第五十四話 エルフの少女と転生青年、犬猿でした。
集会場の一部屋で椅子に座って扉を凝視するユウキ。挙動一つ見逃さんと目を見開き扉の動向を観察している。その後ろにはカナタが立っており、いつでも動き出せるように彼の動向を見張っている。二人とも何も言わずに黙り込んでいるため室内は不穏な静けさを保っている。
カナタがその雰囲気に耐えかねて事情を聴こうとしたその時、扉がゆっくりと開き始める。その奥から顔をのぞかせたのは先ほど足蹴にされていたエルフの少女であった。それを見たカナタがユウキのほうに視線を向けると、彼は手にコルク栓の瓶を握りながら椅子から立ち上がろうとしていた。カナタは本能的に嫌な予感を感じ取り彼を止めようとする。が駆け寄るカナタよりも立ち上がる彼のほうが速い。
「女ぁ!まだ汚れてるぞぉ!」
ユウキは栓を引き抜くと同時に満面の笑みで中の液体を少女に向かって振りかける。がその液体が彼女に届くことはなく、不自然に空中に止まると重力に従って滑り落ちていった。ユウキの攻撃を止めた少女は鼻を鳴らしユウキを嘲笑する。彼女とて馬鹿ではない。先ほどあれほどのことをされたのだ。相応の警戒をするのが当然。彼女は自分の周りに魔法で障壁を張ることで攻撃に備えていた。
一連の流れを見て自分の攻撃が届かなかったことを理解したユウキから笑みが消える。小さく舌打ちを鳴らすと不満そうに椅子に座りなおす。
「もうその手には乗らないわよ。あんたのそれはもう見切ったんだから」
そういった少女は挑発するように杖の先を向け二、三度振って見せる。それを宣戦布告と受け取ったユウキも大剣に手をかけポーチに手を入れるとナイフ投擲の準備をする。まさに一触即発。あと少しひびが入れば爆発する空気に陥ったその時、二人の間にカナタが割って入った。
『いい加減にしろ。この部屋を破壊するつもりか?』
そう易々と引くつもりのなかった二人であるが、カナタが間に入ることで二人はお互いの得物を降ろした。もし、あのまま続けていたら二人ともカナタに痛い目に合わされていたことだろう。それを嫌った二人は放っていた殺気を収める。
部屋の中に漂っていた殺伐とした空気は消え、二人でいた時の緊張感の包み込む空気に戻る。カナタが間に入ったことで殺気を振りまけなくなった少女は、自身の纏うローブに鼻を当てたかと思うと顔を顰める。
「……やっぱりまだ臭い……。あんなに洗ったのに……」
少女はローブから顔を離すと臭いを振り払うかのように袖を乱暴に振り回す。それも当然である。ユウキがかけたのはマリチアでも最強クラス、もはや兵器といっても過言ではないほどの臭いの液体である。本来、対動物用のそれをそう簡単に落とすことはできやしない。
少女のつぶやきを聞いたユウキは、いやらしく口角を歪めると嘲笑うかのように言葉を紡ぐ。
「あの水浴びておけばよかったのに。あれの中に臭い消し、というか中和剤溶かしてあったから」
「はあ?ふざけるんじゃないわよ!」
兵器と称されるそれでもしもやらかしてしまった時、解決策となるものがなければとんでもないことになってしまう。そのため、臭い液のカウンターとして一緒に中和剤も売られていた。それを水に溶かし込んで投げつけたのだが彼女はそれを受け付けず、防御してしまった。まあ、あれほどのことをされて液体をかけられても誰だって先ほどと同じ液体だと思ってしまうだろうし、ユウキもそれがわかっていてやっている。彼女がどう動くかを理解したうえでやっているのだからタチが悪い。
衝撃の事実を告げられた少女は悪意の塊のような行動に対する怒りと掌の上で転がされていたことの羞恥で赤面しながらユウキの胸ぐらを掴む。持ち上げられる過程で喉が絞まっているユウキだが、振り払うようなことはなくただ見下すような視線で薄笑いを浮かべている。それを挑発と受け取った少女はさらにボルテージを上げ、胸ぐらをさらに強く絞め上げる。それでもまだ嘲笑うように見ていたユウキだが一息つくと、ポーチの中から小瓶を取り出す。
「落ち着け。ほらこれがさっきのと同じ中和剤を溶かした水だよ」
ポーチの中から予備として残しておいた同じ液体を出す。少女は先ほどまでの歪んだ怒りの表情から明るい表情に変わる。よほど気に入っているローブだったのかその表情は本来であればユウキの心を動かしていただろう。だが現状そんなものは意味はなかった。
少女は笑顔のまま液体に手を伸ばすがユウキは遠ざけるようにして引き上げていく。少女が手を下げるとユウキもそれに合わせて瓶を下げる。少女がどんな速度で上げ下げし、ジャンプで無理やり距離を縮めようとしてもシンクロするように上げ下げし続ける。そのやり取りが十回ほど続いたところで少女がしびれを切らして憤慨し、怒声を上げる。
「ちょっと!早くっ、よこしなさいよ!」
「人からものを貰う時にはなんていうんだぁ?ありがとうダルォ?」
「あんたが蒔いた種、なんっ、だから、早くよこしなさいよぉぉぉ!」
にやけ面を見せつけながら少女を揶揄うように瓶を振って見せる。少女はユウキにしがみつくようにして無理やり瓶を取ろうとしているが、ユウキも引きはがすようにして距離を離そうとしている。力比べが釣り合いを見せ、お互いにびくとも動かなくなる。
「いいから、早く渡しっ、なさいよっ!あれで、痛み分けっ、でいいでしょ!」
「そんなんじゃ俺の気持ちが収まらないんだよなぁ!?あれのせいで俺があの後どんだけ苦労したのかわかっているのかぁ?」
「だから悪かったって言ってるでしょ!」
二人のやり取りが水掛け論じみてきたところでカナタが仲裁に入ろうとする。がすぐにその必要がなくなってしまい、立ちすくむこととなる。
「いい加減にっ!渡せェ!」
少女はユウキから離れるとユウキの股間に蹴り上げた。あまりの不意打ちにユウキは防御をすることができないままもろに食らってしまう。声にならない悲鳴を上げながら蹲るユウキの手から少女は瓶を抜き取る。そして大きく息を吐くと部屋の隅に置いた荷物をもって部屋から退出した。
蹲るユウキにカナタがしゃがみ込むと
『お前が悪いよ』
端的に事実だけを突きつけた。
跳ねるようにして歩くユウキは先程の一悶着を既に忘れているような柔らかい表情で集会場内を歩く。先ほどまでの騒ぎっぷりが嘘のような彼に、カナタは別人ではないかと一瞬思ってしまう。が彼とはずっと行動を共にしている。そんなわけもないため、すぐに思考を切り替える。
『あの女性とはいったいどういう関係なんだ?』
そう聞かれたユウキは途端に不機嫌そうに顔を歪める。二人とも表情をころころと変えるな、とシンラは思う。考えていることが表情に出やすいというところは二人とも本質的に似ているのかもしれない、とも思った。が、今はくだらない思考である。首元に手を当てたユウキは吐き捨てるようにして説明する。
「この街に来る前にあいつのことを助けたんだけどそのお礼として喉に突きもらったんだよ。そんで喉痛めてこの街に来るまで治らなかった。本当に最悪だった」
ユウキの言葉を聞きカナタは微妙な表情を浮かべる。事情の知らないカナタには先ほどまでユウキが一方的に悪いように見えていたが、今の話を聞いては同情の気持ちも出てくる。しかし、それでも往来のど真ん中で足蹴にするのはどうかと思った。
『しかし、彼女は私のように珍しいのか?ずいぶんと視線を引いていたが』
確かにエルフという種族は珍しい。ユウキが半年以上旅を続けて一度としてお目にかかったことがないというのはそれの確たる証明になっているだろう。ただ訂正するべきは人目を引いていたのはエルフという種族というより、彼女の纏っているとんでもない匂いの方であるということだった。
二人が集会場が出るとユウキはカナタの腕を掴み足を止めさせる。
「なんか散々騒いだら腹減ったから少し早いから晩飯にしようぜ。俺がおごるからさ」
「少し行ってみたいところがあるからそこであれば付き合おうか」
「オッケー。それじゃ案内してくれ」
二人は並んで大通りを歩き始めた。
「いらっしゃいませー、お好きな席にどうぞー」
微妙に間延びした店員の声を聴きながらユウキは開いている席を探す。奥の方に周りにほとんど客のいない席を見つけ二人はそこに向かっていく。その最中、二人はある人物を見つけユウキは悪魔のようにわざとらしく頬を吊り上げ、カナタはため息を吐いた。その人物に近づいていくユウキは、本来目指していた席から逸れ、その人物のほうに向かっていく。
「よう。さっきぶりだな。耳長女」
ユウキは因縁のエルフの少女に話しかけながら長テーブルの一つ開けた隣に座って見せる。少女はユウキの姿を見るなり、目も当てられないほどに顔を歪める。カナタは二人の間の体面に座りいつ始まってもいいように備えている。
「……何よ、まだ文句でもあるの。ていうかどうやってここに来たのよ?」
眉間にしわを寄せながら問い掛けてきた少女にユウキは半笑いで答える。
「いや、もう特に言うことは無えよ。ここに来たのもただの偶然だしな」
そう答えるユウキであったが少女には信用することができない。あれだけやられてはいそうですかなどと納得することはできないし、彼がポーチから何かを取り出しただけでもはや疑惑の対象である。しかし彼の前にはカナタが目を光らせている。何かしたとしてもそう面倒なことにはならないと考えた少女はとりあえずある程度警戒を解くことにした。
少女は自分の前に置いてあるサラダとスープを口に運んでいく。しかし、その二つには意識は集中しておらず、ちらちらとユウキに視線を向けている。その理由はユウキはテーブルの上に置いた瓶である。ガラス越しに見えるその液体は血のように真っ赤で、コルクの隙間から香る匂いは鼻を刺激し舌をぴりつかせるようである。明らかにまともではない。もしそれを入れられたら、と思うだけで警戒心を高めるには十分だった。
しかし、当の本人はそれを運ばれてきた食事にかけて美味しそうに頬ばっている。それを見て警戒していたはずの彼女の好奇心がうずきだしてしまう。知識欲というのは厄介なもので、好奇心はネコをも殺すといわれてもなお首を突っ込みたくなってしまうのだ。
「それちょっともらってもいいかしら?」
瓶を指さしながら問い掛けるとユウキは先程の不満そうな笑顔が嘘のようにニッコリと頬を上げて答える。
「ああどうぞどうぞ。たっぷりかけたほうが味が強くなるからそのほうがいいぞ」
ユウキは笑みを崩すことなく自分の料理にたっぷりとかけたものを口に運び咀嚼して見せる。咀嚼しきり飲み込んでもその表情が崩れることはなく笑顔のままである。嘘くさい笑顔にやはり警戒心を高めていた少女であったが、一連の動作をそれを見て少女は警戒を解く。
「じゃあありがたくもらうことにするわ」
少女は疑うことなくたっぷりと自分のサラダにかけて口に入れた。その直後、少女の思いもしなかった感覚が舌を襲った。鼻腔を刺激する臭いといっても臭いだけで味はうまみを足すレベルにとどまっていると思っていた。しかし、それは間違いだった。自分の甘さが憎くくて仕方ない。
舌に熱した極太の針で刺したような激痛が訪れたかと思うと、流れた唾液が喉を傷つけていき、その感触は彼女の脳から思考力を奪っていく。激痛によって傷つけられた喉に負担をかけたくはないが少女の意思とは関係なくそれを排斥しようとする。
「ゲホッゲホッ!?にゃ、にゃによコヘェ!?」
「はっは!騙されゲホッよったな馬鹿め!そいつは辛み成分たっぷりの濃縮激辛エキスだ!」
「なんであんたは大丈夫なのよ!?」
「大丈夫だと思っているならとんだ節穴だ!喉が痛くて今にも死にそうだよ!」
顔を苦痛で歪め喉を抑えながら叫ぶユウキは、叫び終わったところで二、三度大きく咳き込む。自分の喉を傷つけた張本人にやり返すためとはいえ自分自身の行いで再び喉を痛めるとはとんだ大馬鹿である。
「もう頭にきた!骨の髄までどっちが上か分からせてあげるわ!」
「上等だ!こいつを鼻の穴から流し込んで病院送りにしてやる!」
二人が再び臨戦態勢に入ったところでカナタが動き出す。頬張っていた自分のピザにエキスを二、三滴垂らし全体に伸ばしたかと思うと無情にもそれをユウキの顔面に叩きつけた。不意打ちによるショック、ピザの熱さ、エキスの痛みのデルタアタックを食らったユウキは悶絶しながら顔を抑えて椅子から滑り落ちる。目の前で見せつけられた残虐な行為に少女は唖然として思わず持っていた杖を置く。
『私が話すから訳してくれ』
「ふぁい……、訳させていただきまふ」
今度はカナタが前に出て少女と話し始める。
『連れが迷惑をかけてしまったな。申し訳ない。私の名前はカナタだ。私はまだここの言葉に疎くて彼越しになってしまっているが許してくれ』
「べ、別に構わないわよ。私だってこの街では余所者ですもの」
彼女の言葉を聞いたカナタは安心したようににっこりを微笑み言葉を続ける。ユウキの笑顔と違い裏のない純粋な笑みは不思議と安心感を緊張感を打ち消してくる。張り詰めていた気持ちがほぐれていき自然と笑みが出てくる。
「私の名前はカナタだ。他所者同士仲良くしてくれ」
「アルピナよ。よろしく」
差し出されたカナタの手を少女は躊躇いなく掴んだ。ユウキは散々疑ったうえで行動に起こしたため、いかに信用されているかがわかる。
倒れこんだまま翻訳を続けていたユウキもやっと起き上がり、服を払って顔を拭きながら自己紹介をする。
「俺はユウキだ」
「あんたには聞いてないわよ」
「おう、俺が勝手に言っただけだからな」
自己紹介をしたユウキを睨みながら言葉を返すアルピナ。再び二人の間で火花が散り一触即発の空気が漂う。が二人の間にカナタが手を制止するように差し込むことで二人は落ち着きを取り戻す。
ユウキは二人に背を向けるが、足を止め少し考えた後椅子に座りなおし不機嫌そうに頬杖を突きながらカナタに視線を送る。
「なんだよ。早くお話しろよ。俺がいないとお互いに話もできねえんだからよ」
今まで二人が会話出来ていたのはユウキの翻訳ありきである。ニュアンスでなんとなく何を言っているかはわかるかもしれないが細かいところまではわからない。この二人が仲良くなろうとユウキがいなければ楽しい会話もなんとなくに頷く曖昧なものになってしまうだろう。
だがカナタにはユウキがこの場に残ったことは驚きでしかなかった。いくらカナタのためとはいえ印象最悪なアルピナの前に残るというのは意外性の塊。大体の人間ならば立ち去る展開である。友人の意外な行動に驚いたカナタは彼の意図はわからずともその場に残ってくれたことに感謝し笑みを浮かべる。
が、平和的に終わりそうだった一連の流れに茶々を入れるものがいた。
「なんであんたが残ってるのよ?私アンタに用はないわよ?」
「止めるなよカナタ!やっぱり俺はこいつをシメなきゃならん! 」
「上等じゃないの!溶鉱炉の中の鉄と同じようにしてあげるわ!」
再び火花を散らし始めた二人。カナタは呆れながら、二人の間に割って入ろうとする。この短時間で四回も諍いを起こした二人によく飽きないな、と思いながら、こりゃきつくやらなければ、と拳を握りながら今にも掴み合いそうな二人の間に割って入った。




