第三十九話 クマ狩り、開始しました。その一
意見の対立で同類であるリュウセイと別れることとなってしまったユウキは、この期に及んでのんびりと雑貨屋で買い物をしていた。小脇に抱えているものは店で最も度数の強い酒と小さな火付け箱三つである。代金を支払い、店を後にしたユウキはそのまま町の中をうろつき始める。道を歩く人間は皆、慌てた様子で窓の補強などをしている。その意図としては、やはり吹雪以外のものも含まれているのだろう。それほどに今回の事件は彼らの心に大きな傷を残したのだ。
三十分ほど町中を歩き回ったユウキはそのまま宿に戻る。部屋に入ってベットに寝転がり首を横に向けると、隣で寝ていたリュウセイの道具類がすべてなくなり、ベットが使用前のようにきれいに整えられている。こんな時でもしっかりと整えていくあたり、やはり真面目な男である。
彼は頭に血が上ったまま、これから吹雪がやってくるにも関わらずそのままの勢いで山に登って行ってしまったのである。彼の装備がどれほど一撃必殺に向いた装備であったとしても敵地で確実に当てられるなどといった保証はない。それに彼の装備は巨大な野生生物を近接戦闘で仕留めるのに向いていない。近接戦闘に持ち込まれてしまえば、何をどうやっても巨大なクマに勝つことはできなくなるだろう。
それがわかっていながら敵地に、不利な条件の時に登って行ってしまった。それほどまでに彼の頭に血を昇らせ判断能力を奪ってしまったのだ。その責任は間違いなくユウキにある。しかし、それでもユウキは後悔していなかった。
ギルドから発注された他人の依頼を、報酬無しではやりたくないというのが本音である以上に、報酬無しの際に発生するトラブルに巻き込まれたくないというのもあった。依頼遂行の質が落ちる、責任の意識が非常に低下する、依頼を出した人間へ横暴な態度を取るなどは依頼を出した人間からすれば大きな問題となる。おざなりな対応で二次被害が起これば時間と労力の無駄となってしまう。それ以外にも理由はあるのが、やはりどんな危険が襲ってくるかわからない冒険者を生業とする以上、報酬なしの仕事はごめんこうむるというのがユウキのスタンス。例外はあるものの、それがこの世界にやってきて決めたことだった。
山に登っていった彼の心配を頭の片隅でしながら、ユウキはゆっくりと目をつぶり静かに眠りについた。
眠りについてから二時間ほど。寝ぼけ眼で窓の外を見ると辺りはすっかり暗くなっている。この時間ともなれば来客もないだろうと二度寝をしようとしたその時、いきなり室内にノック音が響き渡る。どんどんと乱暴にドアを叩くそのあまりのけたたましさに、ユウキはイラつきながらゆっくりとベットから体を起こす。
「うっせえな……。誰だよ」
一瞬、いつも一緒にいた男の顔が浮かぶが、すぐに可能性を否定する。彼は途中で怖気づいて帰ってくるような人間ではないからだ。一度討伐すると決めたらやり遂げる、それが彼の信念である。
では、一体誰であろうか。窓の外はすっかり日も落ち、暗くなっている。そんな時間に無作法に扉を叩き続けるような無作法な知り合いはこの町にはいなかった。頭を掻きながら、扉を開けると、そこには息を切らし、膝に手を突いたシュバルがいた。思いもよらない人物の訪問にユウキは後ろに下がりながら身構える。なんせ最後にあったのはあの時である。無神経なことをあのようなことを本人の目の前で言ったことに対する報復に来たのかと考える。
しかし、彼の意図は報復ではなく手に武器の類は握られていない。代わりに小さな布袋が握られていた。チャリチャリと金属音を立てている時点で何が入っているかは予想がつくが、一応彼自身に訪ねてきた意図を問い掛ける。
「……どうした?あの時の報復か?」
「……そんなんじゃ、ねえよ」
呼吸が整ってきたシュバルは、膝に着いた手を上げ身体を起こす。額にはこの寒い中、玉のような汗が浮かんでおり相当急いでここまでやってきたことが窺える。
「んじゃなんだ。リュウセイならいないぞ」
「それでもない。あんたに用があってきたんだ」
シュバルは手に持った布袋をユウキに差し出す。
「あんたに俺の依頼を受けてほしいんだ。これはその前金」
ユウキは差し出された布袋を手に取ると中身を確認する。中には三十枚ほどの銀貨が入っていた。数秒ほど中身を見つめた後、出どころを問い掛ける。
「これ、一体どこから出したんだ?依頼はまだ解除できないだろ?」
まだ依頼を受けた冒険者が帰ってきていないため、依頼の解除はギルドのルール上不可能である。とても金を持っているような立場でないシュバルが一体どうやって集めてきたのか。もし盗んできたなどと答えたらどうしてやろうかと考えていると、シュバルは視線をそらして呟いた。
「俺がもともと持ってた金と、……楽器を売った金だよ」
ユウキは自分の耳がおかしくなったのかと思ってしまった。
「いいのか?」
ユウキはシュバルのほうを向いて強い口調で問い掛ける。彼の夢が音楽家である以上、あのボロ楽器であっても彼にとっては命と同等の価値があるものになる。つまり彼は今、ユウキに心臓を差し出しているのと同じようなもの、ということになる。ユウキの言えることではないかもしれないが、それでも本当にこれでいいのかを問い掛ける必要があった。ユウキの問いかけを聞いたシュバルは静かに、絞り出すように言葉を紡ぎ始める。
「……楽器は後でまた買いなおせるからいいんだ。でも敵を討つのは今しかない。一週間も待てば討伐隊も出るからそっちに任せたほうがいいのかもしれない。……けど俺はあんたたちに親父とお袋の仇を売ってほしい。親父たちはあんたたちのことを信頼してた。だからあんたたちに倒してほしい!頼む!」
シュバルは額を床板に擦り付けながらユウキに自分の意思を伝える。これを見て彼の意思は決まった。彼の意思を聞き、命に等しい楽器を売った金を出されている。ここまでされては受けないという答えはないだろう。
袋の口を閉じたユウキはそれをポーチの中にしまい、目の前で頭を下げているシュバルの腕を掴み無理やり立ち上がらせる。
「依頼はもうギルドのほうに通してあるのか?」
「あ、ああ。もう書類も提出してあるから、あとはあんたのサインだけだって職員の人が……」
ユウキは籠手やブーツをつけ、アウターを羽織り外に出る準備をする。いつものようなフル装備になったところで扉の前に立っているシュバルを押しのけて部屋を後にする。
「いくぞ、早く行かないとあいつ死んじまうかもしれないからな」
明らかに少額な報酬ながら自分の願いを聞き入れてくれたことに、シュバルは瞳を潤ませながら無言のまま歩くユウキの後ろに着いていく。
未だに負の感情をまとった集会場でサインを書いたユウキは、視線を避けるために足早にその場を後にする。もうすでにあたりは真っ暗になっているが、呑気に朝を待っている暇はない。危険を覚悟で山に足を踏み入れなければならない。ランプに火を灯すと山のほうに向かって歩き始めるが、何かを思い出したようにすぐに足を止める。
「……勘違いするなよ」
「は?」
彼の言葉を聞き、山に向かうユウキを見送るために外に立っていたシュバルは突然のユウキの発言に間抜けな声を漏らす。そんな彼を気にすることなくさらに言葉を紡ぐユウキ。
「俺は別に依頼が嫌いってわけじゃないからな。ただ、報酬無しだと変なところで問題が起きかねない。それが嫌なだけだからな」
弁明するように吐き捨て、言いたいことを言い終わったユウキは再び歩き始め闇の中に消えていった。
山の中腹付近、月の光を雪のカーペットが乱反射し、ランタンがいらない程に周囲を明るく照らしている。辺りには雪特有の澄んだ匂いが漂っており肺の中を的確に冷やしていく。ユウキと喧嘩別れする形で山の中に一人で入ってきたリュウセイは場所取りをすると、集落を壊滅させた凶悪なクマを討伐するための準備をしていく。
まずは自分の準備できる武器のすべてをリュックの中から取り出す。折り畳み式のスコップ、二本のカランビット、クロスボウ、そして弾丸状に加工された鉄塊と謎の金属塊である。それらを一度地面に置くと、次は背中にかけた二つの筒状の鉄塊を下ろし金具を使って接合する。その二つにつなげた金属の筒に金属塊を取り付けると最後にその中に鉄塊を滑り込ませた。
これが彼の転生の特典の一部である電磁投射砲である。電気の力で鉄塊を射出するそれは異世界では一線を画する破壊力と射程を持っている。これを活用することで大物食らいを起こすこと彼は四年でBランクという高ランクまで昇格することが出来た。しかし、この世界は電気の発達している世界ではない上に魔法も使うことが出来ない。では、どこから電気を供給しているのか。その秘密は後ろに付いた金属塊である。謎の金属で構築された電池であるそれに液体を入れることで燃料電池のように発電することができるのだ。しかし、これは彼の能力の一端に過ぎない。彼の能力の本質は触れている金属を自由自在に加工することであり、やろうと思えばこの電磁投射砲を複製することだって可能なのだ。
だが、ここで疑問に思う人物もいるだろう。一体そんな複雑なものを設計図もなしにどうやって複製するのか。そこで力を発揮するのが彼のもう一つのスキルである。見たものを任意で記憶し忘れないようにするという一種の特殊記憶がスキルとして与えられている。瞬間記憶能力のように見たものすべてを一瞬で記憶するという便利なものではないものの、覚えたいものを一生記憶できるというなかなかに強力なスキルであった。彼はこの世界に転生する前にシオンの世界でいくつかの書物を読ませてもらっており、その時に電磁投射砲の作り方などを学んでいた。
無駄話はさておき、電磁投射砲の準備を終えたリュウセイは、それを担ぎ上げるときょろきょろと辺りを見渡す。そして周りより少しだけ盛り上がっている場所を見つけると、荷物全てをもってそこに登り電磁投射砲を置いた。
荷物全てを置いたまま一度そこから離れると少し離れた場所にあるものを置いた。血が滴りそうなほど新鮮な動物の肉である。それを雪を覆いかぶせ見えなくなったのを確認すると、先ほどのところに戻る。持ってきてた薄手の毛布を敷き寝転がると、ランプの火を消し完全に待ち伏せの状態に入った。
彼の作戦は待ち伏せからの狙撃という、単純かつ確実性の高い方法だった。肉を置いたのは熊をおびき寄せるのと同時に、血の匂いで自分の匂いを誤魔化すため。高い位置に陣取ったのは単純に狙いやすくするため。ランプの火を消したのはランプの火で位置バレを起こすのを防ぐため。幸い、月の光を雪が反射し、視界は通っている。ランプの火がなくても狙いはつけられた。四年の月日で学んだことを最大限に生かした作戦であった。あとは熊がやってくるのを待って、引き金を引くだけ。
電磁投射砲は威力も高く、しっかり当たれば一撃で仕留めることが出来、かすっただけでも肉をえぐり重大な負傷を与えることが出来る。今回、クマをしとめるうえでこれほどまでの適任はいないだろう。集中力も非常に高く、イレギュラーな状況に陥らなければ一撃で仕留めることが出来ると本人すらも思うほどであった。
しかし、現段階で予想外のことが二つあった。地吹雪によって視界が切れやすくなっていること。もう一つは彼はまだ気づいていないことだが、クマが非常食として埋めておいた冒険者の遺体が彼の真横方向に埋めてあったことだった。後にこれが大きく計画を狂わせることとなる。
(地吹雪がうっとうしい……)
降り積もったばかりの新雪が風によって巻き上げられ体温を奪う悪魔となってリュウセイの顔を叩く。しかし、それでも集中を切らすことはない。顔に付いた雪を片手で拭いながらクマがやってくるのをまるで道端の石ころのようにじっと待ち続ける。
しかし、その最中、真横から巨大なクマが雪の中から姿を見せる。リュウセイの側面から彼のほう、もとい餌のほうに近づいて来ている。のだが、リュウセイは未だ、それに気づかない。
クマとリュウセイの距離が三十メートルほどまで近づく。その距離でクマは木の根元に埋めてある餌を掘り返し始めた。
そこでリュウセイはやっとクマの存在に気付く。驚きで声が出そうになるのをぐっとこらえながら、ゆっくりと気づかれないように体の向きを変え狙いを定める。顔に当たる地吹雪がなかなか狙いを正確に定めさせることが出来ないが、気にすることなく狙いを定めることに集中する。
そしてその狙いは完全にクマの心臓一つに定まる。あとはずれないように慎重に引き金を引くだけ。これで当たれば一撃であのクマは命を散らすことになる。そうすれば敵討ちも完了する。胸を張ってシュバルの前に顔を出せる。
深呼吸し気持ちを落ち着かせて引き金に指をかけた。その瞬間、目の前で餌を掘り返し肉を食らっていたクマがいきなり顔を上げ、周りの様子をうかがい始める。
(マズイ……)
このままその場を離れられてしまえば、千載一遇のチャンスを失うことになる。そのうえ、もし気づかれでもしたら援護のないこの状況で、本職ではない近接戦をすることになるという最悪の事態に陥ることとなる。
今やるしかない。そう判断したリュウセイは引き金に掛けようとしていた指を急いで掛け、速やかに引き金を引く。その瞬間、砲身に一気に電力が供給され、莫大な運動エネルギーが生成される。そして、砲身から鉄塊が目にも止まらぬ速度で射出され、クマに襲い掛かった。




