第七十二話 帝国からの脱出寸前、トラブル発生しました。
ユウキが帝都から抜け出してから二週間。抜け出して三日間は帝国兵に追われるといったトラブルもあったが、布のおかげで難なく振り切り、さらに帝都から距離が離れたこともあって見つかっても追われることはなくなった。そうして一応の安全を手に入れた彼は、そのあと四日は一切足を止めることなく西へ西へ進んでいた。目指すは大きな森を隔てて存在している冒険者ギルドの総本山、ギレルト公国である。
かの国も帝国に負けず劣らず国力を持っているが、特徴的なのはギレルトの首都であるオルクスにはDランク以上の冒険者とその家族のみがそこに住むことができるようになっていることだ。また、この都市の住人となると本部の常備兵として働くことになり、緊急時にはこの国を防衛するという義務を課せられることとなる。しかし、この都市の防衛力は非常に高い。首都は高い城壁に囲まれており、大砲などの兵器などの防衛用の備えも多い。また、都市の物価等は安く、すべての種族の権利が等しく保護されており、破ったものは罰せられるため、非常に住みやすい都市となっている。冒険者という放蕩者たちを保護するために古くからの活動で着実に力をつけた。そして、その力を奪われないようにするために冒険者たちは常備兵として活動させるように義務付けている。これほどの安全を保障されるため、文句が出ることもない。
また、この国内部は集会場と同じように周辺諸国の干渉を受けない。この国の中ではどんな例外もなく、貴族や王族等の上流階級であっても最低限としての権利のみになる、といった特殊な権限や制度を持っている国である。もちろん冒険者業が活気であり、毎日のようにたくさんの依頼が入ってくる。加えて、環境調査などを担当する特殊な班もあるといった、まさに冒険者を象徴するような国である。
そんな国にユウキが心躍らないわけがない。ユウキは一人にやけそうになる表情筋を抑えながら歩き続けるのだった。それから一週間、野宿をしたり宿でゆったりと休んだりしながら森に向かって歩き続ける。その道中だった。
彼の右前方に突如として一本の巨大な塔が現れる。天を貫かんばかりのその高さ。この文明ではあり得ないほどの高さの人工物にユウキは歩みを進めながら驚く。ユウキの頭の中はこんな高いものを一体どのようにして建てたのかという疑問で一杯になっていた。次の町でこのことについて聞いてみることにしよう。そう考えたユウキは頭の中で考察を立てながら歩き続けるのだった。
心に余裕を持ちながら進み、とうとう森が見える位置まで進んできたユウキ。森に近くなってきた影響か、木々がまばらに生え始め、地平線の向こうを見渡すことが出来なくなる。視界が通りにくくなってきたことと帝都から完全に安心しきっている彼は一度途中の町に入って補給をすることにした。街に入って消耗品を補充しながら街中を練り歩くユウキ。とその時、前から豪華絢爛な馬車とそばに付き従う騎乗した帝国兵士がやってくる。それを見て路地に飛びこむユウキ。見つかっても問題ないにもかかわらず本能的に飛び込んでしまったのだ。しかし、これが間違いでなかったことをすぐに理解するのだった。
(あれ……?あいつ確かへっぽこ六芒星騎の取り巻きのうちの一人だよな……。それに兵士の中にもチッラチラ……)
彼の目の前を過ぎる馬車の御者があの時にジラドに付き従っていた帝国兵士のうちの一人だったのだ。それに付き従う帝国兵士の何人かもあの時いた帝国兵士である。もし彼らに見つかっていた非常に面倒なことになっていた。自分の本能に任せて正解だったとユウキは溜息を吐いた。
馬車が通り過ぎた後、そっと路地から抜け出たユウキは腹ごしらえの際に彼らのことを店の店主に問いかけてみた。どうやら王女様がこの町に訪れているらしく、彼らはその護衛を務めているとのこと。おおよそ一か月ほど前にあった女性が王女様であると知らないユウキは殊勝であるなあ程度にしか思わずその話を切ってしまう。
そして次にもう一つ。
「あのさ、ここ来るときに馬鹿でけえ塔があったんだけどよ。あれ何?」
道中の塔のことを問いかけてみると店主はすぐに答えてくれた。
「あぁあれな。あれはな、帝国兵士様たちのお墓らしい。昔あそこが偉い貴族様たちのお墓として死体が収められてたみたいなんだが、そのあまりの馬鹿でかさに場所が余っちまってどうせなら、ってことで帝国兵士様たちのお墓になったらしいぜ。まあ、入れんのは戦地から帰ってこれた兵士様だけらしいがな」
店主の話は続く。
「墓を囲ってる森が化け物だらけらしくて一個しかないお守りがないと進むこともままならねえとか。それに何かと噂が絶えない場所らしくてな。頂上にたどり着くことが出来たら神様に会えるとか、実は邪教のものが潜んでてそいつに死体を渡すために墓ってことにしてるとかな」
「フーン。あんなん誰が造ったんだか」
「昔のエルフたちが全身全霊をかけて作ったらしいぞ。その時に帝国に魔法が入ってきたとかなんとか」
「……面白かったぜ。ごっそさん」
多めに代金を渡したユウキは店を後にする。なかなかに面白い話が聞けたユウキは満足そうに、かつ慎重に街の中を歩き続ける。あそこまで大きな建物がそんな昔にエルフの全身全霊を込めて作られたとなれば非常に重要な建物ということになる。ぜひ一度中を探検してみたいと思っているユウキだった。
しかし、ここで新たな問題が浮上する。いったい何のために建てたのかということだ。お墓、という意味で作ったのだとしたらそれはあまりに大きすぎる。ピラミットしかり古墳しかり、入るのは基本的に一人である。一人のために作られたとなればとんでもない豪華さである。いったい何をしてそこまで称えられたほどの地位になったのか。彼の頭の中にいる当てはまりそうな人物はギルドを作り上げた人物くらいしかいないが他にも該当者がいるのだろうか。疑問は尽きない。
しかし、今の彼にとってはそれよりも街を安全に出ることのほうが重要である。ジラドの部下である兵士がここにいるとなるとジラド自身ももこの町にいる可能性が非常に高い。となるとこの場所に長居は無用。さっさと町を出るべきだ。帝国兵士に見つかっても問題ないという前提も覆っている。慎重に行動しなければならない。
ユウキは一度疑問を忘れることにし、帝国兵士に見つからないよう人目を憚って行動する。門兵に怪しまれないように顔を隠しながら町の外に出ると同時に即座に街と帝国への方向から離れ、遠回りするようにして森を目指すのだった。
それから半日、日も傾きかけていた時、とうとう森に到着したユウキ。が、足を踏み入れようとはせず、その前で立ち止まっていた。十歩も踏み出せば森の中に入れるというのになぜ立ち止まっているのか。その理由は現在、彼の身体を襲っている異常にあった。以前、アルピナに魔力を注ぎ込まれたときに感じたむずがゆさ、それが彼の肌を凌辱していたのだ。あの時ほどの痒さではないものやはり体にむず痒さがあるのは鬱陶しくて仕方ない。なぜこの森がこれほどの魔力を持っているのかは依然として不明のままだが、今、それを知るすべはない。
それよりもこの森を通らなければギレルトにはたどり着けない。全身に喝を入れるように両手で力いっぱい叩くと恐る恐る森の中へと足を踏み入れた。内部は薄暗く、ランタン有りでも五メートル先を眺めるので精一杯だった。その視界の悪さが災いし、森の中を進む中で何度か足元をもつれさせる。
が、ここでユウキは違和感を覚えた。もしかしたらと思い、ユウキはランタンの中で光る炎を吹き消してみる。その結果はやはり。ランタンを消す前後で明るさが変化していない。五メートル先が先ほどと同じように見えている。これらのことからこの森の薄暗さはおそらく日中だろうが夜中だろうが一切関係なく一定に保たれているということが分かる。これから先に進めば状況は変わるかもしれないが、現状ではそうなっている。薄暗い森の中を進むことになるが、逆に言えばある程度の明るさは保証されているということになる。ランタンを持つ必要がなくなり、両手を開けながら森を進むことが出来るのは利点だろう。
火を消したランタンを収納のためにランドセルの肩紐に引っかけると身震いさせながら森の中を進む。視界が確保できているとはいえ不気味な雰囲気は全く変わっていない。草木が擦れるがささやき声のように聞こえ、視界の端で影が動いているような錯覚に囚われる。これではおちおち森の中で眠ることもできない。今晩は徹夜かな、と思いながらユウキは歩き続けていると、彼の耳に再びささやき声のような音が届く。またかと思いながら無視して歩き続けるユウキであったが、その音の違和感に足を止めその方向に体を向ける。どうやらささやき声は気のせいではなく本当に発せられたものらしく、さらにはささやく声などではなく怒鳴り声といった大声であるように取れる。
耳を澄ませ声の内容を聞き取ると、悪いことにその内容から帝国兵士であることを理解する。何を言っているのかはわからないが、彼を包囲するかのようにして声が分布しており、さらにはどんどんこちらに近づいてきている。下手に見つかると面倒なことになりかねない。森の奥に逃げ出すために駆け出そうとしたユウキ。いやな予感を抱きながら踏み出そうとしたその瞬間、彼の横から何かが飛び出し走り出そうとしていた彼を引き留める。
「お願いします、助けてください!」
荒い息で彼の袖を掴んでいる女性。それを見て一瞬のうちに振り払おうと判断したユウキであったが、彼女の顔を見て躊躇する。助けを求めてきたその女性が以前人助けの際に協力した女性であったからだ。どうして彼女がここにいるのかと考え、無意識のうちに行動を止めてしまう。
無意識のうちに思考を巡らせようとしたとき、彼の耳に男の声が届く。帝国兵士の声だ。今すぐこの場から離れる必要がある。しかし、彼に縋り付いている彼女は息を荒げながら彼の袖に縋り付いている。彼女の手を引いてこの場から離れることはできない。振り払って逃げようにも袖から移動し彼の服の腹部を握る彼女の手は、どうやっても離してもらえないだろう。となれば彼女、とともに離れるしかない。
爪で手のひらの肉を削ぎ落せそうなほどに拳を握り締めながら覚悟を決めたユウキは、彼女を横抱きに持ち上げると森の奥まで走り始めた。持ち上げられた彼女は困惑の表情を浮かべながらも無抵抗に運ばれていく。その最中、ユウキは彼女、もといクリミアに事情を聴き始める。彼ら帝国兵、おそらくジラドの部下たちはユウキが森に入ったということを知らない。となれば先の発言を加味しても、彼が抱きかかえている彼女がこの事態の中心にいることは間違いない。
「久しぶり、と言いたいところなんだが、それどころじゃないから率直に聞く。あんた追われてるみたいだけど何かしたのか?」
彼の言葉で状況を飲み込んだクリミアは今自分を抱きかかえている男の存在に気づき驚きを隠せない。まさかこんなところで再開するとは思っていなかった。しかし、そんなことを気にしている場合ではない。ユウキの走りながらの問いかけに戸惑いながらも答える。
「……いえ、私には何も心当たりがありません。なぜ自分が追われているのかも全くわからないのです」
「……そう」
彼女の問いかけにあっさりとした返答を返すユウキ。しかし、その声色には明らかな落胆が込められている。それから走り続けたユウキは体力の限界が迫ってきたところで一度立ち止まると彼女をゆっくりと降ろす。
「……だいぶ距離とれたみたいだな。こいつのおかげか。あいつには感謝しないとな」
ユウキはちらりと手首に巻き付けられた布に視線を落とす。無駄なものを買わせるのでなく役に立つものを考えて売ってくれたあの商人には感謝するしかない。荒くなった息を整えながらさらに距離を取ろうとクリミアの手を引き歩くユウキ。一方で彼女は手を引かれながら乱れてしまった見た目を整えると同時にユウキに礼を告げる。
「あの、助けていただきありがとうございます。二度に渡る助力、感謝いたします。申し遅れました。私、帝国第一王女、クリミア=アルバティーと申します」
彼女が胸に手を当て、自分の名前を言った瞬間、ユウキはぴたりと足を止める。突然立ち止まったユウキにぶつかりながら足を止めたクリミアはユウキの前に回る。
「それだ……。それに決まってんだろ!」
前に回った彼女の肩を掴むとユウキは呆れたように溜息を吐きながら天を見上げた。
後書きじゃい!
ハイ、今回また新要素『巨大な塔』が出てきましたね(ギルドの国は前々から匂わせていたので新しい要素ではないです。細かく触れたのは今回が初めてですが)。これも物語の中心になる章があるのですが、正直出てくるのはだいぶ後になるので「あ、こんなんあったな」程度に覚えてもらえればありがたいです。
さて次の話は姫様との交渉、六芒星騎ジラドとの戦闘になります。初めての対人戦の描写になります。読んでもらっている方はわかると思いますが、真剣の対人戦はこの小説の中で一回も登場していません。珍しいでしょ?正直、対人戦は戦闘に会話を盛り込めるからずっと書きたかった……。戦闘の中に会話がないと本当に地の分だけになるから大変なんです。お分かりになってください。まあ、それを選択した私が悪いんですけど。
そんなことより頑張っていきますのでどうぞよろしくです!




