第五十三話 二人の若人、最悪の再会を遂げました。
地下坑道で働くようになって二週間が経過。息の詰まる暗いところで働くのに飽きたユウキは二日ほど前から地上での依頼に従事するようになっていた。しかしその速さは確実に以前とは段違い。より無駄がなくスピーディなものへと変化を遂げていた。その理由は二週間ほどの地下での作業にある。重い箱を何度も何度も運び続けたことにより体幹と足腰が強化されており、動きに安定感が乗ったものになっていた。その効果は大きく、以前と比べてより強くより速く大剣を振るうことが出来ていた。
ニンビルウルフの胴体に大剣を叩きつけるように振り下ろし致命傷を入れたユウキは倒れ伏すオオカミを横目に大剣についた血を拭き取る。ウエス代わりの布をポーチの中に乱雑に放りこむといつものように剥ぎ取りを始めた。
こちらの世界に来て半年以上も経過し、身体に剥ぎ取りが染みついたユウキは淀みなく剥ぎ取りを終えると立ち上がり別の場所でオオトカゲ討伐を行っていたカナタを探して歩き始めた。
今の二人は一人一人別の依頼をこなしていた。三週間以上一緒に過ごしてきてカナタの戦闘力は歴然。歴戦の冒険者たちを圧倒的に凌駕している。カナタに喧嘩を売ってしまった冒険者が顎にデコピン一発入れられただけで昏倒したことは今やこの町の笑い話となっている。それにもうユウキ自身も一人で依頼をこなせるため、もはや二人で一つの依頼をこなすのは効率が悪い。ということで現在はお互いに一つずつの依頼を、付かず離れずの合流の容易い場所でこなしていた。
しばらく森の中を歩き回っていると五体分のトカゲの亡骸を紐でくくり引きずっているカナタが木々の隙間から姿を現した。合流し剥ぎ取り方をカナタに教えながら五つの亡骸から素材となる部分を丁寧に剥ぎ取っていく。剥ぎ取りを終えた二人は立ち上がり街に戻るために歩き始めた。いつもと何ら変わらないルーティーンのようなもの。その道中暇つぶしに会話をしていた二人だったが、いきなりシンラが思い出したように切り込んだ。
『そういえば私の戦っていた場所の木々が真っ黒な灰になっていたな』
「火事か?」
ユウキが思考を巡らせるがカナタの言葉ですぐに無用のものとなった。
『いや、そんなことはない。燃えていたのはたったの一本だけだったし、生木を燃料もなしでそんな盛大に燃やせるような生物がいたら他の生物が騒ぎ出すはずだ』
「でも最近やたらと動物たちが荒れてるよな。妙に怯えてるような動きもしてるし」
『森が騒いでいるということはない……、だがどこかはわからないが何か変なものがいる、……と思う』
自信なさげにシンラが呟いたその言葉に不穏さを覚えながら二人は歩き続ける。現状彼にできることはギルドにこのことを伝え、来るかもしれないトラブルに備えておくことだけだった。
「はい、依頼達成でございますね。こちら報酬になります」
ユウキは差し出された二つの布袋の一つをカナタに投げ渡す。蜥蜴たちの分の報酬である。カナタが達成したのだから受け取るにふさわしい。投げ渡された袋を受け取ったカナタはそれを懐に入れた。
「そういえば最近何か変わったことはありませんか?どんな些細なことでも構いませんので」
書面に視線を向けていたギルドの職員が思い出したように口を開く。ユウキ達が考えていたことと一致したことにユウキ達は驚きを隠せず思わず顔を見合わせて苦笑する。
「いや、俺たちも戻ってくるときその話をしていたんだよ。なんか最近変だなって」
ユウキはギルドの職員に自分たちの意見を告げる。彼の言葉を聞いたギルドの職員は顎に手を当てじっくりと考え始め、十秒ほどすると顔を上げ話し始める。
「やっぱりですか……。最近そういったご報告が多いんですよ。以前地下坑道の方々から妙な報告を上がってきまして、その調査の一環で冒険者の方々にお話を聞かせていただいているんです」
(それ俺だわ)
心の中でつぶやいたユウキは複雑そうな笑みを浮かべながら職員の話を聞いていた。しかし自分だけでなく他の冒険者も感じ取っているとなるといよいよユウキの予感は眉唾物ではなくなる。もしかしたら何かが起こるかもしれない。自分の勘の鋭さに一抹の恐怖を覚えながらユウキはカウンターから離れた。まだ日は高い。もう少し何かできそうだがまず昼食を取ろう。隣を歩くカナタに昼食に何を食べるかの意見を取ろうと首を振った瞬間、振れる視界の端に見覚えのあるものを逆方向にあるものを捉え、カナタの方に向けようとしていた顔を急激に逆に振った。
「……まさかな」
『どうしたんだ?』
突拍子のない行動にカナタは心配するように問い掛けるが、ユウキの耳には届いていなかった。見覚えのあるローブ。その中で微かに揺れるものはユウキの意識を一瞬にして奪った。フードを目深にかぶっておりその顔は見えないが持っている杖やローブなどを加味するとほぼ間違いない。
「……いや、何でもない。昼飯に何食べようか考えてただけだ」
だがまだ状況証拠しか揃っていない。顔を見るなどして確実な証拠を掴まなければならない。それにカナタを放って事に及ぶことはできない。まだだ。まだ早い。一度ローブの存在を忘れることにし二人で集会場の外へ出た。
昼食を終え、ふらふらと町中を歩き続けていたユウキ。現在カナタとは別行動。いつものようにキャリィの店に行って武器を眺めている。飽きないのかと思うだろうが本人曰く飽きないらしい。ゲームに飽きることなく何時間でもやっていられる気持ちを同じだろう。
さて、話を戻そう。今のユウキが何の目的もなく街をふらついているのかというとそうではない。ユウキの現状の目的は先ほどすれ違ったローブの存在を見つけ出すことだ。彼女はギルドの集会場に入ってきたということはこの町で活動をしているということ。ならば町中をふらついていればまた遭遇できるだろう。一度彼女の顔を見ておこう。一度間近で見ているため、顔さえ見れれば間違えることはない。もしローブの人物が彼女と違っていたなら忘れることにし、もし彼女ならば一度やり返しをさせてもらおう。時間がすべてを解決するなんて言葉があるが、残念ながらユウキはそんな言葉とは無縁である。というより助けたお礼に喉への一撃を貰って怒らない人間はいないだろう。そのためのものもわざわざポーチの中に入れている。
とはいえこの広い町で一人の人間がそう簡単に見つかるはずもなく。本格的な捜索というより暇つぶしとしての側面が強かった。見つかればいいな程度の考えであったユウキの足取りは非常にのんびりとしている。視線があっちへふらふら、こっちへふらふら。店の看板や通りを行く人々に移り揺れる中、ユウキの視線が一か所に止まった。
ユウキの前方に、横道からローブを着た人物が現れる。間違いなく集会場ですれ違った人物と同一人物。緩んでいた気持ちが一気に引き締まり、緊張感が高まる。今すぐにでも駆けだし一発かましたくなるがもし人違いだった場合、とてつもない大事故になってしまう。確実な証拠のために顔の確認をしておかなければならない。
ユウキは大通りから外れ、脇道を駆ける。一か月もあれば町の構造を覚えるというもの。ローブの人物の後ろを歩くユウキがその前に出ることはそう難しいことではなかった。
路地裏を駆け抜け彼はようやくローブの前に抜け出た。動揺を隠しながらすれ違いざまに確実にフードの奥を伺う。目深にフードをかぶっていたがユウキの目からは逃れられなかった。その顔は間違いなくあの時のエルフ耳の少女。意識を失う前に脳に刻み込んだ、あの時の少女であった。
ユウキが彼女の横をすれ違おうとした瞬間、一瞬彼女の視線がユウキのほうを向いた。ユウキに気付いたのかは分からなかったが少なくともユウキは見られたことにはっきりと気づいていた。二人が完全にすれ違いある程度の距離が開いたところでユウキは足を止め振り返る。一度大きく深呼吸をしたユウキはもう一度大きく空気を吸いこんだ。そしてそれを震わせながら吐き出した。
「そこの耳長女ぁ!」
突然の怒声に周囲の人々は揃ってユウキのほうを向く。そしてそれはエルフの少女も例外ではない。振り返った少女は表情を一気に変え内心を非常に分かりやすく表現している。まるで「やっぱりお前だったのか」と言っているようだった、というのは通りがかりの冒険者の話である。
「あんときはよぉくもやってくれたなぁ!」
ユウキが叫ぶとエルフ耳の少女は間髪入れずに逃げるように走り始めた。が、それよりもユウキの行動のほうが速い。彼女が走り始めるよりも早くポーチに手を入れていたユウキは走りだすと同時にポーチから一本の瓶を取り出す。少女との距離を詰めながら厳重に縛られた瓶のガラス栓を抜いたユウキはそのまま少女のわずか横を狙って投げつけた。
エルフの少女は瓶が横を抜けていったことにホッと息をつく。しかし直後肌に冷たさを感じ、走りながら原因にに触れてみる。何かはわからないが液体であることはわかる。毒か何かかと思い、対毒用の魔法を唱えようと口を開いた瞬間、詠唱を中断せざるを得なくなった。鼻腔を駆け抜け脳髄まで届く強烈な臭い。腐臭に近いそれをかいでしまったがあまり、鼻での呼吸ができなくなり口からでしか呼吸できなくなったためだ。あまりに強烈なそれは詠唱どころでなくし走る気力すらも削いでくる。鼻をつまみながら走る少女のペースはどんどん落ちていき、とうとうユウキの射程圏内に入る。
少女に接近したユウキはそのまま横に並び小さく足払いを繰り出す。冒険者であればなんてこともなく躱せる一撃であるが今の彼女にそんな余裕はない。そのまま前に出された足の躓いた少女はつんのめりながら前に倒れる。倒れこんだ少女はあまりの臭さで逃げる気力を失ってしまい、そのまま大通りのど真ん中で鼻を抑えたまま転げまわる。そんな彼女を足蹴にしているユウキは天に向かって高笑いを上げる。
「どうだぁ?マリチアで手に入れた魚の発酵汁は!俺も初めて嗅いだ時には鼻がもげるかと思ったよ!せいぜいのたうち回れ俺と同じ苦しみを味わえ!ドゥーハハハハハハハハ!」
高笑いを上げる彼の言っていることは強烈な臭いと痛みという点で少なくとも同じ苦しみではないが、本人の中でそういうことになっているので問題ない。問題なのは襲撃から何からを人の目に着く大通りでやっていることである。事情を知っている者であればなぜこうなっているのかなんとなく理解できる。しかし今ここにいるのは事情なぞ知らない者たちだけ。したがって彼らの目に現状はこのように映っている。エルフの少女に謎の液体ををぶっかけ足蹴にし高笑いを上げている大剣を背負う冒険者の男。どう考えてもユウキが悪役である。
『……何をやっているんだ?』
騒ぎを聞きつけ店から姿を見せたと思われるカナタは目の前の現状に困惑しながらも、とりあえず彼を周囲の視線から隠すために、そして少女を足蹴にしているユウキを止めるために行動を開始した。




