第十五話 ビギルマ、やることなくなりました。
「最近暇なんだよね」
「はい、これでゴブリン二十体の討伐依頼と民間の探し物の依頼、完了ですね。報酬の銀貨二十枚です」
「聞いてよ」
ユウキはそっけないサリーナの手から銀貨の入った袋を乱暴に受け取る。ユウキがEランクになって一か月。彼の冒険者としての生活は変わることなく平凡な生活を続けていた。依頼をこなし、スグルドとの訓練をし、寝る時々勉強をする。いい意味でも悪い意味でも全く変わらない生活リズムを刻み続けていた。精々変わったのはユウキの冒険者との関係性程度だろう。他の冒険者との関係も変わり、四人以外の知り合いも出来た。もちろん仲良くしている冒険者もいるが、ユウキの生活は充実している。がそれとは反対に非常に退屈もしていた。
「で、結局どうしたんですか?」
「あのオオカミと戦ったのが忘れらんくてさ。今更ゴブリンじゃ満足できない」
「欲求不満というやつですか」
「そうとも言う」
正直こちらの世界は娯楽が少なく、冒険者にとっては依頼をこなすこと自体が趣味となっている一面もある。ユウキもその沼に肩を浸からせている人物の一人であり依頼をこなすのを日々のストレス発散にしているという側面がある。しかし、ニンビルウルフとの生きるか死ぬかを懸けた壮絶な戦い。これがあまりにも刺激的で忘れられなくなっており、今更ゴブリン程度に苦戦もしないユウキはこのあたりの敵では満足できなくなっていたのだ。自分でもこんな戦闘狂のような側面があるとは知らず、他人に指摘されたときは驚きを隠せなかった。
「まあ、このあたりじゃ強い生物はあまりいませんからね。ユウキさんが討伐されたのも他所の地方から来たはぐれだったみたいですからね」
「そうなんだよね。ゴブリン狩り続けるのはもう飽きたよ」
「じゃあ、この街を出てはいかがですか?」
「ま、まさか……、追放、ですか」
ユウキはふざけて顔を驚いた表情に変え、のけぞりながらリアクションを取る。が、それが癇に障ったのか、サリーナは眉間にしわを寄せる。
「仕事に戻っていいですか?」
「すいませんでした」
ユウキがカウンターに額をこすりつけて謝罪をすると、サリーナはやれやれとした表情でため息をつきながらユウキの会話に付き合う。
「そんなにつまらないっていうのなら他の街に行ってみるのがいいと思いますよ。このあたりはかなり平和な方なので生物がさほど強くありませんから。ですが他の地域には強い生物がゴロゴロいますみたいですし、中には一人じゃどうしようもないモンスターもいるらしいですから」
「ほう?」
サリーナの言ったことに興味を惹かれユウキの目元がピクリと反応し無意識のうちに口角が吊り上がる。それをちらりと見たサリーナはカウンターの下から紙の束を取り出すと、それを広げる。それに書かれたものを見てユウキは地図であるとすぐに理解した。
「私たちがいる街、ビギルマがここですね」
サリーナは地図の中央から少し左を指さす。ユウキはここで初めて自分がいる場所が巨大な大陸であることに知る。着色が成された地図は元の世界とほぼ同じのようでビギルマ近辺は緑で着色されている。
「別の街に行くんだったら……。北西の方の海沿いにとても大きい街がありますよ。ここなんかとは比較にならないほどの規模ですし、道中は比較的安全、気候も非常に温暖らしいので向かうんだったらここがいいと思いますよ」
「海か……。少し早いバカンスになるな……」
「うらやましいことですね」
不用意に漏らした発言にサリーナがユウキを恨めしそうに見る。それを感じたユウキはばつが悪そうに視線を逸らす。ユウキが確認しただけでもギルドの職務は激務である。ギルドに入ってくる依頼の整理、冒険者の査定、昇級のための推薦状の執筆、細かいところを上げるときりがない。激務をこなす彼女に短い間の休みはあってもバカンスを楽しめるような長期の休みなどない。一方冒険者は依頼を受けてそれを攻略するのみ。命を懸けているとはいえ、仕事の量という観点で言えばギルド職員とは比にならない。彼女はバカンスとは縁遠い仕事をしているのだ。
「こいつは失礼。不用意な発言を謝罪する」
「いえ、お気になさらず」
「さて、街を出るのを決めた以上準備でもしますかねぇ。今手持ちの銀貨が一万五千だから……、八千くらい枚頂戴」
「はいはい。この街も寂しくなりそうですね。いつごろ出るかは決めましたか?」
サリーナはカウンターの下から銀貨の袋を取り出し、四つユウキの前に置きながらユウキに問いかける。
「あんまり長々と準備するつもりはないかな…。長くても二日かな」
「そうですか。これからも頑張ってくださいね」
「そうしまーす。そんじゃこの辺でドロンします」
ユウキは集会場を後にし準備のために早速雑貨屋に向かう。長期的に旅をするとなると保存食は大量に必要になり、同様に消耗品も必要になる。途中で立ち寄った街で買えばいいのだが、備えあれば憂いなしという言葉があるように準備は周到にしておいた方がいいに決まっている。雑貨屋にたどり着いたユウキはいつものように暖簾をくぐりながら挨拶をする。
「ちわーす」
「おっと、よく来たね。マガジンの新刊が入ってるよ」
「一冊ちょうだい…、って言いたいんだけど。今日は別件なんだよね」
「ほう?どうかしたのかい。あんたが割と変なのは割と前からだけどね」
「ババアテメエ」
確かに妙な要求をしたことは何度かあったが、そこまで変な性格をしているつもりがないユウキにとってはあまりにも不本意な言葉だった。それがあまりにも気に障ったのか、脳内で思いつくままに言葉を発してしまう。失礼な言動の枠から絶対にはみ出ない言葉を店主は上手いこと受け流して話を続ける。
「で、結局どうしたんだい?」
「実はねえ……」
ユウキはためらうことなく説明を始めた。一通り説明を終えたところで店主は目じりを下げ、大きく息を吐く。
「この街を出ていくねえ……。この店も寂しくなりそうだね」
「似たようなことを受付嬢にも言われたよ」
あまりにもみな同じことを言うため、ユウキの顔に自然と苦笑いが浮かぶ。同じようなことを言われるのは人徳であると信じたい。
「さあそんなことより商売の話だ。何が欲しいんだい」
「大量の干し肉と水袋、毛布と手ぬぐい、あとナイフが……、三十本くらいかな。とりあえずはそんなもん」
「分かった。全部今日渡すのは難しいから明日、一万フェズ持って受け取りにおいで」
「わかったけどさ、なんか妙に安くね?いや、別に安くしてくれんなら文句はねえけどさ」
「餞別さ。気遣いをありがたくとっときな」
「しかし、こんなに大量のナイフを一体どうするつもりなんだい? 刃こぼれしてもここまでは使わないだろう」
「投げんだよ。遠距離攻撃用にさ」
ユウキは手首のスナップで投擲を表して見せる。そもそもずっと前から考えていたことでもあるのだ。ユウキは咄嗟の攻撃で剣を投げつけることが多いのだが、自前の剣を投げつけてはその後の戦闘能力が落ちてしまうしそもそも片手剣は投げるのに適しているとは言えない。しかし、刃渡りが短く取り回しのいいナイフならば問題なく使うことが出来る。他所の町に行くこともあり、導入するならここしかないと思い購入することにした。それにしたって三十本はお試しにしては多い気がするが備えあればなんとやらというやつである。それを見た店主は納得いったように表情を変えるとともに小さな紙を手渡す。
「あんたも物騒になってきたねえ。明日来た時にこいつを渡しなさい。一応証明になるからね」
「はいはい。そんじゃね」
「おっと、忘れ物があるんじゃないかい?」
そういう店主の手にはマガジンが握られており、ひらひらと揺らされている。
「そうだったそうだった」
「こいつもプレゼントさね。受け取んな」
「そいつはどうも」
何かの記念につけて割引しているが売り上げは大丈夫なのか、とユウキは思いながら遠慮なくマガジンを受け取る。買い物を終えたユウキが雑貨屋を出ようとすると、店主は思い出したように世間話を始める。
「そういえば風の噂で聞いたんだが、ユーナちゃんもうすぐでランクが上がるんだって?」
「初耳なんだけど?」
ユウキが驚いた表情を店主に見せると店主は眉間にしわを寄せる。
「なんだい。知らなかったのかい?最近すごい調子がいいって嬉々として話していたよ。……となるとこれは話さない方がよかったかね」
最近ユウキは彼女と話すどころかすれ違うことすら少なかったため、顔を合わせる機会さえあまりなかった。となると情報をつかんでいなかったのは当然とも言えるかもしれない。
「そっかあ……。あとで聞いてみよ。そんじゃこの辺で失礼」
店主に手を振り、ユウキは雑貨店を後にした。続いて彼は宿に向かう。今は一人のため、スグルドとの訓練は出来ない。一人でいるときには筋トレをするというのが日課になっていた。筋肉をつけるという意味では筋トレをするのは正しい。娯楽の少ないこの世界では依頼と同じくらいのユウキの趣味の一つとなっていた。もう日が沈みかけている。終わらせるころには夕食の時間になっているだろう。そう見当をつけたユウキは部屋の扉の縁に指をかけ懸垂を始めた。
そろそろ夕飯の時間という時間になりユウキは身体を拭いて夕食を取りに下に降りる。
「あっ、ユウキさん。久しぶりにご夕食一緒にいかがですか?」
階段を下りている途中で宿のロビーでぼーっとしていたユーナと出会い夕食の誘いを受ける。久しぶりだしいい機会だと思ったユウキに断る理由はなく彼女の誘いを快く承諾する。向かうのはユウキ達が酒盛りをした店。あそこは飲み物も食べ物も豊富であり店の治安もいいため、平和に食事をしたいユウキは好んで利用していた。
その店に向かう二人はお互いの近況報告をするがお互いに何をしているか、大体予想がついてしまうためすぐに会話が終わる。途切れてしまった会話をつなげるためにユウキはとりあえず思いついた話題を口に出す。
「飯の前に話す話じゃないかもしれないけどさ。最近冒険者が殺されてるみたいなんだよ」
その話を聞いたユーナはびくりと肩を震わせると驚いた表情でユウキのほうを向く。
「え、そうなんですか!?初めて聞きましたよ!?」
「俺も小耳にはさんだ程度だから本当かは知らないけど、森の中とかで冒険者が殺されてるんだと。この町でもそれなりに腕の立つ冒険者が殺されたみたいで上のほうは結構ざわついてるみたいだ」
「そんな……。怖いですね……」
ユウキの話を聞きユーナは自分の身体を抱きしめ恐怖で体を震わせる。
「まあ、俺たち新人は狙われることはないだろうけどな!」
犯人を嘲笑うかのようにゲラゲラと笑うユウキであったが、ユーナとしては気が気でない。Dランクが最高位の町ではEランクは高ランクの部類である。自分よりも高ランクの冒険者が狙われているにも関わらず笑っていられるのは、自分の実力に自信があるのか、それともただの馬鹿なのか。自分の隣で笑う男の神経が気になってしまった。
そんな雑談をしながら歩いていると店に辿り着く。店内に入った二人が飲み物を受け取るとそれを飲みながら話を始める。
「そういえば言い忘れてたけどEランクに昇格するんだって?とりあえずおめでとう」
それを聞いたユーナは知らせていないことがユウキの口から飛び出したことで驚きの表情に変わる。
「えっ! 何で知ってるんですか? まだ教えてないのに!」
「雑貨屋の店主が親切にも教えてくれたんだよ」
「そ、そうなんですか……。あとで教えようと思ったのに……」
あとで、という言葉を聞かされたユウキは不可解さを覚え疑問に包まれる。それに従って表情も変化し、それに気づいたユーナは慌てて弁明を始める。
「あ、いえ。別に教えたくなかったわけじゃないんです。ただ上がってから言った方がいいと思いまして」
「ああそう」
よほどのトラブルがない限りは昇級試験でてこずることはない。ひとまずは確定しているユーナのランク昇級を祝いながら二人で和やかに互いの近況報告をしあう。その話の最中、ユウキも一つ報告をする。
「ああそういえば俺からも一つ報告が」
「なんですか?」
唐突に思い出したような口調でユウキが言った報告に、ユーナは口に食事を頬張りながら耳を傾ける。
「俺、他の街に行くことになったよ」
「ええっ!ユウキさん一体何やらかしたんですか!?」
「お前もか、ブルータス」
ガタンと音を立てながらユーナが立ち上がる。あまりにも予想通りの反応にユウキは呆れたようにつぶやきながらも笑いを抑えきれない。
「説明するからとりあえず座りたまえ」
ユウキに促され席に座る。席に座りなおすと冷静になった影響で周りの視線に気づき顔を赤く染める。
「そ、それでユウキさん。一体何やらかしたんですか」
内緒話のように口元に手を当て話し始めたユーナであるが、彼女の問いかけは全く見当違い。彼女の勘違いを訂正するために説明を始める。
「だから俺は無実だっつの。街を出るのは単純にもうこの町じゃやることないな、って思ってだがら」
「特に問題がないんだったらよかったです。それでいつ頃出発するんですか?」
「明後日にはこの街を出てると思う。遅くても三日後かな」
「そうですか。いいと思いますよ。ここじゃあんまり強い相手と戦えませんから。それに力がないと何もできませんからね」
「上を目指すんだったらここで活動する意味はないからな。どうせユーナもいつかここから離れるんだろ?」
頭の後ろで手を組み椅子の前足が浮くほどもたれかかるユウキ。顔は上を向くが、視線はユーナから離さないまま問いかける。
「そりゃもちろん!どうせやるなら上を目指していきますよ!」
笑いながら言うユーナに、ユウキも笑うことで答える。
「お三方には?」
「もちろん伝えるよ。あんまり気にしなさそうだけどな」
「あぁー。確かにそんな気がしますね。逆に祝福しそうですね」
「まあそれより早く食っちまおう。帰って寝たくなってきた」
ユウキは話を切り替えて、目の前に置かれた食べ物にフォークを突き立てる。それに続くようにしてユーナも目の前の食べ物へ手を伸ばした。
「そうですね。あまり長居するのもよくないですから」
二人ともものすごい勢いで食事を終え店を後にしようとする。先に店から出たユウキの後を追うようにしてユーナも見せ方出てくるか様子がおかしい。
「なんで支払いが完了してるんですか!?」
「俺が払っておいたからだよ。それとも俺のおごられるのは不満か?」
「えっ、い、いやそういうわけじゃないですけど…」
「だったらそのまま取っておいてくれ。ランク昇級祝いと、あとついでにいつも世話になってるお礼ってことで」
「…じゃあ今回はお言葉に甘えさせてもらいます。ありがとうございます」
ユーナはにこやかに笑いながらいつものように丁寧に頭を下げる。
宿への道中、依頼から帰って来た三人と出会う。ユウキが旅に出ようと思っている旨を伝えると、三者三様の反応を見せた。一人は驚き、一人は祝福し、一人は無表情を貫く。三通りの反応であったが、どの反応であってもユウキはうれしかった。
宿屋について四人と別れた後、ユウキは部屋の窓から星を見ていた。こちらは無駄な明かりがなく星がくっきりと空に浮かび上がる。空には無数の星。強く光るもの、弱弱しくも光るもの。それらを見ていた心はざわつくような感覚を覚えた。経験したことのない心のざわつきを嫌ったユウキはそのまま外を見るのをやめ、ベットに倒れこんだ。




