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冒険、始めちゃいました。  作者: カイナベル
第二章 海の町編
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第二十七話 救出依頼、開始しました。

 船がフィリウスの海岸を離れてから二時間ほど。並んで甲板に立つユウキとオルトの二人はじっと海を見つめていた。海を睨みつける瞳は真剣そのもの。波の動き一つですら見逃さんとしていた。が、集中力というのはそう長くは続かない。先に集中が切れたユウキが船べりに寄り掛かる。そして隣に立つオルトに話しかける。


「ふう、あんまり気張ってても仕方ないから適当に話でもしようぜ。このあたりは捜索の範囲外なんだろ?」


「そうはいってもな…」


 しかし、緊張しすぎても後のパフォーマンスに響く可能性だってある。そのことを考慮すれば気が抜ける今のうちに抜いておくのが、得策といえるだろう。しかし、今回の作戦の指揮を任されているオルトはそうやすやすと気を抜くことはできない。自分のミス一つですべてがご破算になることだってあるのだ。それがわかっているオルトは反論する。


「船が破壊されているとなるとこのあたりまで流れてくる可能性だってあるんだぞ。それに俺は全部をまとめる責任者だ。そうやすやすと気を抜けるわけがないだろう」


「だからこそだよ。一番大事な指揮官だからこそ大事なところで力を発揮してもらわにゃ。そのためには今気を抜かないと」


 しかし、そんなことはユウキだってわかっている。それを重々承知の上でオルトを気遣って先のようなことを言ったのだ。さすがにそこまで猿ではない。寄り掛かっていた身体を海の方へ向けた肘をついたユウキは先ほどまでの軽い口調とは一転した重苦しい口調に変わり、オルトに疑問をぶつける。


「でもぶっちゃけた話、どのくらいの確率だと思ってる?」


 疑問の中にある曖昧にぼやかされた部分の意味を察し、オルトは目を閉じて数秒の間考える。こういう思考はまだまだ経験の浅いユウキよりも海とともに何年も冒険者をしてきたオルトの方が正確であるのは言うまでもない。スペシャリストであるオルトが思考の末に出した結論は


「……生きている確率は相当低いだろうな。死体を見つけるだけでも五分五分っていったところか」


 絶望的なほど低い数字だった。当然と言えば当然である。突然の何者かの襲撃による肉体へのダメージ。真水どころか泥水すら無い真っ青な海。海に潜む危険生物、広大な海を一人で彷徨うことによる精神の摩耗。こんな中で着の身着のままで生きられる方が不自然というもの。生きていられるだけで奇跡である。


 彼の一言で予想以上に重くなってしまった空気を嫌い、ユウキは出来るだけの力で空気を戻そうとする。


「でもよ。ゼロじゃないだけましだろ。ゼロじゃないなら残ってる希望にすべてをかけて救出するだけだ」


「…そうだな。まだ生きてる可能性があるだけましか。よし、そうと決まればまた見張りをするぞ!」


 うへえ、と声を漏らしながらユウキは海に目を向ける。その眼前にはひたすらに青い海が広がっており、見飽きた光景に思考がダレていく。思考のダレは筋肉の弛緩を誘発し体から力を奪っていく。自重で船べりに体を落としたユウキはそのまま思考を、来たるその時まで放棄しようとしたところでそれを妨げる声が上がる。


「おい!船の残骸らしいものが浮いているぞ!」


 意識が覚醒したユウキは即座に人垣を掻き分けながら男の近くに駆け寄り確認する。男の言うとおり、残骸が波に揺られておりその数は一つや二つではない。大小さまざまな多くの残骸が浮いており、その中には見るも絶えない形になってしまった調査団の人間の死体も混じっている。ユウキが調査団の人間に祈りを捧げていると、状況を確認したオルトが甲板の人間に指示を出す。


「恐らくこのあたりだ!。目標地点には少し早いがこのあたりから捜索を開始する!」


 オルトの指示によって船全体が騒がしくなっていく。甲板は人間でごった返し必要な物資が次々と出されていく。船内から出てきた冒険者たちは各々の武器で武装しており首にはマスクがかけられている。


「警戒を忘れるなよ!襲撃者も近くにいるかもしれないぞ!」


 付け加えられた一言で船全体の緊張感が増す。真正面から戦うのも危険、ましてや救出中に襲撃を受けたらさらなる被害を被ることになる。そうなれば救出もままならず徒に数を減らすことになりかねない。オルトの一言で何人かの冒険者がマストに上り周囲の観察に入る。他の冒険者も鋭い視線で周囲を見回している。


 その一方でユウキは海面を覗いていた。そして海面に向かって指笛を吹き鳴らした。その音に気付いたオルトが不審そうにユウキのもとに近づいていく。


「何やってんだ?海面に向かって」


 それに気づいたユウキは唐突に着ていたジャケットを脱ぐとオルトに投げ渡す。いきなり飛んできたそれを慌てながらも受け取ったオルトはさらに困惑を深めながら彼に問いかける。


「おい、何するつもりだ?」


 問われたユウキは大剣を下ろし船べりに立ちあがる。海に向けていた身体を甲板の方に向け、わざとらしく腕を広げながらオルトに向かって答える。


「出発する前に言っておいただろ。俺はたった今から別行動だっ、よっと!」


 ユウキはそのままの体勢から後ろに倒れこみ海に飛び込んだ。数秒も立たないうちに水音が響き渡り、フリーズしていたオルトの金縛りが解ける。驚きの光景に目を疑ったオルトが海を覗き込むと、水面にはユウキが浮かんでおり、その周囲をイルカたちが取り囲んでいた。イルカたちは何度かユウキの周りをくるくると回ったかと思うと、ユウキの前で止まる。ユウキは、二、三度首を振ったかと思うとイルカの背びれに捕まり、大海原に進みだす。その速度は人間が泳ぐよりも数段速く、どんどんと船から離れていく。それを見届けたオルトは彼の奔放さに頭を抱えながら、小さくつぶやいた。


「あいつが言ってたのはこのことだったのか…。しかしあいつは何時から調教師になったんだ?」


 オルトは頭を抱えながらも、しかしこれは現状の最善手であると考えた。冒険者たちでは単騎での広範囲の捜索は出来ない。しかし海の生物であれば。冒険者たちよりは比較的安全に捜索ができるだろう。ユウキも本人を見つけた際の意志疎通として役立つ。


 ならば彼らにできることは一つ。捜索を続けながらユウキがレギーを発見、あるいは保護してくれるのを待つだけである。もちろんだが捜索は続行する。しかし、広範囲の捜索は彼らに任せよう。そう思ったオルトは指示を出すために甲板の中央に戻った。


















「しっかし、ほんとに生きてんのかね?俺だったらとっくの昔に死んでるな」


 海の中を進むユウキとイルカたちはレギーの捜索にあたっていた。イルカたちの機動力を生かした捜索網は着々と広がっていく。イルカたちも一度レギーがフィリウスで停泊していたのもあり、顔を覚えている。さらに冒険者たちでは出せない広さを叩き出す捜索網にかかればレギーを発見するのも時間の問題だ。


「大丈夫か?」


 ユウキはイルカたちの変化に気付いていた。ユウキが背びれに捕まった時から既にずっと彼は震え続けている。あの時のサメ以上の恐怖。それを本能的に感じているため震えている。が、それでもユウキのために彼らはついてきた。なぜついてきているのかは正直疑問ではあるのだがユウキは命すらいとわないその勇気に敬意を表している。彼らの頑張りに報いなければ男としてメンツが立たないだろう。


「見つけたらその時点で即とんずらだ。それまでは頑張ってくれ」


 ユウキは声をかけながら優しく背を叩く。ユウキの激励に応えるようにイルカは泳ぐ速度を上げる。顔にかかる水をマスクで弾きながら、ユウキは捜索を続ける。


 捜索を続けること、おおよそ十分。事態が動く。一体のイルカがすごいスピードでユウキの隣につき、何かを伝えるように甲高い声で鳴き始める。それを見たユウキは一度進むのを止め、耳を傾ける。


「どうした?見つかったのか?」


 イルカは首を縦に振った。それを見たユウキは一気にテンションが上がるのを感じた。


「よし!案内してくれ!頼んだぞ」


 ユウキは捕まっているイルカを叩き、先導しているイルカについていくよう指示を出す。イルカたちは泳ぎはじめ、ぐんぐんと速度を上げていった。


 背に捕まることおおよそ五分。船からそこそこ離れたところで先導していたイルカが停止する。

その近くに浮かんでいる残骸に捕まるようにして浮いているレギー。その姿を見た瞬間、ユウキは魚雷のように泳ぎ始め、彼の横に付く。


「おい。おい!大丈夫か!?おい!」


 ユウキが体を揺らしながら大声で問い掛けると蚊が鳴くような呻き声を上げる。この瞬間、一パーセント以下の確率を覆った。まだ生きていることを確認できたユウキは隣に佇んでいたイルカの身体にレギーを乗せ、軽くロープで縛りつける。そして自身のつけていたマスクを彼の顔に装着した。


「よし、頼んだぞ。溺れさせないようにな」


 しっかりと固定できたことを確認するとイルカの背中をさすりながら声をかける。それに呼応して鳴き声を上げるとイルカはゆっくりと泳ぎ始めた。それを見送ったユウキはもう一度イルカの背に捕まると潜水の指示を出した。その理由は周囲の索敵である。


 この近辺には調査船を破壊できるほどの生物が存在している。その生物に今送り出したレギーを攻撃されてはたまらない。それでは何のために今回船を出したのかが分からなくなってしまう。そのため、周囲を索敵しておくことで安全確認、あるいは囮としての引き付けを行うことにしたのだ。


 ユウキ達は水中の様子を窺い始める。今のところは特に異常は見られない。が、数分もと経たないうちにユウキの目は異質な存在を捉えた。ゆっくりと黒い塊がその体に殺気をみなぎらせながらユウキ達に近づいてくる。それを見たひとりと一匹は上昇してレギーの場所を確認する。少なく見積もっても船の間を半分以上進んでおり、あと一分も立たないうちに船に到着できるとユウキは読んだ。続いて黒い塊を見る。ゆっくりと進むそれは確実にユウキとの距離を詰めている。身体からみなぎる殺気はユウキに確実に友好的なものではないことを容易に分からせる。レギーは問題なく船に辿り着けるだろう。しかしユウキはやばい。このままここにいては命が危ない。そう感じたユウキはイルカに指示を出し、その場から猛スピードで離脱し始めた。












 捜索隊の面々は警戒しながら周囲を捜索し続けていた。ユウキほどの捜索範囲は取れないものの数を活かした正確な捜索を続ける彼らの一人が変化を発見する。


「おい!何か近づいてきてるぞ!」


 一人が指さした方向に全員が注目する。その先にはレギーを背負いながら進むイルカの姿があった。イルカが背負っているものの正体に気づいたオルトは、即座に近くの冒険者に指示を出す。


「縄を下ろして、彼を引き揚げに行け!他のものは救護の準備と周囲の警戒だ!」


 指示を出された冒険者は船から縄を下ろし、こなれた動きで降りていく。船上は再びあわただしくなり、甲板には救護のための道具がそろえられていく。海に降りた三人の冒険者は、レギーを結び付けている縄をほどき、つるされている縄に結び付け、引き上げの準備をしていく。


 そんな中、指示を出しながら周囲の警戒を行っていたオルトがもう二(・)つ(・)、船に近づく何かを発見する。そのうちの一つはイルカに捕まったユウキ。鬼の形相で何かを叫びながら迫ってきている。しかし、もう一つは何かわからない。が、海面に映る影の大きさからまっとうなものではないことを理解する。


「どうしたぁ!?何があった!?」


 オルトが大声でユウキに問いかけるが波を切る音で叫ぶ声がかき消されてしまいうまく拾うことが出来ない。が、オルトが何かを言ったということは理解した。ユウキの視界に映ったのはレギーを引き上げるために準備している冒険者三人。これを見たユウキは状況を瞬時に判断すると今までで一番の怒声を張り上げた。オルトの質問に答えるつもりはない。ただ今やるべきことを伝えた。


「急いでそいつをを引き揚げろぉ!急げぇぇぇ!!!」


 ユウキの言葉にオルトたちは困惑し、一瞬行動が止まる。 


「早くしろぉぉ!!!急げええぇぇ!!!」


 しかしユウキに急かされたことによって、三人の冒険者はレギーの体の固定を途中で切り上げ急いで甲板の冒険者に引き上げを指示する。固定が終わっていないレギーの身体が上がるたびにふらつく。ふらつく体を必死に抑えながら、三人の冒険者は船へと戻っていく。


 それを確認したユウキは軽く息を吐いてチラリと後方を確認する。が、ユウキの視界には青い海しか映らない。いままでユウキを追っていた影がなくなっている。異変に気付いたユウキは緊張しそれを感じ取ったイルカの動きも止まってしまう。


 ユウキは腰につけたポーチに手を伸ばしナイフを取り出す。泳ぐのに邪魔になってしまうため大剣は船に置いてきてしまっている。もしも先ほどの影が船を襲撃した生物のものであるならばナイフは非常に心もとないがないよりはましだと割り切る。右手に持ったナイフを構えつつ、周囲を見回し先ほどまでユウキを追いかけてきていた影の存在を探す。


 ユウキの緊張が最高まで高まり感覚が敏感になっていく。環境音を普段より多く拾ってしまい、視界の端で跳ねる水滴が普段よりよく見える。 


 しかしこの一連の流れはユウキにとって非常にまずい行動であった。いつ、どこから襲撃を食らうかもわからない上に海の中では素早い回避ができない。今襲撃を受けたら回避もできないまま直撃してしまうだろう。それは上から見ているオルトたちにも明らかだった。が、今のユウキは動けない。正確にはユウキの乗っているイルカが動くことが出来なかった。恐怖で体が動かなくなってしまっておりもはや震えるだけの機械になっている。


 上から見ていたオルトもこの状況の危うさを理解していた。緊張感が最高潮に届いたころ、オルトは異変に気付いた。ユウキの下から影がせり上がってくる。次第に濃くなる影は下から何かが上がっていることを如実に伝えていた。下からきていること、さらに徐々に色が濃くなっている影響でユウキはそれに気づいていない。ユウキに危機を伝えるためにオルトは声を上げようとするが、彼が行動に移った時にはすでに手遅れだった。それでもオルトはユウキに危機を伝えるために声を上げた。


「下あああぁぁぁーーー!」


 かろうじてオルトの声を聴き取ったユウキは下を向く。既に彼の下の水面が黒く染まっており、同時に何者かの接近を感じ取ってしまった。その瞬間、全身に寒気が走り体中を冷たいものが駆け巡る。次の瞬間ユウキのとった行動は


「ヘイ!!!」


 恐怖で震えているイルカを逃がすことだった。背中を強くたたかれたイルカは正気を取り戻し、圧倒的な遊泳スピードで黒く染まった水域から離脱する。この場に善意だけで付いてきたイルカを自分のせいで殺すわけにはいかない。彼らにそこまで痛みを与えるつもりはなかった。それゆえの行動である。


しかし、イルカが逃げ出したということはユウキはその場に取り残されるということ。泳ぐのに慣れているわけではないユウキでは遊泳スピードはイルカとは比べるまでもない。逃げきることはできない。


 イルカが水域から抜け出した次の瞬間、影が水面を突き破り鼻づらをのぞかせた。その鼻、もとい全身は薄い灰色ががっており、黒の横縞が入っている。平らな灰色の鼻はユウキの腹部を捉えものすごいスピードでどんどん押し上げていく。ユウキの身体が押し上げられ、最終的には船の甲板よりも高い位置まで打ちあがった。そこでようやくその生物の全貌があらわになる。


 長く細い体は見るものには強い嫌悪感を持たせる。その生物の名前はウミヘビである。しなやかに海中を進む海の暗殺者である。

 

 ウミヘビに打ち上げられ、宙に浮き、踏ん張りのきかないユウキは何の抵抗もできない。ただ空中から唖然としながら彼らを見ている冒険者を見下ろすことしかできない。宙に浮いたユウキは小さく悪態をつく。


「ああ……、また下からかよ……」


 ユウキが悪態をつき切ったところでいきなり上方への力が抜け浮遊感に襲われる。重力と情報への力が拮抗したところで、ユウキがチラリと蛇の方を向くと、先ほどまでユウキを押し上げていたその口を大きく開き、鋭い牙をのぞかせていた。


 その行動を見てユウキはその意図をはっきりと理解する。が、理解できても対処ができない。ユウキの心理とは関係なく、身体は重力に従って落ち始める。その向かう先はもはや言うまでもあるまい。


 誰も何もできないまま、ユウキが蛇の口の中へと落ちていくのを見続ける。そしてユウキの姿が船の皆から見えなくなった瞬間、蛇はゆっくりとその口を閉じ、海面にその長い体を叩きつけた。水しぶきが上がり冒険者たちを現実に引き戻す。


 ユウキを飲み込んだ巨大ウミヘビは船に目標を定めた。呼応するように冒険者たちの闘志をみなぎらせて武器の切っ先を掲げた。




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