第三十五話 ある依頼、不穏な雰囲気が漂い始めました。
「寒いねえ。さすがに吹雪いてる中、外で活動はしんどいでございますよ。こいつは料金の上乗せをしても許されるレベルだ」
「でも、ただぐるぐる集落の周りをまわってるだけで一日なんだから割のいい仕事だろ?」
まあ確かに、とユウキは相槌を打つ。今二人は一緒に集落の周りをグルグルと回りながら足をかけるためのワイヤートラップを仕掛けていた。トラップの設置意図は入ることを妨げる抑止力としての役割だ。寒さに震えながら集落の周りをまわっているとリュウセイが口を開く。
「それより、あのシュバルってやつ?あの時の無礼者だってわかったときはどんな偶然だと思ったよ」
「確かに。今度会った時にはじっくりとお話したいな」
二回目の相槌を打ったユウキは笑顔を浮かべながら、シュバルと呼ばれていた青年を思い出す。彼が何をしているのかは知らないが、助けてもらって例の一つもないというのは、ユウキとしては納得がいっていなかった。さすがのユウキでも一言は添える。次、彼に会った時にはそのことを聞くつもりだった。意外とこの手のことには粘着質なユウキであった。
「まあ、あいつのことは置いておくとして、夜も見張りするから、今のうちに買い出しに行かなきゃならないぞ。俺が行ってくるよ」
「いや、俺が行ってくるわ。リュウセイ君はゆっくり集落の周りでも見回っててくれたまえ」
真っ先に街に向かおうとしたリュウセイの肩をユウキは掴み引き留める。リュウセイは笑顔で肩にかかった手を取り除こうとするが、がっちりと掴んでいる手をなかなか外すことができない。お互いの力が拮抗している。お互いに買い出しを譲るつもりはない。買い出しに行くということは街に行くということ。つまり買い出しにかこつけて暖かいものを飲み食いできるということである。冷え切っている二人は暖かいものに飢えている。だからこそユウキは逃がすつもりはなかったし、リュウセイは叩きのめしてでも街に向かうつもりだった。だが、余計な体力は使うつもりもない。アイコンタクトを交わした二人は暗黙の了解で右手を差し出した。勝負事の定番、じゃんけんである。
無言のまま、タイミングを取った二人は同時に自分の手を出した。リュウセイがチョキ、ユウキがパー。 リュウセイは勝ち誇った表情で、無駄に軽やかな足取りで街へと駆け出し、ユウキは悔しそうな表情で地団太を踏むだけでなく、雪の中に飛び込み暴れ狂った(ちなみであるが、今までのすべての行動はすべてサイレントで行われている)。
だが、暴れ狂ったおかげで多少体温が上がったユウキは歯ぎしりしながら見回りを再開する。吹雪が顔に当たり、体温を奪っていく。街に来てから三日経ち、ある程度慣れ始めたところではあるが、それでもやはり寒いものは寒い。寒さに耐えるために自分の身体を抱きながら、少し速足で歩き続ける。雪を掻き分け掻き分け歩き続けていると、ちょうど山の麓近くに来たところで進の視界に奇妙なものが映る。
(ん……?)
雪による白の中でうごめく黒い巨大な影。麓にあるたくさんの切り株の中を進むそれは徐々に集落のほうへ近づいている。吹雪で視界の利かない中でもそれははっきりと理解できた。
(あれか……?)
ユウキは背中にかけてある大剣を抜き、いざというときに備えて民家の陰に隠れる。民家の陰から顔を出し、そのまま黒い物体の様子をうかがう。それは少しずつ集落のほうに近づいていた。着々と近づいてくるそれを見てユウキが攻撃のタイミングを見計らっていると、その物体はいきなり足を止めそのまま反転して引き返して山の中へ、吹雪の中へ消えていった。
(あれは……、何だったんだ?)
黒い物体が姿を消すのを見送ったユウキは大剣を背中にかけなおし、ほっと息を吐く。ちょうどその時、買い出しに行っていたリュウセイが袋を持ってユウキのもとに駆け寄る。リュウセイが戻ってきた安心感で肩の力を抜き、リュウセイのもとに歩み寄った。
「ふーん。そんなことがあったのか……。もしヒグマの類だったら、明日からは鈴とかが必要になるかもな」
「騒音が苦手、ってやつだっけか?」
パンを小屋の中でかじりながら、先ほどの話をするとリュウセイはうなりながらその過程に対する対策を提案する。もしあれでヒグマであるのならば、真正面からぶつかってしまえば二人ともあっけなくやられてしまうだろう。鈴などのクマよけの道具、戦闘になる前にダメージを与えるための罠などを設置する必要があるかもしれない。
「効力的には雀の涙だろうけど、無いよかましだろう。それよりこのことは一応シリウスさんに伝えておこう」
マグカップに入ったスープをすすりながら、リュウセイが言った提案にユウキは頷く。
「それより、今日の夜はこの小屋で寝るわけだが、どっちが先に見張りに行く?」
二人の間で火花が散る。二人とも思考はぴったりと一致していた。
(わざわざ寝付いてから途中で起きたくないっ!)
二人は再びじゃんけんの構えを取った。
「じゃんけん、ぽんっ!」
リュウセイはグー、ユウキはパーで今度はユウキの勝利である。
「よぉっし!!!よっし!よっし!」
ユウキはガッツポーズを取り、リュウセイは膝から崩れ落ちた。勝利したユウキはパンをスープで流し込むと、入り口にかけてある松明をひっつかむ。
「そんじゃ今から半分ずつな。俺は報告に行ってくるから早く寝ておいたほうがいいぜ」
そのままユウキは小屋を飛び出し、シリウスの家に向かう。その姿を見送ったリュウセイは早く休息をとるために再びパンとスープを流し込むように入れ始めた。
報告を終えたユウキは約束通り見回りで集落の周りをまわっていた。しかし、集落の周囲から少し外れ、山の麓に入っていた。目的はあの時の黒い物体の足跡を確認するためである。もし熊でないならばそれはそれでよし。熊の足跡であれば、さらに報告の信ぴょう性が上がり、集落を巻き込んでの対策もしやすい。危険であるのはわかっていたが、確認できる時間は少ない。であれば危険を承知で向かったほうがいいと考えたのだ。
ここまで吹雪いていては足跡が残っているのは奇跡のようなものではあったが、それでもあることに期待して歩き続ける。
それから十分もたたないうちに、熊らしき生物を見かけた大体の場所にたどり着く。そのあたりをぐるりと見まわすと、雪が不自然に凹んでいる部分を発見する。急いでそこに駆け寄ってみると、それは生物の足跡だった。それも人間など比較にならないほどに大きなもの。間違いなくあの時ユウキが見た生物の物だろう。足跡を見つけることが出来たことに安心するユウキ。だがしかし、しばらくの間、足跡を見ていたユウキは違和感を感じる。
(熊の足跡ってこんなんだっけ?)
目の前にある足跡は熊、というよりどちらかというと指がある人間の足跡のほうが近かった。熊の足跡を実際に見たことはなかったユウキだが、どのようなものであるかは容易に想像できる。目の前のそれは明らかにヒグマの物とは違っていた。
(……こっちの世界じゃヒグマの足跡はそういうもんなの、かな?)
一応納得した確認を終えたユウキは暗闇の恐怖から逃げるように急いで集落に向かって走り始めた。
ユウキが熊らしきものを見てから五日たった。報告を聞いたシリウスは心配そうに妻の肩を抱いていた。実は彼女の妻の腹の中には赤ちゃんがいた。あと三か月もしないうちに生まれるとされており、もうすぐ子供が生まれてくる以上、彼は不安で仕方がないのだろう。シリウスの頼みにより、さらに依頼の期間を延ばした二人はいつものように集落の周りを見張っていた。
「来ないな、あいつ。飯が欲しくて降りてきてるんだったら、そろそろ来てもいいころだと思うんだけど」
しかし、いくら待っても現れる気配はない。先のとおり、餌が目的であるならばそろそろ降りてきてもいいはずである。腹の空かない生物はいないのだから。
「たまたま、飯が取れなくて降りてきてるだけの個体だったのかもな」
「てかそもそも熊って冬眠する生物じゃなかったっけか?」
「……よくよく考えてみたらそうだよな。じゃあそもそも熊じゃないのか?あとでギルドの職員に聞いてみてみるか……」
「それよりこれからどうするよ。熊も来ないから、やることなくて飽きてきた。わざわざこんなところに来てるんだからもっといろんなことしたいよ」
ユウキの言葉にリュウセイがううむと唸る。確かにリュウセイも飽きを感じ始めており、他のことをしたいというのも同感だった。しかし、依頼を受けてしまった以上、途中で投げ出してしまうのもどうかと思っている。この二つの狭間で揺れていた。
なあなあとまるで子供のように体をゆするユウキの声に耳を傾けながらリュウセイは考え続ける。そしてとりあえず一つの答えを出した。
「とりあえず、シリウスさんとどうするかを話し合おう。一方的には切れない」
そう決めたリュウセイはユウキを引き連れて、シリウスの家に向かった。
「……そうですか」
「それで今後のこと話し合いたいのですが」
唸りながら考えているシリウス。彼には今二つの選択肢があった。一つは依頼を中断する。二つ目はこのまま依頼を続けてもらうことだ。前者に関しては報酬を払わなくてよくなるため、お金が手元に残る。冒険者に支払う報酬だって決して安くはない。増しては今回は破格ともいえるほどの報酬だ。裕福なほうであるシリウスの予算も残り少なくなっていた。このまま、何の収穫もないまま報酬を払い続けるの厳しい。一方後者に関してはこの集落の安全をもう少し保つことが出来る。今の彼にとって子が生まれる妻が一番重要である。何物にも代えがたいものであった。
ユウキは唸りながら考えるシリウスをじっと見ていると、彼の妻が背後から近づいていく。そして、優しい笑みを浮かべながら、肩に手を置き頷いた。一連の動きを見ていた二人はその意味を理解する。ましてや夫であるシリウスは一瞬で理解する。しかし、それでも決定するには至らない。彼女がそう思っていたとしても万が一にも彼女の身に何かあってしまえば死をもってしても償いきれないだろう。彼女の善意を受け取るか否か、そこが彼の焦点となっていた。
「……では、あと二日、お願いいたします。そのあとギルドのほうに八日分の報酬をお渡ししておきます」
これが考えに考えて、シリウスが導き出した妥協案だった。彼の顔は未だに苦しみで歪んでおり、いかに妻を守るために全力を注げないことがつらいかが理解できる。
「わかりました。それではあと二日、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
彼の顔を見て何も思わない二人ではない。あと二日。ならばこの二日で最大限のことをしよう。椅子から立ち上がった二人はがっちりと握手を交わし、再び見回りに戻るのだった。




