第四話 異世界人、出会いました。
「あ!やっと起きた。大丈夫?」
周りの騒がしさに耐え切れず、ユウキの奥底に沈んでいた意識は浮上する。風がユウキの頬を撫で太陽の光がユウキの意識を次第にはっきりとさせていく。完全に意識が覚醒したユウキは体の痛みに耐えながら体をゆっくりと起こしていく。その背中に誰かが手を添えその手は支えとしての役割を果たす。背中の手の持ち主を確認するためにユウキは真横を確認する。そこにはにっこりと笑顔を浮かべた女性が膝をついており、彼女の手はユウキの背中に添えられている。が、そんなことよりもユウキの目が釘付けになったのは、彼女の頭から生えている大きな耳だった。フワフワとした毛がそれを包んでおり、風に反応してピクリと跳ねる。ユウキはそれに触れてみたいという欲求にかられるが、あまりにも失礼だと思い、ぐっとこらえる。
彼女がシオンの言っていた種族のひとつであることはユウキの働いていない頭でもすぐに理解できた。ビースト。獣の力を持ち自然とともに生きる種族。見た目については言及されていなかったため、ユウキがその姿を見るのは初めてだったが、まさに予想通りという印象であった。ユウキとしてはもう少し動物の特徴が欲しかったところであるが、そんなことはどうでもよかった。
いったん彼女から視線を外しさらに周りを伺うと二人の男性、一人は弓を背負い、もう一人はユウキの大剣を何とか持ち上げようと悪戦苦闘している。さらにその奥にはゴブリンの死体が転がっており、立っているゴブリンは一体もいなかった。
「いきなり気絶しちゃったみたいだけど、大丈夫? 体痛かったりしない?」
「あ、ああ……。大丈夫、です……」
ユウキは状況を飲み込めないなりに返答する。その歯切れの悪さに首をかしげながらも女性はユウキを気にかけるように話し続ける。がユウキの耳には入らず、ユウキは彼女の言葉を遮るようにして質問する。
「あの、何で俺のことを守って?いたんですか?」
「え?なんでってそれは……」
ユウキの問いかけに彼女は困った表情になり、歯切れを悪くする。すると、後ろに控えていた弓の男が彼女の代わりに話し始める。
「お前が気絶している間に街まで運んでやってもよかったんだが、あのバカ重い剣が運べなくてどうにもできずにここで待つしかなかったんだ。お前を放置してあそこで寝ている奴らみたいにするのも気が引けるしな」
男性はゴブリンの死体を親指で指しながらユウキに説明する。これで大体の状況が飲み込めたユウキは表情を変える。
「そうですか。これはご丁寧にどうも」
ユウキは正座に座りなおすと深々と頭を下げる。あまりにも仰々しく頭を下げたため、二人は慌ててユウキに頭を上げされる。すると彼が起きたことに気付いたのか、もう一人の男がユウキに近づいてくる。
「おい、お前のパワーどうなってんだ! ピクリともしねえぞあの剣」
「いきなり失礼だぞ」
脈絡もなく剣について問いかける彼をとがめるもう一方。その様子があまりにも馴染んでいたため、こんなことをいつもやっているのだろうかと思った。
「あの、もう一つお願いをしても?」
何かを言い争っている二人を尻目に女性はユウキの問いに目線を合わせて耳を傾ける。
「これから街に行くんですよね? でしたら俺もついでに連れて行ってもらえないかと」
「もちろん構わないよ! もともとそのつもりだったしね」
女性は立ち上がりながらユウキの提案を承諾する。街までの案内人を確保できたことにほっとしていると女性はユウキに向かって手を差し出す。その意図を理解したユウキは、いいのか?と思うが、いつまでも放置してしまうことの方が失礼であると考えユウキはその手を掴む。するとユウキの身体がふわりを浮き上がる。それに合わせて両足を地面につけ立ち上がった。立ち上がるのを見て、言い争いをしていた二人はそれをやめユウキのもとに近づいてくる。ユウキは近くに落ちている軽々と大剣を拾い上げ、肩にかける。その姿を驚きながら見ている三人がいるが気にせず平然と三人に近づく。そんなユウキをみて肩をすくめる三人は特に何を言うこともなく、ユウキを先導するように歩き始めた。
四人が道を歩き続けているといきなり女性が歩きながら体を反転、バック歩きの状態になる。
「そういえばさ、まだ自己紹介してなかったよね? みんなでしようよ! 私はフリア。一応三人のリーダーやらせてもらってるよ」
「俺はスグルド。このチームの前衛かな?」
「ラクスだ。主に後方支援を担当している」
三人の名前と特徴をユウキは頭に刻み込む。フリアと名乗った彼女はビーストで犬のような耳が頭についており、背中は小さく膨らんでいる。それが何かははっきりとはわからなかったが、イヌと人、二種類の生物の身体構造を比べて大体どの部分にあたるかは察しがついた。
スグルドははっきりとした金髪が特徴的で太陽の光を反射してキラキラと光っている。しかし同じほど印象に残ったのは明るく快活な表情をしているにもかかわらず、目の部分には覆い隠すように大きな傷跡が鎮座していた。
ラクスは茶髪をポニーテールのように後ろで束ねている。弓と矢筒を背に背負っており、吊り上がった眼は冷静沈着にユウキを見据えている。その視線はユウキが敵か味方か、それを判断するかのようだった。
自己紹介を終えた三人はユウキが自己紹介するのを歩きながら待っており、ユウキも自己紹介できるタイミング、三人が自己紹介し終わるのを待っていた。
「ユウキです。最近ここに来たばかりなので戦闘経験はほぼないですが、一応は前衛になります」
まあ、こんなん背負ってるくらいですしとつぶやいていると、ユウキの言葉に三人、特にスグルドは驚いたように眼を見開く。言葉に詰まりながらスグルドは口を開く。
「ってことは、ほとんど経験なしで、あれだけの数を倒したのか?」
その言葉にユウキはある種の嫌な予感を覚える。が、念のため確認を取ることにした。
「それは……、すごいことなんですか?」
「いやあ……」
言葉を濁らせるスグルドの代わりにラクスはためらうことなく告げる。
「ゴブリンは一体では雑魚同然だが、複数体になれば連携で厄介な敵になる。ベテランでも単独では食われることもある。経験の無いものなんてなおさらだ」
その言葉にユウキは少々頭が痛くなる。目立つことに関しては別に覚悟していたため、問題ない。しかし、別に目立ちたいとは思っていない。ほぼ経験なしでこれはこちらの世界の常識外。明らかにおかしなことだ。あまりいい目立ち方ではない気がした。この結果にユウキは若干頭が痛くなる。しかし、あまり考え込んでも仕方がない。自分にセンスがあることが分かったことで相殺することにした。
「そ、そうなのか……」
「となるとかなりのセンスがあるってことか……。すごいなお前! 今度俺が戦い方を教えてやろうか?一回に付き飯一回おごりでな!」
「新人からたかろうとするんじゃないの。奢らせたら破産しちゃうよ?」
スグルドはユウキの肩に手を回しながらたかろうとするがそれをフリアがたしなめる。それを聞き、ユウキは笑顔を浮かべながら肩にかかった手をそっと外す。
「はっはっは。奢れるほど稼げるようになったらぜひお願いしますよ」
「こりゃよくなかったな。カモが消えちまった」
ユウキのわざとらしい笑いで流されたことにスグルドは頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。直後、ユウキにはスグルドの苦笑いが見えなくなる。ユウキの視界にはスグルドが顔を下げており、その後ろには手を振り切ったフリアが立っていた。
「余計なこと言ってんじゃない! さっさと行くよ。もうすぐ陽が沈みそうになってるんだから!」
フリアはそういうとスグルドたちの歩き始めを待たずに再び歩き始める。ラクスに至っては歩くのを止めていなかったのか、興味なさげに歩き続けており相当前を進んでいる。スグルドは頭をかくことからさすることに変更して再び歩き始める。それを見てユウキも最後尾を歩き始めた。沈黙が四人を包み込み、どうにも我慢ができなくなったユウキは思いついたことを口に出す。
「そういや、何で皆さんは近くにいたんですか? 俺があの道進んでる時にはいなかったですよね」
三人の内、スグルドが振り返らないまま、ユウキの問いに答える。聞き取るためにユウキは歩速を上げ、スグルドの隣に並び立つ。
「俺たちも森の中で依頼をこなしてたんだが、森の中でゴブリンの雄たけびが聞こえてな。結構距離も近かったし呼応するように別の雄たけびが聞こえたからもしかしたらと思って三人で様子を見に行ったんだよ。そしたらゴブリンと戦ってるお前がいてな」
「はあー。そうだったんですか」
「そうそう。っと街が見えてきた。そろそろ着くぜ」
前方には小さく民家が現れ徐々にその数が増えていく。その中のいくつかからは煙が上がり、徐々に人の姿も見えてくる。空を見上げると日は西に傾いてはいたが赤くは染まっていない。どうにか陽が落ちる前に到着出来てユウキは心の中でほっとする。その道中ではスグルドの口が止まることはなく、それにつられ、ユウキもおしゃべりになってしまっていたが、ユウキもそれを不快には思わなかった。話し続ける二人をフリアは微笑ましく見守っており、ラクスは耳を傾けながらも振り返ることはなかった。
「着いたよー。ここがビギルマ。今の私たちの拠点の街だよ」
ユウキの初めての印象としては、よくイメージされるファンタジー世界の田舎町といったところ。素朴な雰囲気で人々が落ち着いた様子で暮らしている。一日の濃密さと反比例するように、和やかな雰囲気が流れている。なぜだか、安心感をユウキは覚えた。
「それじゃあついでにギルドの集会場まで案内するよ」
街に着いたため、ユウキのフリアへの頼みは完遂され、フリアたちがユウキをギルドの集会場に案内する必要はない。しかし、フリア、あるいは三人は優しく面倒見のいい性格なのか、集会場までの案内を自ら買って出る。その優しさに触れながらユウキはその提案に乗ることにした。
「あぁ、頼んます」
がしかし、道中で散々話続けたため、街に入ってからしゃべることがなくなり、四人の中に静寂が流れる。この雰囲気を好まなかったユウキは歩きながら適当に思い付いた質問をしてみることにした。
「三人は冒険者になって何年くらい?」
ユウキの質問に三人がユウキに視線を向ける。いきなり口調が完全に敬語からため口になっていたが三人は気にすることもない。ユウキについてくれることもそうであるが懐の広い人物たちである。
「ん、唐突だな。んー、俺は確か…、五年半くらいかな?」
「私は先月で五年。ラクスは確か……」
「……六年だ」
「へぇ~。じゃあ一番長いのは、ラクスさんなんですね」
「そうだな。とはいってもまとめる力はフリアの方があるし、俺の力不足でリーダーをしてもらっているが」
「もう、そういう風に自分を卑下しないの。」
フリアはラクスの肩を優しく叩く。ラクスは自分が一番キャリアが長いのにまとめられるほどの力がないことに若干のコンプレックスを抱えている。しかし本人はもうほとんど気にせず割り切りそういったことに向いているフリアに指揮を任せ、自らは戦闘に集中するというスタンスを取っている。適材適所、一人ですべてができる必要性はないのだ。
「っと。そんなこんなで着いたみたいだね。ここが集会場だよ」
そういわれ、彼女の指差している建物を見上げると周りの建物よりも一回り大きい建物がそびえたっていた。軒先には大きな看板がついており、そこには簡素で分かりやすく集会場と書かれている。この建物を見たユウキは落ち着き払っていた気持ちが急激に跳ね上がる。ここがユウキの冒険者としての、そして第二の人生の幕開けとなる舞台だ。緊張で手汗がにじみ、額に汗が流れる。しかし今は細かいことを考えるのは後にした。頭の中を一度空っぽにし目の前の大きな扉に手をかけようとしたその瞬間、
(あれ、自動ドアかな?)
ユウキが扉に手をかける前に扉が勢いよく何者かによって開け放たれる。その扉はユウキに回避という思考の暇を与えず、眼前五センチの回避不能の場所まで来ていた。突き出した手の腕のクッションもさほど役に立たず、直撃した扉の衝撃に負けたユウキの身体は容易く吹き飛び体を宙に舞わせた。吹き飛ばされ後ろに跳んだユウキの視界に次に映ったのは、後ろに立っていた三人の唖然とした顔だった。




