ルールは自分で
すべての罪を喰らう者と抱き合うプレセぺを見つめて、天使は静かにその場を去ろうとした。
かの化け物は彼女をもってしてもどうすることもできない存在だ。神よりもなお高い次元の理。この世界に刻まれた世界のルール。
これを滅ぼそうとするなら同じ高次元の存在の力がいる。もしくは王の血族の力がいる。
ルール破りの狼や悪魔のことも気になるが、今の自分ではそうすることもできない。
ーー娘よ、その理を神の次元にまで収めることができるなら、それをあなたの贖罪としましょうーー
「お待ちください! 天使様! 」
それを呼び止めるものがいた。ロレンスだ。
「私は人や亜人を売り買いした奴隷商の男です。いやしくも命を者の如く扱いました。それだけではありません。奴隷だった妻を内心であざけっていました。私は罪人です。裁かれないのでしょうか? 」
天使は軽く微笑むと告げた。
「お前は罪人だ。だがすぐにでも裁かれねばならぬ決定的な罪人ではない。お前には時間がある。生きている時間が。その間に罪を償うがいい。魂を磨くがいい。その権利がお前にはあたえられている」
そして盗賊たちを眺める。
「お前たちもだ! 」
正しく生きるのだ。天使はそういうと天高く飛び立とうとした。
「お待ちください! 」
しかしそれを止めるものがいた。チウネだ。
「そのものには、プレセぺには悪魔が取り付いております! 」
……
カルラは天使は強い奴だと思っていた。けれど、実はそうでもなかったようだと感じていた。
カルラにとっての天使といえば、魔王13人衆の中にいた天使だ。そいつが規格外に強かったものだから勘違いしてたらしい。
魔王の配下だから天使というよりは堕天使と言った方が正しいのだが、カルラにとってはどうでもいい話だった。
最初に来た女の天使は大したことなかった。
アルメリアを守りながら戦ってたから少しばかり手こずったが、一人なら勝てていた。
カルラはそう確信している。
ちなみにアルメリアに身体強化の魔法をかけてもらったことなどすっかり忘れていたりする。
次にきた4枚翼のやつはなかなかだが、1対1なら勝てないってことはねぇな。
そういや魔王のとこにいたやつは翼が6枚あったな。翼が多い方が強いのか? ヒラキンが天使になったときは2枚翼だったが少なくともこの4枚翼よりは強かった。やっぱ関係ねぇのかもしれねぇな。
戦いながらそんなことを考えているカルラではあったが、実際3対1となるとかなりきつかった。
空間転移で細かく移動するが転送する場所すら封じて攻撃を仕掛けてくる。
徐々に避けるのも苦しくなってくる。
天使の奴らが無表情なのがいけねぇ。
戦いの中で自分の意思と意思をぶつけ合う! 強敵と書いて友とよぶ! こんなふうに戦われたんじゃ、血がわいてこねぇ! いまいちやる気がわいてこねぇ! 楽しくねぇ!!
カルラは次第にイライラして天使を煽ることにした。
「知ってるぜ? お前の主ってやつは、女とみれば手あたり次第手を出すヤリチンのクズやろうって話じゃねーか? 」
だけど天使は乗ってこなかった。
おかしーな。俺が勇者から聞いた神様って言うのは、自分にできないことを他人には強要する癖に、自分はやりたいことを好き勝手にやる。極悪非道な人格破綻者だったはずなんだが……
余計なことを考えていたせいで、天使の放った光の鎖に足を取られた。
あっという間に拘束され力を封じこまれそうになる。
必死に抵抗するが時すでに遅し。4枚翼の攻撃をもろにくらってしまう。
……
「知っているかい? カルラ? 神様って言うのは人から人に伝わっていくうちに姿を変えて行く物なんだよ。Aの国とBの国が戦争をしているとする。Aの国の神様はBの国にとっては倒すべき敵。つまり悪魔に見えるだろう? 」
あるとき勇者がそう言った。
「それと同じように、Cの国にとってみれば自分の国の神様を1番偉くするためにAの国の神もBの国の神も自分より下の存在にしてしまう」
烏天狗というのは自分の国の神様なのだと勇者は言った。そのもともとをたどるとガルーラという別の国の神であるという。そして人の姿に翼をもつというその姿は、他の国の神話にもよく出てくる存在に似ているのだといった。
ガルーダは天使に似ている。だから烏天狗も天使だったのかもしれない。
「もしかすると、カルラも天使になれるかもしれないよ? 」
冗談じゃねぇ。カルラは思った。
「天使ってやつは主の命令とやらに従ってあくせく働かないといけないんだろう? 俺のがらじゃねーわ」
……
不覚にも気を失っていたらしい、目を覚ますと静寂に満ちていた。
それが何を意味するのかカルラにもわかった。
天使と俺たちとは別の何か、第3勢力が現れた。しかもそいつは今ここにいる誰よりも強い。
その存在はいるだけで周りに問いかけていた、「お前たちは罪を犯したのか? 」と。
それで皆おびえている。正しいことをしていたはずの自分の存在を、否定されることを恐れている。
全く、めんどくせー奴らだ!
カルラは思った。
そんなの今更じゃねーか? さっき俺も言ったじゃねーか? お前の主は糞野郎だって。俺の言ったことは無視したくせによぉ!
なんだかとても腑に落ちない。気に入らない。だが今は好機でもあった。
大切なのは目の前の4枚翼もあいつに気を取られているということだ。4枚翼が気を取られてる今が不意を打ち致命傷をあたえる好機だった。
それは卑怯なことではない。1対3の天使たちの方がよっぽで卑怯なのだから。
カルラは奴の顔面を思いっきり殴り飛ばした。
「へっへっへっ、鼻が逝っただろ? 鼻血ドバーだろう? ちょっとは熱い戦いが期待できるんじゃねぇか? 」
カルラはせっかくの好機をあくまで挑発のために使ってしまう。
勝つだけでは意味がない。戦うだけでは意味がない。そんなことやろうと思えばいくらでもできるのだ。
実際にはできないのだが、カルラはカルラであるゆえにあくまで強気だった。
「お前は……あの存在を見て何も感じないのか? 」
不思議そうに天使が訪ねた。
「あの存在だぁ? どの存在のことだ? 」
カルラはすっかり忘れていた第3勢力について思い出す。そういえばそんな奴もいた。
「お前は罪を悔やまないのか? 」
「そういえばてめぇらあの存在にビビってるんだったな! 」
カルラはそう行ってニヤリと笑う。
「罪? そんなものは知らねぇな。俺は自分の生きたいように生きるだけだ! 」
カルラが人に手を出さねえのは勇者との約束の為だ。人生に余裕があるからだ。守ってやってるだけだ。
しばられているわけではないのだと、聞かれてもないのにカルラは答えた。
天使はしばらく考えていたが……
「私の名前はサリエル。お前の名前は?」
「カルラだ」
「ではカルラ、いずれお前とは決着をつけよう」
そういうと天使は飛び立って行った。
丁度ハチたちのところに行った天使も撤退したようだった。
カルラは敵の後ろを見送りながら不敵に笑う。
「へへ、いいじゃねーか。再選を誓うライバルってわけだ。俺はそういうの好きだぜ」
そして中指おったてて高笑いを始めた。
「だが残念だったな! お前と再戦する時には俺はさらに強くなっていて、お前はさらに強い敵のかませ犬になる運命なのだ。それがお約束ってやつだぜ? 」




