来世よりも
変わった娘だ変わった娘だと思っていたけれど、メーティア……今はチウネと呼ばれている、は本当に変わった娘だった。
盗賊相手に「地獄に落ちろ」を連呼だ。変わっているというよりもはや基地外といった方がいいかもしれない。正直お近づきになりたくない。
そして今回も、バジリスクに乗って逃げろというプレセぺの申し出を、彼女は断っていた。
「私は正しい存在です。天使様が私にどうこうすることはありえません」
自信満々だ。どこからその自身が出てくるのか、リューネは不思議でならなかった。
けれど一本筋が通っていると言えばいえなくはないのかもしれない。ジェイドに心奪われ、助けてもらったばかりとはいえハチにまで心揺れてしまうリューネにはうらやましくも……まぁそれはない。断じてない。
「ロレンスさんも乗ってください」
プレセぺの申し出に、しかしお父さんは首を振った。
「私はここに残る。勝手なことを言うようで悪いが、私の存在がどう映るのか。天使様に見てもらいたいのだ」
代わりにここまで付き合ってくれた従者をバジリスクに乗るように勧める。
リューネはお父さんがそういうことをなんとなくわかっていた。生き返ってからというもの、自分の行いをとても後悔するようになっていた。きっと一度亡くなったことで人生観が大きく変わったのだろう。
「後のことはサトミ様に任せようと思う。あのお方ならきっとお前も導いてくれる」
一体何が気に入ったのかお父さんは、すっかりサトミに心酔していた。
リューネは特に嫌ってはいないがそこまで信用もしていない。
バジリスクにはリューネ、ハル、従者が乗ることになった。ハルはハチのことが心配なようだったが、いても邪魔になるだけだと大人しく従った。
そしてバジリスクは飛たっていった。
……
「正直私はプレセぺ様のことを信じ切れていません」
チウネが言った。
でもあのハルやサトミが改心したのはあなたのおかげだと思っています。だから信じるのですと、チウネは続けた。
「そうそう、忘れていました。念のためにこれを持っておいてください」
チウネは身代わりの石をプレセぺに渡した。
実をいうと既にサトミから5、6個もらっていたのだが、チウネが得意げに渡してくるので言わないでおくことにした。
……
天使に胸を貫かれ絶命したはずのプレセぺだったが、気がつくと何事もなくへたり込んでいた。
どうやら例の身代わりの石のおかげらしい。
天使も首をひねっていたが、すかさず次の攻撃をくわえようとする。
「どういうつもりだ! 」
間一髪ヒラキンが間に合う。
「その娘は人食いの化け物、どんなわけがあったにせよそれは変わらない。罪を償わなくてはなりません」
けれどその後、魂は救済される。次は幸せな家庭に生れ落ちるよう便宜する。そう天使は続けた。
ヒラキンは舌打ちする。
プレセぺを殺そうとしたこともそうだが、言葉もだ。
プレセぺは人食いの記憶は覚えていない。思い出したらまた心が壊れてしまう。もういい。黙れ。
なんとか天使を始末しなくてはならないが、天使化の力は今は使えない。ハチの腕だけでは天使に触れることもかなわない。今天使がプレセぺだけを標的に攻撃されたら守る手段が……
「目を覚ましなさい。そこにあるのは超えるべき壁なのです。その壁を乗り越えた時、あなたのその優しさは世界に向かうでしょう。その娘を守りたかったように世界を守りたいと望むようになるのです」
ヒラキンの心も知らず天使は諭し始めた。
「あなたの魂はそういう形をしています。中には奪われた悲しみに世界を滅ぼそうと考える者もいます。同じ知識、同じ経験をしても何を大切に思うかは魂が決めるのです。あなたの魂はまぎれまない英雄の魂なのです。」
うるさい。
自分が守りたいのはプレセぺだけだ。自分がほしいのもプレセぺだけだ。他の者には何の価値もない。
プレセぺの魂が救われて転生して幸せな一生を送るのは当然素晴らしいことだ。やってもらわねば困る。だが、だからといって現世のプレセぺを不幸にしていいわけがない。
プレセぺを守れるのは俺だけだ。プレセぺを幸せにできるのだって……いや、違う。一つだけ方法があった。
「プレセぺ、覚えているか?あの嵐の日、俺が逃げ出した日のことを」
この話はとてもデリケートな話だ。なにしろその後エキドナはしんでしまい、憑りつかれ、プレセぺの心はめちゃくちゃにされてしまったのだから。下手に話して刺激してはいけない。だから、今日まで言わなかった。
でも、今はそんなこといってはいられない。黙っていればあの天使はプレセぺを傷つけることを、刺激することを言い続ける。
「あのとき、俺は隠れていたんだ。プレセぺに見つかるのが怖くて。母親を殴って幻滅されるのが怖くて……」
プレセぺは嵐の中、痛む翼でヒラキンを探し回っていた時のことを思い出す。
「でも、あのときヒラキンは自分から出てきましたよ? 」
そう、ヒラキンは自分から出てきた。それは諭されたからだ。
同じようにプレセぺから逃げていたあいつに、プレセぺを見つけられないあいつに……
「俺だったらわかるのか? 」
おかしなことだ、と思った。罪のあるやつが見分けられないのなら、母親を殴ったヒラキンは見分けられないんじゃないのかと思うのだが、でもあいつは見分けられるといった。
そのとき、ヒラキンは丁度8体の蛇と契約する力を与えられていた。そいつは蛇じゃないが広い意味では蛇と言えなくもなかった。
「俺と契約しよう。そしたらお前をプレセぺに合わせてやるよ」
そしてあいつと約束した。
「プレセペに、あわせたい奴がいるんだ」
そいつは龍の体を体をしていた。顔だけは少女のものだった。片言だけで意思疎通は難しいが、慣れれば何とか意味が聞き取れた。
ヒラキンはそいつの名を呼んだ。
「現れよ、すべての罪を喰らう者」




