第四十一話 クマ狩り、開始しました。その三
ユウキはクマに突っ込むと同時に大剣を振り上げ胴体に向かって振り下ろす。しかし、相当わかりやすい一撃であるため、クマは俊敏な動きでその攻撃を回避すると反撃に転じる。しかし、そこまでは織り込み済み。反撃を軽い動きで回避すると横にズレるように動き、自分に意識を集めながらリュウセイから意識と視線を逸らしていく。
そのまま適度にリュウセイから距離を離すことに成功したユウキは大剣を構え時間稼ぎに入る。しかし、そう簡単にはいかない。二人の強力な一撃で怒り狂った目の前の敵は完全にリミッターが外れたのか、リュウセイと戦っていた時以上の素早さを見せている。腹部から出ていたはずの血は、既にほとんど止まっており、その場所の痛みすら原動力としている。ユウキが生命の神秘に感心していると、クマは突然突進と同時に右フックを繰り出す。大振りの頭狙いの一撃をユウキはしゃがみ込むことで余裕をもって回避する。回避しながら大剣を握り直し、振り上げようとするが、それは叶わない。回避したところに間髪入れずに左フックが飛んだのだ。予想外の攻撃を慌ててバックステップで回避する。目の前のクマの想像以上の動きに思わず小さく舌打ちをした。傷ついているから、と少し舐めてかかっていたその気持ちを引き締めなおした。
跳びかかってきたクマの進行方向に大剣を置く。大剣に重量がかかった瞬間、大剣を全力で引く。すると、大剣はその刃でクマの毛皮を掻き分け表皮を切り裂く。肉まで深く切り裂く、といったことはないが、相手を怒らせ注意を集めるのには十分。目論見通り、怒りを集めることに成功しどんどん自分に意識が集まっていく。
「できれば早く終わってくれよ……」
しかし、これもそう長くはもたないだろう。早めに決着をつけなければユウキの身も危ない。リュウセイへの願いがこもった独白は大気に溶けて消える。独白の溶けた空気を切り裂いて突進するクマを、ぐっと睨みつけ大剣を握りなおした。
少し離れたところで戦っているユウキを横目にリュウセイは自分の成すべきことを成そうと痛む体に鞭打ち準備をしていた。リュウセイは背負った大砲を再び組み立て始める。集中力全開の今、組み立てのスピードは先ほどの分解よりも速い。今時間を稼いでくれている彼を援護、あるいはとどめを刺すために奮闘する。組み立て終わった大砲を置くと、次はユウキからもらったナイフに手を付ける。そのまま、大砲に入れて打ち出すのかと思いきや、その五本を纏めて手に取る。数秒ほどナイフと見つめ合ったかと思うと、いきなりナイフが水あめのように溶け、リュウセイの指の隙間から滑り落ちそうになる。そして指に絡みついた鉄の液体は、ゆっくりと蠢きながら手のひらに集まっていき、一つの形を形成していく。一分ほど経つと、五本のナイフが圧縮された鉄塊が弾丸の形を形成する。彼の能力を使えばこの程度は朝飯前である。
加工を終え、出来映えを確かめたリュウセイは満足そうに頷くと足元に置いていた大砲に砲弾を詰め、地面に寝転がり発射体制に入る。
「準備オーケーだ!できる限り長くそいつの足を止めてくれ!」
リュウセイの指示を聞いて、無意識のうちにユウキの口角が上がる。リュウセイの時より危険度の上がったクマを相手をするのはなかなかに負担がかかる。それがもうすぐ終わるとなれば、喜びもひとしおだ。しかしここからが難関である。
(さて、どうやって足を止めるかな……)
クマの足を止めさせるための方法が全く見当たらない。彼が狙いを定めて確実に命中させるためには少なくとも三秒は足を止めさせる必要がある。それ自体の難易度もそうだが、それ以上にリュウセイに注意を向けさせないというのが最難関である。だいぶ頭の冷えたクマはユウキだけでなくリュウセイにも意識を向けている。それでいて攻めの苛烈さは変わっていない。リュウセイに意識が向いている以上、ここで撃ったとしても躱される危険性すらある。さらにそっちに向かって走り始めれば足場も悪い、そもそも速力で負けているユウキでは止めることができない。そうなれば作戦はご破算。どちらもまともに山を下りることはできないだろう。一撃でも食らえば終わるかもしれない戦いに神経を尖らせてユウキにとってはこれほど面倒なこともない。
それでも思考中も襲い来る攻撃を躱すために動き続ける。大剣を盾のように構えたユウキは突進を後ろに跳んで衝撃を吸収しながら受け止める。おかげでユウキの身体にはさしたる影響はない。
「バン!!!」
いきなり柏手とともに大きく意味のない声を叫びあげるユウキ。端から見れば緊張で頭がおかしくなったのかとも思うかもしれない。しかしそれは考えあっての行動であり彼の意図した以上の効果を発揮した。
ユウキの声に反応して、クマは大きく身を縮こませると大きく後ろに跳ね跳んだ。ただ、適当に発しただけの声でここまで過敏に反応するとなると普通に足止めをすることは難しいだろう。目の前に状況にユウキは頭を悩ませる。こうなると足止めをするには物理的にその場に縫い付け、動けなくする必要があるが、ユウキのパワーでは押さえつけることはもちろん不可能であるし、罠などやっている暇がない。そもそも大砲を当てるのに足止めなど必要ない。
一方、離れたところでユウキとクマの様子をやきもきしながら見ていたリュウセイ。胸の痛みは激しくなる一方で、あまり長くなってはもし失敗したときのフォローに入ることができないだろう。そうなれば、一人ずつ確実に目の前の強力なハンターに仕留められることになる。ともなれば次の一撃で決めなければならない。
しかし、先ほどの光景を見ていたリュウセイも足止めが容易でないことはわかっていた。しかし、一度は躱されたという事実を考えると足止めは必須。それはユウキに任せるしかない。その瞬間が訪れることを信じ、じっと雪原に伏せ待ち続けるのであった。
クマは二人の狙いを察知したのか、ユウキから距離を取り積極的に攻めようとしなくなった。攻めようとしなければ、その分回避に意識を割くことができ余裕をもってリュウセイの一撃を回避することができる。それを見てユウキは一転攻勢に出る。足止めはともかくとしても、余裕を作らせてはならない。相手が引き気味になるのであれば、ユウキはどんどん前に出なければならないのだ。
頭に向かって大剣を振り下ろす。それを素早い動きで回避したクマは、わざわざ近づいてきた敵の息の根を止めようと、腹部に向かって右フックを繰り出す。回避が間に合わないユウキは大剣を前に出し、防御する。衝撃でたたらを踏みながら左後方に後ずさるユウキを雪の魔の手が襲い掛かった。
足を滑らせたユウキは慣性に従って後方に倒れこむ。突然のことで体勢を立て直すこともできないまま雪の上に倒れこんだユウキ。そんな大きな隙を見逃すわけがないのが野生である。倒れこんだユウキに覆いかぶさるようにクマが襲い掛かり、その牙を見せつける。完全に体勢が崩れており、上に覆いかぶさられているユウキはこれを躱すことができない。両腕をクロスさせ、ガードの体勢に入る。
普段からユウキの腕には手甲がつけられている。あまり目立つことはないが、彼の装備の中でも活躍している部類の装備である。相手に叩きつければ攻撃にも使えるし、防御力ももちろん一級品である。この世界に来てからどんなに荒っぽい使い方をしても傷一つついていないことからもその強度は折り紙付きである。しかし、クマはそんなものなどお構いなしにユウキの右腕に噛みついた。手甲のついていない手のひら側に牙が刺さり、ユウキは苦痛で顔を大きくゆがめる。手甲の強度にひるむことなく、全力でユウキの腕を噛み砕こうと顎に力を籠め、それを受けるユウキの腕は骨がミシミシと音をたてる。そのあまりの痛みに血の気が引き、全身の体温が消え失せ、身体が外気と一体化したような、そんな感覚を覚える。
痛みで大剣を取り落としたユウキは、震える手をポーチの中に入れ、ゆっくりとした動きでナイフを一本取りだした。そして、先ほどの動きから一変して、俊敏な動きでナイフを首元に突き刺した。が、反撃としては非常に弱く、等価交換にもならない。本能的に最後のあがきと判断したクマは腕をもぎ取ろうと頭を左右に振る。
「来い!」
ユウキは声にクマは混乱する。しかし、すぐにその意味を理解した。閉じていた口から右腕を吐き出し、ユウキから離れようとする。が、それよりもユウキのほうが速い。突き刺したナイフを下に引き、肉を引き裂いていく。本能的にそれを流そうとしたクマの膝から力が抜け、身体が沈み込む。もう逃げだすことはできない。
リュウセイの大砲から放たれた鉄塊は空気を切り裂きながらクマにまっすぐに向かっていく。今度こそ回避は間に合わない。鉄塊は脇腹に突き刺さると同時に、内臓を巻き込みながら逆のわき腹から姿を見せた。弾道はクマの身体に逃れられない致命的な傷を与えた。クマ越しであっても向こうの様子がわかる程の大穴が体に開いており、そこから血が溢れだし雪の層に穴を開けている。もはやあと数秒の命であった。
自身の運命を悟ったクマは最後の力を振り絞り両前足を振り上げると、それを振り下ろしてユウキをつぶそうとする。ナイフを手放したユウキは雪を上を転がってそれを回避した。
最後の力を出し切ったクマは前足を叩きつけた勢いのまま、身体も地面に叩きつけ、ぐったりと横たわる。そして、そのまま永遠に動くことはなくなる。もうクマが二度と立ち上がることはない。
運悪く倒れこんだクマにつぶされたユウキがクマの下からもがきながら抜け出すと雪の上に仰向けで倒れこんだリュウセイの姿が映る。動かないことを確認したユウキは、勝利を実感し喜びを噛みしめながら雪の上に座り込んだ。




