第五十九話 ドラゴン討伐作戦、開始しました。その一
採掘場の建物の前でグループを作り作戦会議をしている冒険者たちの一団。これから昇降機を使って突入しようというところである。
「じゃあ、最終確認をするぞ。今回は二グループに分けて目標を達成する。Dランク以上の冒険者はドラゴンを引き付け、負傷者を安全に救出するための囮となると同時にドラゴンを討伐する。それ以外の冒険者は負傷者を救出、終わり次第、我々の援護だ。なお負傷者たちはドラゴンが現れると同時に落盤が発生し、その奥に閉じ込められていると推測されている。何か質問のあるやつは?」
すると後ろのほうで作戦内容を聞いていた今回の参加者の一人であるキャリィが手を上げて発言する。
「一応聞いておくが、負傷者を全員救出するまで引き付けることはできるんだろうな?」
「問題ない。我々だってプロだ。引き付けるだけならば容易い。もっとも討伐だって無駄な被害を出すつもりはないがな」
今回参加している冒険者の人数は三十人強。さらに腕っぷしの強いドワーフの鍛冶師たちが採掘場内の案内人として参加している。今回の戦闘立地である狭い坑道内で全員が全力で力を振るえば、問題なく討伐出来る。一団を率いている冒険者が自信たっぷりに答える。Cランクということもあり、ある程度自身の実力に自信があるのだろう。それに関して間違いはないもののおおよそ未知といえる生物相手に発していい言葉ではなかった。
「それじゃあ、そろそろ突入するぞ。Dランク以上の冒険者は集まれ!」
その号令に従ってアルピナとユウキが昇降機に乗り込む。残ったカナタは冒険者になって一か月も経っておらず、昇級試験も受けていない。いるだけで百人力なのだが残念ながら討伐隊の条件には当てはまらない。しかし、落盤の瓦礫を取り除くことで大きく活躍してくれるだろう。手早く済ませて討伐の援護に回ってくれることの祈るばかりである。カナタとキャリィに見送られるようにして二人を乗せた昇降機は地下に降りていく。到着し、広場に降り立つと冒険者たちは一斉に素早い動きで隊列を組んで坑道内を進んでいく。ユウキは隊列の先頭、アルピナは魔法使いであるが故、中央である。
冒険者たちは坑道内に響く唸り声を聞き、グラグラと垂れ下がっているランタンを傍目で見ながら進む。神経を尖らせながら全方位に意識を割きながらユウキは索敵という大役を担う。いつ襲われるかもわからない先頭を担っているユウキはこれまでにないほどに緊張の糸を張り詰めながら進んでいた。
冒険者たちがその坑道の中央付近まで進んだところで突如異変が起こる。転がる小石がカタカタと揺れ始めたのだ。それに合わせて冒険者たちは即座に各々の武装を構え、臨戦態勢を取る。坑道内に何か起こる気配はない。しかし小石はカタカタと揺れるどころか、さらに大きく跳ね始め終いには地響きが起こり始める。
直後、ユウキの足元にヒビが入ると同時に彼の足元からドラゴンの頭が牙をむき出しにしながら現れた。しかし、マリチアの時といいよく真下からアンブッシュされる男である。
しかし、その時に学んだユウキは同じ手を食わない。ヒビが入った瞬間、ユウキは全速力でそこから離脱しドラゴンの不意打ちを間一髪で回避する。ドラゴンの攻撃を回避したユウキは転がりながら即座に態勢を整える。地面から首だけをのぞかせているドラゴンはぬるりとした動きでその身を露わにしていく。体長はおおよそ十メートル強。体中を頑丈な鱗で覆い、刺々しい見た目はまさしく全身凶器。御伽話のドラゴンと違い羽は生えていないもののスラリとした四足歩行の身体は地を進むことに最適化されていると即座に理解できる。洗練された見た目はドラゴンという生物が生態系の高いポジションに位置していること如実に示していた。
全身を一団に見せつけたドラゴンは冒険者たちを見据えると、睨みを利かせながら冒険者たちを威嚇する。その巨躯と眼光に冒険者たちは怯み今すぐにでも逃げだしたくなる感情を覚える。現に最後尾の冒険者は二歩後退りし、振り向き逃げ出そうとしていた。しかし、彼らに逃げるなんて選択肢はない。現状でそんなものは与えられない。今の彼らがしなければならないことは目の前のドラゴンを引き付け、さらに討伐すること。逃走することではない。
「逃げるな!戦え!足を狙って機動力を削ぐんだ!」
リーダー格の冒険者が檄を飛ばすと、それに乗せられた冒険者たちがドラゴンに向かっていく。もちろんそれはユウキも同様である。冒険者たちはドラゴンたちに自身の得物をぶつけていく。しかし、そう簡単にうまくいくのであればドラゴンは生態系の高い位置に属さない。彼らの打ち込んだ得物はその強固な鱗に守られかすり傷程度しか与えられない。かえって全力で打ち込んだせいで反動で手を痺れさせられている。いきなり襲い掛かってきた冒険者に目を細めたドラゴンは鬱陶しそうに首を振る。ドラゴンにとっては羽虫を払う程度の一撃、であるにも関わらず冒険者にとっては致命傷になりかねない。それを本能的に見切った冒険者たちは回避と防御に全力を注ぐ。その甲斐あって今の一撃での負傷者はゼロ。もっとも先の一撃など序章に過ぎない。これからもっと強力な攻撃が来るにも関わらず今ので負傷してしまっては討伐など夢のまた夢である。
一方で首の攻撃とは関係ないドラゴンの後方に位置していたユウキは回避の際に離れてしまった距離を一気に詰めると大剣を引き抜きドラゴンの足に突き立てる。その圧倒的な鋭さはドラゴンの鱗を貫いて肉に引き裂いて突き刺さる。ドラゴンは不意に訪れた痛みで恨みがましく呻き声をあげる。
(ダメだあんま入ってねえ!だったら)
大剣が深くまで刺さっていないことを手ごたえで感じたユウキ。ならばと彼は突き刺したまま大剣を肩に担ぐように持ち直し柄を力強く引き下ろす。肩を支点として持ち上げられた大剣は刺さったままの部分の肉を問答無用で大きく引き裂いていく。引き裂かれた部分からは血が滲み出て口角を赤く染める。
自慢の甲殻を貫き自信を害する羽虫からの一撃。それに晒されたドラゴンは、怒りのボルテージを一気に上げる。冒険者の一団に目もくれずユウキのほうを振り向くと威嚇込みの咆哮を浴びせ掛ける。その爆音と風圧を一身に受け、ユウキは耳を塞ぎながら後ずさる。しかし彼の眼はドラゴンを見据え続けている。目を離したが最後、一撃で命を奪えるような一撃が襲ってくる。それをいつでも躱せるように一挙手一投足に注意を払っておかなければならない。
威嚇の声を上げたドラゴンはすぐに目の前の男を殺そうと行動する。まずは首を横薙ぎに振るいその大きな頭で彼を吹き飛ばそうとする。強烈かつ恐ろしく素早い、人間にはまず出せないであろう一撃。低級冒険者では回避することすら難しい。しかし、ユウキだってそれなりには経験を積んできた。この程度の単調な攻撃、回避することは難しくない。横薙ぎに振るわれた一撃をユウキはしゃがみ込んで回避する。頭上をドラゴンの首が通過するのを感じていると、次の攻撃が飛んでくる。次は鞭のように振るわれた尻尾。狭い通路で器用に体をくねらせながら振るわれた一撃は鱗の刺々しさも相まってさながら高速で振るわれた極太の有刺鉄線。その一撃を食らったら無傷でいられるはずなどない。しかし、先の前提は当たらなければ意味のないたらればである。ユウキはしゃがみ込んだ状態から一気に跳躍し、地面を掠めながら振るわれた一撃を回避する。空を切った一撃は坑道の壁に激突することで停止する。当たった部分は大きく抉れてしまっており、もし当たっていたらと考えるとゾッとする。
しかし、回避できたユウキがするべきことは震えることではなく攻撃を仕掛けることである。うまく二連撃を躱したユウキは攻撃の隙を突くために着地と同時にドラゴンに近づく。自身の間合いに入ると同時に大剣を無防備になっている後ろ脚に叩きつける。その一撃で容易く鱗を破壊すると、完全に怒り狂ったドラゴンは標的をユウキに定めた。
だが、彼にとっては好都合。彼の目的はドラゴンの引きつけ、これは既にあと一歩のところまで来ている。さらに彼が引きつけることで後方の冒険者たちが攻撃しやすくなる。となれば引き付けないわけにはいかないだろう。ユウキはドラゴンが睨みつける前で挑発するように手を二度叩き、挑発するように親指を覗いた指すべてを折り曲げる。そして背を向けると悠々と走り始めた。
さんざん挑発するだけして逃げ出したユウキにドラゴンは怒り絶頂。その巨体で地面を揺らしながらユウキに詰め寄っていく。頭に血が上ってしまっているドラゴンは他の冒険者の存在を頭の中から抹消してしまっていた。そのせいでドラゴンは近づいて来ている冒険者に気付かない。
「今だ!奴が引き付けている間に俺たちは機動力を削ぐんだ!」
その間に冒険者たちは襲い掛かり鱗に覆われた足に切りかかる。先ほどのことで学んだのか、全力を籠めると同時に鱗の隙間をうまく狙って切り付けていく。強固な鱗の間をすり抜け、鱗の下のやわらかい部分に傷をつけていく。怒りと闘争心に夢中になっているドラゴンはその痛みに気付かない。さらにはユウキがそちらに意識が向かないように挑発し続けているため、そちらが優先され冒険者たちに意識を向けることが出来ない。シンプルながらも質のいい連携。着々とドラゴンの身体に傷をつけていく。
しかし、ドラゴンだってそこまで鈍感でも間抜けでもない。攻撃してくる冒険者たちの存在に気付き、全身を鈍器のように振るい、彼らを振り払おうとする。
「我を脅かす魔の手から守りたまえ!」
しかしその攻撃をアルピナの障壁が妨げる。障壁が尾の一撃で砕けたのを見計らい冒険者たちはさらに接近し、後ろの冒険者たちに気を取られた隙をつきユウキも攻撃していく。着実にドラゴンの身体に傷がついていき徐々にドラゴンの動きが鈍っていく。ドラゴンの攻撃も冒険者たちに牙をむくため、無傷というわけではないが、それでも重傷者ゼロ、誰も離脱していないということで圧倒的に冒険者側が優勢である。感じる手ごたえに一団は喜びを隠せない。
が、ユウキだけは妙な不安を覚えていた。別に冒険者の一団に不安があるわけではない。彼らは自分の意図をすぐに理解したうえで行動に乗り出した。間違いなく実力のある冒険者たちだ。ユウキが不安を覚えていたのは別の部分。
(どうしたよアルピナ!?なんで魔法を使わない!?)
彼女が一切魔法で攻撃していないのである。彼女自身、支援系の魔法よりも攻撃系の魔法が得意であると豪語している。そんな彼女が一切攻撃していないというのは不可解である。打てない理由があるのか、味方への誤射を心配しているのかは分からないがそれでもう一度も攻撃していないというのはどう考えておかしかった。
彼女にそのことを聞き出そうかと思いはしたが、ドラゴンの引き付けで彼自身それどころではない。彼女の真意を知ることはできない。
ユウキがじわじわと後退しながらドラゴンの攻撃を回避しているとドラゴンの挙動に変化がみられるようになる。頭が冷えたのかユウキだけでなく後方の冒険者たちにも気を配るようになっていた。彼が引きつけていられるのはあとわずか。引きつけられなくなった時に備えて、すぐに攻撃できるようにユウキは大剣を盾のように前に構えるのではなく正眼に構えて、防御寄りから攻撃寄りの構えに変更する。そしてドラゴンの注意が逸れたのを察知したユウキはとうとう大きく踏み込みドラゴンの胴体に斬りかかった。胴体に大剣の刃が食い込んだのを確認したユウキは即座に大剣を振りぬき鱗ごとドラゴンの肉体を切り裂く。例にもれずドラゴンの身体を切り裂いたユウキは返り血を浴びながら離脱する。
自慢の鱗ごと切り裂く強烈な一撃は想定以上に効いたのか、ドラゴンは苦しみを孕んだ呻き声をあげながら狂ったように暴れまわる。その過程で胴体付近に襲い掛かってきた尻尾をユウキは大剣を使って棒高跳びのように回避し、そのままの勢いで胴体の上を駆けるようにして一団のほうに合流する。
「引き付け役ご苦労だった。少し後ろのほうで休んでいてくれ」
「誰がぁ?まともにぶった斬れるのは俺だけなんだから、最後まで前で剣を振るうぞ俺は」
「ふっ。そこまで言うならばもう少し前線で頑張ってもらおうか!」
労いの言葉を跳ね除けたユウキが大剣を構えると同時に、痛みで落ち着いたとみられるドラゴンが行動に移った。なんとその身体を器用に使って岩盤を掘り始めたのだ。その速度はとても大型の生物とは思えないほど素早く、止めようとした冒険者たちの行動が間に合わないほどの速度で岩盤を貫きその姿を消した。ドラゴンを追おうと動き出そうとした次の瞬間、予想外の事態が起こった。
下から突き上げるような、内臓を持ち上げるような衝撃が通路を襲う。何事かと慌て始める冒険者たち。ドラゴンが下から通路を叩き始めたのだ。冒険者たちたちは半パニック状態に陥りかけるが指揮官の号令で冷静さを取り戻しつつあった。しかし事態はそう簡単ではない。ドラゴンが通路を叩いた衝撃で徐々に通路の床にヒビが入り始める。それに気づき、彼らはその場から避難を始めるが時既に遅し。
通路の耐久力が限界を迎えると同時に通路の床が抜ける。それに巻き込まれる形でユウキ、アルピナを含む何人かの冒険者が下の通路へ落下する。下の通路ではドラゴンが待ち構えており、足を曲げ身を縮めている。落ちた冒険者たちが体勢を整えようとした瞬間、さらなる不幸が彼らを襲う。下で待ち構えていたドラゴンが大きく跳ね上がると、その巨体を通路に叩きつけることで下の通路の床すらも破壊する。巻き込まれた冒険者たちはさらに一層下の通路に叩き落されてしまい、冒険者の一団は一瞬にして二つのグループに分断されてしまう。目の前には唸り声をあげながら威嚇しているドラゴン。冒険者の一団はたった十数秒のうちに絶体絶命の縁に立たされてしまった。




