第五十七話 宝石、売り払いました。
あれからしばらく経って。ユウキは一人で町中をふらついていた。カナタはいつものように前のようにキャリィの店で武器を眺めており、アルピナは魔法の研究をすると一人で依頼を受けて町の外へと繰り出していった。
さて、今回一人で町中を歩き回っている暇人ユウキの目的は、シヴァリアのあの事件の際に手に入れた謎の宝石の売却である。どうしても手放す気になれず未だに持ち続けていたものだが、いい加減に換金しようと決め、売却できそうな店を探しているのである。幸いこの街は武器を求める商人などで溢れかえっている。誰かしらは買い取ってくれるだろう、と思い行動していた。
しかし、現実はそううまくはいかない。五店舗以上は回ったが、どこも大した価値はないと二束三文の売値を突き付けてくるだけであった。プロの目利きがそういうのだから間違いないのだろう。本来であれば。しかし、ユウキの勘はそうは言っていなかった。この宝石はそこまで価値の低いものではない。そう思ったユウキはすべての店で買い取りを蹴ってしまっていた。しかし、その後に回った三件でもたいした値段はつかなかった。そのうちの一件では買い取れないと突き返されたくらいである。
(もしかしたらほんとにそんなに価値ねえのかしら……)
ここまでくると自分の勘すら怪しく思えてくる。自身の勘に疑いを掛けかけた時、集会場の前を通りかかった。ふと視線を向けると、いつものように見ている建物が、その日は不思議と大きく見えた気がした。まるで何かに取り憑かれたかのように惹きこまれ、無自覚のうちに入り口に向かっていく。扉に手をかけようとしたその瞬間、彼が扉を引くその前に乱暴に扉が開かれる。ユウキは咄嗟に手を引っ込めて自身に迫る扉を回避するが、無理やり体をひねる形で扉を躱したため扉の向こうから姿を現した人物を躱すことはできず衝突してしまう。ユウキは扉の向こうから現れた人物にぶつかり、二、三歩たたらを踏む。ぶつかった人物に謝罪しようかと視線を向けようとしたその時、代わりに向こうが先手を打つ。
「おいおい!私の洋服が汚れたらどうするつもりだ!君なんかには一生買えない代物なんだぞ!」
大声で怒声を浴びせたのは、高級そうな素材でできた洋服に身を包んだいかにも上流階級といえる人間だった。寒くもないのにしている毛糸のマフラーが否応なしに視線を引く。ぶつかったところをぐりぐりと見まわし、ユウキを睨みつける。
「いやいや、申し訳ない。こちらの前方不注意だ」
とはいえ、ユウキに比がないと言えば嘘になるし、いきなりぶん殴られたわけでもないため、今回は頭に上った血を抑え込み、頭を下げ謝罪する。胸倉掴まれて派手に殴り合ったあの時とは違い、少しは大人になったのだ(とはいえ、もう二、三言言われていたら喧嘩を吹っかけていただろう。どこが大人だ)。
「ふん。全く、気をつけろ!」
男はマフラーを翻しながら近くに止めてあった馬車に向かっていく。横を通り過ぎる男を見送ったユウキが再び歩き始めようとすると一人の男によって肩を叩かれる。
「わりいね。うちの坊ちゃん、虫の居所がよくないみたいでさ。あんまり怒ってないと思うから気にしないでくれ」
男の謝罪を聞いたユウキは馬車に向かっていく男の身なりを見て肩を叩いた男を引き留めた。
「なあ。あの男って商人だったりする?」
「ああ、そうだけど。どうかしたのか?」
「ちょっと見てほしいもんがあって、よかったら買い取ってくんねーかなと」
これなんだけど、と取り出した宝石を男は丁寧な動きでそっと持ち上がると小走りで男のほうへ向かっていく。道端で話し始めたかと思えば、真剣な表情で首からぶら下げられたルーペを使い宝石のことを注視し始めた。話しかける余地すらないほどの真剣さ。横柄としか思えなかった口調が嘘のような仕事ぶり。口調で人となりはわからないものだとユウキが適当に思っていると、男は目を見開きぼそぼそと内緒話を始める。三十秒ほど話し込んだかと思えば、男はユウキに近づき宝石を手で弄びながら話し始める。
「申し訳ないが、これにはたいした値段はつかないね。だが私はいろいろなものを買い取っている。十万フェズ程度であれば買い取らせてもらうが。どうかな?」
今までの最高金額が出たことにユウキは内心驚愕する。がそれを面は出さず無表情を貫いて見せた。男が先ほど見せた表情の変化がどうにも気になってしまった。どうにも足元を見られているような気がしてならない。仕方ないか、とユウキは慣れない鎌をかけてみることにした。
「そっか。でももう少し欲しいんだよな。だからもうちょっと見て回ってみる。あんたのとこが一番高かったら売りに来る」
ユウキがこういった瞬間、男の表情に小さく焦りが見えた。本当に常人であれば気づかない程度の綻び。しかし、ユウキの野性的反射はそれを敏感につかみ取っていた。作戦は成功である。このまま下手ではあるものの揺さぶりをかけてみようと思い、男の発した言葉に追撃する。
「残念だが私はもうすぐこの町を出てしまうんだ。売るなら今しかない。破格の値段だと私は考えているが不満かね?」
「別に不満はねえけどいろいろ見て回るのが俺の方針なんだよな。それに他の店のほうが微妙に高かったし」
もちろんこれも大嘘。実際には最高値でも一万フェズであったため、ほかの店など足元にも及ばない。ばれるかとも思ったが彼が気付くことはない。そして揺さぶりも成功した。目論見通り、男の表情がさらに変貌する。その表情変化をさらに分かりやすくするためにユウキは最後宣告じみた言葉を上げた。
「ちゃんと本当のことを言ってくれれば、相場よりちょっと安くこいつを渡すよ」
「お前を見ているぞ」のジェスチャーとともに発せられたユウキの言葉に商人の男は思考するように目をつぶって見せる。もしこれで商人が食いつかなければ安値で売り払うことになる一つの賭けであったが今回はユウキに軍配が上がったようだ。男はゆっくりと目を開くと諦めたように肩をすくめて見せる。
「ふう……、まさか私が負けるとはな。もう降参だ。足元を見ようとしてすまなかったな。ここからは商売の話をしよう。卑しい話になる。あまり人に聞かれたくはない。乗りたまえ」
男はユウキを馬車に誘導するととも馬車に乗り込んでいく。続いてユウキも乗り込もうとしたが、入ろうとしたその時、付き添いの男に止められる。
「別に荷物を預けろとは言わないが、せめてその大剣だけでも下ろしていけ。物騒すぎる」
もっともである。ユウキに反発する理由はない。大剣を下ろすと地面に突き刺して馬車に乗り込む。その途中、一応言っておこうと思い、振り返りながら護衛の男に忠告する。
「持とうなんて考えないほうがいいぞ」
男がユウキの忠告に首をかしげているのを横目にユウキは馬車に乗り込む。男の体面に座ると、男は待ちかねたかのように口を開く。
「では早速本題に入ろう。君が持っていた宝石に関してだ。あれは魔龍の一匹が持つ宝石だ。それも相当希少な年代物のね」
「マリュウ?」
聞き覚えのない単語にユウキは首をかしげる。
「説明は少し専門的な話になるため省かせてもらうが、まあとても希少価値の高いものだと思ってもらえればいい。うちとしてはこれを見逃す手はない。今すぐにでも買わせてもらおう。一粒に付き、純金貨一枚、大粒であれば一粒二枚、……が相場であるが、君の申し出通り相場より少し低くさせてもらって大きさ問わず純金化一枚で取引させてもらおう」
提示された金額のあまりの高さにユウキは思わず吹き出す。純金貨一枚などそこいらの冒険者では一生かかっても稼げないほどの大金である。冒険者の平均寿命が短いというのもあるがそれほどの大金である。それが即金で一粒につき金貨一枚など狂っているといわれてもおかしくないほどである。偶然拾った宝石がここまでの金額になるとはとんだわらしべ長者である。
だが、ここでは引かない。
「ここにある五粒で準金貨六枚だったら渡す。三粒が大粒なんだからこれでも儲けは出るだろ」
「強欲だな。そこまでして金が欲しいか?」
「純金貨一枚で遊んで暮らせるのに三枚も差っ引こうとするあんたのほうがよっぽどがめついだろ」
「金にうるさくない商人など、火を怖がる鍛冶師よりも役には立たん。……とはいえこれ以上言いあっても時間がもったいない。君の申し出を受けよう」
二人の間で交わされた舌戦は商人のほうが撤退することで終息する。今回大人だったのは商人のほうだったようだ。思った以上に稼ぐことのできたユウキは満足そうな表情で鼻息を吐きだす。
馬車の荷台の中から純金貨を六枚取り出して見せた商人は小さな袋に入れてユウキにそれを手渡す。中身を改めたユウキは大事そうにそれをポーチの中にしまった。
「これで君の持っている宝石は全部か?」
「いや、あと二つ残ってる。がこいつは今から幸運のお守りだ」
「ふむ、それならば仕方ない。残りの二つは諦めよう」
男と会話を終えたユウキはすぐにでも純金貨を預けようと馬車から駆け下りようとする。しかし、扉に手をかけたとき、商人に引き留められ足を止める。
「私は帝国を拠点に活動しているガウンディア商会の長、ベルベリー=ガウンディアというものだ。帝都に来た時にはぜひ御贔屓に」
ユウキは男の言葉に何も返すことなく馬車を後にした。足を抑えながらぴょんぴょん跳ねている男を尻目に集会場に入ると、受け取った純金貨六枚をすぐに預ける。そしてカウンターを離れたその時、ようやく彼は自分が置かれていた状況を理解し、全身の毛が逆立った。
彼は今まで普通の人間が六回死ぬまで暮らせるほどの大金を抱えていたのだ。意識するとそれがどれほどすごいことかがわかる。同時に心臓が止まりそうなほどの緊張感が一気に襲い掛かりユウキの体から気力という気力が奪われていく。
歩こうとすら思えなくなったユウキは寄りかかるようにして集会場の隅にへたりこむ。
(なぁんか飯の気分じゃなくなったな……。カナタには悪いけど今日は昼飯は諦めてもらおう……)
座り込んだままユウキは黙って目をつぶる。もちろん寝ようとしているわけではない。ただ精神の落ち着きを取り戻そうとしているだけである。幸い、多くの人々が行き来する集会場である。ユウキが座り込んでいても誰も気づかない。思う存分精神統一が出来たユウキは夕食の時間にはいつもの調子に戻り、臨時収入でキャリィとともに四人で飲み会をすることにした。ちなみに今回はユウキが吐かされた。




