救いの神さん
天使は迷っていた。
例のないことが起こりすぎている。
その1番の原因はと言えば唐突に降ってわいたサトミという神だ。
なんの制約もなく代償もなく蘇生の術を使えるらしい。
そんなことはありえない。命とは特別なものだ。黄泉の神ですら生き返らせることを易々と行うことはできない。
それは神の定めたルールとかそういう話ではない。世界が作られた時から定められている事実だ。事実のはずだ。
サトミのことは自分の一存で対処するには大きすぎる問題だ。一度天界に戻って主の判断を仰がなくてはならないだろう。
ならば、今自分がなさなくてはならないことは……最初の目的である幼い犬の神の説得。そして悪魔の討伐だ。
プレセぺを加護していた「すべての罪を喰らう者」は今はいない。遠慮する必要はなくなった。
犬の神を諭すのは今だろう。しかし、この犬の神はサトミの眷属らしい。サトミへの対応が不透明な現在では下手に手出すことはできない。
残る使命は悪魔の討伐。アルメリアという悪魔は単体では敵ではない。後回しで構わないだろう。得体が知れないのはプレセぺに憑りついたエキドナという悪魔だ。同族の匂いを感じる。堕天使なのだろう。
「すべての罪を喰らう者」の加護のあるプレセぺには手を出せないが、サトミが生き返らせて切り離すという。そのときが好機だ。
……
生き返らせるけど、プレセぺのことはうまいこと処理しろよ?
エキドナに念を押して蘇生術を行うことにする。
「エキドナはいつかサトミを殺す」
ところが、いざ生き返らせようって時になってアンリウムがそんなことを言いだした。
おいおい、このタイミングでそれを言うのか? 今から辞めましたなんて言えないぞ?
しかしアンリウムはそれだけ言って飛んで行ってしまった。
なぜそんなことを言ったのだろう? アンリウムに予言の力はないはずだ。
だったら経験による忠告……?
なるほど。俺は得心がいった。
アンリウムは自分が勇者にやったことをエキドナが俺にやらないかと心配しているのだろう。うぬぼれでなければ。
安心しろ。俺はエキドナを信用してはいない。プレセぺを守るためにそれが必要だから生き返らせるだけだ。
そりゃあ女に「私を救ってよ」などと言われたら男気スイッチが入らないこともないけど……むむ
いかんいかん。俺は頭を振った。余計なことは考えてはいけない。
たぶん天使はエキドナを生き返らせた後に戦いを挑むつもりだろう。エキドナもそれに気が付いていたようだ。情に流されて巻き込まれてはかなわん。
俺が心配するべきは天使が勝った場合、その後俺まで標的にならないかどうかということだ。
俺は自分の感覚に従い、まずはジェイドを生き返らせる。
ロレンスがばたりと倒れてジェイドの魂が元の体に戻る。
次にロレンスを生き返らせる。
ロレンスの魂はアルメリアに使われてしまった。悪魔に使われた魂は転生もできず永遠に苦しむとかなんとかチウネが言っていた気がする。
実際ジェイドが生き返らせようとしたら自分の魂を吸い取られてしまった。
普通に生き返らせれば俺も失敗する。
でも俺にはそれに対する対応策がある……みたいだ。
黄泉照らしの金貨。
依代の銅貨とは違うが、名前からして蘇生術に活用できそうなアイテム。
実は、ジェイドがロレンスを生き返らせようとしていたときこのアイテムも反応していた。
このアイテムを使っていれば、ジェイドも魂を奪われず術を成功できていたのかもしれない。
俺は感覚に従い黄泉照らしの金貨を使用した。
金貨はアルメリアを明るく照らす。
「え……何なの? これ? 」
戸惑うアルメリアから黒い霧のようなものが抜けていく。
苦しみだす。アルメリア。
カルラが驚いてアルメリアを支える。
アルメリアから抜け出たのはロレンスの魂。
悪魔に使われたロレンスの魂が黄泉照らしの金貨の光に導かれて黄泉への旅路に向かおうとしている。
けれど、今俺は蘇生術をロレンスに施している。黄泉へ向かおうとしていたロレンスの魂を元も体に引き寄せていく。
はい、いっちょあがり。最後はエキドナか。
天使を確認。槍を構えなおしている。やはりやる気か。
警戒しつつエキドナに蘇生術を施す。
プレセぺからもやもやとした光が抜け出していく。それと同時に苦しみだす。ヒラキンがプレセぺに付き添う。
彼女の命の代わりに身代わりの石が砕け散った。
ぺたりとプレセぺはへたり込む。それを支えるヒラキン。
プレセぺから分離した光の靄は彼女の目の前で形を成していく。
力が……吸い取られる?
どうも生き返らせるより、亡くなった体を再生することのほうに俺の力は消費されるらしい。
エキドナの体を再構成するため俺の力が激しく消費されていく。
ちょっとやばいかも……
根こそぎ力を持っていかれる感覚に危機感を覚える。
もしかしてこれの副作用でしばらく蘇生術が使えなくなったりするかも。
唐突に沸いた疑念。今までこういうインスピレーションはだいたいあたっている気がする。
しばらく蘇生術が使えないなら、最後にエキドナを生き返らせたのは正解だったかもしれない。
しばらくすると、力を吸い取られる感覚がなくなる。
俺はほっとしてその場にへたれこんだ。
慌てて俺を支える、ハチ。
こういうときに真っ先に来てくれるのはハチ……
なんだかんだいって俺の周りには女が増えたように思う。
それでも俺を支えてくれるのはハチ……べ、べつに悲しくなんかない。本当だ。
天使がエキドナの前に進み出る。
その顔には決意の色が浮かんでいる。槍を静かに構える。
「なんのつもりだ? 」
ヒラキンが警戒する。
「あなたの抱えている事情は分かりました。けれど、私にも果たすべき使命がある」
やはり、天使は初めからこうするつもりだったらしい。
それはいい。
その後に俺にまで襲い掛かってこなければ、まぁ、予想の範囲内だ。
「これで俺が蘇生術を使えるのは最後になるだろう」とか言って天使用に力を使い果たしたから見逃してアピールしたいところだが、さっき開き直っていろいろ語ってしまったのでそれはできない。せっかく本当に蘇生術が使えなくなったポイのに、狼少年か俺は。
……
また迷いの道に入ってしまったようですね。
チウネはサトミの選択を苦々しく思った。
善でも悪でも軽々しく願いを叶えようとするのは低級の神が、いや、神ともいえない神もどきがやることだ。
ただ、サトミと神もどきの違うところはサトミに本当に力があるということ。本当に生き返らせる力が……
やはり私が導いてやらねば。
チウネは決意をあらわにしてサトミの蘇生術を見守る。
止めに入らなかったのは天使様が止めに入らならなかったからだ。天使様は沈黙を守り成り行きを見守っている。その目には決意の光が見える。なにか深い考えがあるに違いない。
そしてその通り、天使様はプレセぺから悪魔が離れたところを狙い戦いを挑むようだ。
天使様は悪魔を許す気はなかった。槍を構えてその本性を現すのを待つ。
ところが……
光が収まった時その場に現れたのは天使だった。
それも4枚翼の天使。
さながら悪魔の呪いから解かれたかのように、彼女はそこにいた。
自分でも驚いたようにその姿を見つめ、自分自身を確かめるようにその身を抱く。
「ああ……」
悪魔だった彼女は泣き崩れた。
これは、予想外でした。
チウネは思う。
天使様もあっけにとられてそれを眺めていることしかできないようだった。




