天界の使い再び
ヒラキンはプレセぺの前に降り立った。
「遅かったわね。待ちくたびれたわ」
ヒラキンは険しい顔でプレセぺを見つめる。彼女からは血のが臭いする。
今の彼女はプレセぺではない。
お前はプレセぺの体で……
「人を殺めたのか? 」
「今更でしょう? 私はこの子に人を食わせていたのよ? 」
楽しそうにそいつは言った。
怒気をはらんだ瞳でプレセぺの体を借りた奴を、にらみつける。
「嫌な目をするね。実の母親に向かって」
エキドナはそういって目を細めた。
……
ヒラキンが逃げ出した後、プレセぺの体をのっとったエキドナはプレセぺの心を試した。
すなわち、本当のことを愛しているかどうかだ。彼女に苦しむことをさせて問うた。それでも自分のことを愛しているのか、と。
ヒラキンが次にプレセぺに出会った時、プレセぺの心は完全に壊れてしまっていた。
目に光はなく、口もきけず、何を話しても反応しない。
エキドナはそんなプレセぺを愛おしそうになでた。
「よかった。壊れてくれて。この子は本当に純真だった。私のことを本当に愛していた。だから、もうあなたはもいいらないわ。ヒラキン」
かつて、カーリヤと契約を交わした時、カーリヤは言っていた。英雄とは起因する悲劇があるものなのだと。それは家族を殺されることだったり、恋人を奪われることだったり、そうして英雄はもう2度と失わないと誓うものなのだと。
でも、ヒラキンは、それを拒んだ。
英雄などになる気はなかった。必要などなかった。ただ、プレセぺだけがいてくれたら、それだけでよかった。
憎くて憎くてたまらないエキドナに「プレセぺを返してほしい」と懇願した。
「馬鹿な子ね」
エキドナはそんなヒラキンをせせら笑った。
「でもいいわそこまで言うなら返してあげましょう。人を食らった記憶を取り除いた綺麗な綺麗なプレセぺを、そのかわりわかっているわね? 」
エキドナは言った。
「もしあの男を殺せなかったなら、私はプレセぺの記憶を戻す。人を食った醜い化け物の記憶をね」
安心なさい、それまではプレセぺは清い体のままにしておいてあげるわ。この子は大事な大事な景品なのだから。
……
プレセぺが目覚めると、ヒラキンの腕に抱かれていた。
そういえば前にもこんなことがあった気がする。
「だ、大丈夫です! 」
あまりに顔が近かったから慌ててヒラキンを遠ざける。
あのときはヒラキンに会えたことがうれしくてつい抱きしめてしまったけど、今回は気恥ずかしくてそれができなかった。
「よかった」
ヒラキンは愛おしそうにプレセぺをなでた。
どうしてだろう、今まではそんなことなかったのに少しどぎまぎしてしまう。
「行こう」
ヒラキンは短くそういうとまた旅にでることを宣言する。8体の蛇を探す旅を。
「ま、待ってください」
その前にサトミさん達に別れの挨拶をしなくてはならない。慌ててヒラキンを止める。
と、空に大きな力を感じて立ち止まる。とてもとても大きな力。またあの巨大なカラス?いや、そうではない。
「天界の使い……」
ぽつりとヒラキンが呟いた。
……
ロレンスはリューネをつれて砂漠へと走った。
今ここにはサトミ様はいない。天界の使いから娘を守れるのは自分だけだ。
そんなことで逃げ切れるはずもないが、サトミ様が戻ってくるまで時間稼ぎできれば。
砂漠から、サンドワームが現れる。
「お父さん! 」
リューネが悲鳴をあげる。
間の悪い……こんなときに……
天界の使いは恐るべき相手だが、最果ての地の魔物も普通の人間にどうこうできる相手ではない。
「来ないで! 」
リューネが叫ぶと、どこからか現れた氷の刃がサンドワームを串刺しにした。
「リューネ? 」
「お父さん、私……」
リューネが戸惑ったように自分の手を見つめている。
「魔法が」
氷の刃に串刺しにされたサンドワームだったが、それだけでは絶命しなかった。むしろ怒りをあらわにしてリューネに襲い掛かろうとする。
「危ない! 」
とっさにリューネを守るロレンスだが、サンドワームの攻撃はない。かわりに落雷があった。
雷とともに現れたのはトカゲの馬車をひいた全身鎧の騎士。天界の使い。
天界の使いは現れると同時にサンドワームを消し飛ばした。
「神ノ資格ヲ持ツ者ヨ、向エニ来タ」
天界の使いはリューネに手を差し伸べる。
「お、お待ちください、この者は私の娘。どうかお見逃しください」
必死に頭を下げるロレンスだが、天界の使いに反応はない。ロレンスのことなど視界にすらはいっていない。
「来ないで! 」
リューネが再び氷の刃を放つが天界の使いに到達する前に掻き消えてしまう。
天界の使いは何事もなかったかのようにリューネに近づきその手を摑まえようとして、そして、弾き飛ばされた。
リューネの前に立つ人影。それは人化したハチだ。
「逃げて」
ハチは天界の使いをにらみつける。
「ここは俺が、食い止める! 」




