異物
坊ちゃん……ジェイドは父親が自分のために盗賊を働くようになったと思っているが、それは間違いだ。
もともと村は盗賊を副業としていた。
8つの王の血属に守られた土地とそれ以外の土地では何もかもが違う。作物の実りも、得られる地下資源も、育つ家畜さえも。
土地を耕すだけでは食ってはいけず、いつしか旅人を襲うようになり、それは代々続いていくことになった。村の者はみな知っていることだ。
盗賊と言っても問答無用で人を殺し物を奪うわけではない。
なるべく無傷でとらえ、奴隷として売る。売り物は傷ついていない方がいい。
どちらにしても褒められたことではないが、奴隷にもある程度の権利は認められるため、殺すりはましのはずだ。
ジェイドがそのことを知らなかったのは亡くなったお頭のせいだ。
お頭はジェイドに村の汚い部分は見せなかった。教えなかった。
成人まで生きれないであろうジェイドの前では理想の父親を演じた。それは他の盗賊たちも同じだった。彼の前だけでは良い人間であろうとした。
そう、みな本当は知っていたのだ。何が正しくて何が正しくないかを。一部の例外を除いては。
……
「ガプスの旦那」
さきほど人魚を襲った仲間の一人がガプスを呼ぶ。
名をガンツと言う。あまり良くない男だ。
何が良くて何が悪いのかわかっている者とは違う。それがわからない。区別がついていない。
女を襲っても、奴隷商に高く売れなくなるから悪いと思う。傷つけたから悪いとは思わない。そんな男だった。
「もし、もしですぜ、あのサトミって奴が坊ちゃんを生き返らせることができなかったら……」
「そんなことは考えるな」
ジロリと睨む。普段は小心な男で、こうすれば何も言わなくなる。だが今回は違っていた。
「万が一の時です。あっしも坊ちゃんが生き返るにこしたことはないと思っておりやす。でも、それが嘘だったら、そんなひどい嘘をついたやつを生かしておくんですか? 」
「……」
むろん、そのときはサトミを殺す。一緒にいる亜人も見せしめにころして、絶望させてから殺す。
「女の方はどうするんですか? 」
下衆な笑みを浮かべる。
どうやらそれが一番聞きたかったらしい。
「好きにするがいい」
ガンツはガプスの答えに満足したように去って行った。
ガンツのことは昔から知っている。ああいう人間でも村の一員だ。無碍に扱うことはできない。
しかもああ見えて村の若い衆には人気がある。
その理由は捕まえた女をみなにわけあたえ食いものにしているからだが、人望があるのは事実だ。
もしジェイドがなくなりガプスもいなくなれば次の頭目は彼になるかもしれない。
そう考えるとガプスは気がめいった。
……
プレセぺは眠れなくて星を見ていた。
この世界には星がある。
でも星座はない。星座には力ある名前が隠されているからだ。
力ある名前は人を不幸にする。
力をうける器がなければ制御できずに命を奪われる。
力をうける器があっても、その名の宿命にしばられてしまう。
力ある名前を知ることを許されたのは力ある存在だけ。力ある存在は名前を授ける人物を試し、その器がると認めた時にのみ名前を与えることができる。
エキドナお姉さまが夫にヘラクレスと名付けたように。
プレセぺもひとつ、名前を知っている。
いつごろから知っていたのかよく覚えてはいない。もしかしたらお姉さまに教えてもらったのかもしれない。
「その名をもってしてもあの男にはかなわない」
エキドナお姉さまが言った。
「でもいつか、その毒があの男を殺す」
いつかヒラキンが8体の蛇と契約した時、プレセぺは彼にその名前を与えなくてはならない。
8体の蛇と契約したヒラキンは自分自身が9体目の蛇となりその名を受ける。
ヒュードラ
それがプレセぺがヒラキンにあたえる名前だった。
……
エキドナのヒラキンへの稽古は熾烈を極めた。
ヒラキンがエキドナのいる洞穴の中に入っていき、血だらけになってほおりだされる。その繰り返し。
プレセぺは傷ついたヒラキンを介抱し、お姉様は本当はそんな人ではないと擁護した。
お姉様は男が悪いと言っていたが、お姉様の愛した男性だ。きっと何か事情があるのかもしれないとも……どんな人であろうともヒラキンの父親なのだから悪く言うことはできなかった。
自分でも、自分の行っていることは綺麗事だとわかっていた。
実際にお姉様は傷付けられ帰ってきて、そしてヒラキンを傷つけている。
ヒラキンはそんな自分の言うことを黙って聞いて、そして黙って洞窟の中に向かった。
全部本当だったらいいのに。
お姉様の恋人にも事情があってただの誤解で、いつか仲直りして。
そしたらヒラキンにも父親ができて、エキドナも元の優しいお姉様に戻って幸せになれる。
自分は、もしかしたらついてはいけないかもしれないけど、少なくともこの森で暮らせば生きてはいける。
自分には力がある。運命を変える力がある。そのはずだった。だから必死に願ったのにその願いは全くかなわなかった。
むしろ、その逆のことが起こった。
ある日洞窟の奥から悲鳴が聞こえた。ヒラキンの悲鳴ではない女の、エキドナの悲鳴。
急いで洞窟の中にかけつけると、呆然と立つヒラキンと頬の腫れたエキドナ。
彼女は泣いていた。
「お前も殴るのか?傷付けるのか?実の母であるこの私を……」
がくがくと震え、プレセぺを見つけるとすがりついて泣き出した。
いつのまにかヒラキンは強くなっていた。エキドナに一矢報いることができるくらいに。
それはエキドナにとって好ましいことであるはずなのに、エキドナにとっては許しがたいことのようだった。
「プレセぺ、お前だけは私を裏切らない」
ぽつりとエキドナはつぶやいた。
それはかつてのプレセぺの望んでいたこと?
いいえ、違うと言い切れます。私はこんなことは望んでいなかった。
プレセぺはエキドナの1番になりたいとは思っていたけれど、それよりもエキドナが幸せであるように願っていたはず。不幸になってほしいなんて1度も願ったことなんてなかった。
プレセぺはただ震えるお姉様を抱きしめることしかできなかった。
……
「やぁ、プレセぺさん」
ふいに話しかけられて驚いた。先ほどハルを追いまわしていた盗賊。彼はガンツと名乗った。
「そう警戒しないで、あんたはここいらでは見かけることのできないくらいのべっぴんさんだから名前を憶えちまったんだ。」
ハルを追い回したことを謝りたいけど怖がるといけないから近づけないのだと、ガンツは説明した。
そしていろんな言葉を使ってプレセぺの容姿をほめたたえた。
そんなことを言われてもプレセぺは実感がない。母の国の娘たちの容姿はみ美しく、自分など1番美しくなかったくらいなのだから。
「サトミ様は今お出かけになられてるんですよね? 」
「お暇だったら晩酌に付き合ってほしい」と頼まれた。酒は飲めないと断るプレセぺに「あんたみたいなべっぴんさんに酒を注いでもらえたらそれだけで美味い酒になる」
ガンツは言葉巧みにプレセぺを誘った。
「お酒を注ぐくらいなら」
「待ってください! 」
止めたのははチウネだった。
チウネはサトミからプレセぺを守るように言われている。生真面目な彼女は常に陰からプレセぺを見つめていた。ストーキングとかつっこんではならない。
「そんな男のところに行ってはなりません」
チウネに気付いたガンツはチウネも酒に誘うが……
「お前のような下衆な男と話す言葉はありません。消えなさい」
取り付く島もなくつっぱねられる。ここまで強く言われては、ガンツはすごすごと引き下がるほかなかった。
「天使様いけません。あのような者と口をきいては」
チウネはいつになくきつく注意する。
「天使様は人の良い所を探そうとされます。でも相手は盗賊なのです。聞けば、あの半悪魔の人魚を追い回していた相手と言うではありませんか。心根の醜さはその行動に現れます。そのような者の言葉、決して耳を傾けてはなりません」
人の良いところを探して接する、それでサトミは改心したのかもしれない、でもあの男は駄目だ。
サトミのいないときに無垢な天使様を酒に誘い、一体何をしようとしていたのか、そんなことは大して経験のないチウネにもわかる。だから厳しくプレセぺを諭した。
プレセぺはいつものように、きょとんとした顔で……
「せっかく、隙を作ったのに、これではいつまでたってもあの子が迎えに来ないじゃないの」
プレセぺは……いや、それはプレセぺではなかった。姿かたちはプレセぺのままだが、まとう雰囲気が全く違う。
「天使……様? 」
チウネはプレセぺの瞳を見た。そして硬直した。その瞳は天使の瞳でも人の瞳でもなく、爬虫類の瞳だったからだ。
「あなた、邪魔ね」
プレセぺの姿をした何かはそう答えた。




