第四十七話 一人旅中のユウキ、少女を助けました。
「それじゃ、いずれまた会いましょう」
「うん。それじゃあね」
「次はもっとランクが上がってることを願うぜ」
六人は三方向に分かれ、お互いの無事を祈り各々の方向へ進んでいく。リュウセイは南へ、四人は西へ、ユウキは北東へと歩みを進めた。やはり、あれだけ楽しく遊んだ後の別れというものは寂しいものであるが、一人で旅をすると決めたのは自分である。寂しさをぐっとこらえ、それを振り切るように歩みを進める足を速めた。
「つっても、やっぱり一人はつまんねえな。そういえばここ最近はリュウセイがいたからなあ」
ユウキは頭の後ろで手を組みながら溜息を吐く。マリチアを出てからずっとリュウセイとともに行動していたため、旅の最中のこの時間の使い方が分からなくなっていた。寂しいということはないのだが、いかんせん暇で仕方ない。存在の重要さを失ってから気づくというのはよくある話であるが、まさに今、それを実感していた。同じ転生者であり親友といえるほどの存在になっていたリュウセイは、ユウキの中で重要な存在になっていた。
「特にやることもないし……、よし、走るか」
暇を持て余したユウキは、このまま無駄に道中に時間を使うよりかはさっさと次の町に着いたほうがいいと判断し軽い動きで走り始めた。しっかりと三日間しっかりと休息をとったおかげで体が軽いうえ、この世界に来てからのトレーニングで明らかに以前とは違う体つきになり、体力、身体能力ともに向上していた。走る速度は長距離の選手並みに速くなっており、体力切れもそう簡単には起こさない強靭な体へと変貌を遂げている。今の彼は少し走った程度で息を切らすことはないだろう。
その身体を十分に使い、ユウキは次の町に向かって走り続けた。
街を離れてからすでに半月。旅路はすでに半分を超えており、次の目的に到着するまで時間の問題である。しかし、それでも街までは遠い。そのせいか街道は多少整備されている程度で、その横は腰ほどのある雑草で荒れている。それを横目で見ながらユウキは走る。
変化の起こらぬ、凪のような時間に辟易し始めた小さくため息を吐いたユウキの耳に、突如爆発音が届く。大きく鼓膜を震わせた爆発音。明らかに人為的に生み出されたものである。驚いたユウキはびくりと体を跳ねさせた後、足を止めキョロキョロと周囲を窺い始める。
(なんじゃ今の?)
今の音の発生源を探していると、彼の前方で木々の隙間を縫うように黒い煙が上がる。
(……あそこか)
ユウキの進行方向であるため、これを見逃す理由はない。ユウキはその根元に向かって走り始めた。もう少しで根元にたどり着く。そう思った瞬間、再び周囲に爆発音が鳴り響く。音源に近づいたが故に、その音量も凄まじく鼓膜をさらに大きく震わせる。そのあまりの音量にユウキは咄嗟に耳を塞いでしまう。しかし止まってもいられない。緩めた速度を元に戻し黒煙の根元にたどり着く。
その根元には、黒焦げになった木が立っておりさらにその根元に同じように焦げた肉片が転がっていた。焦げているせいでその生物が何かは判別することができないが、既に死んでいることだけは確認できる。
(真っ黒こげ……。罠?だとしてもこんな後処理に困りそうなもの使うか?)
足元に転がる肉片を見ながら思考を深めていく。周囲を木々に囲まれている森の中、こんなところで炎を使った罠を使おうものなら火が周りの木々に燃え移るリスクが飛躍的に高まる。もちろん水分を十分に含んだ生きた木にはそうそう燃え移るものではないが、決して低い確率でもない(まあ、罠でないのならば話は変わってくるが)。しかし、本題は罠云々ではなくこのあたりで正体不明の何かが戦っていることである。
肉片をひっくり返したりと手遊びしながら思考を巡らせていると三度目の爆発音が鳴り響く。とはいえ三度目ともなれば慣れてくるもので、顔をしかめる程度で済ませることができる。鼓膜の震えが収まったところで、思ったよりも近くで鳴り響いたそれに向かってユウキは走り始めた。二、三個の炭塊の横を通り過ぎると、程なくして爆音の音源にたどり着いた。足音を殺して立ち止まったユウキは木の陰から息を殺して音源の様子をうかがう。
(女……?)
彼の視線の先には一メートルほどの蜥蜴に囲まれた少女がいた。十体ほどに囲まれた彼女は荒い息で杖を突きつけながら蜥蜴たちの動きをうかがっている。その少女はいかにもな服装で蜥蜴たちに精いっぱいの威嚇をしている。フードに隠れて顔を見ることはできないが、おそらく相当焦っているだろう。しかし、そんなことよりもユウキの目を引いたのはフードからこぼれる人体の一部分であった。それは風に吹かれ揺れる通常よりも長い耳だった。
ユウキがそれを見てまさかという思考を巡らせる前に、少女たちは行動する。杖とは反対にいた蜥蜴が隙を見たのか、一気に少女に跳びかかる。しかし、いち早くそれに気づいた少女はぶつぶつと何かをつぶやいたかと思うと、その蜥蜴に杖を向けその先から人を十人は飲み込めようかというほどの巨大な火の玉を打ち出した。巨大な火の玉は蜥蜴の身体の水分を一気に蒸発させ、一瞬のうちに炭の塊へと変貌させた。
(うおおおお!魔法、魔法だこれ!)
ユウキは今の光景を見て心の中で歓声を上げる。存在する世界であると聞いていたのにも関わらず今まで一切お目にかかることのできなかった魔法。それを始めて見ることができたのだ。何もないところから火の玉が出てそれが蜥蜴の身体を焼き尽くした。まぎれもない現実。夢でも幻でもない。その衝撃にユウキは歓喜し震える。魔法とのファーストコンタクトはインパクト抜群で、最高ともいえるスタートであった。
ユウキがテンションマックスで観察を続けていると、少女の息がさらに荒くなっている。彼女は精いっぱい杖を振りかざし威嚇しているが、蜥蜴たちも少女がきつい状況であると理解しているのか、じりじりと距離を詰めている。
(魔法の反動とかか……。まあともかく今はまともに動けないだろうな……)
次にユウキは助けるか助けないかを議題に出すが、即助けるに決定される。彼女が魔法を使えるかもしれないのであれば、ここで彼女の印象を良くしておけば指導を受けられる機会が来るかもしれない。それのついでにそれにユウキは今、自分が一人でどの程度戦えるかということも知りたい。この状況は確かめるにはちょうどいいだろう。
ユウキは無言で背中にかけた大剣を抜き、一息つくと蜥蜴の群れに走りこんだ。背後からの急襲に気付かなかった一匹はユウキの上段振り下ろしの前にあっけなく絶命し、その状態から続けて繰り出された横薙ぎの一撃でさらに一体の命を刈り取る。
突然の乱入者に気付いた蜥蜴たちは標的をユウキに変え跳びかかる。しかし、その前に跳びかかったユウキはさらに一匹を上段で切り捨て、近づいてきた蜥蜴に蹴りを入れ足止めする。その間にナイフを胸元から取り出し投擲の準備をする。
地面に突き立てたままの大剣を横に振り、側面で殴りつける。ギャッと声を上げた蜥蜴はユウキを睨みつけようとするが既にそこにはユウキはおらず。ナイフを蜥蜴の頭に投げつけ、浅く刺さったそれを踏みつけるようにして深くまで押し込む。絶命したのを確認したユウキに向かって蜥蜴が跳ぶ。大きく口を開け、ユウキの首筋に牙を突き立てようと光らせている。しかし、ユウキはそれに気付いても怯まない。大剣を下から振り上げると大剣に乗せるようにして力任せに蜥蜴ごと振り上げる。ユウキが大剣を止めると大剣から慣性で蜥蜴の身体が離れ、重力に従い背中が地面にたたきつけられる。その瞬間を狙い、ユウキは大剣の切っ先を無防備にさらされた蜥蜴の白い腹に突き立てる。激痛でじたばたともがくが、数分と経たないうちに絶命する。
圧倒的早業で瞬く間に半分以上を討伐したユウキは、自身の戦闘能力の向上に喜び満足そうに頷く。すでにゴブリンに苦戦していた頃の彼はいない。そこには一人前の冒険者としてのユウキがいた。
しかしまだ終わってはいない。まだ蜥蜴は残っている。それを討伐しなければ安全を確保できたとは言えない。気を引き締めなおし、残りの四体のほうを向くと彼らはユウキ達に背を向け一目散に逃げ始めていた。ユウキと自分たちの実力差を本能的に理解してしまっていた。勝てない相手にかかっていく理由はない。彼らは生き残るための最善策を取った。
「大丈夫か?」
ユウキが少女のほうを向くと、杖を抱えたままへたり込んでおりうつむきながら何かをぶつぶつと言っている。腰が抜けて立てないのかと思い、ユウキは親切心で手を差し出す。すると、突然の睡魔に襲われ倒れこみそうになる。先ほどの戦闘でユウキは一切攻撃を受けていない。かといって寝不足でもない。睡魔に襲われる要因などどこにもない。
にも関わらず突然襲ってきた睡魔。理由のわからないままユウキはふらつきながら手を引っ込める。次の瞬間、ユウキの喉に経験したことのない衝撃が走る。衝撃で喉から空気が漏れ出し、痛みで呼吸ができなくなる。突然の衝撃と呼吸ができなくなったことによりユウキはゆっくりと意識が手放していく。
意識を手放す前に喉に深刻なダメージを与えてきた相手の顔を見ておこうとユウキは何とか意識を保ち顔を上げる。目の前には歪んだ顔でユウキの喉を手に持った杖で突いている少女の姿があった。何か言ってやろうと彼女の姿を睨みつけるユウキは息を吸い込もうとしたことによる痛みで何も言えないまま意識を手放した。
ユウキは目を覚ますと同時に跳ね起きる。いつものように大きく息を吸い込もうとするが、月の入った喉が相当痛んでいたのか、咳き込むことになり、ユウキは反射的に喉を抑える。ともあれ呼吸をしなければならない。ゆっくりと深呼吸し、落ち着いたところでユウキは周囲の様子をうかがった。周囲に敵対意識の持った生物はおらず、蜥蜴たちの死体が転がっているだけである。肝心の少女の姿もいない。
ユウキは痛む喉を抑えながら立ち上がる。コトリと小さく音を立てて落ちたものに気付き、ユウキは屈んで拾い上げる。何かの紋章が刻まれた石板のようなものであった。ユウキは一目見た瞬間、それが感覚的に何かわかった気がした。おそらく敵よけの加護が成されたもの。
ユウキが無防備に気絶していた時、何も襲われなかったのは不自然である。生き残りの蜥蜴たちが再び戻ってきて襲い掛かって来てもおかしくない。それでも襲い掛かってこなかったのはこの石板が敵よけをしていたからだろう。
ユウキは推測を働かせた後、その石板を握り締める。そして大きく振りかぶると全力で地面にたたきつけた。石板は砕け、破片が飛び散る。
敵避けをした、安全を確保した、そういう問題ではない。助けてもらっておきながら感謝を伝えずに喉を突くという非人道的行為に腹を立てていた。さすがのユウキもそこまでのことはしないし、これから先もするつもりはない。別にそれを強要するつもりはないが、それでも一言ないというのは腹が立つ。
「あんのクソアマァー!!!こぉんど会った時は覚えてろォー!!!」
ユウキは喉の負担も気にせず虚空に叫び声をあげた。しかし誰に届くわけでもない怒りの叫びは誰もいない森に虚しく響くだけ。そしてユウキの喉に負担をかけただけだった。




