第三話 幸せだった日
「マリー、おめでとう!」
「良かったね、マリー!」
「うん! ありがとうっ」
あの日、私は幸せで胸がいっぱいだった。まさに人生で最高に幸せな日。同い年で、幼馴染みのルイスとの婚約が決まった日だった。
「すごいねっ、ルイスさんと結婚なんて! 何年かしたらマリーが村長夫人になるのか〜。いいなぁ、村長夫人。きっと新しいドレスも買い放題だよ」
「そんなの何十年も先だよ! それに私、村長夫人なんてガラじゃないし、ルイスと結婚してもちゃんとやっていけるかどうか…」
「そんなの大丈夫だって! ルイスさんって頭いいし優しいし、マリーが失敗してもきっと優しくフォローしてくれそう!」
「そうそう! ルイスさんて頭いい、優しい、格好いいの完璧男だもんねっ。本当、マリー羨ましい〜!」
年下の友人2人がキャーキャー言いながら笑顔で祝福してくれる。私ははにかみながら、大きな幸せを噛み締めていた。この幸せが、ずっと続くと信じて…。
「マリー、お疲れ様」
「ルイス! 迎えに来てくれたの?」
「ああ、父さんの手伝いが早く終わったからね。それ、重いだろ。僕が持つよ」
「あ、ありがとう…」
畑に出ていた私を、ルイスは迎えに来てくれた。私がふぅふぅ言いながら運んでいた野菜の入った重い籠を、ルイスは軽々と持ち上げる。男らしく程よくついた腕の筋肉と、ルイスの優しい横顔に、自然と胸が高なった。
ーー私、この人と結婚するのよね…。
そう考えるだけで、胸のドキドキが止まらなかった。ルイスは昔から優しくて頭もよくて、誰よりも格好良かった。そんなルイスに、村の若い娘は誰しも一度はルイスに恋をした。もちろん私も。村長が決めた結婚だったけど、私は昔からルイスを愛していた。
「ねぇルイス…」
「ん?」
「あ、あのね…、ルイスって…その……」
「ん? 僕が何?」
「あ、あの…私の事……どう、思ってるのかなって……」
段々声が消えていくのは私が村一番の小心者だからだ。これを声に出して言えただけでも褒めてほしい。
「ふふっ」
真っ赤になった私の顔を見て、ルイスが小さく笑った。
「な、何で笑うのッ!?」
私は思わずルイスの肩を殴る。照れ隠しだ。
「い、痛い! ゴメン、ゴメンって! マリーの拳本気で痛いから止めてっ!」
ルイスが本気で痛そうに顔を歪めたので、私は渋々拳をしまった。
「あ〜、痛……ああ、ゴメンね。マリーがあんまり可愛かったからさ」
「〜〜〜ッッ!!」
爽やかな笑顔で言われ、顔から火が出る程恥ずかしかった。自慢じゃないが、生まれて始めて男性に可愛いと言われ、私は照れに照れまくった。
「危なッ!」
ルイスが私の拳をギリギリでかわす。
「ま、マリー、照れ隠しってわかってるけどお願いだから拳は止めて…」
「…ゴメン」
私が両手を握ってもう殴らないよアピールをすると、ルイスは安心したように息を吐いた。
「は〜…そうだな。マリーは僕にとって、特別な女の子だよ」
「と、特別ッ!?」
「うん、だって…僕たち同い年だろ? 同い年はこの村に僕とマリー2人だけで、生まれた頃から僕はマリーとずっと一緒にいたんだ。一緒にお風呂も入ったし、遊んだし、ご飯も食べて一緒のベッドで寝たこともあるよね」
「そ、それは、子どもの頃の話しで…」
「そうだね。でも、僕の中ではマリーと一緒にいることがもう普通になっちゃったんだ。子どもの頃だけじゃなくって、今でもマリーがそばにいないと落ち着かない。そしてこれからも…。僕は昔から、マリーをお嫁さんにするって決めてたんだ。だから、マリーは僕にとって特別な女の子なんだ」
「ルイス…」
「好きだよ、マリー」
ルイスの甘い笑顔が近づき、私の頬にキスを落とした。
「唇は、結婚式までお預けだ。神の前で夫婦の誓いをするまでは、絶対に花嫁に手を出すなって父さんからきつく言われてるんだ」
ルイスが眉を八の字にしてため息を吐く。
「も、もう! 当たり前でしょ!!」
「痛いッ!」
幸せ…。なんて幸せなんだろう。
私は溢れる幸福を噛み締めながら、ルイスの顔を見上げる。ルイスは肩を摩りながら私に甘い笑顔で微笑んでくれる。ルイス、大好き。私、絶対にいい奥さんになるからね。
「お兄ちゃん…」
「カレン!?」
か細い鈴のなるような声が聞こえ、ルイスの視線が私から逸らされる。
「カレン、どうしてここに!? 自分で歩いて来たのか?」
「うん…。お兄ちゃんに会いに行ったら、村長さんが畑に行ったって言うから…」
カレンは息を苦しそうに吐き出しながら言った。
「大丈夫かカレン? ダメじゃないか、体が弱いのにこんなとこまで来て!」
ルイスは野菜が入った籠を地面に置き、カレンを背におぶった。
「マリー、ごめん。カレンを家まで送ってくるよ」
「う、うん、分かった。カレンちゃん、無理しないでね」
「はい、マリーさん…」
カレンはほぼ無表情の顔で、ルイスの背中から小さく頭を下げた。
私はカレンを背負って村に帰るルイスの後姿を見送りながら、野菜の入った重い籠を背負う。本当はあの時、薄々気付いていた。カレンがルイスに恋をしていることを。でも、ルイスなら大丈夫だと、私を好きだと言ったルイスは私を絶対に裏切ったりしないと、何故か私は信じていたのだ。




