第7話 : 新生フラッシュ・アーク
「私はここに残るわ。私は色々とやらないといけないことがあるのよ」
本拠地の巨大な廊下で、ミオが立ち止まってそう言った。
「あ、わ、分かった。ここにまた来るにはどうすれ——」
レオが喋り終わるより早く、ミオは自分の指からあの銀色のリングを外すと、ひょいっとレオに向かって放り投げた。
「それ使いな」
「わかった、」
レオは飛んできたリングをナイスキャッチし、大事に握りしめた。
「ポータルを開けて」とリングに呟くと、目の前に再び青白い光の穴が広がった。ポータルをくぐり抜けると、そこは見慣れた恒松都の自分の部屋。レオは背負っていたリュックや荷物を床に置くと、まだ繋がりっぱなしのポータル越しに、向こう側に立つミオへ手を振った。
「ばいばい」
ミオが少し照れくさそうに手を振り返す。
「ばいばい〜」
レオが返し、直後に青白い光の渦がすーっと収束してポータルが消えた。
静まり返った部屋。レオは呼吸を整えると、机の上に置かれた出来立ての装備——手首の80万ボルトガジェット、全身スーツ、新型ヘルメット——をずらりと並べた。そして、スターリンの上層部から授かったばかりの、蒼く脈動する『高密度エーテルセル』を取り出す。
「よし……ダ・ヴィンチ、換装作業に入るぞ」
『了解いたしました、レオ様。市販の単三乾電池ホルダーを取り外し、高密度エーテルセル用ソケットの生体・電力バイパス回路を再構築します』
カチリ、と精密ドライバーでネジを外し、これまで命を預けてきた頼りない乾電池ケースを取り出す。代わりに、圧倒的なエネルギーを秘めたエーテルセルをガジェットの核へと装填した。
——キュイィィィィン……!!
ガジェット内部の回路が一瞬で蒼い光を帯び、部屋全体の照明がチカチカと明滅するほどの超高出力エネルギーが充填されていく。
『フィッティング完了。電力供給安定……凄まじい数値です。連続稼働時間『3分』の制限を撤廃。出力80万ボルトの維持、およびオーバーロード攻撃時の限界値が大幅に引き上げられました』
「……できた。これが、新生『フラッシュ・アーク』の力か……!」
乾電池の切れ目を気にしながら戦う泥臭いヒーローは、もういない。
手首のガジェットを力強く握りしめたその瞬間——
サレン音(ウーウーウー!)
遠くの南耀市の街から、甲高い緊急警報が響き渡った。デスクの上のダ・ヴィンチの画面が真っ赤に点滅を始める。
『レオ様、緊急事態です。南耀市第3ベイエリアの物流倉庫にて、原因不明の超高熱爆破テロが発生。警察の防犯カメラ映像をキャプチャ……謎の武装集団が出現しています』
「初陣には持ってこいのタイミングだな」
レオは新ヘルメットを被り、新スーツのバイザーをカチリとセットした。手首のガジェットから溢れ出る蒼い放電を確かめ、開けた窓から夜の恒松都へと飛び出す。
「行くぞ、ダ・ヴィンチ! 80万ボルトの本当の恐ろしさ、叩き込んでやる!」
『了解、マスター。新生フラッシュ・アーク、出撃です!』
——シュォォォォンッ!!
高密度エーテルセルから供給される莫大なエネルギーを小型スラスターへと流し込み、レオは夜の恒松都の上空を風を切り裂いて滑空していた。乾電池時代には到底不可能だった「飛行」の感覚に、ヘルメットの中で口角が上がる。
「ハハッ、最高だ! バッテリー残量を1秒ごとに気にする必要がないって、こんなに自由なのかよ!」
『レオ様、調子に乗りすぎて高度を上げすぎないでください。落下時の自作パラシュートは全財産と共に処分されております』
『うっさいな、今はこの万能感を味わわせろ!』
眼下に南耀市第3ベイエリアの倉庫街が見えてきた。無数のパトカーの赤色灯が赤く揺らめき、警察の警戒ラインが敷かれている。
レオは狙いを定めると、勢いよく急降下——!
バァンッ!!!
地面を激しく叩きつけ、片膝と片手を地面につく完璧な「ヒーロー着陸」を決めた。アスファルトに微かな亀裂が走り、衝撃波が周囲の警官たちの制服を揺らす。
「な、なんだ!? 侵入者か!?」
ざわつく警察官たちを余所に、レオはバイザーのズーム機能を起動し、倉庫の壁にスプレーで描かれた謎のマークを凝視した。
交差した二本の稲妻に、歯車が噛み合わさった不気味な紋章。
「……南耀公園で起きた爆発事件の犯人と同じマークだ」
レオは深く溜め息を吐き、手首のガジェットに視線を落とした。
「はぁ、またこいつらか。正直一回倒したことあるし、大丈夫だろ。しかもこっちだって強くなってるし……っと、そうだ。今回はちゃんと警察に許可もらってから行かないとな」
レオはポリヘルを被った現場の警察署長らしき人物へ颯爽と歩み寄った。
「署長さん、突入の許可を。俺が中の奴らを一網打尽にしてきます」
署長は突然現れた不審な黒スーツの男を二度見し、メガホンを耳から離して叫んだ。
「だ、誰だ君は!? 許可も何も、一般人は下がっていなさい! 中の武装集団は手製の重火器を持って籠城しているんだぞ!」
「一般人じゃありません。『フラッシュ・アーク』です。それと、許可は口頭で『頼む』の一言でいいんで!」
『レオ様、警察のデータベースによると、現在の対応ガイドライン上、正式な協力要請なしでの介入は公務執行妨害および不法侵入に問われる可能性が89%です』
「だー! ダ・ヴィンチ、野暮な計算すんな! 署長、返事は!?」
署長は呆気にとられつつも、倉庫の窓から放たれた銃撃に悲鳴を上げる部下たちを見て、腹を括ったように叫んだ。
「……くそっ、責任は私が取る! 犯人を怪我させすぎない程度に頼むぞ、フラッシュ・アーク!」
「了解! 10秒で片付けます!」
レオは地を蹴り、倉庫の強化ガラス窓を突き破って内部へと躍り出た。
——ガシャーンッ!!
「な、なんだ奴は!?」
「警察の増援か!? 撃て! 撃ち殺せ!!」
倉庫の中にいた十数人の武装集団が一斉にアサルトライフルを構え、レオに向かって引き金を引く。
チュンチュンチュンチィンッ!!
「甘いな!」
新生スーツの胸部に展開された薄いエネルギーフィールドが、飛来する弾丸を弾き飛ばす。以前の「ただの分厚い鉄板スーツ」とは次元が違う防御力だ。
「よし……80万ボルト、エーテルセル直結型……いっけぇぇぇ!!」
レオが右腕を突き出すと、手首のガジェットから溢れ出たのは、以前のような頼りないパチパチとした放電ではなかった。
ギュワオオンッ!!——バチチチチチチッ!!!
部屋ひとつを飲み込むほどの、極太の蒼い雷光が扇状に拡散して放たれた。
乾電池の「連続稼働3分」という呪縛から解き放たれた、限界突破の80万ボルト連射。
「ギャァァァァッ!?」
「電、電圧が……高す——」
放電が一過した瞬間、武装集団は武器ごと黒焦げになり、白目を剥いて全員その場に崩れ落ちた。所要時間、わずか4秒。
「……ふぅ。ちょっと出力を上げすぎたか?」
『いいえレオ様。相手の生命活動に支障がないギリギリの気絶電圧に自動調整いたしました。完璧な初陣でございます』
「さすがダ・ヴィンチ! これだよ、俺がやりたかったヒーローは!」
煙を吹くガジェットを掲げ、勝利の余韻に浸るレオ。
しかしその時——倉庫の奥の暗がりから、ズシン……ズシン……と重い足音が響き始めた。
「ほう……南耀公園の雑魚どもを片付けたのは、お前か」
闇の中から現れたのは、これまでの下っ端とは明らかに違う、全身にゴツゴツとした重装甲と高熱バーナーを装着した巨大な怪力男だった。その胸元には、例の稲妻と歯車のマークが赤く光っている。
「前回の事件のデータは頭に入っているぞ、フラッシュ・アーク。お前の電撃は乾電池駆動……数発撃てばすぐに無力化する『3分の壁』があるとな!」
敵は不敵に笑い、巨大なバーナーをレオに向けて構えた。
レオはヘルメットの中で、思わずニヤリと口角を吊り上げた。
「……へぇ。俺の『過去のデータ』をしっかり勉強してきたわけだ」
レオは右腕のガジェットをゆっくりと敵突きつけ、蒼く輝くエーテルセルの光を明滅させた。
「悪ぃな、おじさん。そのデータ……3分前に過去のものになったんだわ」
「ハハハッ! 乾電池ヒーローが調子に乗るなよ!!」
男が叫ぶと同時に、巨大なバーナーの砲口から凄まじい高熱の業火が噴き出した。激しい炎の濁流が倉庫内を焼き尽くし、真っ直ぐレオへと襲いかかる。
「くっ……!?」
レオは腕を交差し、エーテルセルから供給されるエネルギーフィールドを展開。炎の直撃に耐えながら、隙を突いて一気に間合いを詰めた。
「効かねぇよ! こちとらエーテルセル搭載なんだよ!」
レオは男の懐に潜り込み、手首のガジェットから至近距離で80万ボルトの極太な電撃を叩き込む。
——バチバチチチチッ!!!
「グガァァァッ!?」
男の巨大な体が激しく痙攣し、手にして重装甲がバチバチと火花を散らす。完全に決まった。あと一撃放てば確実に気絶させられる——そう確信した瞬間だった。
チリチリ……ジュッ……!
「あ……がッ!?」
男が断末魔の悪あがきで放ち続けていたバーナーの残炎が、あまりの高熱ゆえに、レオのスーツの肩から胸部にかけての耐熱装甲をドロドロに溶かし始めたのだ。耐熱スチールを注ぎ込んだ渾身のスーツが、高熱の前にあっけなく悲鳴を上げる。
『警告! スーツ表面温度が許容限界を突破! 右側バイザーおよびヘルメット側頭部が損傷——!』
ダ・ヴィンチの警告と同時に、バリバリッと嫌な音がしてヘルメットの右半分がドロリと溶け落ちた。レオの素顔の右半分と、焦燥に満ちた目が露わになってしまう。
(ヤバい……! 警察や野次馬が外にいる……! 正体がバレたら……っ!)
「くそっ……見られるわけには……っ!」
完全に勝ちを確信して油断していたレオは、パニックになりかけた。とっさに右腕で顔を覆い隠し、周囲の警察官やカメラの視線から必死に素顔を遮ろうとする。
だが——その「隙」を、まだ気絶していなかった敵の巨漢は見逃さなかった。
「ガハッ……! 隙だらけだぞ、ガキがぁぁぁ!!」
「え——」
顔を隠すことに意識を奪われていたレオの視界に、影が落ちる。
男の丸太のように太い、鋼鉄の装甲に包まれた巨大な拳が、容赦なくレオの無防備な胴体へと叩きつけられた。
ドォンッ!!!!!
「ガハッ……!?」
肺の空気を力任せに吐き出させられ、レオの体は倉庫の壁に向かって激しく吹き飛んだ。コンクリートの壁に衝突し、瓦礫の山へと叩きつけられる。
手首のエーテルセルは蒼く輝いたままだが、溶けたスーツの隙間から煙が立ち上り、顔を隠しながら倒れ込むレオ。圧倒的に優勢だった戦況が、たった一つの油断と「正体を隠さなければならない」というヒーロー特有の弱点によって、一気に窮地へと転落してしまった。
「お前は、俺一人で戦うつもりだとでも?」
瓦礫の中で顔を覆いながら、レオは低く呟いた。
「何を言っている?! 強がりも大概にしろ、ガキが!」
バーナー野郎が嘲笑い、留めを刺そうと巨大な拳を振り上げた——その瞬間。
——ギュイイィィン……!
レオのすぐ横の空間がぐにゃりと歪み、青白い光の粒子が眩しく弾けた。真ん丸なポータルが突如として出現する。
「な、なんだぁ……!?」
ポータルの光の中から、圧倒的な存在感を放つ5人のヒーローたちが悠然と姿を現した。その中央には、スターリンの制服を身に纏い、武器を構えたミオの姿もあった。
「……たく、ちょっと目を離したらこれ? 顔を隠すのに必死で殴られるなんて、相変わらずマヌケねレオ」
「ミオ……! ちょっと来るタイミング遅くないか?!」
ミオはフンと鼻を鳴らすと、手にしたスターリンの最新式ブラスターを構えた。
「『ポータルを開けて』って呼び出し信号が途絶えないから嫌な予感がしたのよ。行くわよ、みんな! 恒松都の新人ヒーローに手出ししたツケを払わせるわ!」
「「「おぉぉぉ!!」」」
スターリンの精鋭ヒーロー5人が一斉に飛び出す。
「ひ、ひぃぃっ!? なんだこいつらはーッ!?」
さっきまでの威勢はどこへやら、バーナー野郎は完全にパニックに陥った。
重装甲のヒーローが巨漢の拳を片手で受け止め、高速のヒーローが視界から消えるスピードで背後を取り、ミオのブラスターがバーナーの砲身を一瞬で撃ち抜いて爆破する。
まさに圧倒的、一方的な蹂躙。本物のヒーローたちの連携の前に、バーナー野郎は手も足も出ずボコボコにされていく。
「くそっ、くそがあぁぁっ!!」
追い詰められ、膝をついたバーナー野郎の視界に——ふと、床に転がっている小さな金属の塊が入った。
それはさっき、レオが吹っ飛ばされた衝撃で足元に落とした、あの『手動型電撃爆弾』だった。
「ハハ……これでも喰らいやがれぇぇぇ!!」
バーナー野郎は残された最後の力で電撃爆弾を拾い上げると、ヒーローたちが集まっている中心に向かって力任せに投げつけた!
シュポッ……!
「みんな、伏せろッ!!」
ミオが叫ぶ。
爆弾がヒーローたちの真ん中で火花を散らし始めた一瞬の隙を突いて、バーナー野郎は倉庫の破られた壁の穴へと全速力で飛び出し、夜の街へと逃げ延びてしまった。




