第十六話 一人旅、始まりました。
「今生の別れにするつもりはないんで、機会があればまた会いましょ」
「しかし、今日はどうしたんですか?昨日来て準備は終わらせたって言ってませんでしたか」
カウンター越しに話すユウキとサリーナ。彼女の顔には疑問が浮かんでおり、それを見てユウキはばつが悪そうに苦笑いを浮かべる。
「昨日あの四人に飯を奢らされて財布すっからぽんにされたから、また金下ろしに来たんだよ。ったく、あの先輩は後輩の使い方がなってないんじゃねえかな」
本人たちが後ろにいて、なおかつそれに気づきながらもそんなことの言える彼の神経にサリーナも苦笑いを浮かべるしかない。しかし、彼女はすぐにいつもの営業スマイルに切り替えて仕事に戻る。
「で、いくらですか」
「五万……、いや、十万で」
五本立てていた指を戻し一本だけ立ててサリーナに示す。それを受けて奥から袋を抱えて戻ってくる。中には銀貨に金メッキを施した硬貨が十枚入っている。それを受け取りポーチの中に入れたユウキはそのまま集会場を後にしようとするが、そうは問屋が卸さない。彼の肩に手が回される。
「ようユウキ。今日が出発だったか?」
「うい。頑張ってくるわい」
ユウキは顔を横に向けることなく声で手の持ち主がスグルドであると断定する。が声のトーンがいつもと違う。
「ところで、先の会話の内容で先輩が何だかんだ、って聞こえたんだけどよ」
ユウキの肩に回された手が首に移動し少しずつ締め付けていく。その手をタップしながらユウキは先の言葉を誤魔化す。
「気のせいでしょ。俺が先輩が後輩に飯を奢らせるろくでもなしなんていうわけないじゃないか」
「妙に具体的だがまあいいだろ」
ユウキの首から手が離れると同時にユウキは振り返りスグルドの方を向く。スグルドの背後から他三人も近づいてきており、全員が集結する。穏やかな表情で彼を見ていた四人の掌は開かれた掌はユウキに向けられている。その意図を察したユウキは一人ずつハイタッチを叩き込んでいく。打ち込まれた痛みを満足げに、集会場を出ようとする。
「オホン!」
背後から聞こえた咳払いにユウキはわざとらしい動作で振り返る。そこにわざわざカウンターから出てきたサリーナが立っており、表情は『立腹』をありありと表現している。
「私には何もないんですか?」
「ハッハッハッ。これは失礼」
腹立たしいほどの笑みを浮かべながら手を差し出してきたユウキに腹が立ったのか、サリーナは掌の代わりに拳を打ち付ける。が、鍛えてもいないデスクワークの女性の拳などユウキにとってはさほど痛くない。拳を打ち付けたサリーナは拳を掌にあてたまま、指を広げる。
「……頑張ってください」
全員の応援を受けたところでユウキは全員が視界に入る方を移動しわざとらしく敬礼をしながら別れの告げる。
「行ってまいります!」
「「「「「行ってらっしゃい!」」」」」
ユウキが街を出てから一時間ほど。ユウキはいつもの森にたどり着いた。ユウキが今から向かう都市はこの森を通る必要がある。が二か月近くこの森に通い詰めていたユウキがこの森の生物たちに不覚を取ることはない。そこに関しては心配もしていない。背中にかけている大剣の柄を一度弾き森に足を踏み入れた。歩いているユウキの目にはウサギやシカのような野生動物の姿がちらちらと映るが、今のユウキの最優先事項は森を抜けること。触らぬ神に祟りなし。野生動物には目もくれずに歩き続ける。それは向こうも理解しているのかユウキに突っかかってくるものはいない。
歩き続けること十分ほど、次はゴブリンが目の前に現れる。三人で組まれたゴブリンのチームは力量差を自覚したのかユウキに襲い掛かることなく、一目散にユウキの前から姿を消した。無駄な戦闘を避けられたことにユウキは内心ほっと一息つく。せっかく洗った服を早々に返り血まみれにするのは憚れる。
ゴブリンとの遭遇の後は特にトラブルも起こることなく問題なく森を抜ける。その先のこの光景も久しぶりだと感慨深くなりながらも足を止めることはない。太陽の光を全身に浴びながら歩くユウキは軽く頬を張り気を引き締めなおす。ここから先はユウキにとって未知の領域。しばらく草原が続くとはいえ、何が起こるかはわからない。いきなり何かしらに襲われる危険だってあり、最悪の場合は死ぬことだってある。この世界はそういう世界だ。これまでの意気込みや願いをどぶに捨てるような真似はできないのだ。
草原を歩くこと一時間ほど経ち、目の前には小高い丘が現れる。その丘を駆け上がっていくとまだは街こそ見えないがかなりの見晴らしを誇っている。空を見上げ太陽の位置と腹時計から、昼少し前くらいだと感じたユウキは見晴らしのいい丘の上で昼食をとることにした。
丘の上にあった石に腰掛けて、街であらかじめ買っておいたサンドイッチをバックから取り出し、それを食べながら景色を楽しむ。一つ目を食べ終わり二つ目に手を伸ばすと、ユウキの隣に小鳥が止まる。わざわざ人が座っている隣に止まる必要はないんじゃないか。そう思うのが首をかしげユウキを見つめながらピーピー鳴いている。言葉では言い表せないその愛くるしさに負けパンの切れ端をちぎって鳥の目の前に投げる。その鳥はパンのもとへ飛んでいきそれをついばみ始める。それを見てほほえましく思うユウキだが、再度サンドイッチを口に入れると再び横から鳴き声が聞こえ始める。これはパンをやらない限り永遠に続くだろうと考えたユウキはパン以外をを口の中に滑り込ませると余ったパンをすべて小鳥に与える。小鳥はパンを一心不乱についばいている。それを見ながら片づけを済ませてユウキは立ち上がり再び歩き始める。
傾斜に身を任せて小走りで丘を駆け下りると再び街に向かって歩き始める。しかし、すぐにユウキは頭に妙な重さを感じる。一度足を止め頭を動かさないまま目だけを動かしその正体を確認すると、パンをついばんでいたはずの小鳥がユウキの頭に乗って首を傾けている。どういうつもりかわからないがとりあえず降りてもらうために足を止めるが、その直後「足を止めるな」といわんばかりに鳴き叫び始める。その鳴き声があまりにも喧しいため、仕方なく歩き始める。歩き続けている間も頭の上に乗っている小鳥を見続けるうち、ユウキは妙な違和感を覚える。
「お前なんかデカくなってね?」
ユウキの頭の上に滞在している小鳥の大きさが明らかに大きくなっている。丘の上にいたころには手のひらほどの大きさであったのに今は確実にそれよりも大きくなっている。別の鳥なのかともユウキは思ったが、胸元にパンくずがついているため、それはない。あまりに不可解な成長の仕方にユウキは疑問で頭がいっぱいになる。しかし、今気にしても仕方ない。あとで調べてみることにしいったん忘れることにした。
可愛いお供と歩くこと三時間ほど経過し、ユウキはようやく地平の先に小さく街を確認する。やっと疲れた体を休めることができると思い無意識のうちに足取りは速くなる。その間も小鳥はまるで銅像のように三時間ほとんど動くことがない。一度真上に跳びあがって排泄をした時には焼き鳥にしてやろうか、とユウキは思ったが当たったわけではないので見逃がした。それ以外微動だにしない小鳥を不気味に思い見つめ続けるも不思議そうに首をかしげるばかりで何も得られなかった。
「しっかしお前も良く着いてくるよ。物好きな奴だな」
ユウキの呟きに小鳥はピーと甲高い声で鳴いた。
街は次第に近づいており、人がまばらに見えるようになる。ラストスパートをかけるためにユウキは走り始める。すると格段にペースが速くなり、それから二十分もしないうちに街に辿り着いた。
街に着いたユウキはまず宿を取るために歩き始める。すると、路肩に止まる一台の馬車が目に留まる。道の脇には冒険者ギルドがあり、そこから怒ったように足を踏み鳴らして一人の男が出てくる。馬車に乗り込んだ男の横をユウキはすり抜けようとするが、ユウキの連れているものが珍しかったのか、驚いたように声を上げる。ユウキはその声から怒りを感じることはできなかった。
「ずいぶん珍しいもん連れてる兄ちゃんだねぇ。旅人かい?」
「俺は冒険者だよ。それにこいつは勝手についてきたの」
街に着いた時には太陽は地平線の向こうに沈みかけていたがまだ光は届いている。しかし、宿を早くとって休みたいユウキは早いところその場を離れたい。
「はあ、随分と珍しいこともあるもんだねえ」
ユウキの答えに御者は感嘆の声を漏らす。よほど珍しいことなのか、しばらくの間唸り続ける。十秒ほど唸ったところで口を開く。
「それにしてもあんちゃんそんなに急いでどうしたんだいって言うのは聞くのは野暮だな。宿を取らにゃならんのか」
「そう。だから急いでんだけど。行っていい?」
そういったユウキは走り出そうとするが、御者は再びユウキを引き留める。
「おっとあんちゃん。お前さんどこに向かおうとしてるんだい?この街でゴールってわけではないだろう?恐らく……マリチアってところか」
聞き覚えの無い単語にユウキが首をかしげると間髪入れず、御者は話し続ける。
「国を一つ隔てた海沿いのデカい街のことだよ」
「じゃあ恐らくそこだ。俺が向かおうとしてんのは」
「そりゃちょうどいい。俺は商人でな。これからビギルマに品物を届けにゃならなくてならんのだがそ、の護衛も雇ってた冒険者が報酬を持って逃げちまったんだ」
「そりゃ気の毒だ」
ユウキは他人ごとのように答える。口調からもわかるそれを御者が分からないはずがないが、そんなことを微塵も気にしていないように商人は一つの案を出す。
「そこでだが、あんたに俺が本拠地にしている街までの護衛をしてもらいてえんだ。…ああ心配はいらねえ。ビギルマまで戻れとは言わねえ。明日またここに戻ってくるからその時から契約開始だ」
「それを受ける上での俺のメリットは?」
「マリチアとまではいかねえが、その途中まで送っていこう。単純に体力の節約になるし、案内人がいた方があんたとしても安全だろう。そこそこ腕も立ちそうだからこちらとしても雇いたい」
ユウキは少し考え、メリットの方が大きいと判断し引き受けることにする。
「分かった。受けるよ」
「そう来なくっちゃな。じゃあ明日この町に戻ってくるからその時にまた会おう」
ユウキは首を縦に振る。契約完了したユウキは世間話に興じる。
「それじゃあまた明日会おうぜ」
そういうと商人は馬車を操りゴトゴトと音を立てながら、ユウキから離れていく。それを見送ったユウキは宿探しを再開する。
翌昼、宿を出たユウキは街の外に生えていた木に向かって投げナイフの練習をしていた。木には昨日の小鳥も止まっており、ユウキの練習を木の上から見下ろしている。
練習のほうはどうなのかというと最初こそ木に当たりもしていなかったが、今では木に掠る程度の成長を見せている。まあ、要はあまり成長していない。普通に投げているはずなのにナイフが見当違いの方向へ飛んでいき三十本中一本もまともに当たっていない。どうすればうまく投げられるかのきっかけがつかめずにユウキが徒に時間を消費していると、馬車が道を進むのをユウキは確認する。道なりに歩いていたが馬車がユウキの近くに来るとユウキの横で止まり、商人が降りてきてユウキのもとに歩いてくる。
「何をやってんだ?」
「ナイフ投げの練習。けどあまりうまくいかなくて…」
ユウキの練習を見ていた商人は何の気もなしに落ちているナイフを一本手に取り木に投げつけた。彼が投げたナイフは中心から少し逸れた場所に刺さり、重力に従って落ちる。
「あのよ、何でお前は斜めからナイフを投げてるんだ?」
「は?斜め?俺そんな感じだった?」
「ああ、ちゃんとまっすぐに腕を振れよ」
指摘を受けたユウキは腕を頭の後ろからしっかりとまっすぐに振る。すると木の幹の中心にナイフが突き刺さり、抜けることはなかった。
「おお、これだけでよくなるとは。コツもつかんだところでそろそろ行くか」
「了解。先に馬車に行っててもらえるか?」
ユウキはそう言うと落ちているナイフを回収しはじめ、商人は馬車に向かう。すべて回収し終わったユウキは馬車に駆け足で向かう。荷台に飛び乗ると後に続いて小鳥も荷台に滑り込み乗っている荷物の上に着地する。それを見た商人は手綱を操り、馬車を進める。
「そんじゃよろしくな!」
「もちろんだ。大船に乗ったつもりで任せてくれ」
挨拶を交わしたユウキは馬車の揺れに身を任せ、そのまま目をつぶった。
なんかこの世界の貨幣制度が作者もわからなくなりそうなので一応ここに書き留めておきますね。
小銅貨…十フェズ 大銅貨…百フェズ 銀貨…五百フェズ 金鍍金貨…一万フェズ 金貨…十万フェズ
純金貨…千万フェズ
こんな感じかな?
つまりシオンは右も左もわからない男に三千万以上を持たせていたと。脳みそハッピーセットかな?




