第六十話 ドラゴン討伐作戦、開始しました。その二
落下した先でドラゴンと相対する十人程度の冒険者たち。しかし先程とは状況が違う。頼れる仲間たちとは分断され、更にはドラゴンの巨体で落ちてきた冒険者たちも半分ずつ程に分断されてしまっている。この状況で勇ましく戦うなど並大抵の冒険者には不可能である。
この状況に張本人であるドラゴンは首を振り、二方向の冒険者を睨みつけている。つい数秒前とは違い余裕のある動作でジロリと双方を一瞥したドラゴンは、勝利を確信したように高らかに咆哮をあげた。直後、冒険者たちは脱兎のごとく駆け出し逃走を図った。格の違う生物の前に立つことに心が耐えきれなかったのだ。
我先に逃げ出そうと駆けだす冒険者たち。しかし入り口側に落ちた冒険者たちならともかく、その逆に落ちたものたちはドラゴンに阻まれて逃げ出すことが出来ない。その方向に落ちたのはユウキたち二人を含めて四人。その事実に気づき絶望する。一縷の望みにかけてドラゴンの横をすり抜けて脱出を試みるものの、細い通路をさらにドラゴンの巨躯が塞いでいる。その狭い隙間をすり抜けようとした冒険者は通路と巨躯に挟まれ、もう二度と脱出が適わなくなる。
それを見たユウキは活路は行き止まりのある後ろだと直感し、通路の奥に走り出そうとするのだが
「おい!何やってんだ!早く来い!」
震えたまま、座り込んでいるアルピナに足を止めざるを得なくなる。そうしている間にも一歩一歩ドラゴンは歩みを進めており、今にも彼女の頭を食いちぎろうとしている。
「チィッ!」
小さく舌打ちを打ったユウキは咄嗟に持てるだけのナイフを取りだしそれをドラゴンの顔に向かって投擲する。しかしそのような苦し紛れの攻撃が彼の者の鱗を貫けるはずがない。投げられたナイフに鬱陶しそうに顔を顰め、足を止める。
だがそれでいい。もとよりダメージを与えようと思ってなどいない。彼の目的は足止め、この一瞬を作るため。そのための攻撃である。
ほんのわずか出来た一瞬にユウキは飛び込び、アルピナの身体を抱き抱えそのまま踵を返して走り始める。彼の行動を見たドラゴンは咄嗟に頭を叩きつけるようにして攻撃する。間一髪のところでそれを回避したユウキはそのまま走り始める。ただしタダでとはいかなかった。頭が叩きつけられた際に飛散した小石が彼の額に直撃したのだ。しかし彼は仰け反り足を止めたくなるのをぐっとこらえ、そのまま通路の奥へと消えていった。
脆弱な冒険者を逃がしてしまった。なんと不甲斐ない。その事で怒りに燃えるドラゴンは採掘場の末端まで響き渡るような方向を轟かせた。
「ハァハァ……。オラ、重いからとっとと降りやがれ」
ドラゴンに目もくれず全速力で走り続けたユウキはようやく背後にドラゴンがいないことに気づく。慣性に従いながら立ち止まったユウキは坑道の奥でアルピナを乱暴に振り下ろし荒い息のまま寄りかかるようにして座り込む。一方降ろされた彼女は少しの間尻もちをついたままの体勢のままで硬直していたかと思うと、身体を起こし体育座りをする。
「あ、ありがとう……。おかげでたす」
「御託はいい。それよりなんで魔法で攻撃しなかった?なんであの時逃げなかった?」
今は彼女の礼などどうでもよかった。そんなことよりも疑問に思っていたことに答えを出すことの方が優先。それほどに今切羽詰っている。しばらく黙り込んでいた彼女であったが、隠し通せないと判断したのか、ポツポツと理由を話始める。
「……のよ」
「あぁんだって?」
「ドラゴンには魔法攻撃があんまり効かないのよ……」
「逃げなかったのもそれ絡みか?」
そう問いかけられアルピナはこくんと小さく頷いて見せる。彼女の頬には涙が通っており目の前にドラゴンがいたことがどれほど恐ろしかったかが見て取れる。しかし、そんなことはユウキには関係のないことだ。彼女の返答に呆れたように溜息を吐くと、ガシガシと頭を掻いて見せる。
ユウキが詳しく知るのは後の話になるがこの世界のドラゴンという生物は魔法攻撃がほとんど通じないという強者の特権と言えるほどの能力を持っていた。太陽かと思うほどの火球ですら鱗を焦がす程度に終わり、風の刃を嵐のように叩きつけても鱗を削る程度しか及ばない。まさに反則であるがこれ以上の反則もこの世界には存在しているのだがそれはまた別の話である。そしてこれもまた別の話になるのだが、アルピナは旅の道中一度ドラゴンに遭遇している。ドラゴンに魔法が効かないなど眉唾物だと思っていた彼女はそこで現実を突きつけられ、同時に恐怖を植え付けられた。その時は命からがら逃げ出し、次は大丈夫と思い込んでいたがいざとなって体が動かなくなってしまった。それほどまでに彼女の傷は深い。
「じゃあなんでついてきたんだよ?」
「だってあなたが……」
「はいはい、俺が行くように誘いましたね。申し訳ありません。できれば誘う前にお断りしてほしかったですね」
怒っているユウキは自分のことを棚に上げ、アルピナの言葉を遮りながら適当に受け流すように答える。本来であれば反論していたであろうが、よほど堪えているのか彼女が突っかかることはない。
ようやく息を整え終わったユウキは立ち上がり、大きく溜息を吐き出す。今ドラゴンに立ち向かうことが出来るのはユウキだけ。アルピナもいるにはいるが、本当にいるだけである。攻撃どころか杖を握るので精いっぱいでなおかつ握る手は震えている。他に助けを期待しようにもここに到着するのはそれなりの時間がかかるだろう。今この状況をユウキ一人で切り抜けなければならないのだが、細い通路で死の門番が迫ってくる状況。無傷で通り抜けることなどできるわけがない。どうやって打開するかを考えながら、出口のほうを睨みつける。
すると、入り口のほうから唸り声を響かせながら地響きが近づいてくる。もはや何が近づいて来ているかなど言う必要すらない。最高速で思考しどうやって対応するかを考える。そして十秒ほど経ったところで、その結論に達してしまったことを含めて大きくため息を吐いた。
「アルピナ、お前はそのへんで縮こまって寝てろ。俺がアイツを引き付けるからその間に助け読んで来い」
「なっ。バ、馬鹿なこと、言わっ、言わないで!わっ、私も戦えるわ」
「ガタガタ震えてるだけのやつに背中なんて預けられるか。肝心なところで詠唱を噛まれても困るから黙って寝てろ。あと貸す一つだぞ」
ユウキの無慈悲な一言に彼女は何も言えなくなってしまう。さっきの一言を言いきるのにすら三回も噛んでしまった。きっと本番ではもっと噛むだろう。そうなれば詠唱は失敗してしまう。それに杖を持つ手どころか全身が震え、何処にも定まらない。自分には何もできない。そう思ってしまうと自分のふがいなさを感じると同時に何もできない自分に怒りを隠せない。それでも震えを抑えることが出来ずにアルピナは彼の言う通りに通路の隅で蹲り、膝に顔をうずめた。そして怒りで作られた拳を強く握りしめながら彼の背中を見送った。
大剣を地面に当て、引きずりながら足音へと近づいていくユウキ。
(なぁんでこんな決断しちまったかね……。まあ、あの女に貸し一つと考えると悪くはねえかもしれねえな)
とはいえ、ユウキは自分を信じている。自身の決断を反省しながらも後悔はしていなかった。
「さぁて、頑張りますかな!」
目の前にそびえるドラゴンに大剣の切っ先を向けた。自身の身体に傷をつけた仇敵が目の前に立っている。復讐せんとドラゴンは一発威嚇の咆哮を上げた。今までの一番の怒声にユウキは顔を顰め眉間にしわを寄せる。咆哮を皮切りに双方ともに動き出す。
ユウキは大剣を振り上げて強固な鱗に叩きつける。それに合わせるようにドラゴンは頭を振り回し、その小さな体躯を吹き飛ばそうと試みる。双方が激突、その衝撃でドラゴンの目元に傷がつき血が飛び散る。しかし、力比べをすればユウキが負けるのはわかりきっている。血の付いた大剣とともにユウキは後方に吹き飛ばされ背中を打つ。肺から空気が抜け呼吸が出来なくなるが構っている暇などない。
転がった勢いのまま、体を起こすとドラゴンを挑発するように通路の壁を叩きながら後ずさりしていく。怒りに身を任せドラゴンはユウキを追いかけ始める。思い通りに事が運んでいることに口角を上げながらユウキは通路の奥へと誘導していく。
アルピナが見えるほど近くまで誘導してきたユウキは、作戦の成功を確信しながら着々と誘導を続ける。もう少しで彼女を逃がすことが出来ると思ったその時、ドラゴンが行動を一変させた。
いままで的確にユウキを狙っていたはずの攻撃が周囲をまとめて薙ぎ払うような攻撃に変化する。的確さゆえに攻撃を回避しやすくそのおかげで一度も攻撃を受けずに誘導することが出来ていたが、広範囲かつ力任せな攻撃に変化したせいで回避に体がついていかなくなる。それでもどうにかこうにか躱していたが、一瞬のスキを突かれ尻尾で足を払われてしまう。背中から落ちたユウキに上からドラゴンの頭が叩きつけられようとする。
それを後転で間一髪でで回避したユウキであったが、立ち上がると同時に距離を詰め横薙ぎに振るわれた頭部が彼の腹部に撃ち込まれる。咄嗟に大剣を盾にすることで身体へのダメージを軽減させても体を浮かされてしまう。体を浮かされたユウキはそのまま頭部に運ばれるようにして壁面に叩きつけられる。再び背中を打ち付けられ呼吸が出来なくなり、冷や汗が全身に覆う。先ほどの一撃とはまるで違う。手足どころか指の一本も動かすことが出来ない。
何とか大剣を引き抜き、目の前の頭部に突き立てようとするが押し付けられている場所が悪く、うまく大剣が動かない。
「はよっ……、動けや、クソッタレ……」
攻撃に移ろうとしているユウキを見てドラゴンはさらに強力に頭を壁に押し付け、ユウキを押しつぶさんと力を込めていく。ユウキの身体がミシミシと悲鳴を上げる。大剣越しに伝わる圧力で肋骨にひびが入っていき、さらには一本折れてしまう。その時に骨の一辺が体内を傷つけてしまい、ユウキは喀血する。苦痛に耐えながら押し返そうとするが奴のほうが力が強いうえに肺に空気を取り込むことが出来ず、まともに力を入れることが出来ない。もう彼一人ではどうすることもできない。視界がチカチカと点滅し、力が抜けていく。ここまでなのか。ユウキは死を覚悟するのだった。
恐怖で震えながら通路の隅に寝ころび、気配を消すことに尽力しているアルピナ。彼女の胸中にあるのはなぜあの時に無理を言ってでもついていかなかったのか。なぜわざわざに見殺しにするような選択をしてしまったのか。
今のユウキ一人ではドラゴンには天地がひっくり返っても勝てないだろう。だが、あの大剣があれば援護があれば討伐することが出来るかもしれない。それが分かっているのに恐怖で付いていけなかったことには後悔しか抱くことが出来ない。不思議と涙が頬を伝う。自分の未熟さが恨めしくて仕方ない。震える手を何とか止めようと腕を掻きむしっていると、轟音が徐々に近づいてくる。
腕を掻きむしるのをやめ、漏れ出る声を抑えるために口を押さえるとじっとその方向を観察する。徐々にその方向からドラゴンの巨躯とそれを引き付けるユウキが姿を見せる。ドラゴンの攻撃を必死に回避しながらこちらに近づいてくる彼の背中を見ると罪悪感が浮かんでくる。なぜ自分の手はドラゴンに杖を向けることが出来ないのか?なぜ自慢の魔法で援護をすることが出来ないのか?考えれば考えるだけどんどん自分が情けなくなってくる。
こうして自分の自信が最底辺まで落ちたところで異変が起こる。ドラゴンの動きが変則的で凶悪なものへと変化し、ユウキがその動きに変化できなくなる。そしてついにユウキの動きが崩れ、ドラゴンの一撃を受けてしまった。壁面に叩きつけられたユウキの表情は苦悶で歪んでいる。そんな彼はドラゴンの頭と壁面に挟まれ、このままでは圧死させられてしまう。誰かが助けなければならない。が恐怖で震える自分の体は全く動かない。ここにはユウキ以外には自分しかいないにも拘らず。このままでは彼が死んでしまう。そう思っても体は全く動かなかった。
アルピナが震えながら二人の押し合いを眺めていると、彼女は今にも押しつぶされそうになっている彼自分のことをが見た気がした。その視線はまるでさっさと行けと言っているようで。当の本人はドラゴンに押しつぶされそうになっているのに。どうしてそこまで自分のためにしてくれる?どうして自分を犠牲にして私を助けようとする?彼に命を助けられるのは今回で二度目になる。まだ一回目のお礼すらできていないのにも拘らず、だ。だったら今自分のするべきことはなんだ?そんなことはわかっている。それでもあと一歩の一押しが足りない。今この場で彼女の背中を押せるのはいったい誰だ?この場にいるのは一人である。彼が押さなければならない。がその彼はそれどころではない。杖を持つ手に力を籠めることが出来ずに震える手を抑えることのできないアルピナ。そんな彼女の耳に一つの声が届く。
「はよっ……、動けや、クソッタレ……」
本当にか細く聞こえたユウキの呟き。悲痛なその声を聞いてアルピナがどう思ったか。答えはそんな悲観的なものではない。彼女が感じた感情は怒りだった。言われなければ動くこともできなかった自分への激しい怒り、そして言ってきたユウキへのちょっとの反骨心だった。もちろん彼自身そんな意味で行ったわけではない。少しタイミングが悪かっただけである。しかし、今回は別。彼の放った一言は最高のタイミングだった。
アルピナは杖を強く握ると立ち上がり、その先をドラゴンに向ける。そして震える声で詠唱を紡いだ。
「燃えろ魔力。反するものを灰にせよ!」
打ち出された三発の火炎弾。それがドラゴンに当たったところで羽虫が止まった程度。奴に効果はないのだがそれでもアルピナは続ける。
「燃えろ魔力!反するものを灰にせよ!!」
さらに三発の火炎弾が打ち出される。連続して打ち出された火炎弾に鬱陶しそうに首を振りながら後ずさる。壁面に押し付けられていたユウキはゆっくりと地面に落ち、崩れ落ちるように倒れこむ。前に歩みを進めながらさらに火炎弾を打ち出す。
「燃えろ我が魔力!!我に反する正義を焼き尽くせ!!!」
彼女から紡がれた詠唱によって周囲に二十発以上の火炎弾が現れ、それが同時にドラゴンに襲い掛かる。それと同時に倒れたユウキとドラゴンの間に割って入り彼の安否を確認する。
「大丈夫?」
「……あばらやら右腕やら左足やら折れてて全然動けん」
「大丈夫、私が守るから。これで貸し借りなしよ」
そういってドラゴンに杖を突きつけた彼女の身体は震えている。立ち上がったもののそれでもまだ恐ろしい。煙の中からドラゴンが姿を見せる。その身体には威力を十全に発揮しなかったとはいえ一切の傷がない。魔法は効果がない。肉弾戦が得意ではない彼女では勝つことなど不可能であった。それでも彼女は前に立った。もう引くことなどできない。
ドラゴンは邪魔されたことで激昂し、彼女に向かって威嚇の雄叫びを上げる。その気迫に押されアルピナは一歩後ずさる。しかし、杖を握りなおすことで覚悟を決めなおし、両目でドラゴンをじっと見据えて詠唱を紡ぐ。
「我が魂を守る高貴な魔力の精よ!我を脅かさんとする脅威から正義を守りたまえ!」
彼女を護るように障壁が現れ、ドラゴンと二人を隔てる壁となる。大量に魔力の込められた障壁はドラゴンのタックルであろうと二、三度では破られることはない。鈍い音をたてるだけでドラゴンの身体が二人に届くことはない。しかし、何度も何度もタックルを受け止めて障壁は無事ではいられない。強烈無比な一撃を二十は受けたところで障壁にピキピキとヒビが入り始める。それは徐々に大きくなっていき、数を増していく。そしてドラゴンが溜めに溜めてタックルを受けた時、障壁はついに耐え切れなくなり粉々に砕け散った。激昂し鬼気迫る表情をむき出しにし、追い詰めるような足取りで二人に近づいていく。牙をむき出しにし今にも二人の頭をもぎ取ろうととしている。後ろで見守っているだけであったユウキは対応しようとするが四肢のうちの二つが潰れているためうまくバランスが取れず、痛みで動きは非常に緩慢。彼ではどうにもできない。
自身の後ろでもがくように動いているユウキを横目に、ドラゴンを見据えているアルピナ。両腕を広げ肉壁となり彼にも意地でも近づけないという意思を見せつける。魔法を使わないのは諦めではない。魔法を使わずとも守り切れると思わせることで自分に意識を集中させるためだった。奇しくも『自分を囮にする』という作戦を取った二人。
自身の前に立ちはだかった少女を見てドラゴンは疑問でしかなかった。なぜ勝てないと分かっていながら自分の前に立つのか。無駄に命を散らすだけの行為を理解することが出来なかった。まあいい、とドラゴンはその口を開け、アルピナの頭を食いちぎろうとする。目の前に広がるドラゴンの口内を見つめながらアルピナは自身の生涯を振り返り自身の家族に謝罪しながらゆっくりと目をつぶるのだった。




