌がるかのように顔を顰めた。


「なんだ。帰っていたのか。それで?いったい何の用だ?」


 開口一番、彼女の存在が邪魔だと言わんばかりの口ぶりにクリミアは一瞬心をざわつかせるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。問い詰めなければならないことがある。


「父上、どうして門前にあのようなものを建てられたのですか!それも高級な魔龍の素材を使ってまで!」


 彼女が石像のことについて問いかけると、そのことについて触れられたことがうれしかったのか、彼女が入室したときには見えなかった笑顔を見せた。


「おお、そのことか。いや何、今までこの俺の威厳を見せつけるものがなかったからな。この際建ててしまおうと思ってな」


「今わが国の財政はとてもいいものではありません!それなのに国庫から資金を出してまで建てるものなのでしょうか!」


 しかし、今のクリミアにとって父の威厳はさして重要ではない。思っていないと言えば嘘になるが、それ以上にこの国のことが重要である。だから質問紙に来たのだ。しかし、バルディスからしてみれば彼女とは真逆。国よりも自分のことが優先。耳に胼胝(タコ)ができるほど聞かされたのか、財政の話を持ち出した途端不機嫌そうに顔を歪め、雰囲気を一変させた。


「……思いついてしまったのだから仕方ないだろう。俺が建てるといえば建てる。それまでだ。話は終わりだ。下がれ」


「しかしまだ……」


「下がれと言っている」


「失礼します」


 バルディスの有無を言わせない言葉にもう何も言えなくなったクリミアはそのまま玉座の間を後にする。このままでは国がだめになりかねない。だから何とかしなければならない。しかしかの帝王には六芒星騎や彼を慕う貴族たちの絶大な力がある。彼女が真正面からぶつかって勝利するにはあと五年はかかるだろう。しかしそんなに悠長していてはどうしようもないほどにこの国が崩壊しかねない。しかし彼女には力が足りない。その矛盾の狭間で彼女は悩んでいた。


 一方で彼女を追い返したバルディスは玉座の間で頬杖を突き、唸り声をあげていた。実のところ、彼には少しの懸念があった。思った以上に娘が力をつけてきており、このままでは王の座を奪われるかもしれないと思っていたのだ。次男坊に関しては何の問題もないと考えていた。自分以上の大うつけでカリスマも行動力も何もない全く持って脆弱な男。長男とは大違いである。 


 しかし、クリミアは違っていた。積極的に貴族のもとを回り顔を見せることで信用を勝ち取りつつあった。ここのところ彼は中立の貴族たちの求心力が落ちてきていた。その横暴な振る舞いもそうだが、クリミアの活動が功を奏していたのだ。このまま一大勢力として君臨することになればいずれは、と最近考えるようになってきていた。


 どうにかして彼女を蹴落とす必要が出てきていた。彼女さえ蹴落とせば自分に歯向かうものはいなくなる。そう考えたバルディスは目を瞑り指を鳴らしながら方法を模索する。しかし、彼は生来難しいことを考えるのは苦手な性質(タチ)だ。すぐに思案するのをやめ、暗殺してしまえばいいという短絡的な結論に至る。それを知ったものならばあまりにも直線的過ぎており、もっと回りくどい方法もあるのではないだろうか。と思うところだろうが彼にとってはクリミアという自分に反旗を翻しそうな勢力の柱さえいなくなればなんでもいいのだ。そんな難しいところは彼の知ったことではなかった。


 結論を出した彼は玉座に座ったまま、指をリズミカルにかつ一定のタイミングでかき鳴らす。五回ほど鳴らしたところで彼の目の前にどこからともなく一人の男が現れる。まるで蜃気楼のように何もないところから現れた彼にバルディスは驚くどころか、表情の変化一つ見せない。


「何の御用でございましょうか」


 恭しく彼の前に膝をついた男を見下ろしたバルディスは彼に指示を出す。


「クリミアは暗殺しろ。方法は問わない。決してバレない様にだ」


「ハッ。しかしながら今我々のほとんどが諜報に出ておりましてこの国にいるのは二、三人程度であるのですが」


「だったらジラドをつける。奴と協力して娘を殺せ」


「かしこまりました。ではジラド殿と話をつけてきます」


 そう言い切った男は再び蜃気楼のようにバルディスの前から姿を消した。これで後顧の憂いはなくなったとバルディスは玉座に座ったまま、頬を吊り上げた。

 


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