第二十三話 問題児、泳ぎの練習をしました。
オルトの過去を聞き、自身も家族のことを思い感傷に浸った次の日、二人は泳ぎの練習をするために街の中にある港に来ていた。ユウキは上に来ていたジャケットを脱いでカットソー一枚になっており、オルトに至っては上半身裸で下は半ズボン一枚になっている。相当の薄着であるが、オルトの恰好はさほど珍しいものではなく、同じく港にいるものは男女問わず、かなりの軽装で船から積み荷を降ろしたり泳ぎを楽しんでいた。
二人は持っていた荷物を港の一角に置くと、自分の荷物から金属とガラスで作られたマスクを取り出した。これが水中呼吸専用のマスクであり、この中にサンソウを加工したものを入れて使用する。この二つを使うことで水中でも呼吸をすることが出来、依頼がぐっと楽になる。間違いなくこの町で冒険者をするうえで最も重要といえるアイテムだろう。
二人がマスク片手に荷物から目を離し立ち上がるとオルトが快活な声を上げる。
「それじゃ始めるか! マスクの中にこいつを入れろ」
白い布の塊を手に持ったオルトは自分のマスクの中にそれを入れる。それに倣ってユウキもマスクの中にそれを入れる。マスクにはポケットがついておりそこにぴったりとはまるようになっている。入れ終わったことを確認したオルトはユウキの方を向く。
「ハンドサインの確認をしておくぞ。家で予習したことは覚えてるか?」
ユウキはオルトの動きを見ながらハンドサインを確認する。その数はおおよそ十個ほど。それだけあれば意思を確認しあうには十分だった。
ハンドサインを確認した二人がマスクをつけると、お互いに顔が見えなくなり表情を確認できなくなる。ユウキのマスクを確認したオルトが小さく頷くと彼はユウキから視線を外し海の方に体を向ける。
「行くぞ! 突撃いいい!」
オルトはくぐもった喜びの声を上げながら海に飛び込んでいく。その動きは非常に洗練されておりまるでプロの水泳選手のよう。水しぶきとともに海に沈んでいったオルトを見届けたユウキは水面に上がって来たオルトに促され、海に脚から飛び込んだ。
全身が水に沈んだユウキのマスクの中に大量に水が浸入し、マスクの中は即座に水でいっぱいになる。ユウキは驚きで咄嗟に目をつぶってしまう。水が顔を撫でる感覚が襲いユウキは体を硬直させる。どうしようかと困惑していると徐々に水の感覚がなくなっていく。ユウキが恐る恐る目を開けると、マスクの中に水は入っておらず空気で満たされており問題なく呼吸できる状態になっていた。呼吸ができるという安心感からユウキは体の力が抜け、硬直が解ける。体の力が抜けたことで体が浮き上がっていき、水中から顔が出る。
「すげえ!ほんとに水中で呼吸ができた!」
マスクを取ったユウキはオルトに向かって歓喜の声を上げる。その声に同様にマスクを取ったオルトが答える。
「何だ、信じてなかったのか?」
「正直、信用してなかった!」
笑いながら言われたユウキの言葉にオルトは一抹の悲しさを覚えながらも指導を本格的に開始することにした。
「これから泳ぎを教えるが、俺は言葉で説明すんのが苦手だ。俺の真似して泳いでみてくれ。細かいところは気にしなくてもいい」
「アイサー」
そう答えたユウキはマスクを再び装着し、泳ぎ始めたオルトを観察する。彼の泳ぎは非常に洗練され、水の抵抗を感じさせないほど速く、その泳ぎはまるでイルカのようだった。
三分間じっくり観察したユウキはやっと海面に顔をつけ、泳ぎ始めた。泳ぎをしっかりと観察しているだけあり最初よりかは速く泳げている。が、さすがにオルトのように速くはならず慣れない水の抵抗にも苦戦し、一分ほどでユウキは泳ぎ続けることが出来なくなってしまう。泳ぐのをやめたユウキはゆっくりと水の中を進み、オルトのもとへ向かう。
「いや、きっついね。慣れてないってのもあるけど」
「まあ慣れてないからそうだろうけどよ、お前何で服着てるんだ?脱いだほうが泳ぎやすいぞ?」
オルトは浮かんだままユウキのことを指さす。彼の纏っているカットソーはすでに濡れているところがないほど水に浸っており、ユウキの身体に纏わりついている。それを脱いだほうが泳ぎやすいのは明白であり、オルトはそれを脱がないユウキにずっと疑問を持っていた。
「いや、オルトはこの街だけかもしんないけど、俺はこれからいろんなところに行こうと思ってるから、その時どんな状況で泳ぐかわからないから一応着たまま泳げるようになろうと思って」
「まあ、考えがあるなら止めないが、ほどほどにな。それより五分経ったからサンソウの交換だな、……と言いたいがとりあえずまずは泳げるようになってからだな。マスク預かってやるからそれ外せ」
ユウキは言われるがままにマスクを外し、オルトに投げ渡した。マスクを外して水中での呼吸ができなくなったユウキは再び泳ぎ始める。今度は息継ぎをしながら泳ぎ始めた。それを見ていたオルトはそれを追うようにして横を泳ぎ出し、ユウキの泳ぎを泳ぎながら修正し始めた。
みっちり三時間ほどオルトからの指導を受けたユウキは、最初より泳ぎが改善されかなり速くなっている。
「しかし、上達が早いな。もともと泳げないってわけじゃなかったんだろ?」
「一応海に体をつけたことはあったけど、前にやった泳ぎはいわゆる水遊びだったから、泳ぎの練習には入らんでしょ。そんなことより一回上がらん?腹減ったわ」
「それもそうだな。一旦休憩して飯でも食いに行こう。そんで午後からまた特訓だな」
そういった二人は海から上がり、荷物を持って歩き始める。が、その歩みはすぐに止められることとなった。
「おーい、そこの問題児二人!ちょっと待ってくれー」
自分たちを呼び止める声に二人が振り返るとそこにはギルドの礼服を上だけ来ていない大男が駆け寄ってきており、それを見たオルトは表情を歪ませる。
「ゲッ、おっさん」
見覚えのある顔にユウキが記憶をたどるとすぐにそれがマリチアのギルド長であることが思いだした。あの時の威厳ある壮観な表情とは真逆の焦ったように威厳のない表情で近づいてくる男を足を止めて待ち構える。
「ちょうどよかった。匿ってくれ」
「またさぼりか?いい加減にしねえとフォートさんの胃に穴が開くぞ」
「おとといからずっと缶詰で、今やっと目を盗んで抜け出してきたんだ。それより飯でもどうだ?」
「おっさんが奢ってくれんだったら」
オルトは目線でユウキに確認を取り、ユウキがサムズアップをするのを見ておっさんと呼ぶ大男の提案の了承する。
「それじゃ行くか! そのうちここもばれそうだ」
オルトとユウキの二人は大男に押されるようにして、その場を後にする。
「さ、着いたぞ!ここが俺のサボりスポットだ。さっさと入るぞ!」
大男に押された二人は店に入れられるとそのまま店の奥に案内される。ここで男徹とを見比べたユウキは、男の大きさに驚愕した。明らかにユウキより大きなオルトよりさらに大きく身長は二メートル近くある。腕は丸太のように太く、来ているワイシャツは男の発達した胸板に押されて、ボタンは今にも弾けそうになっていた。
男の案内されるまま、奥の席に座るとユウキの対面に座った大男は気さくに口を開く。
「そういや、新しい方にはまだ自己紹介していなかったな。俺はレンゾ。一応この街のギルド長を務めさせてもらっている。よろしく」
「ほう、あなたがオルトをボッコボコにしたという……。俺はユウキ、流れの冒険者だ」
「おう、問題児詳しいな。ミーニャあたりに聞いたのか?」
男は気さくに笑いながら、ユウキに手を伸ばす。その手をつかみ取ったユウキはその手の巨大さに驚かされた。ユウキの手より一回りどころか、二回りほど大きい。その手を掴み握手をするとユウキの手が男の手に覆われ、ほとんど見えなくなる。
「遅れましたが、あの時はギルド前で暴れてしまい申し訳ありませんでした」
「ああ、もう気にするな。冒険者なんてあれくらい活気づいているくらいがちょうどいい。あれなら昔のオルトよりましだからな」
運ばれてきた飲み物を飲みながら男はガハハと笑う。その器の大きさにユウキは憧れを抱いた。
「とりあえずは飯を食おう。この店の料理は絶品だぞ!」
数十秒ほど経ち、示し合わせたように皿が三つとパンが入った籠が運ばれてくる。皿の上には白身魚のグリルが載っており、レモンが添えられている。運ばれてきたグリルにまず先に食いついたのはオルト。一緒に運ばれてきたナイフとフォークを手に取るとレンゾに構うことなく、グリルにナイフを入れた。
レンゾはそれを気にすることなく、飲み物を一口口に含むとナイフを持ちグリルを食べ始めた。最後になったユウキもグリルを口に運び食べ始める。
「それよりお前たち二人で何をしてたんだ?」
「俺が泳ぎを教えてもらっていたんだ。あとついでにサンソウの効果確認」
「ああ、お前は他所から来たんだったな。この街は良いぞ。いろんなものが集まってくるし、過ごしやすい。性格の明るい人間も多いしな」
まあ、どいつもこいつも血の気が多いのは欠点だがな。そう呟いたレンゾはかなりの速度でグリルを口に運んでいる。
「ものが入ってくるってことはこの国は貿易が盛んなのか」
「おうよ。この街には大陸の大体のモノがこの街に集まってくるだけじゃなく、この大陸の外のものもここに集まってくる。この街は自他ともに認める最大の貿易都市よ」
「だから港にデカい船が何隻も止まってたのか」
世間話をしながらグリルを食べ進めることおよそ十分。三人はグリルを腹に収め、店を後にした。三人で練習していた港の片隅に戻ると練習を再開する。今度の指導者はレンゾ。彼の泳ぎも非常に洗練されており、オルトと同等、あるいはそれ以上の速さで海中を進む。さらに彼の指導は非常にわかりやすく自分の悪いところがすぐにわかり修正できる。
こうしてユウキが泳ぎの練習をしていると、レンゾのもとに来客が訪れる。
「レンゾさん、またさぼりか? そろそろフォートさんに外出禁止令を出されるぜ」
「おう、アロン。フィリウスからの帰りか? 長かっただろう?」
「おう、三日間船に揺られ続けたぜ」
二人が会話しているところにユウキは近づいていく。するとアロンという男がユウキの存在に気付く。
「ん? 誰だそいつは? 新入りか?」
アロンという男の問いにレンゾが答えユウキの紹介をする。彼の紹介に合わせてユウキも会釈する。
「他所から来たユウキって男だ。あのオルトの後継者だ」
「あのオルトの後継者ぁ?一体何をやったんだ?」
アロンの視線はレンゾからユウキに映り、好奇心の混ざった視線でユウキを見る。彼の視線に答えるためにユウキも口を開く。
「来て三十分くらいかな。集会場の前であの男と喧嘩したよ。それからは拳で語り合った仲だ」
「ずいぶん派手なことするじゃねえか!ずいぶんと若そうなのにな!」
十分ほど三人で世間話をしていると、オルトが三人のもとに帰ってくる。その背後には五人の礼服を着込んだ男が控えており、レンゾはそれを見ると今までの威厳が見る影もなくなるほど、顔を青くし表情を引きつらせた。
「やっと見つけましたよ。さあ、仕事を再開しますよ」
レンゾは逃げようと動き出すが彼は今海の中である。向かうところなく泳ぎ始めてもしょうがない。陸地に上がりたくても五人組が待ち構えているため、陸地に上がってしまえば確実に捕獲される。どうしようもなくなった彼が最終的にとった行動は無条件降伏だった。陸地に上がったレンゾを五人のうち、四人が迅速に彼の四肢を持ち貼り付けのようにして持ち上げる。最後に残ったフォートは案内をしてもらったオルトに一礼するとその場から離れていった。
「絶対に許さないからなオルト……」
「昼飯ごちそうさん!お仕事頑張ってくれや!」
憎々し気につぶやかれた言葉に向かってオルトはにこやかに笑いながら手を振って見送った。それを悔恨の籠った目で見つめるレンゾ。持ち上げられた彼は抵抗することなく集会場に輸送されていった。
残された三人は先ほどのように世間話に興じようとしたが、アロンが仲間に呼ばれ二人のもとから離れていった。再び二人きりになったオルトとユウキは泳ぎの練習を再開する。しかし、だいぶ世間話で時間をつぶしてしまい日も傾き始めていた。最後にひと泳ぎして二人は自ら上がった。
日が傾き、空がオレンジ色に変わったあたりで泳ぎの練習を終え、帰宅し始めた。その道中、ユウキはアロンと話していた時に出た聞き覚えの無い単語を質問する。
「なあ、フィリウスってどこのこと言ってんだ? 聞き覚えがなかったんだが」
「ああ、そこは小さな島だよ。ここから船で三日くらいで着くリゾート地として有名な島でな。ここよりさらに温暖でいろんな特産品があるんだよ。サンゴとかな」
「へえ。泳げるようになったら今度行ってみよ」
二人が帰路を歩いていると彼らの反対から見覚えのある顔が走ってくる。レンゾは一心不乱に全力疾走しており、その後ろをギルドの職員が追いかけている。それを見たユウキは唖然とし、オルトは呆れたようにため息を吐いた。
「たったこんだけでもあのおっさんは……。とりあえず捕まえるぞ!」
「よっしゃ」
二人は身構え、レンゾとの接敵に備えた。二人の存在に気付いたレンゾはさらに加速し二人を跳ね飛ばそうと肩を突き出しタックルの体勢に持ち込んだ。
最初に動いたのは二人のうち体格で勝るオルト。レンゾに真正面から向かっていき、彼に向かってタックルを仕掛ける。が、彼が体格に優れているとはいえ、レンゾはそれ以上。オルトは、後方に吹き飛び、背中を打ち付ける。が、レンゾは彼のタックルで減速している。そこを見逃すユウキではない。
ユウキは腿を踏み台にしてジャンプするとレンゾの肩に飛びつき、そのまま全身を使ってレンゾの顔面を包み込む。その行動に驚いたレンゾはたたらを踏み脚を止める。その止めた脚にオルトが絡みつくことでさらにレンゾの行動を封じる。レンゾは倒れこみ、顔にユウキが絡みついているため立ちあがることができない。こうしている間にギルド職員がすぐに追いつき、暴れるレンゾを八人がかりで担ぎ上げ再び集会場へ輸送していった。
それを見送った二人はフォートから感謝の声を貰う。一日に二度も上司に逃げられたレンゾの部下であるフォートの大変さにユウキは同情し、彼に祈りを捧げた。家に着いたユウキは挨拶もほどほどに部屋に戻り、ベットに倒れこむ。
水泳の後の授業は眠くなるとよく言う。プールよりも過酷な海で泳ぎ続けたユウキの身体に疲れが一気に襲い掛かりユウキの意識は深く深く沈んでいった。




