第六十七話 帝国、到着しました。
ドルガナと別れて一週間。ユウキは木々の間に人工的な煙を見る。
山地に入ってから十日が経過し、ユウキは既に山地を九割五分進んでおり、あと半日もあれば着くところまで歩みを進めていた。トラブルに見舞われたにも関わらず恐ろしいほどの速度で山地を進んだユウキは、煙が見えたことで人里が近いことを知り頬を緩ませ、無意識のうちに足取りが軽くなる。
しかし、ここで気持ちが緩んでは足元を掬われかねない。緩んだ頬を揉んだユウキは再び歩き始める。その足どりはやはり心なしか軽い。そのうち走り始めたユウキは半日と掛からず六時間で麓の村近くの道に出る。
が、その道には待ち構えていたかのように関所が置かれていた。そこを通るために手続きを行うユウキであるが、どうにもおかしい。本来冒険者は関所を通る際の税金は必要としないのだが、なぜか請求された。その理由もお上の指示とだけ告げられ、それ以上の説明は何もない。とはいえ、金で解決できるのならば別にそれで問題ない。二千フェズを手渡しユウキはなんもトラブルも起こすことなく関所を通過する。そして村へと到着し、久しぶりのベットの柔らかさを堪能するのだった。
「あー、ベットでの睡眠サイコー!」
翌日、ユウキはこの村を出る前の簡単な準備のために町を見て回る。が、噂の通りといったところか。妙に他の町と比べて物価が高い。回復薬一個でも他の町よりも二百フェズも高い。それに宿の代金も一泊だというのに他の町の倍近かった。どこの店主に聞いても誰の口からも税が高いからという言葉しか返ってこない。これは予想以上かもしれないな。ユウキはそう思いながら近くの中規模都市、ロイクへ向かうのだった。
とはいえその町はそこまで遠くない。遅くても三日あればたどり着ける。ユウキの足ならばもっと早い。関所を通る回数が多いが故の出費こそあるもののそれ以外は大した問題はない。
一日と半日かかって到着したユウキはロイクを囲む防壁の前に立つ。今までいろいろな街へとやってきたユウキであったが、中規模の町でここまで厳重に警備されているというのは初めて見る。ダルクレイやシヴァリアはおかれている環境によって天然の要塞と化している。が、目の前の防壁は人口のもの。こんなものはマリチアという巨大都市以来だった。防壁の上では兵士が目を光らせており、何か怪しい行動をとればすぐに矢の雨にさらされることになるだろう。どうやら国としての力は本物らしい。
しかし、見惚れていられるほどユウキは壁には興味はない。すぐに町に入るために門に歩いていく。そして入るための手続きをし、税金を払おうとしたその時、兵士の一人が行動を起こす。
「じゃあ三千フェズもらうぞ」
「ん?他よりちょっと高いな?」
「ああ、ここはこんなもんなんだよ」
ならば仕方ない、とユウキは銀貨六枚を取り出して兵士の手に置く。が、ユウキは町に入ることができなかった。
「かぁ~、兄ちゃんそれじゃだめだろ。税金以外に何か払わなきゃいけないもんあるだろ?」
それを聞き、ユウキは首をかしげるが少し考えてその意図を理解する。彼はチップのことを言っているのだ。面倒ごとは嫌なんだがな。そう思いながらユウキは財布の中から硬貨を取り出し兵士の手に置くと、返答等を聞くことなく駆け足で町に入っていく。が、入ってすぐに追いかけてきた兵士に止められる。
「おい!銅貨一枚じゃねえか!?」
「なんだよ。やったんだから問題ないだろ?」
兵士の手に握られていたのは銅貨一枚。それが少ないと激高した兵士はわざわざ追ってきてユウキを止めたのだ。が、よくよく考えてみてほしい。そもそもチップをやるのは丁寧な接客などに対するお礼の気持ちである。さらにそんな文化でもない限り、チップを渡す必要性すらない。こちらの世界にはそんな文化はない。ならば慣習的に渡さなくても問題はない。残るは感謝云々の理由で渡すことだが、彼の対応は決していいものとは言えなかった。チップを渡す理由がなくなった。それでも渡したのだから感謝してほしい、とユウキは思っていた。
が、小生意気な彼の態度が兵士に火をつけたのか、兵士は彼の胸ぐらをつかみ上げ恫喝して見せる。
「なあ、冒険者なんだったら生き賢いだろ?だったらどうすればいいかはわかるよな?」
「わかりませんねぇ~」
挑発するようなユウキの返答についに兵士はブチ切れる。拳を握り締めると群衆の前で彼の頬に一発入れてしまう。よろめきながら下がったユウキは頬を抑えたふりをして口元を隠し、わからない程度口角を釣り上げた。金で解決は確かに彼の信条ではあるが、それはあくまでもそのあとそのことをすぐに忘れられるということに限っている。こんなもの忘れられるわけがない。それに税金のことだって正直不満を持っている。少し釣り上げてこいつが上前跳ねるんじゃないだろうか。そんな疑いを彼は持っていた。ならば、この兵士の名を騙ったチンピラをとっちめる必要があるだろう。もちろんそこに正義感などない。ただ私的にお仕置きしたいだけである。
彼が今にもとびかかろうとしたその時、兵士の背後に一人の兵士が歩み寄ってくる。援軍かとも思ったがそれとも違う。彼は足音もなく兵士の背後につくと肩を二回叩いたのだ。すると彼は兵士が振り返るその前に体を小さく縮こまらせて拳を引く。
何をしている?ユウキが思ったその瞬間兵士は一度舌打ちを打ち、呼びかけに応じ振り返った。が、それが彼の運の尽きだった。兵士が振り返った瞬間、背後の男は拳を勢いよく振り出し顔面に真正面から拳を叩き込んだのだった。直撃した兵士は盛大に吹き飛んでいき、道のど真ん中で醜態をさらし、気絶する。あれだけ派手に恫喝しておいて無様にやられた兵士はやじ馬たちに笑われている。
その一方で殴った張本人は倒れた兵士の首元をつかみ怒声を上げている。
「町に入ってくる奴らから無駄に金とって自分の懐に入れんなって言ってただろが!もう三回目だろうがよ!」
男が気絶しているのもお構いなし。言いたいだけ言った男は兵士を呼び、その男を連れて行かせるとユウキの前に立ち頭を下げた。
「俺の部下が申し訳ない!何度も言い聞かせているんだが一向に治らなくて。あとで厳しい処分を言い渡しておくから今回は勘弁してもらえないだろうか!」
男の誠意に毒気を抜かれたユウキはその提案を受け入れる。
「ああ、ちゃんと処分してくれんならな。……おら、もう解散だ!」
男の提案を飲んだユウキは周囲を取り囲んでいる野次馬を解散させる。彼らが引いていくのを見届けたユウキはその場を後にしようとするが、男に引き留められる。
「ああ、すまねえ。あんた今から暇か?俺今から休憩なんだが、一緒に飯でも行かないか?」
本来のユウキであれば断っていただろう。しかし、今回は少しばかり事情が違う。この国のことについて詳しく聞いておく必要がある。あまりに他と違いすぎる。この国にきてずっと思っていたことだった。故になぜここまで歪んでいるのか、そのことについて詳しく知っておく必要があると判断したのだ。
「わかった。その分話を聞かせてもらうが、構わないだろ?」
「ああ、そんな程度だったら朝飯前だ。近くに俺おすすめの店があるんだ。もし、目当ての店がないんだったらそこでもいいか?」
「んじゃそこにしてくれ」
そういうと男は歩き始める。ユウキもそれに従って歩き始めた。
歩いているとまたもや気づいたことがあった。この男は兵士であるにも関わらずずいぶんと信頼されているようだ。
「バジリス!今度またうちの店に食べに来てくれよ!サービスするぜ!」
「バジリスの兄ちゃんまた今度遊ぼう!」
「バジリス、うちの肉、端っこでよければもっていきな!」
人とすれ違えばすれ違った分だけといっても過言でないほど笑顔の人に呼び止められる。中には野菜や肉、日用品を渡してくる人間もいるほどだ。よほど彼らのために貢献しなければこの信頼は得られないだろう。先ほどの行動といい彼はただの一兵士ではないのかもしれない。そう思いながら歩いていると店に到着する。中に入り席に着いた二人はさっそく話を始める。
「おっと。自己紹介がまだだったな。俺の名前はバジリス。この町で兵隊長をやっている。この町で何かあったら俺に声をかけてくれ」
「ユウキだ。ただの冒険者だ」
互いに自己紹介を終え、運ばれてきた飲み物に口をつける。そしてさっそく本題に突入する。
「さて、話が聞きたいみたいだけど。何の話が聞きたいんだ」
「全部だ。この帝国のこと。俺はよそのいろんなところに行ってきたけどどこもかしこもこんなにおかしくはなかった。そのこと丸ごと全部教えてくれ」
ユウキがそういうとバジリスはあー、と声を漏らしながら苦笑いを浮かべる。そして悩むかのように額に手を当てると真剣な表情に変わり、話を始める。
「少し長い話になるかもしれんぞ?」
そう前置きをしたうえで彼は話し始めた。どこか神妙な様子で話す彼の口から話された内容はユウキの予想をはるかに上回ったものだった。




