第六十一話 ドラゴン討伐作戦、開始しました。その三
いつまでたっても彼女の首が噛み千切られることはない。目を瞑る彼女が研ぎ澄まされた感覚で感じ取ることが出来たのは大きく何かが引きずられた音だった。いつまでたっても何も起こらないことに不安を安心を覚えたアルピナはゆっくりと、恐る恐る瞼を開ける。
その瞬間、ドラゴンの開かれた顎が無理やり絞められたのを眼前で目撃することとなった。何が起こったのかわからないままきょろきょろと目だけを動かし視線を動かすと、そこには討伐隊には参加していないはずのカナタがアッパーを決めた後と思しき体制で立っていた。どうやらカナタはドラゴンの尾を引き後ろに下げた後、一瞬のうちに前方に回り込み大きく開いた顎にアッパーを打ち込んだのだ。強烈な不意打ちを受け、ドラゴンは後退る。
「大丈夫、……なわけねえよな。全身ズタボロ、とても動けねえか」
カナタとともにキャリィも降りてきているようで、ユウキの状態を見て顔を顰め、手当のために距離を取ろうと後ろに引きずり始める。その様子を立ちすくみながら見守っていたアルピナは来るはずのない援軍が到着していることに戸惑いを隠せない。その様子を見てキャリィが口を開く。
「苦戦しているって話を聞いてな。あの兄ちゃんと一緒に降りてきたんだ。すごかったんだぜ。救出の時は瓦礫をまるで小石みたいにポンポンどかすわ、ここ来るときには俺抱えてここまで飛び降りるわでよう」
「……がん、ばった」
アルピナはキャリィの説明を聞くと同時に驚きを隠せない。しかし、驚きのベクトルは微妙に違っていた。カナタの身体能力であれば、普通にそのくらいであればできるだろうと思っていたからだ。本当に驚いたのはカナタがこちらの言葉を話したことだった。カナタがこちらの言葉を話したことは一度もなくずっと通訳としてユウキを挟んでいた。彼女はそうでなければ会話が出来ないものだとずっと思いこんでいた。しかし、そうではなかった。カナタはずっと勉強してきており、今では簡単な単語を使った途切れ途切れの会話であればこなせるようになっていた。本来であればもう少し後にサプライズで発表するつもりだったのだが、今はユウキが虫の息で通訳を望めないため今披露することにしたのだ。
そんなことはさておき、目の前では強烈なカナタの一撃を食らったドラゴンが激昂に身を任せ、突撃体勢に入っている。巨大な体躯に速度を乗せたタックルは、三人まとめて紙のように服飛ばせるだけの威力を持っている。もし直撃すればいとも容易く屠ることが出来よう。しかし、それはいま、目の前にいるのが三人であればの話だ。三人の前に立ちふさがるヒト型の生物。その実力を本能的に察していたドラゴンは自らの身体を低く屈めると闘牛のように地面を爪で掻いている。
一方のカナタは、目の前のドラゴンのように身体を低くし、迎撃を試みようとする。低くした姿勢のまま足を後ろに引き手を前に着く。クラウチングスタートと相撲の仕切りの中間のような体勢をとると、いつでもスタートを切れるように意識を集中させる。舐められている。そう判断したドラゴンは頭に血を上らせ、小石が吹き飛ぶほどの鼻息で怒りを露わにする。
静寂が通路内を包む。いつ始まるかもわからない状況の中、開始の合図となったのは立ち上がろうともがくユウキが地面に手を突いた音だった。カナタとドラゴン、同時にスタートを切る。ドスドスと音をたてながら俊敏な動きで走り出したドラゴンに対し、ただ鋭く弾丸のような速度で走るカナタ。走る両雄。どっちが鋭いかなどは言うまでもない。体重や速度、そして一歩も退かないという意思。これらすべてを内包した二人のぶちかまし。その軍配はカナタに上がる。真っ先に当たったドラゴンの頭が跳ね上げられ、折れた牙のうちの何本かが地面に音を立てて落ちる。
しかし、まだ勝負は終わっていない。ドラゴンはそれでも怯まず前に突き進みカナタを押しつぶそうとする。それを真正面から受け止めるカナタ。ここからは純粋な力比べである。全身に力を籠め、自身の持てる力のすべてを出して押しあう二人。体躯の大きく、体重の重いが優勢かのように思えるが、実際のところは互角であった。カナタは体躯の差を感じさせないほどのパワーでドラゴンの進みに対して抗っていた。それどころか崩して投げる隙を伺っている始末である。どこにそんな力が収められているのか。カナタの怪物的な身体能力の底が知れない。後ろで見ていた二人は恐怖すら感じていた。
そんな中、二人の激闘の口火を切った張本人が立ち上がろうともがく。それに気づいていたアルピナは必死で止めようと彼の身体を押さえつける。
「ちょ!黙って寝てなさい!あんたまともに動けるような状態じゃないのよ!今はカナタが抑えてくれてるんだから」
「でも、決め手にっ……、欠けてる、んだろ?」
ユウキの一言でアルピナは何も言えなくなる。確かに現状ドラゴンはカナタが抑えてくれているが、ドラゴン討伐に関しては決め手が欠けていた。二人の均衡を崩して打撃戦に持ち込んだところでそれでは決め手に欠ける。かといってアルピナの魔法など殆ど意味がない。キャリィの攻撃も大した効果は持てないだろう。三人では倒しきれず、最悪の場合逃げられる恐れがあった。
「だったら、こいつを使えばいいじゃねえかよ」
「持てる、んだったら……、持ってみろよ」
キャリィがユウキの大剣を指してそういうが反論にぐうの音も出なくなる。ユウキの大剣が本人以外に使えないことは彼も知っている。今彼らは動くことのできない彼のみ使うことのできる大剣でしか致命傷を与えられないというジレンマを抱えていた。
それでもどうにかして話を逸らしユウキの行動を止めようとする二人であったが、その前にユウキが口を開く。
「おい、アルピナ。頼みがっ、ある。一回でいい。全力で、動けるようにしてくれ。そのあとは黙って寝てる」
「本当に一回きりでいいのなら……」
「ああ、一回で終わらせて見せる」
ユウキの決意を聞いたアルピナはじっと目をつぶって考え始める。数秒ほど考えたのち彼女の出した答えは
「わかったわ。キャリィ、だったかしら。準備するから彼を立ち上がらせておいてくれる?」
「……わかった。どうなっても知らんからな」
キャリィがユウキに肩を貸し立ち上がらせている間にアルピナは呪文を詠唱する。魔力の粒子が彼女を包み込む。そして彼女を包み込んでいた粒子は今度はユウキを包み込む。
「万物を包む魔力よ、その者へ力を与えたまえ。治癒の力よ、対象を癒したまえ」
ユウキを包み込んでいた粒子がキラリと光るユウキの身体に変化が起こる。まず折れていたはずの右腕と左足が元に戻ったように治癒され、荒くなっていた呼吸が元に戻る。そしてユウキの身体に力が漲っていく。回復薬に近い効能であるが、その上がり方はそれの比ではない。願わくば万全の状態でこれを受けたかったと思うが、たらればでしかない。捨て置く。
「一回は全力に耐えられるくらいにはこれで治療できたはず。もう何も言うことはないからさっさと行ってきなさい。そして倒してきなさい」
立ち上がったユウキはアルピナに忠告を聞き流しながら、大剣片手にドラゴンに近づいていく。いまだにカナタと組みあっているドラゴンは近づいてくるユウキを認識しながら全く動くことが出来ない。ユウキを脅威に思うと同時に組み合っているカナタも脅威に思っていた。
順手に持っていた大剣を逆手に持ち替えたユウキはじっとドラゴンを見据えた。カナタと組みあっているドラゴンはカナタの絶妙に力の均衡で微動だにしない。これならば外すほうが難しい。そう確信すると大剣を振りかぶり、槍投げのように大剣を投げつけた。狙いはドラゴンの胴体。宙を舞う大剣は吸い込まれるようにしてドラゴンの横っ腹に命中する。その痛みでドラゴンは苦痛の声を上げ、表情を歪める。
それを見逃すカナタではない。崩れた力の均衡をうまく利用し、ドラゴンを投げ飛ばすと突き刺さった大剣を掴む。直後、カナタの引き抜こうという力に対抗するように大剣が重量を増しドラゴンに深くめり込んでいく。傷口から噴水のように血を流しているドラゴンはその痛みでのたうち回り、大剣を握り纏わりついているカナタを振り払おうとする。しかしカナタは振り払えない。
さらに深くまで突き刺さった大剣がもう少しでドラゴンの身体を貫通しようかというところ。ドラゴンはあえて大剣が貫通する方向にその身体を動かす。大剣が貫通すると同時にそれを掴んでいたカナタにタックルを仕掛け衝撃で大剣の柄から手を離させる。
胴体から血を吹き出しながら苦痛で震えているドラゴン。このまま放っておいても死にそうなものだが、万が一のために止めを刺しておかなければならない。そう直感したカナタとユウキの二人は即座に行動に移る。ドラゴンは正気を見いだせなくなったのか、逃げ出そうと坑道を駆けだし始めている。もはや一刻の猶予もない。
我先にと本能的に走り始めたユウキは地面に突き刺さる大剣を掴むと今の自身が出せる最高速でドラゴンに近づくと跳躍し、全体重をかけた振り下ろしを右後ろ脚に叩き込む。右足が斬れることでドラゴンはバランスを崩す。それと同時に着地の際の衝撃でくっついていた彼の左足が再度折れる。
あとはカナタに任せよう。そう思い倒れこもうとしたユウキであったが、まだ終わっていないといわんばかりに強引に持ち上げられ身体が勝手に前に進む。後方にいたカナタがユウキの身体を抱えながら走っていると認識したユウキは大剣を握りなおし、最後の一撃に備える。ドラゴンはバランスを崩し、転倒している。決めるならば今しかない。
二人はドラゴンの横をすり抜けると、その長い首の真横に位置取る。そしてカナタは無防備に晒されたその首にユウキごと振り下ろしを叩きこんだ。自分に大剣が持てないのならば、ユウキに大剣を持ってもらってその彼を自分が持って振るえばいいというとんでもない脳筋思考である。しかし、現状では最高の選択だった。
大剣の鋭さにユウキの体重、さらにカナタの腕力を加えた最高の一撃を生物の急所である首で耐えられるはずもなく。大剣が通り終わることにはドラゴンの胴と首は泣き別れを果たし、坑道は血に染まっていた。
「……終了」
カナタはその場にユウキを下ろすと、後方で見守っていた二人のほうに近づいていく。それに応えるようにアルピナは駆け出し始める。迎えてもらえると思ったカナタであったがその思惑は外れた。アルピナはカナタの横を通り過ぎるとユウキの傍らに跪いた。
「だから言ったじゃないの!一回しか動けないって!おかげでもう一度魔法掛けないといけないじゃないの!」
「だって、一回でトドメ、させなかったんだから、仕方ないね」
「ふざけんじゃないわよ!」
目の前で倒れている彼を非難したアルピナは感情のまま、彼の腹部に怒りをぶつける。とても怪我人に対する行為ではない。二人のやり取りを眺めながらカナタは呟く。
「怪我、させた?」
「問題ないと思うぞ。もともと怪我してた上に姉ちゃんの忠告を無視して動いたわけだからな」
ドラゴンが絶命したことで気が抜けたのか、二人のやり取りを眺めてガハハと笑い声をあげるキャリィ。彼の言葉といつも通りの二人のやり取りを見てカナタは頬を緩める。
「ともかく討伐できた以上、ギルドのやつらを呼びに行くか。あんさんはユウキを持ってくれるか」
「……了解」
何はともあれ、ドラゴンは討伐できた。となれば次にやるべきはユウキの治療と討伐の報告である。まずは地上に出よう。動けない彼を担ぎ上げるためにカナタはユウキのほうに近づいていく。いまだに激しく口論している二人の間に割って入ると、ユウキを軽々と横抱きに持ち上げる。
「……やだ、恥ずかしい」
「あら、アンタにもそういう感性あったのね」
恥ずかしそうに片手で顔を隠したユウキをにやにやと悪い表情でのぞき込むアルピナ。そんな茶番じみた二人を見てカナタは一言。
「……仲良し」
カナタの本当に微小な呟きは二人の耳に届くことなく坑道内に消えていくのだった。




