第四十八話 錬鉄の町、到着しました。
あれから五日。あれ以上のトラブルなど起こるはずもなく、平穏な旅が続いた。そしてユウキはようやく目的地である町へ到着する。
この町の名はダルクレイ。削られた山の中に存在しこの世界に存在する種族の一つ、ドワーフが主となって都市である。この山の地下には多種多様な鉱物が多く存在しており、その鉱物を使った質の高い武器製造や輸出を主要産業をしている都市である。そして他の町以上に冒険者の活動が盛んにおこなわれている都市でもある。
「やっと着いた。長かったような短かったような……」
旅路が一か月ほどというのはいつも通りのことであるため、今までの道のりより長かったということは全くない。そう感じてしまったのは今回の旅は一人きりのものであったからというのが大きい。一人旅の寂しさを忘れてしまっていたユウキには一か月弱という期間は非常によく効いた。
そんなことはさておき、ユウキは目の前にそびえたつ巨大な山を見上げる。五百メートル近いその山の山頂からはモクモクと煙が吹き上がっており、山肌に沿って流れてくる煙は少々鉄臭い。しかし、この山が火山かというと全く違う。
ユウキは目の前のトンネルの前に立つ門兵に冒険者カードを渡すとともに入国の手続きをする。とはいってもここの入国審査は比較的緩く、係りの者に名前等を伝えるだけで済む。
入国の許可が出たユウキは山肌を掘りぬいて作られた薄暗いトンネルの中を進む。整備もされている上に頭上にはランプもつけられているが、やはり足元は薄暗く微妙にがたついている石畳は注意していないと転びそうになる。二、三度足を掛けながらもユウキは小さく光る出口に向かって進む。光が徐々に大きくなっていきやがてユウキを包み込む。短い間であったがうす暗い穴倉の中を進んでいたため、暗さに慣れた瞳に光が目に染みる。手で目元を覆いながら外に出るとそこには山の中とは思えないほどに整備された町があった。
山頂からユウキの歩く麓まできれいにくり抜かれた吹き抜けとなっており、内側の壁には民家と思しき建物が張り付くようにして何軒も並んでいる。その建物を行き来するためか、横方向には岩肌に埋め込まれた木製の足場、縦方向にはリフトが設置されており、忙しなく人が行き来している。相当高いところでも人は行き来しているが、怖がる様子はなく皆軽業師のようにヒョイヒョイと行き来している。
もちろん下でも多くの人々が行き来しており、冒険者と思われる武器を携えた者や、商人と思われる身なりの整った者、それらと話し込んでいるハンマーを持った屈強な男たちなど、さまざまな人種が楽しそうに各々の目的のために行動している。
今までとは違ったタイプの迫力にユウキは圧倒されてしまう。しかし、すぐに正気を取り戻す。
「んじゃまずは……」
彼が一言しゃべった瞬間、喉に激痛が走り大きく咳き込む。喉へのダメージが想定以上に大きかったのか、五日間の旅の間ずっと鈍痛に苛まれ続けていた。
「……医者だな」
この鬱陶しく絡みつく痛みを取るために治療を受けなければならない。耳長の少女を思い浮かべながら、ユウキは咳き込みながら医者の紹介を受けるために集会場へ向かった。
「はい、とりあえず安静にしておけば治るから。お大事にね」
「ういっす」
ユウキはずんぐりとした体つきの医者の忠告を聞き二、三日ほど安静にすることにする。ユウキが一時的のおろしていた荷物を持ち上げていると医者は大きくため息を吐いた。
「しかし、あんさんも災難だったな。助けたエルフにのどを潰されかけるとはのう」
医者の同情をユウキはそのままの意味で受け止める。
「正直油断してたよ。まさか不意打ちされるとは思ってなかったからこのザマだ。次に会ったら絶対仕返ししてやる」
ユウキは一言言い残すと、病院を後にする。そのあとすぐに向かったのはギルドの集会場である。医者の紹介を受けるだけ受けて、すぐに出てしまったためその他の手続きを一切行っていないため、手続きをしなければならない。
集会場に向かって歩き続けていると五日間痛みに苛まれ続けた苦痛から解放された安心感からユウキは空腹感を感じ始めてしまう。空を見上げてみると山頂に空いた穴から太陽が顔をのぞかせていた。集会場に向かう前に腹を満たしてから向かおうと、適当な飯屋に入ることにする。一番最初に目に付いた飯屋に入るとメニューから何を頼むかを考え始める。
今は喉を傷めている。つばを飲み込むだけで患部が少々痛む。固いものなどもっての外である。よって食べられるものはだいぶ限られる。適当にスープを頼み、それをゆっくりと腹の中に流し込んでいく。
味を感じながらちょうど半分程食べたあたりで、突然店内に男の怒鳴り声が響き渡った。何事かと思い声の方向に視線を向けると、フードをかぶった人物がドワーフの主人に怒られている。しばらくその様子を見ていたユウキだったが、どうも話がかみ合っていないのか、何度も同じことを繰り返しているように見えた。
もし二人の話がかみ合っていないのであれば自分の出番。支払いでごねられていたとしても問題ない。ゆっくりとスープをテーブルに置くと店主のもとに近づいていき、肩を叩き声をかける。
「どうしたんだ?」
憤怒で顔を歪めた店主がユウキの存在に気付くとその表情のまま、事態の仔細を語り始める。
「こいつなんだがな。何を言ってもまともに返答しないし、食った分の代金払え、って言っても金も出さねえから困ってんだよ」
ユウキは似たような状況を思わず思い出す。あの時は言語の問題で話が通じないというものだったが、おそらくこんな気もその系統ではないだろうかと判断したユウキは、なぜ怒鳴られているのかがわからないといった表情で、二人のやり取りを見ていたフードの人物のほうを向く。
「言葉は喋れるか?」
ユウキがそういうとゆっくりと顔を上げ口を開いた。
『一応話せるつもりでいるんだが、全く通じないもので混乱している』
困惑しているのを如実に表した声色で話したフードの人物の言葉をユウキははっきりと聞き取ることができたが、周りのドワーフたちは混乱したような表情で首をかしげている。やはり彼らには理解できない、別の言語であった。
「詳しい話はあとで聞かせてもらから、とりあえず金はあるか?」
『ああ、この人は金のことで怒っていたのか。一応あるにはあるんだが……』
掌にいくらか銀貨を乗せてそれを差し出すのを見て、ユウキは店主に代金を聞く。が、案の定掌の上の銀貨では足りなかった。
「それじゃ足りないらしいぞ」
『そうか……。申し訳ないんだが出来たらで構わないんだけどこれを買い取ってくれないか?その分で代金を払いたいんだ』
そういうと反対の手で懐から牙のようなものを取り出して見せる。それを手に取ってみてみると、生物の牙らしきものであることはわかるのだが何の生物の物かは分からない。見たこと、聴いたことがないものであるため、価値が判別できず値段がつけられない。相場がわからないために書いとっていくら渡していいかもわからない。
しかし、ユウキは蜥蜴たちの素材をはぎ取ってきている。その分を踏まえれば少し多めに金を渡したとしても黒字になる。それにたかだか銀貨二、三枚を多く渡したところで困ることはない。何よりここで見過ごしてもユウキは困ることはないが、ここで放ってしまうと多方面に迷惑が掛かってしまう上に、目覚めが悪い。
「わかった。それを買い取らせてもらう。代金は俺が支払わせてもらうぞ。それを渡してくれ」
ユウキが手を差し出し、銀貨を渡すように要求すると小さく笑いながら首を縦に振り、ユウキに銀貨を手渡した。受け取ったユウキは店主のほうを向き、代金を渡す。
「というわけで彼の喰った分の代金を俺が食ったスープの分だ。確認してくれ」
「……確かに。しかしあんた、ようこいつの言葉が分かったな?」
「まあ、ちょっとワケありでね」
代金を手渡したユウキは安堵している渦中の人物の首根っこを掴む。
「よし、ちょっとついてこい。ありがとう店主、うまかったぜ」
そのまま引き摺るようにして店を後にする。いきなり首根っこを掴まれ、引きずられたせいで困惑したのか、何の抵抗もすることなく店の外まで引きずられていく。
店の外に出て、路地裏まで引きずったところでユウキは手を離す。かなり乱暴な運び方をしたにも関わらず、文句を言うこともなく服に着いたほこりを払っている。
「さて……、君の話している言葉はこちらでは通じないらしいぞ。これからの身の振り方はどうすんだ?」
『……わからない。どうしたらいいだろうか?』
目の前の人物はユウキの問いかけに応える。言葉が通じないことを知ってしまったことで動揺し、どうすればいいのかわからなくなってしまったのか、視線が右へ左へ動き続けている。この人間をこのまま放ってしまえば目の前の人物がいい目には合わないだろう。
「だったら俺がお前がここでまともに生活できるまで面倒を見よう。もちろんただでっていうわけにはいかないけどな。俺の仕事を手伝ってもらう。いいか?」
ユウキがこのように提案すると、目の前の人物はパッと表情を明るくさせる。
『是非に!あなたのような人物に付き添ってもらえるならば心強い。それに私は力には自信があるからあなたの仕事に協力できるぞ!これからよろしく!』
目の前の人物はユウキの手を取ると、ぶんぶんと乱暴に振り感謝を伝える。肩が外れそうなほどの力にユウキは苦笑いを浮かべながらなされるがままにしておく。
彼がこの人物の面倒を見るといったのは気まぐれというのが大半であるのだが、理由の一つとして一緒に行動する仲間が欲しいというのがあった。何度でもいうがやはり一人というのは寂しいのだ。
少しの間、そのままにしておくと満足したのか手を離して、口を開く。
『そうだ。まだ自己紹介をしていなかったな』
目の前の人物はフードを取って顔を見えるようにすると、固められた髪をぐしゃぐしゃとかき乱した。そして笑顔を浮かべて自己紹介をする。
「私の名前はウエスギカナタ。気軽にカナタと呼んでくれ」
「……俺はユウキだ。ユウキって呼んでくれ」
目の前の人物、トモエの自己紹介を受けユウキも自己紹介で返す。、がどこか上の空でユウキの視線はまったく別の場所に固定されていた。カナタの頭、主に額からは常人には絶対にあるはずのないものが生えていた。
「……なあ、それは?」
ユウキが頭のそれを指さして見せるとトモエは頭から生えた二本の角を撫でながら当然とばかりの声色で口を開く。
『ああ。これは生まれた時からあるんだ。私は鬼だからな』
カナタから告げられた衝撃の事実に、ユウキは驚きで唖然とするしかなかった。




