第5話:試作一号機
「ちょっと待てよ、そんな急に言われても、アイアンマンとかスパイダーマンとかホークアイとかじゃないんだから、」
あまりにスケールのデカすぎるスカウトに、俺は思わずアメコミのヒーローたちの名前を並べてツッコミを入れた。だがミオは首を傾げ、心底不思議そうに目をパチクリさせている。
「何の話しをしてるの? とりあえず入って、あなたには入る権利があるわ」
まるで「放課後ファミレス行かない?」くらいの軽いノリで、地球を守る秘密組織への加入を迫ってくる。断るスキすら与えてくれない圧に、俺は首を激しく横に振った。
「俺はまだ入らない」
「まだ、ってことはいつか入るのね……分かったわ待ってるけど理由だけ教えてもらえる?」
ミオは不満そうに少し口を尖らせつつも、すんなりと俺の拒絶を受け入れた。そして、月光に照らされた瞳でまっすぐに俺を見つめてくる。
「まだ俺は強くないのと戦闘時間が10分しか持たないんだぞ? 乾電池だから」
俺が提示したあまりにも世俗的で切実な弱点に、ミオが一瞬だけフリーズした。
だがすぐに納得したようにポンと手を打つ。
「それなら納得できるわ、とりあえずいつか入ってね、私はほかの任務に行くから」
「あ、おい――」
言いかける間もなく、ミオは腰の謎の武器をカチャリとセットすると、夜風を纏ってしなやかに跳躍した。壊れた建物の屋根へ軽々と飛び移り、一度だけこちらを振り返ってフッと笑う。
「じゃあね、レオ。学校でね!」
その言葉を残し、ミオのシルエットはあっという間に夜の街の闇へと消えていった。
「……行っちゃったよ……」
静まり返った南耀公園の真ん中で、俺はぽつんと取り残された。
焦げくさい匂いと、暗転した自作ガジェットの重みだけが腕に残っている。
片思いの女子が、地球を守る超巨大組織『スターリン』のエージェントだったこと。
自分の最高傑作である自作スーツ一式を「ダサい」と言われたこと。
そして――彼女を守るどころか、自分が10分間しか戦えない「乾電池ヒーロー」であることを突きつけられたこと。
「ハハ……参ったな……」
俺は地面に転がっていたダサいと言われたヘルメットを拾い上げ、付着した煤をそっと手払った。
(ミオは……あんな化物みたいな悪党どもを、一瞬で片付けた……。あいつはあのレベルの戦いを、日常的にやってるのか……?)
手のひらに残る電撃式爆弾の感触を確かめる。
今日の俺は、ガジェットをオーバーチャージさせて壊し、市販の乾電池の限界に怯え、最後はミオに助けられた。
「10分……か」
ポツリと呟いた俺の言葉に、デスクのスピーカー……ではなく、通信が途切れ途切れに復旧した手首の端末から、ダ・ヴィンチの音声がノイズ混じりに響いた。
『……レオ様。バッテリー残量が1%まで復旧しました。……お怪我はありませんか』
「あぁ、生きてるよ。……ダ・ヴィンチ、帰ったらすぐラボの作業に入るぞ」
『了解。次回作の設計図を起動しておきます。……次はどうされますか?』
俺は壊れた右手首のフレームを強く握りしめた。
「乾電池の10分間を……絶対に変えてやる。バッテリーも、出力も、フレームのデザインもだ。あいつに『ダサい』なんて言わせない……もっと強くなって、あいつの隣に並べるくらいになってやる」
夜空を見上げると、遠くからようやく本隊の警察や消防のサイレンが重なり合って聞こえ始めていた。
俺は残された1%の電力を絞り出し、ジェットパックの微小な推進力で夜の闇へと低空飛行で滑り出した。
自分とミオの、あまりにも大きすぎる壁。
だが、俺の科学と美術の情熱は、こんなところで折れるほど安っぽくはなかった。
背中のジェットパックが弱々しくパチパチと放電し、身体がフワリと夜の闇へ浮き上がる。
(よし……なんとかこれで自宅まで――)
プスン……。
「……え?」
浮き上がった瞬間、虚しい電子音とともに背中の駆動音が完全に沈黙した。
「あ」
ドスゥゥゥゥンッ!!!!
「ぶふぇっ!?」
地面からわずか数メートルの高さから、俺は重力に従ってノーガードで地面へ叩きつけられた。
「痛っ……痛ででででっ!? 腰! 腰がいった!!」
悶絶しながら転がる。自作した衝撃吸収フレームとプロテクターのおかげで骨折こそ免れたものの、落下の衝撃と過負荷に耐えきれなくなったスーツの各部パーツが、バキン! ボロッ! と音を立てて身体から弾け飛んだ。
「うそだろ……解体完了しちゃったよ……」
残されたのは、ボロボロの私服と、地面に散らばった壊れたガジェット、装甲の無惨な残骸たち。
「ハァ……ハァ……まじかよ……マジで歩いて帰るのか……?」
溜め息をつきながら立ち上がる。だが、この大量の壊れたパーツを手で抱えて帰るのは不可能だ。
ふと見やると、崩れた瓦礫の脇に、先ほどミオが謎の武器で瞬殺した悪党(共犯者)たちが倒れていた。
俺は躊躇なくその犯人の一人の元へ歩み寄ると、奴らの装備から頑丈なナイロン製の紐を力任せに引きちぎった。
「すまんな、備品借りるぞ。悪党からの徴収だ」
拾い集めた胸当て、腕部フレーム、潰れたジェットパック、そして「ダサい」と言われたヘルメット……それら全てを紐でぐるぐる巻きにひとまとめに縛り上げる。
こうして出来上がったのは、巨大なガラクタの塊だった。
「……よし」
俺はその紐を肩にかけ、巨大な鉄くずの束をズルズルズル……と地べたに引きずりながら、徒歩で自宅への帰路についた。
すでに時刻は深夜から早朝へと差し掛かろうとしていた。
南耀公園の爆破騒ぎで目を覚ました近所の住民たちが、不安そうにぞろぞろと路上に出てきていた。
ズルズルズルズル……ガシャーン……
「……あ」
「ママ、あの人なにしてるの……?」
「見ちゃいけません!」
朝日が昇り始めた街中で、ボロボロの服を着て、怪しい電子機器の残骸を引きずって歩く男子高校生。
すれ違う住民たちからの、痛烈なまでの冷ややかな視線とひそひそ話が俺の突き刺さる。
(頼む……誰も俺の顔を見ないでくれ……! 科学と美術学年1位のプライドが死ぬ……!)
俺は下を向き、必死に顔を隠しながら、ただひたすらにガラクタを引きずって歩き続けた。
ミオへの対抗心も、ヒーローとしての格好良さも、今の俺には一微塵も残っていなかった。
ズルズルズルズル……ガシャーン……
すれ違う住民たちの冷たい視線が痛いほど突き刺さる。だが、下を向いてコソコソ歩いているうちに、俺の心の中に開き直りの感情が湧き上がってきた。
「……どうせ俺のことなんて知らないだろ、ニュースにもなってないんだから、俺はヒーローだけど正体バレたら駄目だから隠れるはずだけどみんな気づいてないし、いいか、そのまま帰ろ、」
ボソボソと独り言をつぶやきながら、俺は開き直って堂々とガラクタを引きずり続けた。
誰も俺が「あの爆破現場で人々を救ったヒーロー」だなんて思いもしない。ただの怪しいガラクタ集めの高校生にしか見えていないのだから、変に隠れる方が怪しいくらいだ。
そうやって自分を納得させながら歩くこと、丸々1時間。
「ハァ……ハァ……やっと着いた……!」
足腰をガクガクさせながら、俺は命からがら自分の家(兼ラボ)へと辿り着いた。
ガラクタの山を床へ放り投げ、真っ先に手首から外したダ・ヴィンチの充電ケーブルをコンセントへ叩き込む。
『……リチャージ開始。システム、正常に再起動します』
「おかえり、ダ・ヴィンチ。休む暇はないぞ」
ダ・ヴィンチの画面が明るくなると同時に、俺はデスクの前に座り込んだ。
ミオの圧倒的な強さ、「ダサい」と言われたヘルメット、そして10分しか持たない乾電池の壁。
悔しさと情熱が、俺の頭をフル回転させる。
「ダ・ヴィンチ、新装備の設計に入る! バッテリー容量の拡張と、フレーム全体の剛性強化、それからデザインの大幅刷新だ!」
『了解。ですがレオ様、現状のストック素材では、ご希望の要求スペックを満たす装甲材が圧倒的に不足しています』
「分かってる! 今から仕入れてくる!」
俺は部屋を飛び出すと、近くの銀行のATMへ向かって走った。
通帳とキャッシュカードを叩き込み、画面に表示された自分の全財産を迷わず全額引き出す。紙幣の束を掴み取ると、そのまま街の資材屋(鉄売り場)へ直行した。
「これ、買える分の高耐熱スチールと軽量合金、全部くれ!」
店員に不審そうな目で見られながらも、全財産と引き換えにズシリと重い金属素材を買い込んだ。両手に抱えられるだけの鉄材とパーツを買い占め、汗だくになりながら再び家へと引き返す。
ガシャン!!と部屋の床に買い込んできた鉄材をぶちまけた。
「よし……素材は揃った!」
俺は作業用のグローブをはめ、ハンダゴテと工具を握りしめた。
充電ケーブルを繋いだままのダ・ヴィンチのモニターには、俺の指示に従って新しい装備の3DCAD設計図が高速で描かれていく。
『レオ様、全財産を投入した以上、失敗は許されませんよ』
「言われなくても分かってる! ミオのやつに二度と『ダサい』なんて言わせない……最強の装備を作ってやる!」
スパークの火花と工具の金属音が、俺の部屋に響き始めた。
窓の外が完全に明るくなった頃、焦げ臭い匂いが充満する部屋のデスクの上に、武骨で黒光りする新しいパーツが完成していた。
「よし……まずは試作品の第一号。完全な攻撃用だ」
俺はまだほんのりと熱を帯びているそれを手に取ると、右手首にガシャンと装着し、固定用の分厚いベルトをギリッと強く締め上げた。
買ってきたばかりの高耐熱スチールを幾重にも噛み合わせ、ミオに「ダサい」と言われた無駄な装飾を一切削ぎ落とした、頑丈でソリッドなデザイン。これなら、少々のオーバーチャージにも耐えられるはずだ。
俺は立ち上がり、部屋の隅に設置したテスト用の標的へと右腕を構えた。
それは、着弾した瞬間の威力が数値化されるように配線を繋いだ、分厚い電圧測定用の鉄板だ。
「いくぞ……」
息を吐き、新しいトリガーを引き絞る。
**バチィィィィンッ!!!!**
銃口から放たれた青白い電撃レーザーが、空中で幾何学的に鋭くカクカクと折れ曲がりながら、テスト用の鉄板へ激突した!
**ガゴォンッ!!**
凄まじい衝撃音とともに鉄板が大きく揺れ、表面が赤熱化してバチバチと火花を散らす。手首に巻いた分厚いベルトが、強力な反動をしっかりと吸収してくれていた。
俺は煙を上げる鉄板から視線を外し、デスクのモニターに向けた。
「ダ・ヴィンチ、今の何ボルトだ?」
俺が煙を上げる鉄板を見つめたまま問いかけると、モニターに表示された波形データを解析していたダ・ヴィンチが、淡々とした音声で数値を弾き出した。
『……測定完了。ピーク時出力、およそ**80万ボルト**を計測しました』
「80万ボルト……!」
思わず自分の右手首を見つめる。
一般的なスタンガンが数万から数十万ボルト程度であることを考えれば、この武骨な試作品が叩き出した「80万ボルト」という数値は、まさに桁外れだ。鉄板を赤熱化させ、焦げ付かせるのにも納得がいった。
『フレームの排熱機構と手首の補強ベルトも正常に機能しています。先ほどのような回路の即時融解・爆破は回避されましたが……』
ダ・ヴィンチが画面に警告メッセージを赤く点灯させる。
『……乾電池を並列・直列で極限まで過負荷駆動させて放電しているため、この80万ボルト出力を維持した場合、連続稼働可能時間は**約3分**まで短縮されます。10分すら持ちません』
「……くっ、やっぱり電池の限界か……!」
威力は申し分ない。80万ボルトの電撃レーザーなら、並の悪党や瓦礫くらいなら一瞬で撃破できる。だが、その代償として稼働時間がさらに縮んでしまうという、あまりにも手痛い壁が立ちはだかった。
「……だが、今はこれでいい。武器がないより100倍マシだ。まずはこの80万ボルトの試作品を完成形に仕上げる!」
俺はグローブをはめ直し、再び工具を手にした。
ミオの圧倒的な強さに追いつくための、泥臭い試行錯誤はまだまだ終わらない。
80万ボルトの威力を証明した俺は、そこから一気の集中力で作業に没頭した。
買い込んできた全財産の高耐熱スチールと軽量合金を惜しみなく削り出し、成形し、ハンダとボルトで組み上げていく。
窓から差し込む朝日が部屋を照らし出した頃――ついに、すべてのギアがデスクの上に並び立った。
「……できた。完成だ……!」
全財産を注ぎ込んで作り上げた、新生『フラッシュ・アーク』の全身装備。
ミオに「ダサい」と言われたヘルメットは、無駄な突起を排除し、流線型のスマートかつ鋭いフォルムに完全刷新。バイザーの視界もクリアに保ちつつ、防御力を飛躍的に向上させた。
全身を包むスーツは、衝撃吸収材と高耐熱素材を組み合わせた頑丈なつくり。
そして、最大の目玉である右手首の攻撃用ガジェット――。
俺は完成した手首のフレームをカチャリと開いた。
内部の狭い高密度スペースに、駆動用の市販乾電池を極限まで敷き詰める。さらにその中央のスロットへ、予備として作成した【電撃式爆弾】をすっぽりと格納・セットした。
「よし……これで手首の電撃レーザーと、万が一の時の近接爆破(電撃式爆弾)の切り替えが完璧にできる」
手首のカバーをパチンと閉じると、ずっしりとした重みと金属の冷たさが腕に伝わってきた。
電池と爆弾を同一のユニット内に詰め込むという危険極まりない構造だが、科学と美術1位の俺が計算し尽くした最高のレイアウトだ。
『レオ様、全身装備のフィッティングチェック完了。各部システム、オールグリーンです』
「グラフィックも、機能性も……前の奴とは段違いだ。これならミオにも文句は言わせない」
ヘルメットを抱え、新調した手首ガジェットを強く握りしめる。
乾電池という時間制限(10分間)の壁はまだ残っているが、今の俺には80万ボルトの圧倒的な火力と、全財産をかけて作り上げた新たな『鎧』がある。
ミオのいる世界、そしてスターリンという巨大な存在に並び立つための、第一歩が整った。




