第三十八話 シヴァリア、恐怖の縁に立たされました。
町はずれの集落で起こった獣害事件は多くの人々を混乱の渦に巻き込み悲しみの沼に引き込んだ。中でも集落で一番の人徳者とされていたシリウスの死は人々に深い傷を与え、彼の商品を卸してもらっていた店の店長は泣き始める始末。どれほど彼が慕われていたかが誰の眼にもわかる一幕であった。人望の厚い彼の死は事件直後であるにもかかわらず、有志の手によって弔われた。
しかし、冒険者たちに悲しんでいる暇はなかった。彼らは集落まで下りてきたクマの対応と情報収集に追われていた。普段であれば、熊一匹のために彼らが慌てて行動することはないだろう。しかし、今回ばっかりは目をそらすわけにはいかない。その熊は、死者が分かっているだけでも七人の地獄を作り出し、シリウスの妻を行方不明にしている。そんな凶悪なクマが近くにはびこっているのだ。遺体をすべて集落からは回収してきた以上、腹を空かせたときまた別の集落が襲われる。この町の外の集落に家族がいるという冒険者は比較的多い。家族を守るために見過ごすわけにはいかなかった。
外へ内へとせわしなく動いている冒険者たちを尻目に、ユウキは唯一の生存者である男への聞き取りを、リュウセイはいまだに気持ちの整理がつけられていないシュバルをなだめていた。
「それで?そのクマ、他に何か特徴あったか?」
よく言えば率直、悪く言えば無神経な口調でユウキは問いかける。その口調はとてもショック状態の人間に聞き取りを行うようなそれではない。しかし、男には答えないという選択肢はない。家族の仇を、集落の仇を取るためにも彼は答えなければならない。
「……妙に大きかった気がする。家の壁が簡単に壊されたし、たったの一撃で、俺の家族が……」
「他には?」
「わかるわけないだろ!俺は家族を守ることもできず、ひたすら息を殺して隠れていたんだから……。家族が食われる悲鳴を何もできずにただただ聞いて……。うう……」
涙を流しながら頭を抱えた男の様子を見てこれ以上の聞き取りは不可能だと判断したユウキは聞き取りを中止し立ち上がる。
「ありがとう。何か暖かいものを貰ってくる」
適当にスープでも貰いに行こうと考えたユウキはその場から立ち去る。彼の気持ちが落ち着くまで外に出ようか、それとも、中で適当に時間をつぶしているか迷っていると、シャロンが額に汗を浮かべながらユウキの傍らに立つ。
「申し訳ございません。まさかこうなってしまうとは……」
自分の行動に罪悪感を感じているのか青い顔をしている。額の汗をぬぐいながら頭を下げる彼の肩に手をかけ、無理やり引き上げる。今回悪いのはあの冒険者であり、無理やり依頼を受けられてしまうことになってしまった彼も被害者である。
「あんたが謝る問題じゃないだろ。悪いのはあの冒険者たちだ。それよりもあの冒険者たちは……」
「恐らくですが、もうすでに……」
体を起こした彼の顔に影が落ちる。何度も見てきたことでもやはりつらいものなのだろう。間接的にでもこんなことを起こしてしまった彼らに対してそのような顔をできることから彼のやさしさがわかる。
「それより何か暖かいものが欲しいんだが。あの男に飲ませたい」
「でしたら、隣接する酒場のほうに行っていただければ何かしらお渡しできると思います。代金のほうはギルドにツケておいていただけると」
「わかった。ありがとう」
ユウキはシャロンに背を向け酒場のほうに歩き始める。横目に移ったのは未だに落ち着く素振りのないシュバルと、それを必死に落ち着かせようとするリュウセイの姿だった。
スープを手渡したユウキは、これからどうするかの相談のためにシャロン達ギルド職員のもとに向かっていた。そこにはリュウセイだけでなく他の冒険者もおり、各々で集めた情報などをまとめていた。人ごみの中に入り込んだユウキは、リュウセイのもとに向かうと、シュバルのことを話し始める。
「シュバルの様子は?」
ちゃっかり自分の分のスープをもらっていたユウキは、カップに口をつけながらリュウセイに問い掛ける。
「一応落ち着かせた。あとは自分の気持ちの問題だ。それよりも今考えるべきなのは別のことだろ」
「あれよなぁ…」
あの熊を放っておくことはできない。あれを放っておいては被害は拡大する一方であるが、先に言った冒険者たちが返ってこないことを考えると普通の冒険者たちでは全く歯が立たない可能性がある。
「町の人たちによると今日明日を逃すとこれから一週間近く吹雪くらしいぞ。そうなったらまともに動けなくなるから、もしその時に暴れられようものなら被害は増える一方だぞ」
「でもあんだけ派手に暴れられるクマなんだったら、もはや剣でどうこうできるレベルじゃないんじゃないか?罠なり鉄砲なりがないと厳しいだろ」
ユウキの脳裏に半壊させられた集落が浮かぶ。派手に壊された民家は普通の生物ができるような破壊跡ではなく怪獣が通り過ぎたような状態になっている。現場に残っていた足跡からもその大きさが化け物クラスであることは容易に想像つく。
対処に頭を悩ませていると他の冒険者が二人に話しかける。
「お前らだっけか。一番最初にあそこにいたのは」
「ああそうだけど。どうかしたのか?」
「俺はあの集落の遺体処理をしてたんだけどな。その中に女の遺体がなかったんだ。逆に男の遺体には一切全員分揃ってた」
「てことはあのクマは女だけを狙ってる、ってことか」
リュウセイは顎に手を当て、まず考え付いた考えを口に出してみる。それは間違いではない。人の味を知ってしまった野生生物がそれから人が好物になってしまうなどよくある話だ。
「俺も詳しくはないんだが、おそらく味を占めてしまったんだろう。お前らの話はシャロンさんから何となく聞いた。味を占める原因となったのはまあ、何となくわかるだろ?」
「ああ……」
リュウセイの口から気の抜けた声が漏れる。リュウセイの頭の中には話に聞いている冒険者たちが浮かぶ。顔も知らない冒険者たちであるが、最後の最後まで面倒ごとを植え付けていった彼らに内心恨み言を吐く。
「一応伝えておくぜ。じゃあな」
去っていった一人の冒険者に力なく手を振ったリュウセイは、隣で黙って話を聞いていたユウキのほうを向く。カップ片手にじっと考え込んでいる。
しばらくお互いに黙り込んでいると、集会場の奥からギルドの職員が羊皮紙片手に冒険者たちの前に姿を現す。咳払いで彼に冒険者たちの注目が集まる。
「それでは、先の事件のギルド側の対応を発表させてもらう。まず、先の事件を引き起こしたウルスス・ポーラーの討伐についてだが、一週間後に討伐隊を組み奴の討伐に当たる」
ギルドの発表に冒険者たちのざわつきが一瞬静まると、爆発したように批判の声が上がる。まず最初に声を上げたのは町の外に家族が住んでいる冒険者たち。このやり方だと、これから一週間そのクマの恐怖に怯えながらの生活を強いられることになる。そんなことは家族のいる冒険者は受け入れられないだろう。
しかし、逆にギルドの言うことももっともであった。山が吹雪に見舞われるのは明後日から、今日はもう日が沈んでいるため、山に入るのは危険極まりない行為である。となれば行動できるのは明日のみ。明日だけで討伐できる保証などどこにもない。冒険者の無駄な犠牲を出さずに討伐するのならば、ギルドの方式が一番である。が、やはり冒険者たちが納得できるわけではない。不満の声が上がる中、シャロンはさらに続けた。
「また、討伐隊に関しては討伐に行った冒険者を鑑みて、Dランク以上の冒険者とさせてもらう。以上」
さらなる発表に冒険者たちの怒りの勢いが強まった。Dランク以上となると冒険者の中でも限られてくる。討伐隊であれば数を重視しなければならないはずなのに、わざわざ数を減らすような対応を取るギルドは馬鹿なのか、と冒険者たちは思う。
投げかけられる罵声に背を向け職員は奥に戻っていく。不満が漂っている集会場の居心地の悪さを嫌った二人は集会場を後にする。
「そういや、あの男はどこ行ったんだ?」
今回の事件の当事者である本人がいなくなっていることに気付いた二人。
「そういや、どこ行ったんだ?あれから見てないな……」
「あー、いるところなんとなくわかったかもしれん」
彼の居場所に心当たりのあるユウキはその場所に向かって走り始めた。遅れて居場所を察したリュウセイもユウキの背を追いかけるようにして走り始めた。
「やっぱし。さっさと町に戻るぞ。日が暮れたらどうなるかわからん」
シリウス家に入っていくとリビングの椅子に座っているシュバルがいた。ユウキ達の角度ではその表情を窺うことはできないが、背中から漂っている雰囲気で一体何を考えているかは察することができる。
こういう時に率先して動くのはやはりリュウセイである。向こうを向いたままのシュバルの肩に手を置こうとした瞬間、脈絡なく彼の声が家の中に響く。
「あんた言ったよな。自分の気持ちを伝えられないとしこりが残るー、だのなんだの。ぶっちゃけあれ聴いたときは何言ってんだー、とか、寝言は寝てから言えー、だの思ってたけどさ。実際にさ、体験してみるとさ、それが本当だってことがわかったよ」
二人はシュバルの言葉を黙って聞き続ける。
「胸が苦しくて、頭がぐるぐる回ってて何も纏まらなくて、それが吐き出したくても言葉として吐き出せないんだ。辛くて辛くて仕方ない。こんなことにしちまったそのクマと自分が憎くて憎くて仕方ない」
「俺はおやじみたいに人望がないからさ。仲良くなってよくしてくれたお前たちにしか頼めないんだ」
椅子から立ち上がったシュバルは二人のほうに向きなおる。その目は赤く腫れており、頬にははっきりと見えるほどの涙の痕。いったいどれほど涙していたのかが言われずともわかる程だった。
二人のほうを向いたシュバルが地面に頭をつけ、いわゆる土下座の体勢になる。
「頼む!親父たちの仇を取ってくれ!」
その必死な姿を見て、リュウセイは心打たれた。シュバルが本心では家族を嫌っていないということの証明であり、彼は本気で家族を愛していたのである。顔は地面にこすりつけているため窺い知ることはできないが、必死の形相であろう。というよりそうでなくてはならない。友人の頼みを聞き入れるため、リュウセイはしゃがみ込みシュバルの肩に手を伸ばした。
「んじゃ、報酬は?」
直後、二人の耳に届いたあまりにも無神経な言葉はその場の空気を凍らせ、リュウセイの伸ばした手を止めさせ、大きく戸惑わせた。しかし、すぐにその戸惑いは怒りに変わり、伸ばしていた手をシュバルの肩ではなく、ユウキの胸ぐらへと伸ばし、掴み上げた。
「てめえ、ふざけてんのか。どういうつもりか言ってみろ!」
ユウキの胸ぐらをつかみ上げたリュウセイの表情は鬼のように全体が吊り上がっており、怒りで顔が赤く染まっている。それを見下ろす形になっていたユウキはそのままの体勢で話し始める。
「言ったとおりだろ。依頼として出すのであれば、それには対価が必要になる。その報酬はあるのかって聞いたんだ」
「そんな場合じゃねえだろうが。町の危機だっていうの、てめえはわかんねえのか?」
ユウキの発言が癇に障ったのか、さらにリュウセイは彼を締め上げ持ち上げる。逆にユウキも自分だけが悪者かのような物言いに腹が立ち、胸ぐらを掴む手首を全力で握る。
「俺がそこまでの馬鹿に見えるか?そこまで危険だっつうんならもちろん報酬も大事になってくるよなぁ?敵のサイズ的に命がけでやらにゃならんのに何でタダでやらんといかんのだ。てめえこそ頭おかしくなったのか?冒険者は慈善事業じゃねえんだぞ?」
「……もういい。俺一人で行く。お前には頼らない」
話し合いは決裂する。胸ぐらから手を離したリュウセイは、乱暴にユウキの手を振りほどくと彼の顔を一切見ることなくその場から立ち去る。それを何も言うことなく見送ったユウキは未だに頭を下げたままのシュバルを一瞥すると、その場から立ち去った。
主人公の価値観爆発ゥ!まあ、彼の価値観はこんなものです。何かをする以上対価が必要だと考えており、それがないものは基本的に何もしたくない人間です。逆に報酬の最低を決めていないので報酬さえちゃんと払えば仕事はきっちりします。前の村なんかそうでしたしね。




