天使
天使は主に命じられ、ルール破りの神を罰するため下界に降り立った。
最初に使わされたのは女の形をとる彼女だったのは、救いを与えるためだ。
彼女に撃たれる際、その正しさを認められたものは本来の天界のルールよりも軽めの罰が与えられる。よほど気にいられれば罰を免除されることもあるくらいだ。
天界のルールを破ったのは問題だが、理由如何によっては情状酌量の余地もあるのだ。
もし彼女の言うことに従わなければ神を滅ぼすための男の天使が現れる。
天界のルール破りの神はまだ幼い犬の神だった。
自分が何をしでかしたかわかってはいない様子だったので、諭してやらなくてはならないと思った。だが、それを邪魔するものが現れた。悪魔だ。
悪魔は魂を我欲のために消費する忌むべき存在。天使は語る言葉を封じ、ただ討滅するためだけに動くことにした。
悪魔には神の仲間がいた。天界のルール破りを平然と行う堕ちた神だ。これにも救いはない。
ただその2体は手ごわく、彼女ではとどめを刺すことはかなわなかった。
新たに滅びを与える4枚翼の天使が使わされた。
彼女は本来の任務である救いの判定を行うべく幼い犬の神のもとに向かう。
ところが、犬の神の傍らにはさっきのあの悪魔がいた。もう、堕ちてしまったのか? 彼女は残念に思いつつ犬の神を倒すことに決める。悪魔と手を組んでいたとはいえ幼い魂だ。なるべく罰はあたらないようにしてやろう、そう天使は考えた。
……そして今、なぜか罪のない男が自分の前に立ちふさがっている。
かすかに、同族の臭いがする。それどころか、彼からは強い生まれついての星を感じる。世界を変えるような星だ。その方向性も素晴らしい。英雄の資質がある。どうしてこのような者が今まで天界に認識されなかったのか不思議でならない。このような星をもつものなら子供のころから天使がついて、見守れて育っていても不思議ではない。
悪魔にに魅入られているというわけではないようだ。幼い犬の神を援護しようとしている。
この男と犬の神にはなにか理由があるのかもしれない。
もし、望むなら、自分が彼についてもいい。英雄になるための加護を与えてもいい。
天使は初めて口を開いた。
……
「隙をついて仕留めろ」
ヒラキンはそれだけ言うと天使の戦闘に割って入った。力、魔力は天使の方が上だが、不思議とカルラに対してあったような絶望感はない。
あのカラスはまだ何か隠し持っているのかもしれない、そう思う。
天使の槍裁きを受け流す。
今の自分には天使はおろか天界の使いですら倒すような決定打はない。だが、攻撃を受け流すくらいはわけがない。
なにしろ、自分を鍛えたのは2枚翼どころか元4枚翼の天使の力をもった化け物だったのだから。
狼は隙をついて大技を繰り出そうとするがことごとくかわされている。
だが、まぁいい。
その制度はだんだん上がってきている。
恐ろしい狼だと思う。天界の使いと戦っていた時もそうだが、戦いの中で成長している。面白い。
まるでかつての自分を見ているようだ。エキドナが目覚める前の自分に。
ふいに、天使の動きが止まった。
「天使の血の流れる者よ、汝はどうして我が前に立ちふさがるのか? 」
天使はヒラキンに問うた。天使とヒラキンは戦う理由がないのではないかと。
確かに戦う理由はない。ヒラキンはただ利用しているだけだ。
プレセぺがこれ以上この場に居なくて済むための理由づくりに。
「なるほどな、汝を惑わすものがいるのか? 」
そういうと天使はプレセぺを見た。
プレセぺを……見た?
どうしてプレセぺがまだここにいる? バジリスクに乗せて遠ざけたはずだ。バジリスクはいない。それに、ハルという半魔族の子供とリューネという少女もいない。
……プレセぺは逃げなかったのだ。代わりにハルとリューネをバジリスクで逃がし、自分はここに残った。
「あの娘、人食いの魔物か」
天使がつぶやいた。ヒラキンの背中に悪寒が走った。殺気。天使の殺気がプレセぺに向けられている。
一瞬でプレセぺの目の前に移動する天使。
「天使の血を引く少女よ。あの男を私に譲れ」
ハチがプレセぺを守ろうと割り込んだおかげで天使はすぐに彼女から離れた。
ヒラキンは天使の攻撃をしのいではいたが、それは相手が仕掛けてくる攻撃を少ない動きで払っていたに過ぎない。
自分を的にした動き以外ではついていけなかった。
「で、できません! 」
プレセぺは天使に言い放った。
「お姉様との約束があるから……」
「魔女との約束はどうでもいい。お前の意思を聞いている」
プレセぺは動揺する。けれど、すぐに答えた。
「私は、きっとみんな仲良く暮らすすべがあると思います。ヒラキンが復讐の蛇になる以外の方法があると思います。そのためにお姉様に、ヒラキンに、ついていきます」
それはヒラキンの初めて聞いたプレセぺの意思だった。それは無理な願いだ。エキドナのあの様子を見てどうして修復が可能だというのか。プレセぺは夢を見ている。全く現実を見ていない。
それは彼女の記憶が塗り替えられているからなのか、それとも……
「わかった」
天使は答えた。
「お前は自分でも気が付いていない思いがあるが、その意思も全くの嘘というわけではない。善良な娘だ。お前の魂は必ず私が救済すると誓おう」
そして天使はその槍でプレセぺの胸を突き刺した。




