第二十話 喧嘩の相手、お友達になりました。
「いい加減にしろ!」
あと一秒もしないうちに二人が接触しようという時、突如として怒声が響き渡る。その声に二人は脚を止めその方を見る。そこにはギルドの礼装を若干着崩し肌を浅黒く焼いた筋骨隆々の男が立っていた。その人物を見て相対していた男や一山で大騒ぎしていた男たちはギョッとした表情をしている。
「集会場までの道を塞ぎ、挙句にはそれをネタに賭け事まで始める始末!冒険者としての品格を考え直せ!それすらできないなら荷物まとめて故郷に帰っちまえ!」
礼装の男の声に思うところがあるのか人山がざわつき始める。
「血気盛んなのは大いに結構!だが、時と状況をわきまえて行動しろ!以上だ!」
そういうと礼装の男は二人に背を向けて集会場の中に入っていく。興が覚めたのか男の言葉に気圧されたのか人山は徐々に小さくなっていく。それを受けて頭の血が引いたユウキと男は互いに見つめあう。
「申し訳なかった。頭に血が上ってしまったみたいだ……。治療費なら次あった時に請求してくれ」
先に口を開いたのはユウキだった。深々と頭を下げ今までのことを謝罪をする。謝罪を終えたユウキは次に礼装の男に謝罪をしようと中に入ろうとするが、その前に男に肩を掴まれる。振り返ると、そこには頭をユウキ以上に下げた男が立っていた。
「すまなかった!イライラしていたのをお前にぶつけてしまって……。治療費は一切請求する気はない!何ならこちらが払う!」
ユウキ以上の丁寧な謝罪につい戸惑ってしまう。
「いいよ……。俺も思い切り蹴っちまったし……」
お互いにお互いの所業を許しあったところでユウキは足早にその場を後にしようとする。ユウキの鼻からはいまだに血が出続けており、闘争心の解けてしまった今、普通にしていても止めることが出来ないだろう。早いところ血を止めたいユウキは早々とその場を後にしようとするが、背中を向けたところで男から声がかかる。
「ところで、お前今日は宿はあるのか? 今日この街に来たみたいだが……」
「無いよ。これから探さなきゃなんないんだ」
「誰かさんのせいで遅くなったけど」とユウキが悪態をつくと男は顔を上げ、ユウキに提案をする。
「じゃあ今日だけでもうちに泊まっていかないか?部屋ならあるし、俺に償いをさせてくれ!」
律儀な男だとユウキは思いながら思案する。確かに人の家に止まるというのは普通より宿代が浮くかもしれない。が、それ以上に安心ができないというのもデメリットとしてある。が、目の前で頭を下げている男はなぜか信用できる気がしていた。拳で語りあった、昨日の敵は今日の友、ではないが直感的にユウキはそう感じていた。
「分かった。それじゃあ頼むことにする」
「本当か?それじゃあ決まりだな」
男はユウキを先導するようにして歩く、というより走り始めた。ユウキはギルドの職員に謝りたかったのだが、このままいかせてしまっては彼を見失うことになってしまう。そうなると厄介だと考え、仕方なしにユウキは男についていくことにした。
集会場の二階からは礼服の男がユウキ達のやり取りを窓から眺めていた。そばに立っていた男性職員が男に問いかける。
「よろしいのですか?あのまま無罪放免というわけには……」
「いいんだよ。品行方正な君には微妙にわからんかもしれんけど冒険者なんてあれくらいがちょうどいいんだよ。俺も若い頃はあれくらいの喧嘩はしょっちゅうだった」
男は窓の外の二人を見たまま、男の問いかけに答える。戸惑いながら男は「はあ」と答える。
「今回はドアがもげちゃった程度だし特に問題にすることはねえ。今回の事件はこれでおしまい。それじゃあ私はドアの修理でもしてくるよ」
男はジャケットを脱ぎ捨てると部屋を後にしようとする。が、側近の男が即座に引き留める。
「お待ちください。まだ今日やるべき書類と先日放置された書類が残っています。今日ばかりは逃がしませんよ」
側近に背を向けている男の表情は伺えない。が、数秒と経たないうちに男は部屋から飛び出していく。それを追うように側近も共に駆け出した。廊下を走る二人の姿はとてもこの集会場のナンバーワン、ナンバーツーには見えなかっただろう。何度も同じ光景を見ているギルド職員たちからすれば何とも平和な一幕であったという。
男の背中を追い走るユウキは、男が止まったのを見て速度を落とす。男は一軒家の前で止まるとその前で顔の血を洗い流す。ちなみにユウキの鼻血はいつの間にか止まっている。
追いついたユウキが男に倣って顔の血を流し始めると切羽詰まったように小声で話し始める。
「悪いんだが俺が喧嘩したことは秘密にしてもらえないか……」
事情は分からないがばれてはまずい理由があることを悟ったユウキは首を縦に振る。それを確認した男は家の扉を開け中に入っていく。
「ただいまー」
その声を聴いたユウキも後を追うように家の中に入っていった。
家の中には母親らしき女性と子供が三人おり、その全員が肌が浅黒く焼けている。
「あんたずいぶん遅かったわね。どこで何をやってたんだい?」
「ごめんごめん。ちょっとした手違いがあって……」
「それならいいんだけど…。そちらの人は?」
「今日ここに来たばかりで宿がないらしくてよ。泊めてやれねえか?」
「それはもちろん構わないけど……。あんた名前は?」
「ユウキだ」
「ユウキ、ね。ちょっと待ってな」
女性はユウキの名前を聞くと奥へと行ってしまう。それを見送ったユウキが隣に立っていたはずの男を見ようとすると彼はいなくなっており、代わりに小さな男の子たちが立っていた。
「ねー。兄ちゃん、冒険者なの?」
「剣でっかいねー」
「兄ちゃんよりかっこいー」
少年たちの問いかけにユウキはかがんで目線を合わせながら答える。
「俺も冒険者だよ。あと剣には勝手に触るなよ。マジで重いからな」
ユウキが質問に答えていると一番小さな少年がユウキの剣に手をかける。それに従ってユウキは前のめりに倒れる。倒れこんだユウキの上に少年たちが乗り、リュックやらジャケットやらを触り始める。
三人の少年が三人も載ればさすがに重さを感じるといったもの。上に乗られ続けるというのはあまりいい気分にはならない。そのためユウキは三人のうちの二人の足を掴むとそのままゆっくりと起き上がる。背中に乗っていた少年はユウキの背中から転げ落ち、もう二人は逆さづりの状態になり軽く悲鳴を上げる。
逆さづりの少年をユウキは軽く振り回した。すると少年たちは浮遊感に歓喜の悲鳴を上げる。やっと下ろされたころには満足し、笑い転げている。
「ねえねえ僕にも!」
「やだ」
転げ落ちた少年はユウキにせがむが、ユウキは拒否してしまう。それでも質混む頼み込んでくる少年にユウキの方が先に折れ、少年の足首をいきなりつかむと先ほどよりも強く振り回し始めた。
すると、どこかへ行っていた男が戻ってくる。手には見慣れた回復薬の瓶が握られている。
「悪いな。弟たちの世話をしてもらっちまって」
ユウキは少年を下ろすと投げられた瓶を受け取り飲み始める。回復薬の効果で頬に感じていた痛みが和らいでいく。一気に飲み終えたユウキは飲み終わった後で確認を取る。
「一応聞くけど、飲んでよかったんだよな?」
「普通飲んでから聞くか?もちろん俺の奢りだ。だから黙っといてくれよ」
「ねえ何を黙っとくの?」
少年たちから茶々が入るが男は気にしていない。ねえねえと問いかける少年たちを尻目に二人は会話を続ける。すると奥に引っ込んでいった母親が手に毛布を持って戻って来た。
「明日部屋を作るから今日はこの子の部屋で寝とくれ。今日はもう遅いからさっさと寝るんだよ」
毛布を受け取ったユウキは案内に従って部屋に向かう。たどり着いた部屋は剣などが鎮座しておりその奥のベットの上には絵が飾られている。それを見たユウキは床に座る。
ユウキが座って十数秒ほど。ドアの向こうがざわついていることに気付いた。それを不審に思ったユウキは扉に顔を当て、聞き耳を立てる。
「なんで金を少し下ろすだけなのに、回復薬の瓶がここに転がってるんだい?」
「いやっ、それはその~、ほらっ、あれだよ。ちょっとのどかわいちまったからさ!」
「まさかあんたまた喧嘩したんじゃないだろうね!相手は……、まさかあの子かい!?」
「わかった!したよ!事情を話すからその両手に持ってるフライパンをゆっくりと下ろしてくれ! 頼むっ。頼むか、グベア!?」
ユウキは何も聞かなかったことにして床に座り込む。少しして男が部屋に入ってくると、両頬が大きくはれ上がっておりゆるキャラのようになっていた。その頬の腫れをあくまで何も知らない体でユウキは問いかける。
「どうした?」
「母親に喧嘩したのがばれた……。喧嘩はやめろって言われてるのにしちまったから」
まあ仕方ないな、とつぶやいた男はどっかとベットに座り込む。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はオルト、二十五歳だ」
「ユウキだ。歳は十八歳だ」
「十八歳!?もうちょっと上かと思ってたぜ!歴はどれくらいなんだ。俺は十年くらいでCランクだ」
「二か月くらいでEランクかな」
「二か月でEランク!?」
ユウキの歴の短さに驚きの声を上げる。十年近いベテラン級の自分が二か月程度の小僧に接戦に持ち込まれるとは思わなかったのだろう。オルトは頭を押さえ、苦笑いを浮かべる。
「まじかよ……自信なくしちゃうぜ。あの動き、師匠がいるのか?」
「一応、喧嘩の師匠ならいるよ」
ユウキの脳内には金髪の男が浮かんでおり、それとともに殴られ続けた一か月が思い出されユウキは少し身震いする。
「話は変わるがどこから来たんだ?」
二人の話がどんどんと深みにはまっていくと同時に、夜も深まっていく。二人が話を終えるのは町全体が寝静まったころ、母親が怒鳴り込んできたあたりだった。




