第三十六話 無礼者、最悪の二人に絡まれてしまいました。
シリウスの依頼を終えた二人は、いつものように依頼を受け山に登るのをルーチンワークとしていた。しかし、もやもやとした気持ちの残っていたリュウセイは依頼終了後も毎日のように集落の様子を顔を出しに行っていた。しかし、十日間何もなければ、来るほうも、来てもらうほうも何もないと思うのは当然だった。もともと善意の行動であるため、シリウスたちも何日も来てもらうのは気が引けるし、リュウセイもそのことを理解していた。そのため、十日で集落を見回るのをやめ、ユウキとともに依頼をこなしていた。
「でもやっぱり不安だよな。根っこを取り除けないから、何が起こるかわかんないしな」
「今は頼むから依頼に集中してくれ!もう寒さでやばいんだからよ!」
二人は依頼のために山頂近くまで登ってきていた。目的はこのあたりに存在する鉱石の調達である。名前をフリズクリスタル。溶けない氷のようなものであり一か月以上冷気が消えなかったというのだからその効力は凄まじい。その反面やはり高価であり、一庶民が使えるような代物ではない。
この功績を入手する方法は地面を掘ったり、山肌を崩したりと比較的多い鉱物ではあるが、如何せん危険な依頼のため、高額の報酬がついていても受ける冒険者は多くはない。まず、一番の敵は寒さである。ただでさえ寒かったこの地方の気温がさらに低くなるのだ。さらにそれに加えてこのあたりに来ると、危険な猛獣が出没し始める。報酬は高価であるもののそれでも採取系の範疇を超えないため、危険を冒してまで受けようというものはいないのだ。それでも二人はここまで登ってきていた。単純におもしろそうだというのもあったが、極限の寒さを体験してみたいというのもあったのだ(面白そうだという理由で極寒の山頂付近まで昇ってくるリュウセイもやっぱりどこかおかしい)。
雪を掻き分けながら道に沿わされたロープ伝いに進んでいると目印となる赤い看板が見える。
「この辺か?さっさと終わらせて、さっさと降りちまおう」
雲に隠されてうっすらとしか見ることができないが、街が小さく見えるほどにも大分上まで上がってきている。このままでは雪山の中で野宿することになる。そのための道具も一応持ってきてはいたが、できればごめんこうむりたいというのが本心。
「俺は地面。お前はその大剣で崖を削ってくれ、さっさと、かつできるだけ多く見つけて急いで降りるぞ!」
二人は自分の道具を手に持ち、さっそく鉱石を掘り始めた。
「三つしか見つからないとは思わなかったな……。あの依頼がどんだけ割のいい仕事だったかがわかるな……」
リュウセイは手の中で鉱石を転がしている。あれから三つしか見つからなかったことに二人は不満を垂れ流しながら駆け足で山を下っていた。辺りはすでに暗くなっており、ランタンがなければ動くことができない。
「しっかしさすがに暗くて怖いな……」
静けさが暗闇を助長し恐怖を高めていく。耳に過敏に届く草葉の揺れる音が恐ろしい。自分たちの雪を踏みしめる音にさえ、恐怖を感じるほどだった。無意識のうちに二人の距離が近づいていき、肩が触れるほどの距離まで近づいていく。
次の瞬間、二人は自分たちではない雪を踏みしめる音を聞く。微かではあったが確実に耳に届いたそれに反応し、二人は一度足を止める。着実に近づいてくるその足音を聞いた二人はアイコンタクトで意思を一致させた。
ユウキがリュウセイに見えるように三本指をさす。二本、一本と指が減り、指が全部折り曲げられた瞬間、二人は全速力で山道を下りだした。相手が何かわからない以上、この坑道は極めて悪手であるとしか言えないが、恐怖で頭がいっぱいになっている二人にそんなことを気にする余裕はないし、後ろを振り返る余裕もない。追ってくるものが何者かわからないまま、二人は全力で走り続けた。
何分走り続けたかもわからないほど走ったとき、二人はようやく街にたどり着いた。リュウセイは手に持ったランタンを投げ捨て、二人は武器を手に戦闘態勢に出る。しかし、彼らの視線の先には静けさがあるのみで謎の生物は追ってきてはいなかった。五分以上緊張を解くことなく待ち構えるがそれでも先ほどの生物が来る様子はない。そのことに安心した二人は緊張を解きほっと溜息を吐いた。いきなり鬼気迫る表情で剣を抜いた二人に注目が集まり、町の入り口に野次馬が集まり始める。
「なんでもないからとっとと解散!騒がせてしまって申し訳ない!」
リュウセイの声に従い、野次馬はすぐに散っていく。野次馬が程よく散ったところで二人は顔を合わせる。
「しっかし、あれはあの時のクマか?暗い分本当に怖かったわ。まじ心臓止まるかと思った」
「追ってこなかったのは本当に奇跡だったな。俺もそれなりに冒険者やってるけど環境込みであそこまで怖かったのは初めてだわ」
二人はそのまま門の近くに座り込み、小さく笑い始めた。恐怖を通り越して逆に笑ってしまうというのは初めての体験だった。二人は立ち上がると再び歩き始める。二人の脳裏にあるのは一つの懸念。あのクマが人を襲うとなれば、あの集落は本当にまずい。もう一度あの集落を見て回ろうと思ったリュウセイであった。
恐怖の夜を乗り越えた二人は、依頼を受けずに街中を散策していた。理由としては二つ。単純に街を見て回りたかったというのが一つ。もう一つが昨夜の出来事が思った以上に心に来ていたからだ。昨夜の出来事は一般人どころか、冒険者でも一部を除いて絶叫ものであろう。二人が叫ぶことなく逃げられたのは胆力が優れていたからかわからないが、それでも恐怖はしっかりと感じていた。
一度心の休息をとることにした二人は街の中をぶらぶらと歩き回っていた。ランチも済ませ、これからどうしようかと裏路地を歩いていた時、二人は同時に足を止める。
「おい……、あいつ……」
ユウキは空き地に置かれた長椅子に座っていた人物を指さす。金管楽器のようなものを持ったシュバルがおり、ぼーっと空を仰いでいる。その姿を見た二人は無言のまま、アイコンタクトと手の動きで意思疎通をすると行動を開始する。ユウキがその場に残り、リュウセイが彼を挟み込むような位置に移動する。そのまま、じりじりと距離を詰めていき、先に彼と接触したのはユウキのほうだった。
「兄ちゃんどうしたんだい?いっつもここで吹いてんのか?」
ユウキは長椅子の隣に座るとそのまま手を肩に回す。いきなり肩に回された手を払いのけ、そのまま立ち去ろうとしたシュバルであったが、そうは問屋が卸さない。反対側から接近していたリュウセイが挟み込むように隣に座り、同じように肩に手を回す。
「ひどいな兄ちゃん。いきなり逃げるなんて。俺たちのこと忘れちまったのか?」
安いチンピラ風のセリフで話しかけた二人の顔を見てシュバルは一瞬驚いたような表情をし、次にバツの悪そうな表情に変わる。二人に囲まれたシュバルは逃げられないと悟ったのか、渋々といった感じで長椅子に座りなおす。
「あ、あんたたちかよ……。そ、それで?何の用だよ」
「いや、散歩してたらいたからさ。まだあの時のお礼もしてもらってないしぃ?話したこともなかったから話してみようかと思ってさ」
ユウキの言葉にさらに眉間にしわを寄せたシュバルはうつ向きながら礼の言葉を紡ぐ。
「いや……、あの時は本当に助かった……、逃げたのは悪気があったわけじゃなくて……、その……、単に助けてもらったことなんてなかったから驚いちまってよ……」
「まあ、別にどうでもいいんだけどさ」
ユウキの興味は既に楽器のほうに移っていた(自分からつっかけておいてこれとはとんでもねえ男である)。トランペットのようなそれは、表面の光沢は失われところどころ錆びてはいたものの、形状はしっかりと保たれていた。
「それ、吹けんの?」
「一応音楽家志望だから吹ける、かな。まあ今の俺の腕じゃ自称も名乗れやしないけど」
「じゃあ吹いて見せて。大丈夫!因縁つけてくる奴らは俺らがぶっ飛ばすから。なあ?」
「ああ、俺も単純に興味あるし、なにより久しぶりにそういうのを聞きたいな」
二人の目を見たシュバルは一息吐くと立ち上がる。そして楽器を口につけると高らかに吹き鳴らし始めた。
「いや、よかったよ。うまくはないけど楽しくなった。心が躍った」
日も暮れ始めたころ三人は集落に向かって歩き始めていた。単にもう少し話をしたかったのと、家に帰っていないというシュバルを家に引き戻すためである。しっかりと腕を組み、引きずられる様に歩かされているシュバルはすでに抵抗の意思を失っていた。
「久しぶりに聞いたけど、やっぱり音楽っていいものだな。うん。それだけで楽しくなれるっていうかさ」
シュバルの両脇を抱える二人は歩きながら彼の演奏を評価していた。こちらの世界に来て全く機会がなかった音楽を聴いてユウキは久しぶりに音楽での高揚感を覚えていた。彼の演奏は決してうまいとは言えなかった。しかし、その演奏は彼の気持ちが伝わってきて、心を揺さぶるいいものであった。どんなに下手であったとしても楽しめれば問題はない。そもそも音楽というとはそういうものである。
「でもうまくはないんだろ。それじゃ意味ないじゃないか」
「うまいだけが音楽ではないだろ。そのうちうまくなるだろうし、楽しませるのが音楽だぜ。詳しいわけじゃないけどセンスあると思うぜ俺は」
ユウキの言葉にシュバルは照れたようにうつむく。話しているうちに集落にたどり着いた三人は張り詰めた雰囲気を感じ取った。
集落に足を踏み入れていくにつれてそれは顕著になっていく。何事かと思い、シュバルを開放して話を聞こうと思ったその時、シリウスが二人めがけて駆け寄ってくる。
「お二人と……、シュバルか。お前は家に戻って母さんのところにいろ」
いつもであればこのようなことを言われても突っぱねるシュバルであったが、今回は違った。父の焦った様子と声色で察し、素直に自宅へ戻っていった。
「それで、どうされましたか?」
リュウセイの問いかけに混乱し思考がまとまっていないのか、アワアワとしていたシリウスだったが、次第に落ち着きを取り戻し、たどたどしい口調で説明を始める。
「また、食料が攫われていたんです!今度は集落の近くに足元も残っていて……」
「ふむ……」
リュウセイは顎に手を当てユウキもそれを追うように考え始める。そしてしばらく考えた後、リュウセイはユウキのほうに首を向けた。
「どう思う?」
「どうもこうもないでしょ。これは確信犯だ。俺たちがいるときは全く姿を見せなかったけど、俺たちがいなくなってすぐに姿を現した。なんでかは知らないけど……」
「俺たちの有無を理解している、と?」
多分と付け加えたユウキの意見を聞いたリュウセイはすぐに答えを出す。
「すぐに討伐の依頼を出してください。これからすぐに依頼を出せば明日には討伐依頼が出されます。そうすれば正式に俺たちが討伐に出られます」
リュウセイの提案にシリウスは大きく何度も頷き同意する。そもそも、同意以外の選択肢は彼らにはないのだが。早速シリウスはギルドの集会場に向かい、二人は彼が戻るまでの警護に着いた。彼が戻ってくるまでの間にやはり姿を現すことはなく、すぐに日も暮れてしまったため、その日は何もすることができなかった。
「「は?ほかの冒険者が受けた?」」
翌日、入念に準備を済ませた二人は話を聞くなり素っ頓狂な声を上げた。
「ええ。三日ほど前に他所の地方からいらっしゃったDランクの冒険者のパーティが依頼を受注して先ほど出てしまわれまして……」
「まじかよ……」
予想外すぎる出来事に二人の脳の処理が追い付かない。まさか他の冒険者が受けてしまうとは思わなかった二人はこめかみを抑えながら立ち尽くす。
「てか、人の指定とかかけていかなかったか?そう聞いてたんだけど」
「あなた方にかけられていましたが強引に話を進められてしまい……、最終的にはサインも書かずに行ってしまわれました……」
「なんでそいつらに依頼書見せちまったんだよ……」
「依頼書の中に誰かが混ぜ込んでしまったようでして……。回収しようとしたときにはもう……」
二人は大きくため息を吐きながらそのパーティを強く恨む。余計なことをしてくれやがって、という気持ちが一番強かった。しかし、彼自身、悪意があって行ったわけではないようで、混ぜ込んだのも彼ではないとなれば彼を責めることはできないだろう。
「どんなパーティだった?」
「男性の戦士の方が一人に、女性の弓手の方が一人。男性の剣士の方が一人でしたね」
「こんの3Pパーティが……」
とんだ言いがかりである。
「どうする?追うか?」
「もう追いつけないでしょ。それに山の奥に入れば入るほど雪降るんだからそれで迷ったら本末転倒だ」
「それじゃあ俺たちにできることは、謝罪して警護に着くことだけか……」
「本当に申し訳ございません」
謝辞を述べるシャロンに背を向けるそのまま職員に背を向けて歩き始めた。外に出ようとした時、リュウセイがくるりと振り返る。
「その冒険者の処分はそっちで任せるから。公平な処分を頼むよ」
暗にそのパーティを処分しろよ、という意味の込められたリュウセイの言葉に目じりを下げていた職員は毅然とした表情に変わる。
「もちろんでございます。行ってらっしゃいませ」
その後集落に行き謝罪をした二人であったが、そもそも今回の件は二人のせいではない。珍しく三人揃っていたシリウス家の住人は二人のことを快く許した。
しかし、それでは人として悪いと思った二人は、その日一日集落の警護に無休で付いた。その最中で出してもらったスープが暖かくて仕方なかった、というのはリュウセイの談である。




