第四十二話 クマ狩り、終了しました。
「ふう……、終わった……」
小さくため息とともにつぶやいたユウキは立ち上がり、腕を抑えながら、倒れこんでいるリュウセイのもとへ歩み寄っていく。彼の噛まれた右腕は確実に折れており、牙の刺さっていた穴からは血が流れ出ており、ぽたぽたと赤い点を落としている。見下ろすようにしてリュウセイの頭側に立ったユウキは、痛みで顔を小さく歪めているリュウセイに問いかける。
「よう。大丈夫か?」
「大丈夫に見えるんだったら、目ん玉腐ってると思うぞ?」
その問いに皮肉めいた口調で答えるリュウセイは、ずっと胸を押さえている。彼の痛みは相当の物らしく、足で軽く彼の頭に雪をかけて見ても動き出さないことから彼の身体はだいぶ逝ってしまっているらしい。無理に大砲を打ち放ったことも影響しているだろう。
「ク、クク、アハハハ……」
「どした、急に笑い出して?痛みで狂ったか?」
いきなり顔を抑えて笑い始めたリュウセイを、ユウキは訝し気な視線で見る。そんな視線を受けてなお笑い続けるリュウセイは、笑い終わり一息つくと口を開く。
「いやぁ……、なんか来る前のあのやり取りを思い出したら馬鹿らしくなっちまってな」
「あー……。まあ確かにそうかもな。まあ、それでも謝るつもりは毛頭ないんだけど」
「もう気にすんな。倒せたからよかったけど本来はお前のほうが冒険者としては正しいんだから。まあそれでも俺も曲げるつもりはないけどな」
「そんなもんでいいだろ、お互い」
話しを終えたユウキがリュウセイから離れ、クマの死体に大剣片手に近づいていく。死体の首に大剣を当て、その首を斬り落とそうとした瞬間、恐ろしいことに気付いてしまい確認のために死体の顔に顔を近づける。そして絞り出すような声でつぶやく。
「うっそだろォ……」
(目元の傷がない!襲ったのは目元に傷があるやつだって……。まさかこいつじゃない!?)
生き残りの男曰く、巨大グマは目元に大きな傷があったとのこと。その話を信じるのならば本当の標的はこいつではないということになる。あれだけ苦戦して現状二人とも満身創痍。そもそも万全の状態でも勝てるかどうか怪しいのにここまで消耗した状態では、もはや勝てる見込みなどない。それに気づいたユウキは考え込む。実際には一分もしないほどでしかなかったが、ユウキの体感では、一時間以上考えていたように思えていた。それほどに集中していた。
思考のまとまったユウキは行動を始める。クマの頭を切り落とすのをやめ、小走りでリュウセイのもとへ行くと、片足をもって引き摺りながら安全なところを探していく。いきなり足を持たれ引き摺られることになったリュウセイは困惑しながらその意図を問い掛ける。
「おい!?どうしたよいきなり」
「あのクマ、多分標的じゃない。血の臭いを嗅ぎつけられてここに来られたらどうしようもないから移動する」
ユウキが簡潔に状況を伝えると、リュウセイは顔を青くする。あそこまで苦戦した対象が目標ではないと聞けばそうなるのも無理はない。現にユウキだってそうなった。いま、雪山は血の匂いに包まれている。それを察知されてその場に訪れられる前にこの場を離れなければならない。
数分ほど歩いたところで雪のない、洞窟のような場所を発見する。そこにリュウセイを寝かせ、現場に残したままの大砲などを回収に向かう。利き腕の右腕が折れてしまっているために、非常に大変ではあったが、今はそれどころではない。二人とも満身創痍であるにも関わらず、さらに強い敵が残っているなど悪夢でしかない。
素早く迅速に回収が終え、リュウセイのところに戻ろうとするユウキはふと周囲を見回す。その時、思いがけないものがユウキの目に留まった。
(これ……、おそらく俺たちより先に向かった冒険者のか……)
雪の隙間から顔をのぞかせていた人間の腕。手甲がついているため、冒険者のものだと判断したユウキはその腕を雪の中から引き抜き、小脇に抱えた。
これがあれば、彼らが依頼を失敗したことの証明になる。そうなれば依頼に付随する報奨金が返ってくる。彼が金に困ることもなくなるだろう。幸い、腕一本持ち帰るのは、片手間でもできる。それにいくら迷惑をこうむった相手とはいえ、弔いが無いのは彼らも寂しいだろう。だからこれくらいはするべきだ。そう思いながら腕を保持する。
荷物を片手いっぱいに持ったユウキはそのままリュウセイの元へと戻っていく。腕以外の部分にもダメージは少なくない。体の各部が悲鳴を上げるのを感じるながら、小走りで向かっていると突如として、轟音が響き渡った。しかも割と近くでである。
大砲並みの轟音で、リュウセイが何かやらかしたのかと一瞬考えるが、それはないとすぐにその考えを捨てる。彼は今、肋骨が折れて動くどころではなく、大砲を打つことなどもってのほかである。ならば、この音を出したのは、他の何かということになる。
ユウキは明らかに自然物ではないそれを、確かめるべきかどうか悩む。もし確かめに行って自分の手に負えないようなものであった場合、厄介なことになりかねない。が、ここでユウキの悪い虫が働き始める。好奇心がうずきだし、音の正体を見たくなってしまう。やがて好奇心に負けたユウキはリュウセイに向かって乱暴に荷物を投げ捨てると、彼の声を聴くことなく音の方向へ走り始めた。
一発きりの轟音であったため、大まかな場所がわかっても細かい場所を割り出すことはできない。足で場所を探る必要がある。音の大まかな発生源にたどり着いたユウキはその場所を探し始める。
そして、十分後。ユウキは走る速度を緩める。いや、緩めざるを得なかったというべきか。周囲に立ち込める圧倒的な重圧。今までにないほどに足ががくがくと震え、体中からは冷や汗が止まらないだけでなく、勝手に呼吸が浅くなる。今までに感じたことないほどの恐怖で、本能が先に進むのを拒んでいる。逃げようにも足が震えて動かない。
一時間にも、二時間にも感じた一瞬はすぐに終わり、殺気と重圧は嘘のように溶けて消える。体を動かすことが出来るようになったユウキは、自分の身体を奮い立たせるとユウキは細心の注意をはらいながら殺気が放たれていた方向へゆっくりと近づいていく。近づくにつれて血の匂いが徐々に強くなっていく。一体この先に何があるのか。これから起こることに体を震わせながら一歩一歩歩みを進める。
血の匂いが最高に達したとき、ユウキの目に飛び込んできたのは、ボロ雑巾のようにズタズタにされた巨大なクマの死体だった。リュウセイの大砲ほどではない大きさの何かに撃ち抜かれたような傷が大量に体についており、上半身は内臓が飛び出すなどもはや生物の形を留めていない。
かろうじて原形を留めている顔部分を確認すると、左目を縦断するような大きな傷。五メートルほどの常識外れの巨躯。男の証言を信じると間違いなくこのクマが集落が襲撃した犯人、もとい犯熊である。だがそうなると一つの疑問が生まれる。
(でも、じゃあ誰がこんなことを?)
ユウキはサクサクと音を立てクマの周りをまわりながら考える。これ程の致命傷を普通の生物が傷つけられるとは思えない。では、自然物以外の何者かの攻撃。
(転生者、なのか……)
ユウキの頭に一番早く浮かんだのはそれであった。つけられた傷が人工物、具体的には銃によるものにしか見えなかった。傷の大きさもほぼ同じくらいであったため余計にそう思えた。轟音とかみ合わないところあるが、そういうものなのだろうと、ユウキが納得しようとしたところでユウキの足裏の触角が脳に信号を送る。
小石でも踏んだか、とユウキが足を上げてみるとそこには小石ほどの大きさ、しかし、小石とは似ても似つかないものが落ちていた。キラキラと月光を反射して雪の中に埋もれている。それに惹かれたユウキは拾い上げてその場で注意深く観察してみる。表面の色はくすんでいるが、くすんでいない部分から見える奥底は宝石、具体的にはダイヤモンドに近い質感である。それにその小さな見た目に反してずっしりとしている。
(まあ、今はこの危険因子が勝手に消えてくれたことを喜ぶかな……)
危険分子が勝手にいなくなってくれたことと、その手柄を自分のものにできることを喜びながらユウキはその首を持ち帰るための準備を始める。手の中で転がしていた小石をポーチに突っ込んだユウキは片手で大剣を首元に当て、一気に切り落とす。血抜きどころか、止血すらしていないため持ち上げると切り口から血が滴るが、そんなことはもはや些細なことである。
大剣を背負い、クマの頭をそのまま抱えてリュウセイのもとへ戻る。今までアドレナリンで気になっていなかった疲れが一気に押し寄せ、足取りは非常に重いものとなっている。行きは五分もかかっていないというのに辿り着くのに十分以上かかってしまう。のしのしとした足取りで辿り着き、クマの頭をリュウセイに見えるように投げ捨てる。
「ずいぶんかかったな……」
消え入りそうなほど小さな声でつぶやいたリュウセイは、転がる頭を見て笑みを浮かべる。それを見たユウキは補足を付け加える。
「誰かはわからんが、他の誰かが殺したんだよ。俺たちが倒したのは別の個体だ」
それを聴き、リュウセイは何とも言えない表情を見せる。自分たちが倒したのが別のそれであったことか、目標を別の誰かが倒してしまったことであるか、あるいはその両方かはわからないが、とにかく変な顔をした。
「それよか、いまから下山するか?それとも夜明けまで待つか?」
「早く降りたい。傷が痛くて仕方ないんだよ」
「俺だってそうだよ。だが、お前は動けない。どうやって下山するんだ?」
「お前スノーボードって知ってるか」
「俺も骨折れてんだけど?」
「頼むよ」
「てめえぜってえ今回の報酬渡さねえからな」
しぶしぶ要求をのんだユウキは、地面に置いた大剣の上に乱暴にリュウセイを乗せさらにその上に荷物を載せていく。紐で無理やり固定し持ち手に付けた紐を引っ張って、下山のために歩き始める。
左腕のみで引いているうえに体には疲れがたまっているため、ひっぱり方は乱雑極まりない。そのうえ大剣は地面のギャップを拾ってグラグラと揺れている。リュウセイはそのせいで傷が痛むのか小さく顔を歪めている。
「もちっとどうにかなりませんかねぇ?派手に揺れるせいで痛ぇんだけど」
「俺だって腕折れてんだぞ。一緒に降ろしてもらってるだけありがたいと思え」
「早くサウナに入りてえな……」
「お前も俺もそれより病院だ。さっさと直して打ち上げだ。それよりも……」
道の関係上、ユウキはちょうど斜面のそばを歩いており下を見下ろすとちょうど町が見えている。ぴたりと足を止めユウキはじっと下を見下ろし続けている。そしてにやりと口角を上げた。
「お前危険が伴うけど速いのと、安全だけど遅いのどっちがいい?」
完全に夜の帳がおり、完全に町は寝静まっている。道を歩く一般人はおらず、歩いているのは武器を持った冒険者だけ。未だに明かりがついているのは集会場だけである。明かりがついているだけで、基本的に夜に冒険者がここに出入りすることはない。冒険者は一人としておらず、そこにいるのは職務を果たしている職員、生き残りの男、そして二人の帰りを待つシュバルだけである。
静寂に包まれている集会場内に響くパチパチという薪の弾ける音が音が子守歌として作用しているのか、ゆっくりとした時間の中でシュバルと生き残りの男、そしてギルドの職員も船をこいでいる。非常に穏やかな、うたた寝には最適な環境のまま、薪のはじける音しかしない集会場がこのまま朝をむかえるのかと思ったその時、突如として入り口の扉が激しい音を立て開かれる。
その音で叩き起こされた三人は、椅子から転げ落ちながら音を出した張本人を確認する。扉に視線を向けると、そこには血まみれの右腕をだらりと垂れ下げたユウキと大剣に寝かせられているリュウセイがいた。また、どちらも雪まみれである。クマ狩りに行ったはずの二人が扉の前に立っていることに戸惑っていると、ユウキが荷物の中から布に包まれた血塗れの何かを取り出し、生き残りの男のほうに向かって投げつける。戸惑いを隠せないままにその中身を確認した男はその中身を見て、戸惑いから一転、ボロボロと涙を流し始める。
「こいつです!集落を襲ったのは!こいつがみんなを食い殺したんです!あぁ、ありがとう。本当にありがとう!」
顔を抑え泣き崩れる男を尻目にユウキは職員に命令するように口を開く。
「医者に、連れて、け……」
疲れや痛み、失血など様々な要因が重なったユウキはそのままぱったりと倒れこんだ。




