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第四話 笑う満月

「え? 今、何て……?」

「……ごめん。結婚は出来ない」


俯いたルイスは、私に信じられない言葉を口にした。


「ど、どうして!? 式はもう来週なんだよ? ドレスだって準備して、指輪だって2人で街まで行って買ってくれたじゃない!」


私は左の薬指にはまる婚約指輪を見せる。ルイスと選んで、ルイスがはめてくれたものだ。


「それは……返して欲しい」


あり得ない言葉に驚愕する。

ルイスの言葉に茫然としていると、ルイスが私の左手に手を伸ばした。


「ーーーッッ!!」


伸ばされたルイスの手を見て、血の気が引いた。

ルイスがお揃いで買ってくれた銀の婚約指輪。私の指輪はルイスがはめてくれて、ルイスの指輪は私がはめた。結婚式の予行練習だねって、笑いながら私がはめたルイスの指輪…。ついこの前まで、確かにその薬指にあったはずの指輪が……ない。


ルイスが私の指輪に手をかける。


「ーーー止めてッ!」


私はルイスの手を振り払った。


「何で? どうしてなのルイス!?」


私は溢れる涙も拭かずにルイスに問う。


「それは……」


ルイスの長いまつ毛が伏せられる。いつも私の目を真っ直ぐに見つめてくる瞳は、今日は一度も私を見ない。ルイスの顔を覗き込んでも、俯いた顔はよく見えなかった。


「マリーさん、ごめんなさい!!」


突然、カレンがドアを開けて入ってきた。


「カレンちゃん…?」


ここは村長の家で、ルイスの部屋だ。カレンが何故ここに…? まさか……。湧き起こる嫌な予感に、私は手足が冷たくなるのを感じた。


「マリーさん、本当にゴメンなさいっ。私、私…、お兄ちゃんの事が好きなんです!」


カレンはわあっと泣き出し、細い体を震わせた。


「カレンッ…」


ルイスがまるで宝物を扱うようにカレンを抱きしめる。私はその姿に、ピシリと音が聞こえるぐらい固まった。


「ごめんなさい、ごめんなさい! 私、お兄ちゃんの事がどうしても諦めきれなくって…、マリーさんとお兄ちゃんの結婚が決まって、胸が張り裂けそうになって、苦しくって…! 我慢出来なくて、思わずこの気持ちをお兄ちゃんに伝えてしまったんです!」


カレンはボロボロと泣き崩れる。そんなカレンを、ルイスはあやすように優しく抱きしめた。


「マリー、すまない。僕はカレンを放っておけないんだ。体の弱いカレンの側にいたら、いつの間にか……愛していたんだ。カレンを守りたいと思うようになったんだ。だから…すまない」


……は? なに、言ってるの? 理解出来ない。この2人、一体何を喋ってるの?


「マリーさん、私たち本気で愛し合ってるんです。もうこの気持ちを隠す事なんて出来ない! ルイスも、このままマリーさんと結婚なんて出来ないって……」


……ルイス? 何であんたが呼び捨てにしてるの?


「マリー…。俺から父さんには話しておく。マリーの両親にも、これからお詫びに行くよ」


何で勝手に決めてるの? 私の気持ちはどうなるの? 私の気持ちはどうだっていいって言うの!?こんなの、こんなの納得出来ない!


泣きながらルイスに縋りつくカレンに、腸が煮え繰り返る。そんなカレンを当然のように抱き締めるルイスに、怒りのあまり吐き気が起こる。


どうして? どうてなのルイス?

喉がヒリヒリする。言葉が喉に張り付いて声が出ない。嫌だ! 私はルイスと結婚するの! 私を好きだと言ったじゃない! 特別な女の子って言ったじゃない!!


「本当にゴメン…。僕はカレンと結婚するよ。カレンは僕の特別な女の子だから…。マリーも早く、特別な人を見つけて」


私は、今度こそ凍りついた。

特別な女の子…? それは、私でしょルイス…。カレンじゃない。ルイスの特別な女の子はマリーだと言ってよ!!



バタン…



ルイスの部屋の扉が閉まる。ルイスはカレンを抱きしめたまま部屋を出ていった。私は1人、部屋に取り残された。ルイスの匂いがする、この部屋に…。



「う……うわあぁぁぁあぁぁッッ!!」


私は泣き叫んだ。泣いて泣いて、ルイスのお母さんが驚いて部屋に駆け込んで来ても、構わず泣いた。我慢できなかった。

私が散々泣き喚いても、ルイスは戻ってこなかった。



それから後の事はよく覚えてない。

私は部屋に引き込もった。窓から村長がルイスを怒鳴りつける声が聞こえた。心配した友人から、両親や私の親戚が村長の家に怒鳴り込んで行った事を聞いた。両親があんな非常識な男は忘れろ、結婚しなくて良かったと私を慰めた。村長とルイスが家に来て、両親に謝罪するのをドア越しに聞いた。そんな事をぼんやり覚えている。


そして、本当なら私とルイスの結婚式が行われるはずだった日、私はとんでもない話を聞いた。



カレンが妊娠している……



両親が怒りも露わに話しているのを聞いてしまった。


何で、どうして……?

私には、唇にキスもしてくれなかったのに…。結婚するまではって、言ってたのに…。これは夢だわ。お願いルイス…、これは全部夢だと言って…。



私は扉の前で崩れ落ちる。床に滲む涙の染みが増えていく。私が声を押し殺して泣いていると、追い打ちをかけるような母の声が聞こえた。



妊娠3ヶ月ですって!? 婚約したのは4ヶ月前よ!? バカにするにも程があるわ!!



妊娠…3カ月? じゃあ、ルイスは…私と婚約して1ヶ月で、カレンを愛したと言うの?


私は、はたと気が付く。婚約してから1ヶ月…。ルイスが、私を畑まで迎えに来てくれた頃だ。あの時、ルイスはカレンをおぶって帰った。その時から2人の関係は始まっていたの? 私を好きだと言って、頬にキスをして、それから…カレンを抱いていたと言うの!?


目の前が怒りで真っ赤に染まる。

2人してずっと私を騙していたのね。許さない許さない許さない。私の中が、ドス黒く真っ黒に染まっていく。あの2人が憎い。憎い!



私が部屋に引き込もっている間に、いつの間にか2人の結婚が決まっていた。お腹が目立たない内に早く式をしたいというカレンの要望らしい。村が徐々に浮き足立ってくるのが部屋にいても分かった。


窓から聞こえてくるおばさん達の噂ばなし。どうやら私よりも豪華な結婚式になるようだ。ドレスもわざわざ街の仕立て屋に頼んで最新のデザインを注文したらしい。私は母の花嫁衣装を手直ししたと言うのに。

花嫁を飾る装飾品にもかなりお金をかけたようだ。カレンの頭をかざるのは、カレンの瞳の色と同じブルーサファイヤが嵌め込まれた豪華なティアラ。結婚指輪は、街で人気のデザイナーに特注したお揃いの指輪らしい。


どれもこれも、明らかに私の時よりお金がかかっている。ルイスの張り切りようが伝わってくるようだ。どれだけカレンを愛しているのかを見せ付けられているようで、胸が潰れそうになる。


ルイスは、私との婚約指輪をどうしたのか…。捨てた? 売った? カレンとの結婚式に大分お金をつぎ込んでいるようだから、きっと売っただろう。私の指輪は……まだ未練がましく左手の薬指にはまっている。まだルイスを諦めきれない自分が情けなく、悲しかった。



結婚式の準備に村が慌ただしくなり、とうとう2人の結婚前夜となった日。今だ胸に渦巻く感情に押しつぶされそうな私を、あの2人は平然と呼び出した。


「マリーさん…。私たち色々ありましたけど、きっとまた前みたいに仲良くなれると思うんです。マリーさんにはお世話になったし、よかったら私たちの式に出席してくれませんか?」

「どうだろう、マリー。カレンもこう言ってるし、ぜひ出席してくれないか? 大事な友人として、僕たちもマリーには出席してほしいんだ」

「私、マリーさんに向かってブーケ投げますね! マリーさんにも幸せになって欲しいから」


カレンは妖精のようなキラキラした笑顔を振りまく。ルイスはそれを見てニコニコと頷いた。


バカみたいに笑い合う2人に、私は身体中が震えるのを感じた。

……バカにするにも程がある。祝福して欲しい? 幸せになって欲しい? 私の幸せを奪ったのはお前たちだろう!!



「…人を馬鹿にするのもいい加減にしてよ。あんたら頭沸いてんじゃないの?」


自分でも驚く程冷たい声が出た。あの時、私はどんな顔をしていただろう。ただ、2人の笑顔が凍りついたことは分かった。



私は森へ向かって走り出す。夜の森だろうと関係ない。とにかく1人になりたかった。

後ろで誰かが私を止める声が聞こえた。ルイスの声だったかもしれない。いや、そう思いたかっただけで、ただの幻聴だったかもしれない。



森の奥へ奥へ。誰もいない、もっと奥へ。

顔が涙と鼻水だらけだろうと、私は構わず走った。どうせここには私の顔なんて見る人はいない。私が泣こうが喚こうが、気にする人間など誰1人いないのだ。


空を見上げると、大きな満月が浮かんでいた。


『満月の夜は魔力がもっとも強くなる日だよ。願い事があるなら満月に祈ってごらん。満月がきっと願いを叶えてくれるから』


亡くなった祖母のしゃがれた声が聞こえた気がした。私は大きく息を吸い込む。


「満月、私の願いはあの2人を不幸にすること。私を不幸にしたあの2人に、私よりももっともっと大きな不幸を与えて!」


言い切ると同時に、にいぃィィッと、満月の口が開いた。


『その願い叶えよう。ただし、お前のその身体と引き換えだよ』



満月がぐにゃりと大きな口を歪ませて笑った。同時に私の視界が暗転する。意識が途切れる寸前、私は無意識に返事をしていた。



「あげるわ」


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