第十九話 町での喧嘩、大盛り上がりになっちゃいました。
互いに攻撃を防御された二人は追撃することなく、バックステップをし、距離を取る。ユウキは目の前の男を見据え、冷静に思考を走らせ始める。
(さて、どうするかな。殴り合いはだめだよな……)
目の前の男は明らかにユウキより筋肉が多く、それに準じてパワーが高い。パワータイプの男と拳を殴り合いになってしまえば、間違いなく限界が先に来るのは確実にユウキ。殴り合いは御免というのがユウキの第一印象だった。
「ヒットアンドアウェイが基本だよな……」
「何ぶつぶつ呟いてやがる!」
先に動いたのは男のほうだった。ユウキとの間を詰めようと走り始める。その速度は並の人間では出せず、少なくともE級以上であるのは確かであった。鋭いタックルをユウキは右にステップに踏み、回避しようとする。が、男は鋭い足さばきと滑らかな体の動きで進行方向を切り替えると、右に跳んだユウキに追従し、襲い掛かる。
あまりに淀みない動きに驚いたユウキは体が硬直させてしまいそのタックルを受け、男の腕に捕まってしまう。が、すぐに気持ちを戻したユウキはそれに対応する。体の自由が効かない中、小さくバックステップを踏み体制を整え、打ち込みやすい体制を取るとユウキは力強く踏み込み顎に膝を打ち込んだ。
が、男はその一撃に怯むことはなくユウキを腕で抱き上げるとベアバックの状態に持ち込む。男の太い腕でユウキの腕と腰を締め上げていく。予想通りのパワーにユウキが驚くことはない。しかし、驚かなかったからといって現状がどうにかなるものでもなかった。もがいても万力のようなパワーから脱することが出来ず締め上げられ続ける。じわじわと体が悲鳴を上げ痛みで顔を歪める。
ユウキが呻き声を上げ始めると、男は口をにやりと上げ、締める強さを上げ始めた。が、男の口元を見てユウキは歯を食いしばる。このまま締め上げられればユウキは痛みと息苦しさでブラックアウトする。それは喧嘩を買った以上、避けなければならない。
ユウキは締め上げられながらも男の腕を掴むと弓なりに背中をそらせる。それを見た男はそれが苦しさから逃げるための最後の抵抗だと思い男は完全に勝ちを確信するが、そううまくいくはずもない。
「いっでえなゴラァ!」
ユウキは反らした体を自分の持てる全開で元に戻しその先端部に着いた頭蓋骨を全力で男の額に叩きつけた。その衝撃は顎への膝蹴りで微動だにしなかった男を怯ませ、締め付ける力を緩ませるほどだった。ユウキはその隙を見逃さない。拘束の緩んだ腕から脱出し、怒りに任せて腹部に蹴りを叩きこむ。そして男の背中に回るとさらに背中を蹴りつけ、欄干までよろめかせる。
「ぐっ……ととと」
よろめきながら振り向いた男の額からは薄く血が出ており、男の表情は怒りと苦悶に染まっていた。それを見たユウキは煽るように手を上げ、二ヤついたような笑顔を向ける。一方周りの観客の中にはどちらが勝つかのギャンブルを始めている者がいる始末。橋の上で行われているこの興行を楽しんでおり止めようとするものは一人もいなかった。
不敵に笑うユウキを見てさらに怒りを高めた男は、欄干を拳で一度叩くとユウキに向かって走り始める。が、先の流れでユウキは男の運動神経のずれを修正している。走り始めた男のスピードに合わせ、男の方に進みお互いの隙間を埋める。前に進んできたユウキに驚きながらも「好都合」だと言わんばかりに男はパンチを繰り出す。が、ユウキはそれを腕を使って受け流し、同じように拳を繰り出す。狙いは顔面。全体に外れないという確信をユウキは持っていた。
が、ユウキは体の動きは注意していたが反射神経まで注意がいっていなかった。男はユウキのパンチが届く直前、顔を逸らすことでパンチを回避する。その反射神経にユウキは驚くが、躱された拳を横に振ることで即座に反撃する。が、突然繰り出した攻撃のため、威力不足で男を怯ませるには至らなかった。
慌てて腕を引き戻したユウキに男は先ほど同様にストレートを繰り出す。今度はラッシュ、連続して何度も繰り出すが、ユウキはそれをうまく受け流すことですべて回避しきり攻勢に移る。
「シッ!」
フットワークを駆使し、男の周囲を移動しながら同時にパンチを繰り出していく。軽いパンチではあるが、男も顔に何度も打ち込まれてはさすがに鬱陶しさを感じ始める。何度も何度も打ち込まれイライラがピークに達したのか、男はユウキを捕まえようと腕を広げユウキに飛び掛かる。
しかし、ユウキは狙い通りといわんばかりにそれを見て一気に大きく後ろに跳び回避する。男はいるはずのユウキがいなくなったことでたたらを踏み屈んだままの体勢で停止する。
男は目の前で消えたユウキを怒りのこもった眼で睨みつけようと視線を上げる。しかしその男の視界が一瞬にして真っ暗になった。ユウキは下がった距離を利用し飛び上がると男の顔面にドロップキックを叩き込んだのだ。男の身体は今までにないほどに派手に吹き飛び、欄干を乗り越えて運河に落ちていった。
それを見て周囲の観客たちからは大きな歓声が上がる。中にはユウキに銀貨を投げつけるものもいるほどだ。が、その一つがユウキの頭に当たりユウキの怒りを掻き立てる。ユウキは怒りに任せて観客たちを睨みつけるが、観客たちの視線は全く別の場所を見ていた。先ほどのバカ騒ぎも嘘のように静まり返っている。観客たちの視線の先にある欄干には肌色の何かがかかっている。それは徐々に面積を増やしていき、欄干から姿を現す。
「痛えじゃあねえか……」
その正体は先ほど吹き飛ばされた男であり、その顔は鼻や口から出た血で染まっていた。が、それ以上に注目を引いたのは怒りに染まった顔。怒りで歪みに歪んでおり頬を引き攣らせ歯をむき出しにしている。が、逆に血を見たことで男は少々冷静になったのか、ゆっくりと体を引き上げ一息つくとユウキに近づき始める。
それに動揺したユウキは、急いで拳を上げると男を迎撃するために踏み込みパンチを繰り出した。が、焦って繰り出したパンチは男に受け流され、ユウキは致命的なほど体勢を崩してしまう。男はそれを見て拳を後ろに引き、大きく振りかぶる。それを確認したユウキは躱そうとするが、体勢の崩れていたユウキには体をよじる程度しかできず、肝心のパンチの斜線からは抜けられない。
男の剛腕から繰り出されたパンチはガードを貫通しユウキの顔面に突き刺さった。その衝撃でユウキは吹き飛び、欄干に大きく背中をぶつける。
「ウグエッ!」
背中をぶつけたユウキは恨めし気な表情で男を睨みつける。ふと鼻を触るとそこからは血が出ている。血を見て冷静になったユウキは指に着いた血を払うと、立ち上がって走りだしその勢いのまま膝蹴りを繰り出す。
が、その一撃は男に止められ掴まれたユウキは空中で止まる。止めた男は掌を晒し、ツッパリのようにユウキの胸に突き出されるが、ユウキはそれに合わせてアッパーを打ち込むことで突きを跳ね上げ、胸板を踏みつけることで距離を取る。
洗練された舞のような動きを見た観客たちのテンションは最高潮に達し歓声が爆発する。
「そろそろ終わらせてやるか……」
「こっちのセリフだ。肉団子……」
二人は決着をつけるために走り出した。




